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第五章「不穏」その8

前回のフレアの意味深の発言の真意とは?

 よもやと思い、彼女がゆっくりと振り向くと――。


「きゃっ――!」


 エシュリーは悲鳴に似た声を上げる。

 気丈な彼女とは思えないようなどこか可愛らしい声だなとフレアは余計なことを思ってしまう。


「どうされましたか! って!?」


 セインが慌ててやってくると、彼女もまた驚愕のあまり固まってしまう。

 まあ、いくら見慣れていても驚くだろう。

 フレアが視線をややずらすと、そこにはリナウスがいる。

 それも通路の天井に四肢を突っぱね、まるで蜘蛛のように張り付いているのだ。

 皆の反応に満足したのか、リナウスは優雅に床へと降り立つ。


「そんなに驚くことかい?」

「い、いつの間に屋敷内に――」

「いつの間に、とか言われましてもね。あんなゆるゆるな警備じゃ猫も欠伸交じりで入って来られるさ」

「くっ――」

「あの、問題はなかったの?」


 フレアが恐る恐る話しかけると、リナウスは短くこう答える。


「してやられた」


 その言葉だけでもリナウスが怒りと屈辱を堪えているようで、美しくも気高い顔の眉間に少しだけ皺が寄っていることにフレアは気が付いてしまった。


「な、なにがあったのであろうか? よもや、アルートの身に何かが起きたのであろうか!」


 エシュリーの言葉に対し、フレアとセインは思わず顔を見合わせてしまう。

 唇をワナワナと震わせ、拳を固く握りしめている彼女に対し、彼は思わず顔を背けてしまう。


「あの、エシュリー。その。残念だけれども……」

「皆まで言わないで貰いたい! 私が非力なせいで……」


 涙ぐむエシュルーを見ると、ますます言い出しづらくなる。

 だが、フレアとて時には残酷とは言え真実を告げなければならない時もある。


「その、後ろにいるのだけれども」

「え、後ろ?」


 エシュリーが間の抜けた顔で振り向くと、そこにはアルートの姿があった。


「い、いつの間に!」

「さっきからいたよ」


 アルートもまた呆れた顔で小さく呟く。


「な、何故に早く言ってくれないのであろうか!」


 エシュリーは顔を真っ赤にして怒るが、リナウスは無表情で答え返す。


「諸君すまないが、事態は深刻だ」

「深刻?」

「奴らの狙いは他の亜人達だったようだ」

「え? 他の亜人達って、どういう意味?」


 すると、アルートが前に出てきて喋り出す。


「その、私がエシュリーの元に辿り着く前に、たまたま異端狩りが亜人達を襲っているのを見かけて――」

「何だと!」

「そうか、それでアルートが来られなかったのか!」

「そして私が君と別れた後、あちこちを巡ってみた所、亜人達のいくつかの里が異端狩りに襲撃されていた。それも全てフレア財団と関わりのある者達さ」


 リナウスの言葉にフレアは動揺を隠せなかった、


「そんな……。それならば、最初からは亜人達を狙っていたってこと!? 皆無事なの!」


 フレアは自分でも信じられないぐらいに喚いてしまうが、リナウスはそれを窘めるかのように小さく首を横に振る。


「フレア、落ち着いてくれたまえ。こういうこともあろうかと、我々は日ごろから敵襲に備えるためのアドバイスをしてきただろう。不幸中の幸いとも言うべきか死者は出なかった」

「じゃ、じゃあ、どういった被害があったの?」

「負傷者及び家屋の損壊が主だ。まあ、応急処置はしたところさ」

「あ、ありがとう」

「問題は家々の完全な修復に時間が掛かることだね。やれやれ、忌々しい連中さ」


 リナウスが早口で喋っている点からすると、相当苛立っているのだろうとフレアは確信する。


「皆無事だったからよかったけれども……。これはフレア財団に対する宣戦布告なのかな」


 何気なく宣戦布告と口にしてしまい、フレアは迫りくる恐怖に身を震わせる。


「宣戦布告ね。私を怒らせても一銭の得にもならないというのだがね」


 リナウスはケラケラと笑う。

 その頭の中ではどんな罰を与えようと画策しているのやらとフレアは邪推してしまう。


「えっと、亜人達の住処が異端狩りにバレているってことだね」

「そうみたいさ。まあ、今更他の場所へ移動もできないだろうし。やれやれ、簡素な砦でも建てさせた方がいいかね」


 リナウスならば本当にやりかねない気がする。

 たまに何となく口にした冗談を現実のものにするのだから、フレアとしては複雑な笑みで聞き流す訳にもいかなかった。


「すぐにでも、現地に行って被害の状況を確認しないと――」

「旦那! こんな夜分に訪問する気ですかい!」


 どこからかそんな声が聞こえてくる。

 この声には聞き覚えはある。

 フレアは首を巡らせて声の主を探すも、まるで気配が見当たらない。

 と思いきや、突如白い毛玉のようなものがフレアの足元に現れた。


「む、いつの間に!?」

「え、これは!?」


 身構えるエシュリーとセインに対し、フレアはまあまあと制する。


「二人は初めてだったよね。マルマーク、元気?」


 フレアが声を掛けると、毛玉から手足が生えて、むくりと起き上がる。

 リーオ族は言ってしまえば直立する猫という姿の亜人であり、どこかぬいぐるみのようにも見えるせいか、仕草の一つ一つに愛嬌がある。


「あ、可愛いらしゅうございますね。」


 セインがしゃがんでマルマークに挨拶をする。

 マルマークには立派なたてがみがあるも、もこもこしているせいかまるで迫力がない。


「よお、嬢ちゃん。よろしくな」


 イメージとはまるで違う野太い声にセインは目を丸くした。

 エシュリーもまた面食らっており、困惑した様子でフレアの袖を引っ張っている。


「まあ、見た目が全てを語るというわけではないからね」

「そ、そうであるか……」


 どこかショックを受けている様子のエシュリーを見ると、やはり普段は毅然としているものの女の子なのだな、とフレアは納得してしまう。


「フレアの旦那。元気ですかい?」

「ああ。元気だよ。マルマークは、その、気分悪そうだけれども……」


 口調こそしっかりとしているものの、マルマークの足取りはどこかふらついている。


「へへへ、ちょいと、眩暈を起こしましてね。乗り物酔いに近いですかね」

「乗り物酔い? 馬とか? 馬車とか?」


 そこまで言ってフレアは気が付く。


「リナウスに運んでもらったの?」

「へい。いやあ、馬よりも速く走るなんざ、流石神様といったところですかね」

「すまないね」


 そこまで口にしてから、マルマークは小さく嗚咽を漏らす。

 フレアがマルマークの背中を撫でることで、何とか落ち着かせる。

 もふもふな手触りかと思いきや、その毛並みは意外とごわごわしていた。

 恐らくは手入れをする余裕もないのだろうし、そもそもフレアが知る限りリーオ族がシャンプーやリンスで毛を洗う習慣もない。

 セインとエシュリーが何やらそわそわとしていたが、マルマークがようやく調子を取り戻したらしく、短い尻尾をぶんぶん振りながらも大きな伸びをする。


「いやあ、ご迷惑をかけましたぜ」


 フレアは安堵のため息をつきながらも、申し訳なさそうに切り出す。


「あの、マルマークの所は無事だったの?」

「そいつが聞いてくれよ。オイラの所も、あんの異端狩り共のせいで。あちこち火を放たれちまってよお」

「え、火を!?」

「ひでえもんですぜ。畑も踏み荒らされて、おまけに孫は夜通し泣き続けて夜も寝られない。ああ、災難ですよ、災難」

「そうか。ごめん、その……」

「おいおい、財団代表様だったらしっかりしてくださいよ。まだ、オイラとその家族、仲間は生きている。それだけで贅沢ですぜ」


 小さくても肝っ玉はフレア以上に大きく、ユーモアな所がリナウスからも大変評判が良かった。


「ふふ、頼もしいものだよ。はてと――」

「すまない。質問してもよろしいであろうか?」


 エシュリーが鋭い目つきでマルマークを見据えている。

 その双眸には強い意志が確かに込められていた――。

まさかの事態が起きてしまったようです。

波乱の展開に続き、ユーモラスなマルマークが登場。

気になるところでまた次回となります。


面白いと思いましたら、いいねやブックマークをしていただければ幸いです。


それでは今後ともフレアとリナウスの活躍をお楽しみに。

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