第七章「内通者」その3
アムーディ達オフィーヌ族との戦いが始まってしまいました……。
さて、どんな展開となるのでしょうか?
穏やかな彼らの豹変に対し、フレアは大きなショックを受けた。
まるで金縛りにでもあったかのように身体の自由が利かない。
それほどまでに心理的なダメージが大きかった。
「しっかりしたまえ!」
リナウスが怒声と共に迫り来るオフィーヌ族を迎撃する。
あまりの速さに何が起こったかフレアには分からなかったが、リナウスが強引に槍を奪い、まるで元々自分の物だと言わんばかりに自在に使いこなしているのは何となく理解出来た。
地面に倒れ伏せているオフィーヌ族を目にして、彼は改めて自分の置かれている危機的状況に気がつき、護身用の杖を身構えるのも忘れてしまっていた。
「ご、ごめん。その」
「怒鳴ってすまないね。ん……?」
戸惑うリナウスに続き、フレアもまた異変に気がつく。
いつの間にやら真っ白な煙のようなものが辺りに立ちこめている。
彼は反射的に臭いを嗅いでみるも、焦げ臭いはなかった。
火を起こして煙幕を焚いた訳ではなさそうだと彼が思っていると、リナウスが舌打ち交じりにこう叫ぶ。
「霧? 神魂術か!」
「こ、これが?」
一体どんな術なのだろうか。
フレアが身構えているうちに、霧が深まっていき、やがて互いの顔がぼんやりとしか見えないほどに視界が悪化する。
彼が目を見開いて何とか周囲を観察しようとするも、目玉に直接濁った水が注ぎ込まれたかのように視界が白く染まりつつあった。
「いやあ、残念ですがね~。これぞ濃霧と混迷の神であるミスリー様のお力ですよ~」
「くっ! アムーディ!」
フレアは叫ぶも、アムーディは逃げてしまったのか返事が戻ってくることはなかった。
「リナウス。その……」
リナウスがどこにいるかわからないが、自分のせいでアムーディを逃がしてしまったことを悔いて頭を下げる他なかった。
「まずは落ち着きたまえ」
「落ち着くって……」
「こういう時に備えての援軍さ」
「わかっているけれども。この霧じゃ逃げられちゃうよ」
「逃げられるよりも問題なのは、この霧の力さ。一応言っておくけども、異法神を倒すには異法神の力が必要だ。ついでに私を始末するのならば、何かしらの効力が込められている」
「そ、そうなの?」
なるほど、リナウスが人間に負けない絶対の自信はそこから来ているのか、とフレアは妙に納得してしまう。
「確か、濃霧と混迷の神と言っていたが……」
エシュリーの声がするも、彼女がどこにいるかわからないが、その声はどこか弱々しく感じられる。
「どういう力なのかな?」
「今のところ私に影響はない。ところで、私の名前はわかるかい?」
「いきなり何を聞くんだよ。ベンジャミンに決まっているでしょ?」
――間違いないと確信しての発言だった。
なのに、この重い沈黙はなんなのだろうか。
フレアは自分自身すら信じられない心境に恐怖を覚え、誰かに助けを乞おうにも、また見当違いな名前を口走ってしまったら、と思うと身体の震えが止まらなかった。
「なるほど、実に不愉快な神魂術だ。この状態が長引けば、記憶喪失やもっと酷い状況に陥るかもしれないね」
「え! そんな、どうすれば――」
「モヨヨ殿! しっかりせぬか!」
エシュリーは声を張るも、そのどこか間の抜けた名前を堂々と口にする辺り、やはり記憶に混乱が生じていることに間違いはなさそうだ。
「ベンジャミン! モヨヨって誰!?」
「私が知るか! もういい、アルート! 近くにいるんだろう!」
リナウスは叫ぶも何の反応もない。
舌打ちをしながらも、リナウスは大きな声で呼びかける。
「灯火と導きの神! しっかりしたまえ!」
「は、は、はい!」
元気よく声を発したアルートに、フレアは安堵のため息をこぼす。
「初期段階は名前の混同といったところか。とっとと、この霧を晴らしてくれたまえ」
「え、私が?」
「君が迷える我々を導くんだ。私もなるべくならばこの近辺に甚大な被害を及ぼすような手段は使いたくはない」
「え、その、どうすれば……」
霧のせいでその表情は見ることはできないものの、恐らくは迷子になった子どものように怯えているのだろう。
フレアは何とか励まそうとするも、名前がすんなりと浮かんでこない。
「大丈夫だ。お前ならばきっと出来る、きっと――」
エシュリーは口ごもるも、やがてはっきりとした声で吠えた。
「ニュ――ではなく、アルート! 今こそ、お前の力を見せて貰いたい!」
「うん!」
エシュリーの声に勇気づけられ、アルートは飛び上がらんばかりの声を上げる。
そして、神魂術を使ったのか、頭上から大きな光が降り注いだかと思うと、霧が徐々に散っていく。
視界が晴れると同時に、フレアはすぐ近くにいる不機嫌そうな神に声を掛ける。
「えっと、あの、リナウス?」
「ふふふふ……。どうして君の口からベンジャミンという単語が出てきたのかが不思議なのだがね」
どうやら、名前を間違えられたことで機嫌を悪くしているようだ。
フレアが頭を下げると、リナウスは引きつった笑みを見せる。
「怒っているわけじゃないんだ。ただね、アムーディの奴にどんなオシオキをしようか考えるだけで、どうにもワクワクが止まらないだけさ」
「あ、そうなんだ」
果たして自分の嘆願は届くのかと思っていると、武装したオフィーヌ族達が彼らを出迎えにはせ参じた。
仮面で顔を隠しているせいで表情が読み取れず、手にした槍の穂先を向けて慣れた動きで徐々に距離を詰めてくる。
「ちっ、足止めか」
フレアの目線はやはり槍よりも彼らの尾の先端の毒針が嫌でもちらついてしまう。
アムーディから針の猛毒についての話は聞かされており、大型の獣すらも一撃で即死させるということも聞いていた。
「おいおい、少し手荒じゃないかね。まあいいかな、たまには暴れるのも」
するとリナウスは歌うように詠唱をする。
その声色は美しくも、音程は泥水が流れるかのように重く、そして少し物悲し気だった。
何故敵に憐憫を掛けるのか、フレアは考えつつも、勝手に口から言葉が漏れる。
「生きとし生ける者共へ。驕り高ぶりし者共へ。我が前に虚勢は滑稽であると――?」
自分は何を口走っているんだ――。
フレアは我に返ると、アルートがキョトンとした目線を彼へと向ける。
両手を上げている様子からすると、どうやら今もなお辺りを照らしている光球を維持するようだ。
「あの。それって――」
「ご、ごめん。疲れているのかな?」
「それはリナウス様の言葉を理解できたってことだと思う」
「え、そうなの。ということは――」
一体どんな力の神魂術を放とうというのか。
これから起こるであろう脅威に対し、フレアは敢えて目を見開く。
何故なら、先程理解できたのは恐らくほんの一部だけだとわかっていたからだ。
まず変化が起こったのは、自身の背後だった。
アルートの活躍のおかげで窮地を脱することが出来ました。
さて、リナウスはどんな神魂術を使うのでしょうか?
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それでは今後ともフレアとリナウスの活躍をお楽しみに。




