第七章「内通者」その2
果たして内通者の正体とは?
今回でその謎がついに解明されます!
フレアが周囲を見回すと、あちこちに幹が縞模様の低木が何本も見られる。
これは特段彼らが栽培しているわけではなく、上流から流れてきた木の実が発芽した結果育ったものだという話を聞いていた。
その木の実の堅い殻をどうにか剥がすと、中には柔らかく美味しそうな実がギッシリと詰まっている。
だが、その実にはある種の毒が含まれており、食べられる者は限られている。
そのせいか、いつしかその木は人間達からこう呼ばれるようになっていた。
オオヘビクルミの木、と――。
フレアは木製の家屋が並んでいる彼らの里へと近づく。
家々の大きな特徴というのが、川の増水に備えてすぐにでも解体及び分解しやすい造りとなっており、万が一に備えて緊急用の小舟が屋根に乗せられている。
そして、彼ら――オフィーヌ族がフレア達を出迎えにやって来た。
オフィーヌ族は槍を得意としており、集団で囲んでから集中攻撃するという訓練を実際に見た記憶があった。
オフィーヌ族達は穏やかな顔をフレア達へと向けているものの、その手には密かに短い槍が握られている。
「こんにちは」
フレアが声を上げると、集団の中央にいたアムーディが応じる。
「フレア様~? どうしたんですか~?」
「ちょっと、用事があってね」
「用事~? 何か昨日言い忘れたことってありました~?」
相も変わらずのほほんとした喋り方だが、その目線はほんの僅かではあるもののこちらの出方を伺っている。
フレアは皆の前に出ると、アムーディのペースに飲まれないよう心掛けてから話し出す。
「うん。前にさ、見張り台は必要ないって言っていたよね」
「ええ~。そうですよ~」
「僕ももう少し考えればよかったけれども、今になってさ、妙だなって思ったんだ」
「妙、ですか?」
アムーディの口元が歪む。
その笑みの示す意味は果たして何だろうかと思いつつも、フレアは怯むことなく口を動かし続ける。
「うん。敵の襲撃は勿論、急な河川の増水に備えてさ、あってもいい気がするんだ」
フレアは周囲にある家屋を指さす。
川の増水に備えて万全の対策がしてあり、川から離れた場所に予備の食糧庫が点在していることも知っている。
「いや~、そういった建築技術というものがないもんでして~」
やんわりとした答えに対し、フレアはすかさず言い返す。
「――必要ないっていったよね? あの時、検討中とか、立地場所を探しているというわけじゃなかった。というとさ、別の方法で何とかしているという意味にもとれるんだよ」
「何が言いたいんです~?」
フレアは今まさにオフィーヌ族との間に亀裂が走ったことを実感する。
誰が発しているかわからないが、殺気に近い異様な気配をその身に受けながらも、彼は小さく息を飲む。
視線の片隅では、エシュリーとアルートが緊張で身を強張らせており、フレアが唇を小さく噛んでいるとリナウスが彼の前へ出る。
「いやあ、君達が鳥を使役していると言いたいだけさ」
「鳥を~?」
鳥という単語が出たことに対しアムーディは動揺しなかったものの、その口調には苛立ちのようなものが感じ取れる。
フレアがマルマーク達を送っている際、鳥についての話題が出た時にアムーディが強引に会話の流れを変えようとした。
過剰なまでのあの反応は、万が一気づかれたことを恐れてのことだろうとフレアは考えていた。
「空から地上を見下ろせば、河川の状況や近づいてくる外敵を察知することなんざ簡単なもんさ。まあ、それだけでなく、盗聴させていたんだろう? 我々の会話を」
「会話を?」
エシュリーが驚きの声を上げたため、フレアは彼女を何とか落ち着かせる。
「ホウロウバトの報酬を盗み食いしたり、窓枠に見慣れない鳥の羽が落ちていたり、ちょいと雑じゃないかね? まあ、その羽根を回収できれば御の字だったがね」
リナウスが気付いたのは、フレアのさりげない一言からだった。
窓枠にホウロウバトとは違う羽根が落ちていたのを見かけた、と伝えた途端に、リナウスが暴走したことを嫌でも思い出してしまう。
もし、鳥の羽根や貝殻をコレクションする趣味があればリナウスの助けになっていたのだろうか。
仮にそんな趣味を持つにしても、どこの部屋に仕舞えばいいのだろうかとフレアが考えているとアムーディが言い返す。
「そうですね~。鳥を使えば簡単に把握は出来るでしょうね~。ただ、鳥が会話を盗聴できたとしても、人間や亜人の言語がわかるのですか~?」
確かにそれもそうだ。
フレアがリナウスを注視すると、空を仰いでから流暢な口調で話し出す。
それはまるで歌でも歌っているかのようで、フレアも聞き逃さないようじっと身構える。
「クロミアギンバトという鳥がいる。クロミア大陸にいる鳥の中でも五本の指に入るほど賢いそうだ」
流し目の先にはエリュシーの姿があり、彼女もまた身構えたまま無言で頷く。
クロミアギンバトとは以前エシュリーが話していた鳥の名前だったことをフレアは思い出す。
「私が調べた所、クロミアギンバトが道具を使って木の中にいる虫を捕まえるほどの知恵を持っていることを確認した」
「僕達がその鳥を飼っていることですか~? では、家々をお見せしますよ~」
しまった――。
フレアは心中で舌打ちをする。
アムーディは明らかに余裕を取り戻したらしく、リナウスの推測が外れてしまっていることを物語っていた。
しかし、リナウスもその反応を待っていた、とばかりに口角を上げる。
「いいや、クロミアギンバトを飼っているとは言わないさ」
「え、そうなの?」
フレアもリナウスからは鳥を使って盗聴をしていたとは聞かされていただけなので、この答えには驚く他なかった。
「じゃあ、単なる妄想にしか過ぎない、ということですよね~」
「その言い方は失礼だね。だが、ちゃんと尻尾は掴んであるさ」
リナウスが片手を大きく上げてしばらくすると、天から何かが急降下してくる。
徐々に大きくなるその姿に、フレアは鳥であることを認識するも、その翼幅だけでも群を抜いていた大きな鳥であることがわかった。
「ワシ?」
まっさきに反応したのはアルートだった。
目をキラキラとさせて見つめているも、ワシからは愛玩動物のような可愛らしさは微塵も感じられないが、その金色の羽は芸術品のように美しくも気高いのだから誰もが見とれてしまうだろう。
「クロミアオウゴンオオワシさ。鳥を知るにはやはり鳥の力が必要だと思った」
「あの時、窓から飛び出していったのは、もしかして――」
フレアの問いにリナウスはクスリと笑う。
「仲良くなるのは大変だったさ。先日から屋敷周辺を飛んでいる見慣れない鳥の追跡をお願いしていた。そうしたら案の定ビンゴという訳だ」
「あれ?」
ワシが鍵爪で何かを鷲掴みしていることにフレアは気が付く。
リナウスの肩へ降り立つと、その正体がようやく把握できた。
「小鳥?」
「ふふ、今日は折角だから徹底的な証拠を持ってきてもらったわけさ」
地味な黒色の羽を持った小鳥で、ワシの爪ならば簡単に八つ裂きにできてしまうに違いない。
フレアは以前ロバート君と一緒に空の旅に出ていた時に見たような気がするのだが、地味なせいかはっきりとした確信が持てなかった。
ワシも傷つけないよう気を付けているらしく、リナウスが何かを命令すると、大人しくその小鳥を手放した。
すると、自由になった小鳥は翼を羽ばたかせると、そのまま真っ直ぐにアムーディの肩へと止まった。
「ちょっと~?」
アムーディは、鳥は苦手だと言いたげな笑みを浮かべようとしていたのかもしれない。
だが、その笑みは不自然なくらいに引きつっており、周りにいる同胞達にもあからさまな動揺が伺えた。
「珍しい鳥だね。私も見た記憶がなかったさ。ホウロウバト達に確認してもこの辺で見たことのない鳥が餌場で盗み食いをしている、としか確認は取れなくて困ったよ。きっと、凄く賢いのだろうね」
リナウスはとても愉快そうに笑う。
周囲のちっぽけな存在を思う存分に馬鹿にするような、そんな威厳に満ちた笑いであり、耳にする者は肩を小さくしてその笑みが止むのを耐える他なかった。
「その鳥を手なずけ、盗み聞きするよう命じていたのだろう。いやはや、十中八九神魂術だと思っていたんだがね。こんなお粗末なトリックとは思いもしなかったさ」
「で、でも、鳥からの報告をどうやって理解すれば――」
「異法神の特権の一つに、知恵ある者の言葉は理解できるというものがある。そうそう、君の里で眠っているはずの神はバッチリ起きているんだろ? ん? 反論は早めにお願いするよ」
早口で捲し立てるリナウスに対し、アムーディは観念したかのように両手を上げる。
「ははは、これは参りましたね~」
「おお、観念したかい」
フレアは鳥達に向かって何かを囁くと、彼らはその場から勢いよく飛び去っていく。
「アムーディ。やはり、君が内通者だったんだね。しかし、どうして――」
フレアがアムーディへ近づこうとしたその瞬間だった。
「フレア殿!」
突如、アムーディの周辺にいたオフィーヌ族達が槍を突き立て、フレアへと突進してきた――。
アムーディが内通者だったとは……。
さて、次回は戦いが始まりそうです。
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それでは今後ともフレアとリナウスの活躍をお楽しみに。




