第六章「分岐」その9
『誰かが君のために魔法のランプで願いを叶えてくれた』
果たして、そんなことがあるのでしょうか?
でも、そうでもしなければ、強大な力を持った神が人間のためにお節介を焼いてくれることはないでしょう。
さて、フレアの疑問にリナウスは答えてくれるのでしょうか?
「その、リナウスは僕に何かを隠していない?」
リナウスは視線をスカーフからフレアへと移す。
その動作の一つ一つが滑らかで、流し目がフレアの感性をいたずら気味にくすぐる。
「ああ、隠しているさ」
「どうして?」
「どうして、だろうね?」
リナウスは遠い目で語る。
何かを胡麻化しているような、それでも不思議と悪意は感じられない。
フレアはリナウスを見据えながらも、しっかりとした口調でこう尋ねた。
「ふと思ったんだけど、エシュリーがアルートを呼んだように誰かが君を呼んだの?」
「どうだろうかね」
リナウスは静かに答える。
「……教えてはくれないんだね」
「まあね。そういう君こそ私に隠し事をしているんじゃないかな?」
図星を突かれ、フレアは押し黙る。
彼は幻聴の話を今の今まで誰にも話さずに隠していた。
もし知られてしまうと、今後同情の眼差しを向けられる。
不憫で可哀そうと思われ、まるで腫物のように扱われる。
ただ、それだけが怖かったのだ。
「正解のようだね。私が隠し事をしているのは、正直に言ってしまうと君を傷つけてしまうかもしれないと思ってさ」
その言葉にフレアは驚く。
まさか、単なる意地悪ではなく、自分のことを気遣っているとは思ってもいなかったからだ。
「僕が知らない方がいいの?」
「いや、もしかすると君は私の隠し事の答えを知っているかもしれない」
「ど、どういう意味?」
「そのままの意味さ」
リナウスは静かに告げる。
その落ち着いた様子から、一切の嘘を言っていないことをフレアは理解していた。
ただ理解してはいるものの、彼はその言葉を鵜呑みには出来なかった。
リナウスの真意は一体何なのか……。
彼は意を決してこう尋ねた。
「僕は、その答えを知った方がいいの?」
「どうだろうか。ただ、苦しんで考えた末に、答えがわかるかもしれない」
「苦しむのも必要?」
「生命とは常に苦しみを越え続けるものだからさ」
寂しく語るリナウスを見ると、これまでも生命が苦しみの中で育まれていることを目にしてきたのだろう。
「僕に耐えられるかな?」
「苦しみならも君がよく知っているじゃないか。君は昔から苦しみながらも、道を模索し、そして今に至っている」
苦しみ慣れているという言い方はあまりにも自虐的すぎるが、フレアの生き方はまさしくその通りだった。
いつ終わるともわからない苦しみの螺旋の中でも、彼は生き続けていた。
これからの人生も同じように苦しみ続けるのだろうと彼は考えてみるが、むしろ肩の荷が軽くなった気がした。
少なくとも、前のように一人で苦しまなくてもいいのだから。
「そうだね。苦しみながらも、考えてみるよ」
「茨の道を進むということでいいのかい?」
「茨が生えてようが、火で燃え盛っていようが、道であることには変わりないよ。リナウスのように、堂々と歩いて見せるさ」
「ふふ、頼もしい限りさ。そうそう、とっておきの朗報を持ってきた」
「朗報?」
リナウスにとっては朗報だろうが、フレアからすれば凶報かもしれない。
そして、幼い頃から朗報に縁のない彼は反射的に身構える他に選択肢がなかった。
「異端狩りと繋がっていた内通者がわかった」
「え!?」
これは朗報と呼んでいいのだろうか。
そんなことを迷う余裕もなく、フレアは大きな声を出してしまった。
「誰なの?」
「ああ。教えよう。そいつの名は――」
リナウスはある人物の名前を口にした。
当然、フレアもよく知っている人物で、驚きのあまり彼は再度叫んでしまう。
「そんな。だって、だって……」
フレアには信じられなかった。
苦楽を共にした仲間に裏切られるなんて――。
ふと、フレアはロバート君で皆を送っていた時に、妙な言動があったことを思い出す。
「確証はあるの?」
「ある。そして、どうやって、我々の動向を見張っていたかというと――」
リナウスは率直にフレアへと説明する。
説明自体も短く、リナウスが話し終えると、フレアは真顔でこう言うしかなかった。
「いや、嘘でしょ」
「驚くのも無理はないさ。私もドン引きするぐらい単純だからね」
リナウスは小さく笑う。その笑いは自虐の笑みなのか、声にはわずかだが怒りが込められていた。
「僕がもっと早く気が付けば……」
「いや、君が気にする必要はない。私の失策さ」
リナウスは申し訳なさそうに口にしているのを見て、フレアは何とか慰めようとする。
「そんなに落ち込まなくても。僕もショックで落ち込んでいるけどさ」
「ふふ、落ち込んでいる私はらしくないかね」
「うん。いつものリナウスのように傍若無人に振舞ってくれればそれでいいよ」
「最高の褒め言葉として受け取っておこう。はて、明日にでも訪問するかい?」
「う、うん。善は急げ、っていうものね」
フレアは雲間に浮かぶ夕日を眺めながらも頷く。
美しい夕日を見ても、彼の重く憂鬱な気分が消し飛ぶはずもない。
平和的に解決できればいいのだけれども、と彼は考えてはみるものの、果たしてそんな簡単に済む訳はないことはわかっている。
いっそ明日にさえならなければ、という無茶苦茶な願望もやがて訪れた暗闇に閉ざされてしまう。
フレアが悲愴に満ちたため息が終わったのを確認してから、リナウスは咳払いを一つする。
「フレア、いいかい? もしかすると、あちらさんも神魂術を使ってくる恐れがある」
「そうなの?」
「よく考えたまえ。この私に喧嘩を売っているということは、もし内通が露呈したとしても、私に勝てる算段があるのかもしれないね。まあ、淡い願望にしか過ぎないさ」
「ねえ、戦うことになるのかな?」
「嫌かい?」
「当然だよ」
「そうなると、万が一に備えて応援は必要だろうね」
「手伝ってくれるかな?」
「ふふ、代表取締役の頼みを断りはしないだろう」
確かに自分が頼めば、嫌がる者はいないだろう。
ただ、怪我をする可能性も高く、最悪死に至ることも考えうる。
覚悟を決めなければと彼は考えていると、あることに気が付いてしまった。
仮に無事に解決したとしても、今後も財団の事業を続けていくことができるのかということに――。
第六章 完
謎が深まる中、何とフレア達を裏切っていた内通者の正体が判明したようです。
気になる展開は次回以降始まる7章をお楽しみください。
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それでは今後ともフレアとリナウスの活躍をお楽しみに。




