第六章「分岐」その1
第六章が始まりました。「分岐」が一体何を意味するのでしょうか?
では、物語をお楽しみください
その日からフレアの目まぐるしい日々が始まった。
リナウスと共に被害に遭った亜人達の里の視察を始め、必要な医療品や物品の手配、再度異端狩りが襲撃した際に備えて罠の設置等やるべきことが山のようにあった。
亜人達の里を見た限り負傷者よりも家屋等の被害が多いという印象だった。
無残に破壊された堰や畑に心を痛めながらも、彼は自分の不甲斐なさを心の底から呪うと共に、彼らに報いるべく気合を入れる。
リナウスが何度も無理はするなと言ってきたものの、これは自分の起こした問題だ、とばかりに彼は睡眠時間を削ってまで仕事に打ち込んでいた。
しかし、彼の精神を蝕むかの如く幻聴が聞こえだす他に、異端狩りに襲われる悪夢が夜な夜な現れ、深夜に飛び起きるのも珍しくなかった。
リナウスはそれを察してか、彼の傍に控えるようになっていた。
幸いにも再度異端狩りの襲撃は起こらず、あっという間に月日は流れていく。
先日の事件から一か月ほど経過したところでようやく一段落がつき、精神的に落ち着いた彼は仕事のことを忘れるべく泥のように熟睡していた。
そして、何の前触れもなく、突如雷に撃たれたかのような勢いで彼は跳ね起きた。
書斎机に突っ伏したまま眠っていたせいか、口元に残っていた涎を手の甲で拭いながらも彼は呻く。
「ここは……」
やや考えてから、書斎であることに気が付くも、そのあまりの散らかりように唖然としてしまう。
疲れていると席を立ってゴミ箱に物を捨てるだけの行為も億劫になるせいか、床にはゴールインしそこなかった紙ごみがいくつも転がっている。
彼は立ち上がろうとするも、酷い立ち眩みに襲われて再度椅子へと座り込んだ。
その原因はただ一つ。それは異様な空腹感だった。
すっかり空になった胃袋を抱えながらも、彼は一階にある食堂へと向かう。
階段を降っていくと、不思議とため息が出てしまう。
老けて見えるぞ、というエシュリーに幾度も言われたが、心の底から疲れているのだからため息を零すなというのが無理な話だ。
食堂へと辿り着くと、キッチンの方からはセインの鼻歌が聞こえてくる。
食事を作っている最中、時折彼女はハミングするのだが、その澄んだ声は空腹そっちのけで聴き入ってしまう。
彼はいつも腰かけている食卓の一番隅の席へと着く。
食卓は十人ほどの座れる長机で、どうにも端っこでないと彼は落ち着かなかった。
席についてから、彼は力なく天井を眺める。
天井はこんな色をしていたのだろうかというどうでもいいことを考えていると、裾が引っ張られる。
気のせいか、と思いチラリとそちらに目をやると、そこには白い毛玉がいた。
「フレアの旦那。大丈夫ですかい?」
「あ、うん。大丈夫だよ」
「いやいや、大丈夫じゃあないですぜ。やつれていますし」
その声の主がマルマークだと気が付き、フレアは内心でやってしまった、と後悔する。
大丈夫かどうかと聞かれて、大丈夫と即答してしまう悪癖はいつの頃だったかと思い出していると、マルマークが早口で喋り出す。
「旦那。無茶ばかりして、オイラだけじゃなく、皆も心配しているんですぜい。そりゃあ、オイラ達のために頑張ってもらえるのは助かる、助かるんですけどさ……」
複雑な心境を言葉に表すのが難しいのか、マルマークは小さく項垂れてしまう。
「マルマーク、ごめん。でも、僕は――」
フレアを守るためにわざわざマルマークが駆け付け、泊まり込みで見張りをしてくれている以上、彼もますますそれに応えるべく頑張らなくてはならないと思っていた。
「旦那、どんなにいい訳をしようとも、自分を粗末にしちゃいけないですって。オイラが言えた義理じゃあないですがね」
「マルマーク……」
フレアがしんみりと呟くと、音もなく近寄って来る一つの影に気が付いた。
「お疲れ様です!」
「アムーディ!」
オフィーヌ族の族長のアムーディがいた。
その下半身は蛇のものとなっており、尻尾の先端には鋭い毒針が付いているのだが、間違って人を刺さないよう金属製のカバーが被せられている。
「フレア! 元気~?」
「うん」
手がちぎれんばかりにぶんぶんと振っているその様子はそのフレアよりも若々しいが、実年齢はフレアの二倍以上離れている。
「マルさんのご先祖さんも大変だったんだよね」
「そうそう、オイラのご先祖様が異端狩りに捕まって豚の餌にされたんですぜ。それ以来、オイラの一族は復讐の道を歩んでいるんですが――」
フレアは真っ先にメルタガルドの豚の姿を思い出す。
彼も直接地球の豚を目にしたわけではないが、メルタガルドの豚はとにかく凶暴なのが特徴であった。
そんな過去があったため、リーオ族はこれまでも人間にゲリラ戦を仕掛け多大な被害を与えたこともあり、ランメイア王国開拓連盟すらもリーオ族には関わってはならないとの暗黙の了解があるくらいだ。
本来ならばリーオ族が人間と話し合いの場を設けることなどありえないのだが、それに関しては偏にマルマークが変わった男だったおかげでもある。
腰の低いフレアに何故か興味を示したらしく、時には彼の甘っちょろい考えに業を煮やすこともあったが、ついには戦友とまで呼べる間柄となっていた。
「皆知っているよ~。マルさんは何でもかんでもペラペラ喋っちゃうからね~」
「う、うるせえな……」
マルマークがむすっとした反応を返していると、カンカンという金属同士が軽くぶつかり合う音が聞こえる。
食事が出来た、というセインの合図だ。
フレアの体調が心配になる中、新しい仲間のアムーディが登場いたしました。
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それでは今後ともフレアとリナウスの活躍をお楽しみに。




