第六章「分岐」その4
リナウスの突飛な行動に振り回されながらも、物語はどのように進んでいくのでしょうか?
フレアが食堂へと辿り着くと、まず彼の目についたのが腰を抜かしているエシュリーの姿だった。
「フ、フレア殿!? こ、これは!?」
「大丈夫。リナウスが呼び出しただけで敵じゃないよ」
フレアは共通言語で語り出す。
先程の蟲は食堂の隅におり、その複眼は室内の様子を捉えているのだろう。
マルマークとアムーディ、それにユケフもまた食堂におり、背を壁に貼り付けていた。
「旦那。いくら大丈夫と言われましてもね。こいつは薄気味悪いっすよ。仲良くなれ、なんて言われても難しいですぜ」
「ごめん。僕もリナウスの気まぐれにはついていけなくて……」
フレアは笑いながらも、三人の亜人達の様子を窺う。
アムーディは興味津々という様子で、ユケフは小さく身震いをしている以外、何ら変わりはなさそうに思えた。
フレアとしてはあまり他人を疑いたくはなかったし、リナウスの言う通り必ずしもこの三人の中に犯人がいるとは限らない。
「フレアも大変だよね~」
「害がないのならばよいのですが」
「うん。リナウスがいないけど、早速臨時会議を始めてもいいかな?」
「私は構わないのであるが、ただアルートを見なかったであろうか?」
「えっと、食卓の下にいるけれども」
「これ! しっかりせぬか」
自分が腰を抜かしていたことは置いといて、エシュリーはアルートを強引に引きずり出す。
「アルート。怖がらなくても大丈夫だから」
フレアが宥めようとすると、アルートはおどおどとした様子でこう尋ねてきた。
「フレアは、怖くないの?」
「え」
フレアはもう一度蟲を注視してみる。
改めて不気味だなという印象しかないが、それ以上にこの蟲がどんな原理で創られたのか、と考えるとどうにも気づいてはいけないことに勘づいてしまいそうだった。
「み、皆。会議を始めよう」
嫌なことを忘れるには他の何かに集中するべきだ。
臨時会議という名称はあるものの議長や書記はおらず、今ある重要な問題の解決に向けての皆が意見をぶつけ合う話し合いとなっている。
自由に話し合うのが皆の性に合っているからで、フレアとしても堅苦しいのは抜きにしたかった。
異端狩りの襲撃によって補填した予算の穴埋めをどうするかについての話も出たが、今冬をどう乗り切るかについての話がメインとなった。
「旦那。ウサルサ族とヘイクス族、それにサジルタ族の食料についてなのですがね、どうなさいますかい?」
「ウサルサ族は地虫を食べるから大丈夫らしくて、サジルタ族も食料の備蓄は問題ないみたい。ただ、一番の問題はヘイクス族かな」
ヘイクス族の食料は主に狩猟と採取に依存している。
当然、取れる獲物や木の実が減少すれば冬を越すのが難しくなるわけであり、今年は彼らの食料の貯蓄が不足しているのが問題だった。
「どうします~? 彼らの分の食料を購入するとなると、予算が厳しくなってしまいますよ~」
「フレア様。人間達の市場では不作によりクロミア麦の価格が高騰しております」
「うーん。困ったな」
フレアは暫く考えてから、机の上にちょこんと座っているマルマークへ尋ねる。
「マルマーク。リーオ族の今年の魚の獲れ具合はどう?」
「え? そうですね。ボチボチといったところですぜ」
「そうか。ユケフのところは、確か――」
「私達ラクセタ族の方は、過剰な狩りはしないようにしております。申し訳ないのですが、余り分を提供しておりません」
「僕の所の木の実は少し余りがありますね~」
「分けて貰えるかな?」
フレアが身を乗り出して尋ねると、アムーディは残念そうな顔でこう返す。
「いや、その、僕ら以外の種族には毒なんですよね~」
これもよくあることで例えばネギ類も普通の人間ならば無毒であるが、特定の亜人に対しては猛毒となるといった食べ物も多い。
「それは参ったな」
フレア財団に協力する恩恵として一番大きいのが食料面の援助だ。
誰もが食わねば生きていけないのが世の常であり、これなくしては異種族同士の交流も成り立たなかっただろう。
しかし、食料を定期的に確保するというのもまた難しいものであり、金銭で簡単に解決できるものでもなかった。
フレアが困っていると、エシュリーが手を上げる。
「フレア殿、ザウナ公国の話となるのだが、公爵芋が余っているという噂があるのだが」
「え、余っているの?」
「そうである。小耳に挟んだ話で確かとは言えないのであるが」
フレアは主に王都にある商人ギルドや、王都よりも距離は離れている商業都市カームルンにて亜人達の食料品の仕入れを行っているが、これを機にさらなる販路の確保も急務ではないかと確信する。
「なるほど。いざとなったら話を聞いてみてもいいかな」
「芋ですかい。オイラは別に嫌いじゃあないですけども」
「マルさんの分じゃあないですよ~?」
「わ、わかっているっての!」
アムーディがマルマークをからかっている様子を見て、ユケフは楽しそうに笑っている。
旧来の親友のような無邪気なやり取りを見ていると、リナウスの言っていた内通者がいることは間違いではないのかと思ってしまう。
「皆様、ただいま戻りまし――きゃっ!?」
外出していたセインが驚きの声を発する。
「セイン!?」
[フレア様。それは――」
「えっと、リナウスが呼び出してさ……。どうして呼んだのか僕にもわからなくて」
「リナウス様が? それならば仕方ありませんね」
「あ、うん」
あっさり納得してしまったセインを見ると、彼女もまた随分逞しくなり、ある意味では自分以上に成長しているのではないかとフレアは考えてしまう。
それから、セインが夕食の準備をしている最中、彼らは今後のフレア財団の予定について話し合いを続ける。
その中でも、今後の異端狩りへの対処に関する議論が再熱した。
オースミム教への本格的な抗議行動をするべきだと主張するマルマークをフレアが宥め、いっそのこと亜人達の防衛軍を結成するかとエシュリーが提案し、ユケフとアムーディがそこまでやると本格的な戦争になるのではないかと咎める。
「やはり、見張り台は必要ですぜい!」
「あれば便利でしょうね。将来的には大がかりな砦があればなおよしかと」
「僕の所は必要ないかな~」
「必要ないの?」
「はい。ないんですよね~」
皆が皆騒々しく話し合う中、アルートだけは何と発言していいものかわからないまま困惑していた。
フレアが話し続けた疲労を覚えたその時、金属音が鳴り響く。
もう夕食の時間かと思い、フレア達は話を中断して、食事にすることにした。
食器を並べてから、皆で食卓へ着席する。
「何だか気合いが入っているね」
フレアは貝と海老のシチューに舌鼓を打ちながらもスプーンを動かす手を早める。
「そうでございましょう?」
「こりゃあ確かに美味いですが、オイラの所で食べる海老と比べると小さいような。貝も身がやせ細っているといいますか……」
「えっと、それは川で獲れる貝と海老を使っているんです。先程獲って来たばかりなんです」
「へえ、川ですかい。それにしては、ここまで美味しくできるもんなんですかね」
「セインの腕は凄いからね」
「いえいえ、これもモーリーさんの教え方が上手だったのもございますから」
フレアもかつてお世話になったモーリーから料理を習ったことがあるものの、あの手際が良く、なおかつワイルドな調理法はどう頑張っても辿り着かなった。
また、フレアはセインに食事を作ることは頼んでいるものの、特段メニューの指定をしたことはなかった。
セインの作る料理は食費代を節約するために、季節の野草のサラダや、近くにある川や森で獲れた物で料理をするのだが、これが中々に美味しい。
「鮮度が大切ですものね~」
そう言いながらも、アムーディはぺろりと平らげてしまった。
その他方、ユケフは静かにシチューを味わっており無言ではあるが、彼の舌にも合っていたようだ。
夕食を食べ終えると、話し合いは翌日に行うということで一旦解散となった。
来客用の部屋に移動していったマルマーク達と別れてフレアは自室へ戻る。
廊下には照明用のランプが等間隔に設置しており、そのおかげで躓く心配はないのだが、時折ゾッとするような光景に出くわすこともある。
誰もいない廊下にて無言で佇んでいる所を見ると、いくら慣れていてもやはり心臓に悪いものだ。そう思いながらもフレアは声を掛ける。
「あの、アルート?」
ランプを見つめていたアルートはフレアの存在に気が付くと、ペコリと彼に頭を下げる。
「ごめんなさい」
トテトテと手足を動かして去っていくアルートを尻目に、フレアが自室へと中に入ると、またも心臓に悪い事態が発生した。
「い、いつの間に!」
一足お先とばかりに、あの黒い蟲が彼の部屋の隅っこにいた。
何を考えているのかさっぱりわからないが、どうやら暫くはこの蟲と一緒に過ごさないといけないようだ。
フレアは諦め、毛布を頭から被って眠ることにした。
その晩は当然というべきか妙な夢を見てしまうが、いつもの悪夢ではなく、どこか明るく楽しい夢だった。
ただ一点、夢の中でも黒い蟲がじっと見つめてくるのを除けばの話であるが――。
ひとまず平和な雰囲気で一安心ですね。
面白いと思いましたら、いいねやブックマークをしていただければ幸いです。
それでは今後ともフレアとリナウスの活躍をお楽しみに。




