第六章「分岐」その3
さて、リナウスとフレアの会話がまだまだ続きます。
果たしてどんな展開が待っているのでしょうか?
気を取り直してからフレアはリナウスへと問いかける。
「ユケフ達を屋敷に招いたのもリナウスの考えだよね。内通者がいるかもしれないっていうのに、どうしてそんなことを?」
「そりゃあ、単純に疑わしいからさ」
「え? 疑わしいって――。あの三人が?」
「そうさ。条件としては、フレア財団に初期から加わっているから財団の事情に詳しく、他の亜人達の里の位置も把握している。そして――」
「そして?」
「彼らの里には休眠中及び目覚めている異法神がいる点さ」
フレアも以前見た覚えがあるも、ユケフとアムーディの里で見られた異法神とリナウスがコンタクトを取れていなかったことを思い出す。
「でも、少し力を取り戻しているのは、マルマークの里にいたユウジラミだけだよね?」
「私が危惧しているのは寝たふりをしている神がいるかもしれないということさ」
「寝たふり?」
「ああ。言っておくけど、強引に話を聞くのは得策じゃないさ。下手に機嫌を悪くしてしまったら、周囲に多大な犠牲が出る」
そりゃあ触らぬ神に祟りなし、というものだ。
目の前にいるメイド服姿の神を見ながらも、フレアはこくこくと頷く。
「えっと、彼らがカミツキである可能性があるってことだよね。それが疑わしい理由の一つなの?」
「ああ。神魂術によっては遠く離れた場所の会話を盗み聞き出来るものもある。それを駆使すれば、君のスケジュールを知ることなんて楽なもんさ」
「そ、そうだね。ところで、ユウジラミはどうなの?」
フレアはマルマークの使っていた神魂術を思い出す。
完全に姿を消せるわけではないが、それでも諜報には持って来いだ。
「休眠から覚めているものの本調子ではなく、過去の記憶がすっぽり抜け出ている――。うーん、少々都合がよすぎるということで、マルマークも警戒対象さ。そして、彼らを屋敷に招き、ボロを出さないか様子を見ていたがさっぱりだね」
「そういう意図があったの?」
「まあね。君の望むような、平和な解決方法というのは実に難しいもんさ」
リナウスの困ったような笑いを見ていると、流血沙汰にならないような解決方法を考えているのだろうか。
本来ならば、そんなまどろっこしいことはしないに違いない。
フレアは自分が迷惑を掛けているような気がして、どうにも気まずい雰囲気が流れてしまう。
先程も何気なく会話をしていたが、虎視眈々と僕の首を狙っていたのだろうか。
彼は胸の中に何かが渦巻いているような息苦しさを感じてしまい反射的に席を立つ。
「ちょっと、外の空気を吸っていいかな」
「好きにしたまえ」
お言葉に甘えて、フレアは鎧戸を開けると、涼しい風が柔らかく吹き込んでいる。
そこには止まり木で休んでいるホウロウバトが何羽かおり、丸々とした目で彼を見つめていた。
彼はホウロウバト達への報酬である木の実を確認してみる。
「あれ?」
「どうしたんだい?」
「いや、前までは木の実の減る量が早かったけれども、最近問題がないんだ」
「そりゃあ、よかったじゃないか」
「うん。ところで――」
フレアは先日窓枠に落ちていた物についてリナウスに語る。
思えば大したことなくすっかり忘れていたため、彼自身何とも思っていなかった。
だが、彼が話し終えたその瞬間だった。
「そうか――」
リナウスは舌打ちをしたかと思いきや、その次の瞬間に突拍子もない行動を始めた。
「え?」
フレアもこれには流石に混乱した。混乱のあまり、変な白昼夢にでも襲われているのかとすら思ってしまう。
何故ならリナウスが唐突にクローゼットへ頭突きを始めたからだ。
「え? え?」
まるで大木でも切り倒したかのような重い音が書斎に響き、当然屋敷中に伝わる。
地獄の底から邪悪なものが足踏みをしながらやって来る――。
フレアの脳裏にそんなありもしない妄想が過る。
幼児でももう少しまともで愛嬌のある物語を考えるだろうが、いつかは誰かが助けてくれると何度も願っては裏切られていただけあり、彼の想像力はねじれた方向に発達したせいもあっただろう。
いくら混乱しているからといって、あのリナウスに立ち向かうほど愚かでもない。
彼は今までの経験から自分のなすべき行動を考えると、方法は一つしかなかった。
それは古来より生物ならば誰もが通る道であり、単純ではあるがこれがなければ人類の歴史は作られなかっただろう。
息を殺して空気に溶け込み、大胆に足を動かす――。
フレアが覚悟を決めたその瞬間だった。
「いや、どうして逃げるんだい?」
リナウスに肩を掴まれ、フレアはぎこちない動きで背後を振り向く。
そこには鬼のような形相――ではないが、少なくとも彼の背筋がピンと強張るようなとびっきりの笑顔を向けており、おまけに特製の漆黒のメイド服が否応なく恐怖感を引き立ててもいた。
「だって普通は逃げるよ」
「そんなに異常な行動をとったつもりはないのだがね」
「いや、どう見ても異常にしか――。ごめん、何でもないよ」
「ふふ、私はいつ何時であろうとも正常さ」
そう言いながらもリナウスが乱れた服装を直していると、扉が少し開いていることに気が付いた。
わずかに開いた隙間からセインが顔を覗かせており、恐らくはリナウスが頭突きした音を聞きつけたのだろう。
当然その視線をリナウスが見逃すはずもない。
「見世物ではないのだがね」
ドスの利いた声を発すると、慌ただしい足音と共に気配は去って行った。
共通言語ではなく日本語だったのだが、リナウスは気にすることもなかった。
フレアがセインに心の中で謝っていると、リナウスは真面目な顔で彼を見つめる。
「うーん、なんと言えばいいのかな。とりあえずはこう言っておけばいいのかね」
「な、な、何?」
「お手柄だよ、ワトスン君」
リナウスがフレアの両肩をポンと叩く。
その両手からは体温は感じられないものの、彼は仕草からリナウスなりの優しさが込められているのを感じ取った。
「え?」
「早速だが、やらなくてはならないことが出来た。一週間ばかり時間をくれたまえ」
「いや、ちょっと――!?」
「大丈夫さ。見張りもどきを出しておく。ちょいと借りるよ」
リナウスがフレアの髪を引っ張るようなしぐさをしつつも何かを唱えると、蛇のように長い蟲が彼のすぐ傍に現れる。
「うげっ!? なにこれ!」
見た目はサナダムシを巨大化したような姿で、特徴的なのが頭部に蜘蛛のような複眼がついている点であり、あとは不気味で気色悪いという印象しか頭に入らない。
「ふふ、愛嬌があるだろ? じっと見つめることしかできないが、この子の前では悪事はできないさ。まあ、心配ならば私を呼びたまえ。では失礼させて貰おう」
リナウスはそう言いながらも、開かれた窓から文字通り身を躍らせる。
面食らって逃げ出すホウロウバト達の羽音を聞きながらも、その姿が見えなくなってから、フレアは再び椅子に腰を落とす。
そして、机に顔を伏せて静かにこう思った。
もし、リナウスに飽きられたらどうしたものだろうか――。
人間が不要なおもちゃをゴミ箱に放るように、神もまた飽きたら人間を容赦なく見捨てるだろうし、それを咎める者は誰もいない。神にとって人間とはその程度の存在なのだからと思うと諦めも付く。
彼が身を起こすと、先程の蟲がどこにもいないことに気が付く。
どこか安心していると階下の方から悲鳴が聞こえたので、彼は急いで書斎を出て、悲鳴の元へと向かった。
リナウスの奇行には驚かれますね。
さて、一体フレアはリナウスに何と告げていたのでしょうか?
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それでは今後ともフレアとリナウスの活躍をお楽しみに。




