第六章「分岐」その2
楽しいお食事の時間となるのでしょうか?
では、前回からの続きをお楽しみくださいませ。
フレア達は食堂のカウンターまで向かい、食事の載せられたトレイを受け取り、自分の席まで持っていく。
魚のムニエルと、ニンジンのソテー、それにチーズのたっぷりかかったトーストという豪勢なメニューを前に、フレアとアムーディは黙々と食べ始める。
背丈の関係でマルマークは食卓の上にドサリと腰を下ろし、空腹なのかそれとも料理が美味しいのか無我夢中で食べている。
すると、エプロン姿のセインがフレアの元へと駆けよってきた。
「フレア様。お料理はお口に合っていますか?」
「うん。美味しいよ」
「フレア様の最近の食事は角砂糖を入れたタンポポコーヒーばかりでしたから。とても心配しておりました」
「あ、うん」
自分でも無茶苦茶な食生活を過ごしてきたものだな、とフレアは感心してしまう。
「いやあ、本当にうまいですな! さっすが、セインさん!」
「マルマークさんに喜んでいただいて何よりです」
「美味しい物を食べられるというのは、本当に素晴らしいですね~」
アムーディもまた手放しで喜んでおり、ますます幼く見えてしまう。
だが、その学習の速さはフレア以上であり、他種族の亜人達の日常会話も一週間ほどで習得してしまうほどだ。
そんな能力が役に立てばとアムーディもまたフレア財団の書類整理のために手伝いにはせ参じてくれたのだ。
「ご馳走様。悪いけれども、書斎に行ってくるよ」
フレアは食器を下げると、足早に書斎へと向かった。
まだ、仕事が残っているかもしれないと焦っていると、誰かとすれ違いそうになる。
「ん、君は――」
「フレア様。お久しぶりです」
そこにいたのはラクセタ族の族長であるユケフだった。
見た目は人間とあまり変わりはなく、特徴的な爬虫類のような右目と尻尾、それに犬歯を見ながらも、フレアは元気よく話しかける。
「ユケフ。いつ来てくれたの?」
「昨晩です。ご挨拶が遅くなり申し訳ございません」
「いやいや、ユケフのせいじゃないよ」
一見すると、ユケフもまたフレアよりも少し年上にしか見えないが、アムーディのユケフに対する反応を考えると、それなりの年配者らしいとフレアは推測していた。
「リナウス様が書斎にてお待ちですよ」
「ありがとう」
「フレア様。リナウス様とのお話が済んでからで結構ですので、臨時の会議を開きませんか?」
「うん、皆で話し合っておきたいものね。マルマーク達に話して貰っていい?」
自分も準備をしておかないと、と考えつつもフレアは書斎へと向かった。
彼が扉を開けると、そこには――。
思わず目を擦る。二、三度強く目を擦った後で彼は天井を見上げる。
その目には力がこもっておらず、水を求めて広大な砂漠を彷徨っているかのような虚しさすら感じる。
「ん、私に何か言いたいようだね。是非とも聞かせてくれたまえ」
意訳すると早く感想を言え、ということらしい。
フレアは渋々と答えるしかなかった。
「あの、その格好は何?」
「ふふ、君への全力のエールさ」
フレアはリナウスの姿を改めて眺める。
フリルの可愛らしいゴシックなメイド服――らしいのだが、全身が真っ黒であるためかどこか威圧感がある。
そして最も問題なのが、リナウスの微笑みは美しいというよりも妖艶であり、服と合わせると、奈落へと誘う死神のように見えてしまうのだ。
「気持ちだけは受け取っておくよ」
そして、相変わらず首には赤いスカーフを巻いており、黒一色の中に赤い色が混じっているせいか、どことなく鮮血を垂れ流しているようにも見えてしまう。
「その反応は酷くないかい? 給金を貰っても衣装の作成ぐらいしか使い道がないのさ」
「ご、ごめん! それは知らなかったよ」
リナウスも一応代表取締役秘書という立場で給金を貰っているが、その金額はランメイア王国の労働者の平均給与よりも低いぐらいだ。
本人曰く、タダ働きだとモチベーションが下がるとのことらしいが、勤務時間と労働内容にそぐわない薄給ぶりには、どんな労務士も白目を剥くに違いない。
「次は君を驚かせるほどのフリフリを着てやるさ」
「そんなに気合を入れなくても……」
フレアが呆れた笑いをしていると、リナウスが突如聞きなれない言葉を発する。
どこかで聞いたことのあるような、と首を傾げていると、リナウスは再度同じ言葉を口にした。
そこで、フレアはようやく思い出した。
日本語という言葉の存在自体を。
「はてと、本題に入ろう」
いつになく、流暢な言葉でかの神は語り出す。
「ほ、本題?」
「ああ、そうさ。おっと、失礼、わざわざ君の母国語で喋り出したのは気まぐれじゃあない。盗聴防止のためさ」
「えっと、それって――」
フレアが言葉を発する前に、リナウスは捲し立てるような口調で喋り出す。
「この間の異端狩りの襲撃だがね、どうにも君のスケジュールを前もって把握でもしていない限り、あんなタイミングよく下っ端を派遣することは出来ないさ」
そこまで言われて、フレアの思考は一瞬フリーズする。
何とか言葉を発しようにも、自分は今までどうやって言葉を喋っていたのかを思い出せず、思い出した時には間の抜けた声を発していた。
「うらぎりものがいるの?」
「まあ、そうだろう。君のスケジュールを知る者は当然限られてくるし、亜人達の里を襲うだけならば、君を狙う必要はない」
「ないって? じゃあ――」
「君の危機には当然私が駆け付ける。私に作戦を妨害されないよう念には念を入れてのことだろう。私を詳しく知らないと、こんなプランは立てられないさ」
事実を元にリナウスは淡々と推測を述べている。
ただ、それだけなのに、フレアは高熱でも出たかのように思考がふやけてあやふやになっていくのを実感した。
ややあって、彼は小さく言い返す。
「でも、財団の皆に言いふらした記憶はないのだけれども……」
「君がそんな性格でないのは知っているさ。いずれにせよ、フレア財団の中に内通者がいるというのは間違いない」
「フレア財団の中に異端狩りに加担する者がいるということ? どうして!?」
フレアが悲鳴に近い叫びを発するも、リナウスは冷めた口調でこう返した。
「私が一人一人呼び出してお話をするかい?」
ああ、これはきっと穏便な話し合いではすまないのだろう。
フレアは悪寒のようなものを察すると、リナウスはまたも冷めた口調で呟く。
「そう、君はそれを望まないのはわかっているさ。最も、内通者がいるかもしれないと知れ渡ると、財団の中にも不穏な空気が流れるだろうからね。しかし――」
リナウスは小さく首を傾げる。
「そもそも、私の恐ろしさを知っておきながらも、私を敵に回していいことがあるのやら」
フレアもこれには同感せざるを得なかった。
余程の命知らずか、或いは海よりも深い事情でもあるのか。
いずれにせよ、リナウスという何もかもが得体の知れない存在が敵となった時点で絶望的な未来しか見えないのは明白だ。
「僕も皆を信じたい。でも、亜人の皆は異端狩りに苦しめられていたのに、どうして――」
「どうしてだと思う?」
「いや、どうしてかな?」
「君の考えているように、世の中はそう甘くできていないってことさ」
「ははは、そうだよね……」
いつか、皆が平和に暮らせる世の中をと思っていたが、所詮は子供の考えた絵空事にしか過ぎないのだろうか。
フレアは自分の書斎机の椅子に腰かけてから、力なくため息を零す。
彼は何となく自身の両の掌を眺める。
その掌には細かい傷跡がいくつも残っていた。
かつて旅をしている道中にて転んだり、料理に失敗したり、はたまた堅い樹木の枝を握り締めたり等、様々な体験をした結果が身体にしかと刻まれていた。
しかし、こんなに苦労をしていても、如何に自分が無力な存在であるかということを彼は悟らざるを得なかった。
裏切者がいるかもしれない……。
果たして本当のことなのでしょうか?
サスペンス寄りの展開はまだまだ続きそうです。
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それでは今後ともフレアとリナウスの活躍をお楽しみに。




