第六章「分岐」その7
セインの里帰りに同行するフレア。
さて、セインは無事に故郷へたどり着くのでしょうか?
不気味なほど静かな原生林が続く中、フレアは木々を眺めながらも歩いていく。
見た所植生はモーリーの住んでいた山とあまり変わりなく、木々の根元に生えているキノコもまた見覚えがあるものばかりであるため、彼は妙な既視感を覚えてしまう。
もしかして、知らぬ間にモーリーの家へ向かっているのではないだろうかと思っていると、セインは森の中を迷うことなく前進している。
「セイン、この道で合っているの?」
「大丈夫です。木に目印が付いていますので」
「目印?」
フレアは周囲の木をよくよく見てみると、何本かの幹に刃物で傷つけた痕が残っていた。
「あともう少しですので、辛抱してくださいませ」
「大丈夫だよ」
フレアはどちらかというと山道を歩くのは好きではなかった。
ぼんやりと歩いていると道に迷うし、うっかりと足を滑らせてしまって運悪く高所から落ちてしまえばそれで一巻の終わりだ。
獣道を進んでいく中、どこまで進めばいいのかという不安が彼の胸中を過ぎる。
両足が疲労を訴える中、セインが唐突に声を上げた。
「フレア様。あちらです」
「え、あ、うん」
先程の『あともう少し』から、小一時間ほど経っている気がした。
フレアがセインの示す先を見てみると、そこには洞窟らしきものがあった。
「足元に気を付けてください」
「うん」
入り口は木々で巧みに隠しており、木の間をすり抜けて洞窟の内部へと入る。
セインの言う通り足元は滑りやすく、暗いのも相まって山以上に神経を使う場所だった。
どのくらい歩くのかとフレアが心配していると、前方に明かりが見える。
トンネル状になっていたらしく、そこから抜け出ると小さな集落へと辿り着いた。
「ここは――」
「ここが私の故郷です」
木造の家々が並んでおり、フレアがセインと一緒に進んでいくと、畑仕事をしているカプリアノ族に出会う。
セインと同じくヤギのような角に、褐色の肌と魚の尾びれのような尻尾、それに亜麻色の髪をしており、身に着けている服は樹皮布らしく染料で染め上げられている点からも、独特の文化を持っていることが伺えた。
フレア達を見つけた彼らは言葉を発するも、フレアからすれば何を喋っているかさっぱりわからない。
ただ、農具や棒切れを持ってフレア達に向かってくる点からすると、少なくとも歓迎してくれてはいないようだ。
「皆様! 落ち着いて!」
セインが皆へと語り掛ける。
暫くの間、彼女の必死な説得もありカプリアノ族達は武器を下ろしこそはしてくれたが、やはりその目には敵意が溢れたままだった。
異質物を排斥するのはごく当然であり、フレアも幾度となく受けてきた。
はて、彼らの警戒を解くためにはどうすればよいかと考えていると、強引にこちらに近寄って来る姿があった。
「あれはお父様!」
「お、お父様?」
フレアはセインが父と呼んだカプリアノ族は彼女と面影がどこか似ており、傍らには母親と思しき女性も不安げにセインの父を見守っている。
母親はセインをぎゅっと抱きしめると、目からボロボロと涙を流している。
そんな感動の再会にフレアもまた目頭が熱くなるも、セインの父は腫物でも見るかのような視線をフレアへ向けていた。
「フレア様。父のテューと、母のムニンです」
テューはフレアに語り掛けるが、共通言語でないため言葉がわからない。
ただ口調と表情から、フレアに対して良くない感情を持っていることは容易に想像出来る。
「えっと、私が通訳をいたしますね」
「頼むよ」
セインはどうにか父親を宥めようと試みているが、中々説得に手間取っているようだ。
フレアは様子を伺っていると、テューは怒りに燃えているらしく、まるで親の仇とでも言わんばかりにフレアを睨んでいる。
これはどうしたものかとフレアが身構えていると、突如ムニンが夫の頬を抓る。
呆気にとられている夫に対し、セインの母は目を吊り上げて叩きつけるように怒声を上げている。
何を言い争っているのやら。フレアは蚊帳の外で様子を見守るしかなかった。
「どうやら、私の服装に怒っているようです」
「はい?」
「お父様はフレア様が、私を辱めるためにこんな服を着させている、と誤解されているみたいです」
「そ、そうなの?」
特段露出が多いわけでもなく、色合いも白と黒の二色で地味なものだ。
むしろ、彼らの普段の格好の方が肌を露出しており、フリルとヘッドドレスに恨みでもあるのかとフレアは首を捻る。
申し訳なさそうにするムニンと、仕方なくという感じでテューは頭を下げている。
「とりあえずその格好に変な意味はないと説明して貰っていいかな?」
「ええ、わかっております」
それからどうにか誤解が解けたようで、テューは謝罪らしき言葉をフレアに告げる。
フレアもまた紛らわしい格好をさせて悪かったと口にすると、その気持ちも伝わったようで、険悪な雰囲気は徐々にほぐれていった。
「さて、皆にお土産です」
セインのバスケットの中身を見て、これは何だと皆が興味津々といった様子でその中を覗き込んでいる。
どこから持ってきたかわからないガラクタも多かったが。それすらも目を輝かせていじくり回している辺り心の温まる光景だ。
「いいご両親だね」
「え、ええ」
「どうしてまた家出を?」
「私の種族はとても閉鎖的なんです。この山から外へと出てはいけないと、ずっと言われて育てられました」
「え」
フレアは小さく驚く。
今もなおセインのお土産ではしゃいでいる彼らの姿を見ていると、閉鎖的とはとても思えなかったからだ。
「古くからの言い伝えで山から下りるなと厳しく躾けられてきましたが。ある時私はふと広大な外の世界を見てみたいと思い、家族と喧嘩して家を飛び出したんです」
「そんな経緯が……」
深い意味を考えない無謀な家出というのはよくあるが、その結果異端狩りに捕まるとは思ってもいなかっただろう。
「最初はもう二度と戻って来るな、と怒られると思っていたのですけれども」
「皆、待っていてくれたんだね」
「はい――」
セインの目から零れ落ちる涙を拭う姿を目にして、フレアは心臓が高鳴るのを感じた。
この色気は反則だろうと思いつつも、彼は大きく咳払いする。
「セイン。こうやって、ご家族の方が出迎えてくれた以上、無理して働かなくても……」
「いえ、私はフレア様の――えと、ではなくフレア財団に身をささげるつもりでございますので、心配は不要です!」
「そうか、ありがとう。今後ともよろしく頼むよ」
「はい!」
フレアにとってセインの存在は大きかった。
彼女がいるだけで、フレアだけでなく皆が明るい気分になるからだ。
本当に素敵な子だなと思いつつも、彼はこう続ける。
「今後も亜人の皆のために、出来る限りのことをしよう」
「はい。それにしても、亜人の皆様方がたくさんいらっしゃるとは思いませんでした」
「そうだね」
「私の家は古くから神を守ることばかり教えられて、世界がどうなっているかはまったく教えられませんでしたから」
セインの唐突な言葉に、フレアは目を丸くする。
「そうか。カプリアノ族にもいるんだよね」
「は、はい。岩石と障壁の神のディアム様です。リナウス様にはお話をしたのですが、フレア様はお伺いしていないのでしょうか?」
「いや、さっぱり。それで眠っているの?」
「ええ、ずっと前から眠っております」
起きていたらそれこそリナウスも躍起になって話を聞き出すだろうとフレアが考ええていると、セインの後ろからムニンが近づいてくる。
そして、母と娘の会話が始まったのだが、これがやたらと長かった。
久々の会話なのだから仕方ないのだろうが、フレアからすれば二人が何を喋っているのかがわからず眠気すら覚えてくる。
ムニンの後ろにはテューの姿もあるのだが、彼もまた長話にうんざりしているらしく、暇そうに空を眺めていた。
フレアもまた空を眺めたり、周囲にある草木に目をやったりして、とりあえずは時間を稼ぐことにしているのだが、時折テューと目があってしまい、フレアは気まずい雰囲気に身を強張らせる。
セインとムニンがフレアを指さして、キャッキャッとはしゃいでおり、それと反比例するかのようにテューの機嫌も悪くなっている気がしてならない。
ふと、フレアの頭に妙な考えが浮かんでしまう。
よもや、これは彼女が親に彼氏を紹介しているような、そんな場面ではないだろうか。
気晴らしに誰かと話そうにも誰とも話せず、逃げようにもどこへも逃げられない。まさに針のむしろの上にいるようで、ただただ時間が流れているのを静観するだけの拷問のような仕打ちだ。
すると、思い出したくもなかった、そのまま地中に埋めておきたいフレアの過去が、濁流のごとく押し寄せてくる。
彼の胸中に、久々に怒りが燃え上がる。
しかし、その怒りは奇妙なことにとげとげしくはなく、どこかドロリとしており、まさに濃厚な蜂蜜のようであった。
ナメクジのようにヌメヌメと動き、それの這いまわる姿が蠱惑的にすら思える。
そして、実に甘い口調で、フレアに語り掛けるのだ。
――復讐はどうするの、と。
「フレア様!」
耳元での大きな声に、彼は目を覚ました。
セインが両親と無事に再会出来て一安心です。
面白いと思いましたら、いいねやブックマークをしていただければ幸いです。
それでは今後ともフレアとリナウスの活躍をお楽しみに。




