第五章「不穏」その6
リナウスのおかげで無事に異端狩りの撃退に成功。
でも、サジルタ族とヘイクス族との話し合いはどうなるのでしょうか?
リナウスの前では単純な力は無意味のようだ。
フレアが遁走していく敵の群れを眺めていると、かの神は肩を竦めていた。
「やれやれ、どうしようもない連中さ」
リナウスは呆れたような口調で空を眺めている。
そこには先程まで巨大な蟲がいたのだが、今は平穏な青空がどこまでも広がっているだけだった。
「リナウス殿。この度は面目ない。だが異端狩りを逃がしてよかったのであろうか?」
エシュリーは足の痺れに耐えながらも直立するも、風が吹けば倒れてしまいそうなほどにふらついていた。
「下っ端にあれこれ聞いても時間の無駄さ。ところで、ヘイクス族とサジルタ族の話し合いはどうなったんだい?」
「いえ、話し合いはこれからなのですが……」
クーザーの顔色が優れていないのは気のせいではないようで、カイルも微かではあるが子供のように怯えているのが伺える。
アトルスもまた小動物のように怯え、得体の知れない神の様子をじっと伺っていた。
「そうかい。では、ヘイクス族の意見を聞かせて貰おう」
リナウスがわざとらしく咳払いをしてから、ヘイクス族の言葉で彼らと会話を開始する。
ヘイクス族の言語を女性の声で、それも早口で喋るとどうしても小動物の鳴き声のようにしか聞こえない。
ヘイクス族も最初は戦々恐々としていたが、リナウスの巧みな話術により、彼らの顔もどこか嬉しそうな表情を浮かべている。
この商才はどこで身に着けたものなのだろうかとフレアが疑問に思いつつ待っていると、話が無事に済んだらしい。
ヘイクス族はすっかり安心しきった顔をしているが、その顔を見ていると詐欺にひっかからないか心配になってくる。
そして、リナウスがこんな感想を漏らした。
「こりゃあ意外だね」
「意外?」
「ヘイクス族達はサジルタ族と争うつもりはないとさ」
「そ、そうなんだ」
先程のリナウスの呼び出した蟲のせいですっかり戦意喪失してしまっただけでは、というフレアは考えるも、それを否定するかのようにリナウスは肩を竦める。
「襲うつもりだったら、近くに仲間が待機しているだろうに。異端狩りの襲撃に合わせて救援に来る気配もないみたいだね」
「た、確かに。もし武器を隠し持っていたらさっきの戦いでも使うものね」
「見た目は野蛮かもしれないがね、彼らにも彼らなりの考えがあるということさ」
「そうか……」
僕は知らぬ間にヘイクス族は凶暴だという偏見を抱いていたのだな――。
フレアも静かに目を閉じて自分の心に深く反省の念を刻みこんでいると、セインも彼の真似をするかのように目を閉じている。
「クーザー、それにカイル。彼らはサジルタ族と仲良くしていきたいとのことさ」
「そ、そうでしたか! それはこちらとしてもありがたい話です」
曇り切った空から急に太陽が飛び出たかのような、クーザーはそんな明るい笑顔を覗かせる。
クーザーもまた自分と同じ考えを抱いていたのか、とフレアは納得する。
「ヘイクス族の若い連中が勝手に人様の縄張りで暴れないよう、今後注意するそうだよ」
「互いに若い連中には苦労させられている、ということですな」
クーザーが笑うと、アトルスもそれにつられて大きく笑い、その豪快な笑い声に場は一瞬にして和む。
「それでは、今後ともどうかよろしくお願いすると伝えて貰えないだろうか?」
クーザーがアトルスの隣にいるエウステに伝えると快く頷いている。
「さて、無事に解決かね。私が仲介人となろう。今後二種族間は良き友となった証として、ヘイクスとアトルスは握手をしたまえ」
「はい!」
クーザーが返事をする一方で、リナウスはアトルスに話しかける。
握手の説明をしているようだが、中々にてこずっているようだ。
ようやく説明を終えると、アトルスは恐る恐る手を差し出すと、クーザーはその手を力強く握り締める。
「はて、友好の第一歩が無事に踏み出されたということだね」
リナウスが小さく拍手をすると、フレアとセイン、エシュリーもこぞって手を叩く。
この拍手に何の意味があるのか、とアトルスは首を傾げていたが、とりあえずは皆が喜んでいるという雰囲気は伝わったようだ。
アトルスとエウステが空に向かって大きく吠えているのを見ながらも、フレアはリナウスへと話しかける。
「これで一件落着だね」
「そういうことさ」
しかし、誰かを忘れているかのような。
すると、エシュリーが何かを思い出したのか、早口でリナウスへ問いかける。
「リナウス殿! アルートはどこへ行ったのであろうか?」
「ん? そろそろ来ると思うのだが、何かあったのやら」
「何かって、異端狩りは追い払ったけれども」
「連中の狙いは結局何だったのであろうか? 誰かの指令だったらしいが、あまりに大雑把すぎるぞ」
「まあ、そうだよね。一体何を狙っていたのだろうか?」
フレアは自身の命が狙われている可能性を考えたが、それならばわざわざヘイクス族とサジルタ族を相手にするのはリスクが高すぎる。
「そうか、連中の襲撃はフェイクか」
「フェイク? どういう意味?」
「恐らくは別の狙いがあるかもしれないってことさ」
「え、そんな……」
リナウスの口から聞こえた言葉に、フレアは身を竦める。
では、本命は何なのだろうか。
彼が考え込んでいると、リナウスは険しい顔つきでこう告げてきた。
「ああ、実に嫌な予感さ。私はアルートを探してこよう」
「僕達は?」
「屋敷を狙われているかもしれない。急いで戻りたまえ」
「わ、わかったよ! えっと、それでは僕達はこれにて失礼しますね」
「は、はい。では、お気をつけて」
フレアは角笛を取り出すと、空に向かって力一杯吹いた。
暫くすると、空からロバート君が舞い降りてくる。
突然の竜の来訪にサジルタ族とヘイクス族は大いに慌てているが、フレアとエシュリー、それにセインは気にすることもなくロバート君の背に跨る。
「ロバート君! 屋敷まで急いで!」
フレアの声に応えるべく、ロバート君は空へと勢いよく舞い上がる。
「大丈夫でしょうか?」
「大丈夫だと信じたいよ」
フレアは溜息交じりに呟いてから、ふと考えこむ。
もしもに備えて、僕も戦える力を身に着けなければ――。
彼はソワソワしているエシュリーに尋ねてみることにした。
「あのさ、エシュリーはどうやって神魂術を使えるようになったの?」
「ど、どうやってで、あろうか?」
「うん」
フレアが頷くとエシュリーは深呼吸してから淡々と語り始める。
「私がアルートから聞かされたのは心境の変化が重要だと聞いた」
「心境の変化?」
「そうだ。神魂術とは魂そのものの力を使う、らしい。神はともかくとして人間が扱うとなると魂の力を十分に引き出す必要があるそうだ」
「何だか自信がないね」
歯切れが悪く、そして目もどこか泳いでいるエシュリーの言葉に対し、フレアは率直な感想を述べてしまう。
「し、仕方ないであろう? 聞くところによると感情の揺れが切っ掛けの一つらしい」
「感情の話はリナウスも言っていたけれども……」
フレアが悩んでいると、エシュリーは目を逸らしつつこう呟く。
「うむ、私もいつの間にやら使えるようになっていたのであるからな」
「えぇ……」
猶更どうしたものかと彼が頭を抱えていると、セインが恐る恐るといった様子で話しかけてくる。
「あのう、フレア様はあの大きな蟲を呼びたいのでしょうか?」
「いや、そういう訳ではないのだけれども……」
「そもそも、あの蟲は何なのであろうか? アルートの神魂術とはまるで性質が違うのであるが」
セインとエシュリーの顔を交互に見比べながらも、フレアは小さく呟く。
「えっと、前に聞いた時は、生きとし生ける者が対峙しなければならないとかなんとかを、強引に形にしたとか――」
「な、な、なんであるかそれは! 無茶苦茶ではなかろうか!」
エシュリーの言っていることはごもっともだ。
だが、人間では扱えない概念を力とすることこそ神の所業ではないだろうか。
フレアがそう言おうとするも、議論を白熱させるわけにもいかないので、黙っていることにした。
「まあ、無茶苦茶だよね」
「そもそも、神魂術を習いたいならば、私よりもリナウス殿に聞いた方が早い気がするのであるが」
「う、それもそうだよね。ごめん……」
そのままどことなく気まずい雰囲気の中空を眺めていると、夕闇が雲を染め上げていた。
フレアは胸騒ぎを覚えながらも、屋敷のある方角を注視する。
もしや、焼き討ちになど遭っていないだろうかと思っていたが、幸いにも煙が昇っている様子はない。
ロバート君が屋敷の周辺へ辿り着くと、フレア達は慎重に地面に降り立つ。
「不審者は潜んでいないよね?」
「油断は出来ないであるな」
エシュリーは長剣を構えながらも二人を先導する。
先程の戦利品をまるで自分の物のように扱っている彼女を頼もしく思いながらも、フレアは細心の注意を払うことにした。
無事に解決、という雰囲気ではなさそうです。
さて、フレア達の住む屋敷は無事なのでしょうか?
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それでは今後ともフレアとリナウスの活躍をお楽しみに。




