第六章「分岐」その5
何事もなく平穏な感じが続きます。トラブルがなければよいのですが……。
それから三日ほど過ぎた所で、話し合いもようやくまとまりがついた。
異端狩りの襲撃に備えて亜人達の里に簡易的な防衛施設の設置や、冬に備えての保存の利く食料の調達等々、フレアはこなさなければならない課題の攻略に決意を固める。
彼としてはもう少しマルマーク達にも滞在して貰おうと考えたが、彼らも皆を率いる族長という立場であるため、これ以上負担を強いる訳にもいかなかった。
今の所異端狩りの動きも特になかったため、フレアはロバート君で彼らをそれぞれの里へ送ることにした。
「いや~、本当すみませんね~」
ロバート君の背の上で楽しそうにはしゃいでいるアムーディを余所に、フレアはぼんやりと考え事をしていた。
まだ時間帯も早いせいか、無数の涼しい朝風が踊っていた。
流れゆく雲を眺めていると、中々にいいアイデアが生まれる――。
そう言いながらも仕事をしていたリナウスはどこに行ってしまったのだろうか。
そんなフレアを余所に、マルマークは自慢の髭を撫でながらも呟く。
「それにしても、空を飛べるなんざ思ってもいなかったですぜ」
「同感です」
興奮しているマルマークに対し、ユケフは冷静に振舞っている。
だが、その目がどこか泳いでいることに、アムーディは気が付いてしまった。
「ユケフさん。もしかして、怖がっています~?」
「生憎高い所は苦手だ」
「へ~。意外だね~」
アムーディはからかうような声を出している。
そのテンションはまさに昼休みの男子学生のようで、フレアの集中力が途切れてしまう。
はしゃぐアムーディと、それに同調するかのように喋り出すマルマーク。
フレアもあまり賑やかなのは好きではないがそれよりも問題なのはロバート君だろうか。
ロバート君も我慢強くなったものだな、と思っていると、彼の飛行速度が増したような気がした。
とっととマルマーク達を送り出したいのだろうか。
フレアがロバート君に同情していると、すぐ真上に何かが飛んでいることに気が付く。
「ん。あれは鳥の群れか」
「鳥ですかい! いやあ、鳥肉は大好物なんですぜ!」
マルマークは舌なめずりをしながらも、フレアの目線を追うも、その姿は既に小さくなってしまっていた。
「マルマーク。君の大好物は多すぎないか?」
ユケフが呆れるも、マルマークは胸を張って言い返す。
「好きな物が多ければ、人生は楽しいものですぜ。ユケフの旦那も肥えた鶏が好物じゃあなかったんですかい?」
「ええ。丸々と肥えたものは脂が乗っていますからね」
「そうそう、そんな感じで楽しくなるんですぜ。旦那も鳥肉は好きでしょう?」
「え、僕? 好きだけれども……」
「ですよね~。手紙を運んでくれるホウロウバトも美味そうで――」
「もう、食べちゃダメだよ」
幼い頃は好きな物をねだることすら出来なかったのだから、マルマークの意見ももっともかもしれない。
欲望に従うと僕は大勢のメイドを侍らせて、自由気ままな生活をしていのだろうか。
フレアがそんなことを考えていると、会話は鞠のように弾んでいく。
「アムーディもよ、鳥は好きだよな?」
「ええっと、あの、そうだ! それにしても、どうして僕達の里は襲われたのですかね~?」
「唐突だな。オイラが知るかっての」
「連中の考えていることはわからない。あの粗暴な様子を見ると、人間との平和的な解決には、その、時間が掛かりそうですね」
「そうだろうね」
一瞬、ユケフの言葉が濁ったのをフレアは聞き逃さなかった。
フレアの手前、難航するといった類の単語を避けたかったのだろうが、今度は時間が全てを解決してくれるという甘い考えにも聞こえてしまう。
自分が何とかしなければ、とフレアは改めて考え直していると、目的地へ着いたらしくロバート君が降下を始める。
最初に辿り着いたのは一番屋敷から近かったリーオ族の里だ。
ロバート君が地面へと降り立つと、マルマークは放たれた矢のごとく駆けだした。
「皆、ただいま~!」
マルマークが草むらを駆け向けて叫んだその瞬間だった。
彼の耳元を掠めるように、高速で石が飛んでくる。
あまりの速さにフレアも身を強張らせることしかできなかった。
警告なのだろうが、それにしては容赦のない速度だ。
「ちょ、お前達!?」
そして、どこに潜んでいたのやら、草むらからぞろぞろと白い毛玉が現れる。
一見無害なぬいぐるみにしか見えないが、各々が槍や斧で武装をしているのだから何とも言えない恐怖を醸し出している。
さらに恐ろしいのはそれらの武器が鉄製であることだ。亜人達の中でも鉄器を扱う者は少ないというのに。
フレアが頭上を見上げると、樹上には弩を構えたリーオ族が並んでいる。
木には見張り台らしきものが備え付けられており、恐らくはロバート君の飛来している姿を見て臨戦態勢をとっているのだろう。
リーオ族は誰もが幼い頃より先祖代々の武術を学び、仕事の合間を縫っては日々鍛錬に勤しんでいるとフレアは聞かされていたが、それにしては短時間でこうも素早く戦闘配備を済ませるのだから驚く他ない。
「おい、オイラだよ!」
マルマークの怒声に対し、リーオ族の一人がこう声を返す。
「これは族長。おかえりなさい」
「ったく、こんな手荒な歓迎をすることないだろ!」
「先日の襲撃以降、誰であろうとも里に近づく者は容赦をするな、と族長が命じたのですけれども」
「へっ、そいつは悪かった。では、改めて命令するがね、族長とフレア財団の方々に対しては無礼を働くな、と皆に伝えてくれ!」
尻尾の毛を逆立てながらもマルマークは叫ぶと、リーオ族の皆はやれやれ、と言った様子でその場から退散していく。
「旦那、見苦しい所を見せてしまって申し訳ないです」
「いや、大丈夫だよ。じゃ、元気でね」
「元気のないオイラを想像は出来ないと思いますがね。ではでは」
マルマーク達に別れを告げ、フレア達は再び空の旅へと赴く。
「いやあ、マルさんの所は凄いね~」
「あの統率力は見習いたい所です」
頷き合う二人を見ると、やはりある程度の防衛手段や装備、場合によっては砦の類の建造も考えなくてはならないだろうか。
求めている平和は遠いものだと考えながらも、次にフレア達はオフィーヌ族の里へと向かった。
ロバート君が降り立つと同時に、オフィーヌ族達の歓声が沸き起こった。
すっかり人気者になってしまったなと、フレアは照れ笑いしながらも、皆に向かって手を振る。
「皆フレア様に感謝しているんですよ~」
「そ、そんなに感謝されるようなことをしたような記憶は……」
「何を言っているんですか~。リナウス様と一緒に厄介なイノシシを追い払ってくれたじゃあないですか~」
フレアは思い出す。
かつて、オフィーヌ族はイノシシに苦しめられていた。
イノシシと言ってもクロミアオオイノシシと呼ばれる種類で、集団で各地を荒らし回り、作物を根こそぎ食い漁るというとんでもない猛獣だ。
フレアも間近でクロミアオオイノシシを目にしたことがあるものの、さながら暴走する重戦車のごとくのを駆ける姿には唖然とする他なかった。
そんな彼らではあるが、リナウスによる強引な説得により今では人里離れた場所では大人しく暮らしているとのことだった。
そんな彼らの木製の家々を目にしてフレアは小さく呟いた。
「アムーディの里は変わっているね」
「そうですか~?」
「うん。水害に備えられるようすぐに移動しやすい住居が特徴的というか……」
「いや~、大したことないですよ~」
「じゃあ、何かあったらいつでも連絡してね」
「わかってますよ~」
得意そうに喜ぶアムーディを送り届けた後、今度はラクセタ族の里へと向かう。
ラクセタ族の里は岩山に位置しており、人も滅多に立ち寄らない、いわば秘境のような場所に住み、主に岩山に生息するクマやトナカイを狩猟し暮らしていた。
ラクセタ族は寡黙な性格なのだろうか、フレアが到着すると彼らは丁寧に出迎えてくれる。
「フレア様。この度は本当にお世話になりました」
「いやいや、お礼を言うのはこっちだよ」
フレアはユケフに感謝しつつも、ラクセタ族の里に目を向ける。
彼は切り出した岩を組み合わせて建てられた家々を眺めつつも、周辺に生えている植物が少なく、変わりやすい天候と合わせて過酷な環境だなと改めて思いなおす。
「見た通り住みにくい環境なんですよ」
フレアの気持ちを察してか、ユケフはそんな感想を述べる。
「え、そうなの?」
「はい。曾祖父から聞いたのですが、ラクセタ族は元々粗暴な性格の者が多く、流血沙汰が多かったそうです。お恥ずかしながら同族での土地争いも多かったとも聞きます」
「そうだったのか。それは知らなかったよ」
「そのためか、お恥ずかしながら祀られている神についての伝承も曖昧で、名前すらわからない状況なのです……」
申し訳なさそうに頭を下げているユケフを見ていると、フレアはどう声を掛けていいのかわからなかった。
オースミム戦役で多数の被害が出た以上仕方ない話かもしれないが、それでも先祖が守り続けてきた存在を無下にするのは心の底から辛いことだろう。
「いつか、眠っている神も目を覚ますと思うよ。だからさ、その時に事情を説明すればきっとわかってくれるよ」
「わかってくれますかね……」
「心を籠めればきっと大丈夫だよ」
「そう、ですよね。フレア様、ご助言ありがとうございます」
落ち着きのあるユケフが族長である以上、ラクセタ族の未来は明るいだろう。
フレアはユケフに別れを告げると、ロバート君と共に屋敷へと戻ることにした。
個性溢れる仲間達を見ていると、この中に本当に裏切者がいるのかどうかわからなくなってきます。
それでは今回はここまでとなります。また次回をお楽しみくださいませ。
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それでは今後ともフレアとリナウスの活躍をお楽しみに。




