第五章「不穏」その7
さて、屋敷へと戻ってきたフレア達。
一体どんな展開となるのでしょうか?
屋敷の中庭を歩くも、特段いつもと変わった様子は見られない。
エシュリーが玄関を開けて屋敷へ入るが――。
「誰もいないよね?」
「む、ここまで拍子抜けであるとは」
エシュリーはそう言いながらも、廊下に掛けてある蝋燭に明かりを灯す。
暗くなりかけていた廊下に優しい光が満たされ、全てが解決したわけでもないのにフレアは安堵のため息をつく。
食堂や応接間等の多人数が隠れられそうな場所を見てみるも特に問題は見られない。
そうなると、異端狩りの真の狙いはどこにあるのだろうか。
フレアが髪を掻きむしっていると、セインが声を上げる。
「フレア様。金庫は大丈夫でしょうか?」
「そうか。見てみるよ」
金庫は二階のフレアの自室にあり、書斎と一番離れた場所に位置していた。
そちらまで向かおうとすると、セイン達もその後についていく。
「フレア殿の部屋に入っても大丈夫であろうか?」
「別に大丈夫だよ。何も面白い物はないよ」
「誰の部屋もそうであると思うぞ」
「フレア様の場合は――」
日頃からフレアの部屋を掃除しているセインは事情を知っているが、何と言えばいいかわからず黙り込んでしまう。
フレアはポケットから取り出した鍵を使って自室へと入る。
灯りを点けると、エシュリーが驚きの声を発する。
「これが、貴殿の部屋か」
「うん。ごめん、何もなくて」
「謝る必要はないのであるが」
フレアは改めて自分の部屋を見回す。
ベッドのサイドボードには読みかけの資料が山積みとなっており、重要な部分のページには折り目が付いてあるため、粗雑に扱われているように見られそうだ。
「金庫は無事みたいだ」
「そ、そうであるな……」
エシュリーはどこか上の空で茫然としている。
「えっと、エシュリー?」
「すまない。少し寂しい部屋だなと思っていただけである」
「さ、寂しい?」
フレアは部屋をもう一度見回すと、家具は洋服ダンスと本棚とベッドしかなく、壁に埋め込まれた金庫がなければ誰もフレア財団の代表取締役とは気づかないだろう。
言われてみれば、面白みがないというよりも寂しいといった方が適していた。
「貴殿はどんな本を読まれたのであろうか」
ベッドの上の脱ぎ散らかした衣服を横目に、エシュリーは本棚を試しに覗いてみる。
どんなものを読んでいるのだろうか、と思っていたが何とそこに並べられているのは哲学書や民話に関する本が並べられていた。
「最近は忙しくてあまり読書もしていなくて」
「そ、そうであるか……」
「でも、やはりもう少し何かあってもいいかもしれませんね」
「あ、うん。考えておくよ」
考えておくよ、と言ってからフレアはあることに気が付く。
このやり取りを前にも誰かと行ったかなと考えていると、その相手がリナウスであったことを思い出す。
「特に問題がないのならば、リナウス殿とアルートが戻って来るまでの間待機ということでよろしいであろうか?」
「問題ないよ」
「では、私は皆様のお食事をお作りいたしますね」
「ありがとう」
フレアは部屋から出て行った二人の女性を見送りながらも、自室に鍵をかける。
そして、フレアはベッドの上でゴロリと仰向けになり、天井を眺めながらもぼんやりと考えこむ。
「僕の部屋か……」
部屋はその人の本質を現すとどこかで聞いたことを彼は思い出す。
何ともまあ面白みのない部屋なんだろうかと考えつつも、金庫の中を開けてみる。
その中には金貨の入った袋と、土地や家屋の所有証明書が入っていた。
フレアは腕を金庫の奥へと突っ込むと、ボロボロな袋を取り出した。
どうしてこんな物が金庫に入っているか誰もが不思議に思うが、彼からすれば大切な思い出の一つだ。
それはモーリーから貰ったバックパックで、リナウスとの旅の際には重宝していたのだが、長旅で酷使したせいか底に大きな穴が空いてしまった。
彼はそれをヒシと抱きしめると、微かに残った土と樹の匂いが鼻孔へと広がる。
旅先で色々な人や物に出会い、そして多くのことを学んだ。
そして、亜人達のために生きるという決心をし、財団まで作り上げもしたのだが、彼の心はどこか空っぽだった。
亜人達からどんなに感謝をされようとも、心の片隅で寂しさを感じてしまう。
今の生活に不満があるわけではないが、フレアの心はどこか満たされなかった。
僕の人生はこの部屋のようにまるで面白みがないのだな――。
彼はそう考えながらも、改めて何のために異世界まで来たのだろうかと考えだす。
しかしどんなに考えても、答えに辿り着くことが出来そうにない。
やがて疲れ果ててしまったのか微睡んでしまったらしく、扉をノックする音でフレアは目覚めた。
慌てて扉を開けると、そこには銀色のトレイを手にしたセインが立っている。
「フレア様。お食事でございます」
「あ、ありがとう」
トレイの上には芋にバターを塗って焼いたものが乗せられている。
実にシンプルな料理だが、フレアの大好物であった。
「お疲れのことでしょうし、フレア様はごゆっくりお休みくださいね」
「あ、うん」
一礼と共に退室していくセインを見送りながらも、フレアは部屋で食事を摂る。
恐らくは部屋の外でエシュリーが見張っているのだろう。
そんなに無理をしなくてもいいのにと思いながらも、彼は食事を始める。
空腹では何も出来ない。今のうちに体力を付けておかなければ。
味わうことなく一気に食べ終えると、彼は部屋を抜け出した。
何か、このままぼんやりとしている場合ではない。
リナウスのことが心配なせいか、よくわからない衝動に駆られたまま彼は玄関から外へと飛び出そうとするも、エシュリーにバッタリと出くわしてしまった。
「フレア殿。どうなされたのであろうか?」
「いや、ちょっと外の空気を吸いに――」
「申し訳ないが今は警戒した方がよい以上、フレア殿はお休みしてはいかかであろうか?」
「いや、その――」
「すっかり日も暮れた以上、夜襲の恐れもある。私が見張る以上、この屋敷にネズミ一匹侵入させないと約束しよう」
年上の女性にこんなことを言われたら誰だって嬉しいだろう。
しかし、フレアは素直に喜ぶことは出来ず、それを察してかエシュリーは眉をひそめる。
「どうされたのであるか?」
「本当に誰も侵入させない?」
「ああ、絶対である」
エシュリーは力強く断言するも、フレアは再度尋ねる。
「絶対?」
「く、くどいのであるが……」
さしものエシュリーも眉間に皺を寄せるも、フレアの表情に違和感を覚える。
いつものフレア殿ならば、こんなことは口にはしないというのに――。
フレアの不審な発言に驚くエシュリー。
さて、その真意とは?
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それでは今後ともフレアとリナウスの活躍をお楽しみに。




