第一章「始まり」その3
異世界に来たばかりのフレアとリナウスはまず住む場所を探すことにした。
山道を歩いた先に、山小屋を見つけて一安心をしたところから物語が始まります。
リナウスが見つけてきた物件は丸太作りの一軒家だった。
所々苔が生えているが住み心地は良さそうに見えるが、絵本に出てきそうな魔女の家という印象もある。
廃墟ではなくきちんと住めそうな家だと安心するも、フレアにある疑問が生じた。
「あの、ここって誰も住んでいないんだよね?」
「そいつは愚問だね。ちゃんとノックをしたが、反応はなかったさ」
リナウスはフレアの肩を優しく掴み、一刻も早く小屋へ向かうよう勧めてくる。
「えっと、それだけで無人で決めつけるのはどうなの?」
「まあ、それもそうかね。もしかすると別荘かもしれない」
「勝手に入るのはマズイんじゃない?」
「バレなければいいのだよ。人間達だって、いつもバレないように犯罪を重ねているじゃないか」
「そういう問題じゃないよ。ともかく、他の場所を探そう」
フレアはまた歩き回るのかと思うと気の遠くなる思いだ。
今夜はどこかで野宿できる場所を探そうとするも、この山の中に安全眠ることの出来る場所があるようには思えない。
「いい物件だと思ったんだがね。おっと」
リナウスはどこか残念そうにしていると、何かに気がついたのか、そちらへ視線を向ける。
「すまないが、どこかいい物件を教えてくれると助かるのだがね」
リナウスが声を掛けたのは、フードを被った老婆だった。
鷲鼻が特徴で、これもまたおとぎ話に出てくる魔女のようだとフレアが率直な感想を抱いていると老婆はきょとんと首を傾げている。
「おっと、現地の言葉を喋らないといけないね」
すると、リナウスはフレアが聞いたこともない言葉を流暢に喋り出す。
老婆はその言葉を理解しているらしくこくこくと頷いていた。
恐らくはこの世界の言葉なのだろうと思ったその瞬間、フレアは嫌な予感を覚えた。
しばらくの間、老婆とリナウスは長々と話し合う。
時折冗談を交えているのか、リナウスの言葉に対して老婆は愉快そうな笑みを返す。
その様子は少女と老婆との会話というよりも、セールスマンが高齢者に対して新商品を紹介している光景にしか見えなかった。
しかし、他人と話すのが苦手なフレアからすると、見知らぬ人とこんなに上手く話せるリナウスが羨ましくてたまらなかった。
そして話が済んだらしく、リナウスは満面の笑顔をフレアへと向ける。
「フレア、待たせたね。あの家はこのご婦人のものらしい、そして、この家に泊まっても良いとのことだ」
「え、いいの?」
「気前の良い方だよ。そして、君にこの世界――メルタガルドの基本的な言語を教えてくれるってさ」
「そ、そこまでしてくれるの?」
「まあ、交換条件として、色々とお仕事を頼みたいらしいよ。当然と言えば当然だがね」
フレアはその言葉を聞いて少し安心した。
何の見返りもなく人助けしてくれるほど、世の中甘くはないと思っていたからだ。
「改めて紹介しよう。この方はモーリーさん。長い間一人で住んでいるそうだが、決して人嫌いじゃないそうだよ」
フレアはぺこりと頭を下げると、モーリーはにこやかに微笑む。
その顔を見て、フレアの目頭がきゅっと熱くなる。
こんなにこやかな笑顔を見た記憶が自身の中になかったからだ。
「ちょうど食事にしようとしていたらしいから、一緒に食べていかないかとのことさ」
リナウスはフレアを伴い、モーリーの家の中へと入る。
レンガ造りのオシャレな暖炉や安楽椅子などがフレアの目に入り、そのどれもが年季と共に愛着の込められている代物だと感じ取る。
室内は外見よりもやや広々としていたのは意外に思ったが、よくよく見ると慌てて片付けたらしく室内の隅にはガラクタが山積みになっており、休憩するスペースは確保されているようであった。
モーリーが二人の姿を確認すると、キッチンから持ってきた鍋を食卓へと置く。
「さてと、食事の準備か。フレア、食器棚から二人分の皿とカップを持ってきてくれたまえ」
「え? リナウスは食べないの?」
「一応私は神だからね。口から摂取した物を胃で溶かし、それを腸で吸収せずともエネルギーを得なくていいのさ」
「そうなんだ」
フレアからすれば、飢える心配をしなくてもいいというのはとても羨ましかった。
彼の両親は何かあると彼の食事を抜き、その度に彼は胃液で自身の胃を溶かしてしまいそうな苦痛に耐える他なかった。
嫌なことを忘れようと彼は手早く食器棚を開けると、そこにはきれいに磨かれた食器が並べられていた。
どの皿にしようか迷い適当な皿を取ってみると、フチの部分に名前のような物が彫ってある。
何と書いてあるかはわからないが、他の皿には別の文字が書かれている点からも他に家族がいたのだろうと彼は察した。
銀色の皿を二枚取り出し、それをリナウスに手渡すと、軽やかな手つきで鍋の中の物をお玉で掬い上げる。
どうやらシチューのようで、鶏肉らしき塊に根菜と葉野菜が入っており、美味しそうな香りを嗅ぐだけで彼の胃が空腹を訴えて暴れ出す。
モーリーと向かい合う形で彼が席に着くと、食事を始める前に、モーリーが何かを唱える。
「どうやら感謝の言葉らしいね。君も口真似でいいから繰り返したまえ」
隣で立っているリナウスを真似してフレアも口にしてみるが発音が難しい。
舌をどう動かせばそんな音が出せるのか、彼にはさっぱり理解できなかった。
とりあえずは冷めないうちに食べなければ、と彼がスプーンで掬って食べてみる。
味は薄かったが化学調味料を用いない自然の味が彼の舌を喜ばせた。
根菜は甘く、肉は新鮮であり、まさに食材のそのものの良さを生かした料理は彼が家で食べていた料理とは何かもが違っていた。
彼がペロリと平らげた様子を見て、モーリーはうれしそうに頬を緩めている。
まるで孫の成長を喜んでいるかのようであり、彼もよく考えてみると祖母や祖父と話す機会がなかったことを思い出す。
食事を終えた彼が大きくあくびをしていると、モーリーと会話をしていたリナウスがこんな提案をしてくる。
「どうやら、私達が今いるのはクロミアという大陸で、そのほぼ中心地を走るブローズア山脈の三合目程の場所らしいね」
「クロミア?」
「このメルタガルドで一番大きな大陸らしいよ。他にもモーリーがクロミア大陸の歴史について教えてくれるということさ。どうする?」
「勿論聞くよ」
「だと思ったさ」
それからリナウスの通訳を交えてモーリーとの会話が始まる。
今から三百年程前、クロミア大陸は亜人達が支配しており、人間は亜人達の奴隷として牛馬のごとく働かされていたとのことだった。
「人間っていうのは――」
「今現在クロミア大陸で最も多く暮らしている種族で、身体的特徴は君とほぼ同じだとさ」
「それじゃあ、亜人っていうのは尻尾や角が生えている種族のこと?」
「モーリーに聞いてみよう。……ふんふん、その解釈で合っているよ」
「そっか」
フレアは亜人との交流に憧れてはいたが、奴隷として扱われていた過去がある以上、交友は難しいのではないかと思っていた。
彼の複雑な表情を目にして、リナウスはわずかに眼を細める。
「おっと、モーリーの話の続きを翻訳しようかね」
モーリーの言葉に続き、リナウスがこう語り出した――。
ここでようやくメルタガルドという世界のクロミア大陸が舞台であることが明かされます。
メルタガルドとはどんな世界なのでしょうか?
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それでは今後ともフレアとリナウスの活躍をお楽しみに。