第七章「内通者」その4
辛くもアムーディの攻撃から免れ、いざ反撃といったところから物語が始まります。
果たしてリナウスがどのように大暴れをするのでしょうか?
一体、何が現れたのだろうか。
少なくともそれがおぞましい何かであるらしい、
そのことをフレアに教えてくれたのは目の前にいるオフィーヌ族達だった。
まるで金縛りにでもあったかのように動きを止め、ややあってから喉が焼き切らんばかりの絶叫を上げる。
周りのことなどお構いなしの大きな声が轟き、周りにいた他のオフィーヌ族も感化されたらしく、次から次へと恐怖が伝播していく。
武器と誇りをかなぐり捨ててまで恐怖に慄く彼らを目にして、彼は改めて今回の脅威だけは直視しない方がいいということを確信した。
「リナウス? 何をしたの?」
「む。流石に全部は理解できなかったかね。覚えておくがいい。生きとし生ける者は常に戦い続ける他ない。だからこそ、受けなければならないものもあるのさ」
「そうみたいだね。そして早速、戦いを挑んできているみたいだけれども」
皆が皆恐怖で逃げ惑うかと思いきや正気を失ったあまり何も考えずに突進してくる者がおり、意味の分からない言葉を叫びながらもリナウスへと飛び掛かってきた。
「中々調整が難しいものだよ」
「調整って……」
「あんまり強くしすぎると、精神が簡単に崩壊してしまうからね」
「えぇ……」
リナウスは何やかんやで皆を気遣っており、そしてこれぐらいは些末なアクシデントにしか過ぎないようだ。
オフィーヌ族の一人が脳天目掛けて鋭い槍の一突きを放ってくるも、リナウスはそれを容易く回避する。
わざわざその場でとんぼ返りをしている辺りに、戦いでもユーモアを忘れないというリナウスのよくわからないコンセプトがそのまま表れているようだった。
「フレア殿。ぼんやりしている暇はないであろう」
エシュリーの一喝に、フレアは我に返る。
アルートを狙う者も何名かおり、邪魔をされれば最悪なことに明かりが消える可能性もある。
「アルート!」
フレアが声を掛けるも、アルートはとっさの回避行動がとれない。
彼はとっさに飛びつこうとするも間に合わない。
オフィーヌ族が尾を振り回したその瞬間、リナウスが無理矢理割り込んで妨害する。
「おおっと、危ないもんだね」
そして、襲い掛かってきたオフィーヌ族に対してどんな攻撃をするかと見守っていると、思わぬ攻撃が飛び出した。
「そらっ!」
まさかビンタを浴びせるとは。
小気味いい音と共に、オフィーヌ族が文字通り吹っ飛んでいく。
何故にビンタなのかはわからないが、何はどうあれ敵を倒せたのだから文句はつけられない。
「さてと、私も負けてはいられん」
エシュリーはにやりと笑ってから神魂術を口ずさむと、手にしたサーベルの刃に煌々とした光が走る。
得物を高々と掲げて突っ込んでいくその姿を、フレアは危なっかしく思っていると、リナウスの暴れている姿もまた飛び込んでくる。
その他方、リナウスはオフィーヌ族の槍を取り上げたかと思うと、槍を見事に操って襲い掛かる敵を次々と打ち払っている。
無論命を奪わぬよう石突きを鳩尾に叩き込み、柄を胴に直撃させて戦闘不能へと追い込んでいく。
さながら優雅に踊っているようで、その顔にはまるで殺意が込められていない。
いないのだが、本気で放たれた蹴りは岩等簡単に砕くのだからシャレにならない。
リナウスはどれだけ手加減をしているのだろうか――。
確かに余裕を見せているが、力加減に苦心しているということにフレアは気が付いていた。
今も延髄切りを叩き込んでいるも、力をあまり入れていなかったせいか、技を受けたオフィーヌ族が立ち上がっている。
「リナウス!」
フレアもまたオフィーヌ族の落とした槍を手にし、迷うことなくリナウスをカバーするように動いた。
「フレア。君は大人しくしていてくれたまえ」
「いや、リナウスだけに頼ってばかりは、どうかなって」
「ふふ、ならば好きにしてくれたまえ」
フレアはリナウスと横並びになる形でオフィーヌ族と対峙する。
リナウスの動きを見れば槍の使い方がわかるかもしれないと彼は思っていたが、その動きがあまりにも早すぎるため何の参考にもならなかった。
そもそも、基礎的な身体の動かし方からして何もかもがおかしい。
ろくに地面へ体重をかけず強引に上体を捻り、細い腕で槍の石突を突き立てる。
一見虫をも殺せないような貧弱な動作だというのに、高速の一閃を放っているのだから理不尽なことこの上ない。
よもや、わざとへっぽこな動作をすることで敵を油断させているのだろうか。
普段の自由気ままな性格に対する一方で戦いに関しては一切の手を抜かないリナウスの姿勢を見て、やはり人間ではないのだなと彼は改めて思い直す他なかった。
「はて、大分片付いたかね」
あれだけの相手をしたというのにリナウスは一切疲労しておらず、服に付いた埃を呑気に払っていた。
地べたで倒れ伏せているオフィーヌ族が惨めに見え、フレアは彼らに同情する他なかった。
「しかし、アムーディの奴めがいないのであるが」
「しまったな。こういう時のために、緊急時の避難を講義したばかりだったか」
火事や地震、大雨や襲撃、いざという時は慌てず騒がずに賢く逃げよう――。
リナウスのレクチャーのキャッチコピーはそんな感じだったろうか。
フレアはすっかり耳に付いた話を思い返す。
ともかく、子どもでもわかりやすく親切丁寧に話すものだから、フレア財団に協力する亜人達の多くが理解しているだろう。
恐らくは緊急用の避難経路で逃げている可能性が高く、彼がどうしたものかと迷っているとリナウスはその肩を叩く。
「大丈夫さ。ここまではほぼ予定通りさ」
「あ、うん」
フレア達が里を突っ切る形で探していると、どこからか聞き覚えのある甲高い悲鳴が聞こえた。
「よし、目標の位置を大体掴めたならば問題はない」
そう言ってからリナウスがまたも歌いだす。
フレアが以前聞いたことのある旋律であり、リナウスの五指に糸が現れるのを見て、小さく声を上げる。
リナウスが糸を手繰り寄せていると、もがくアムーディが霧の向こう側からやって来た。
「やあ、また会ったね」
「くっそう……」
地引網で掛かった獲物はこんな顔をするのだろうか。
アムーディの動きが封じられたのを確認してから、アルートが光球を解除する。
その様子をフレアが横目に見ていると、まだ戦うつもりかアムーディは強引に糸を解こうとしていた。
すると、リナウスはつまらなそうに短く唱えると、彼に絡みついていた糸が毒々しい色に変化する。
一体どのような効果があるかはわからないが、アムーディは全身を酷く痙攣させ、苦痛の悲鳴を上げている以上、手っ取り早く苦しめる手段であるに違いなかった。
「リナウス!」
「おっとすまないね。ついつい口が滑ってしまったよ」
リナウスが再度唱えると、アムーディを拘束していた糸は一瞬にして消え去る。
自由となった彼は苦虫を噛み潰したような顔でこう言った。
「ど、どうして……」
アムーディは喘ぎ声を出しながらも、その彼の目線の先には信じられないものがいた。
さて、アムーディの前に現れた者とは一体?
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それでは今後ともフレアとリナウスの活躍をお楽しみに。




