第五章「不穏」その3
さて、クーザーの出会った不審な輩とは一体?
フレア達の視線を浴びながらも、クーザーは重い口調で語り出す。
「その者共は誰もが覆面で顔を隠しており、そして手には武器を持っていました」
「覆面に武器――。異端狩りであろうか?」
「よりにもよってこのタイミングで来るとは……」
フレアは親指の爪を噛みながらも、対処するべきことを考える。
「そうだ。ヘイクス族の二人は大丈夫かな?」
「わかりませぬ。一刻も早く合流しないといけませんな」
いくらヘイクス族でも異端狩りの数による暴力には敵わないだろう。
フレアはごくりと唾を飲んでから提案をする。
「では、僕が様子を――」
フレアが声を上げるも、それを遮るかのようにエシュリーが声を上げる。
「斥候は私に任せて貰おう。フレア殿達はここで待っていて貰いたい。大勢で動くと敵に勘づかれてしまう」
「確かに……」
特にサジルタ族の二人は背が高く、嫌でも目立ってしまう。
フレアとしては背が高いのは羨ましいが、戦いにおいては必ずしも有利になるとは限らないことに気づかされる。
エシュリーが足早に去って行くのを見送りながらも、彼はこんなことを考えた。
仮にも異端狩りの襲撃だとしたら、あまりにもタイミングが良すぎる。
まるで今日のサジルタ族とヘイクス族の会談のスケジュールを知っていたかのようで、たまたま亜人を狩ろうとしたら偶然出くわしたというのは不自然極まりない。
エシュリーの帰りを待つ間、フレアはクーザーにこう尋ねた。
「えっと、今回の会談の集合場所をここにしたのはどうしてですか?」
「そのことですか。最初に我々と彼らが顔を合わせたのがこの辺りだったからです」
「なるほど……」
「む、そろそろ戻って来るみたいですね」
「え」
すると、エシュリーが大慌てで戻ってきた。
息を切らしており、その顔には焦りと疲労の色で塗りたくられていた。
「フレア殿。やはり、異端狩りで間違いはない。リナウス殿を呼んでもらえないか?」
「わかった」
フレアは心の中で強くリナウスに呼びかける。
来てくれ、早く来てくれ――。
必死に念じてみるも、リナウスが颯爽と現れる気配がない。
「アルート、早くするのだ……」
エシュリーは何とか苛立ちを隠そうとしているが、その額には汗が浮かんでいる。
「来るまでに時間が掛かるみたいだ。ともかく、安全な場所へ逃げつつも、ヘイクス族と合流をしないと」
「そうであるな」
ロバート君もいない以上空へ逃げるのも難しく、仮にロバート君に乗って逃げるにしても、サジルタ族の二人を乗せると重量オーバーで飛べない恐れもある。
「クーザーさん。ヘイクス族の住処はここからですと、どの方角にありますか?」
「大体、南の方角になります。私が先導いたします」
クーザーが先導し、カイルが殿にて皆を守る形で進んでいく。
進むといっても木の生い茂る道なき道であり当然ながらも視界は悪い。
いつ、どこから襲ってくるのか――。
フレアは慎重に足を動かしていく。
張り詰めた神経は鳥の羽ばたきにすら敏感に反応して小さな悲鳴を上げてしまうも、それを笑う者は誰一人としていない。
気が付くと、フレアは震えるセインの手を握っていた。
女の子の手を握ったのは彼の人生初ではあったものの、そんなことを喜んでいる暇もないくらいだった。
フレアは敵の奇襲に備えながらも、こんなことを考えていた。
異端狩りの狙いは何なのだろうか――。
もしや自分を狙っていると考えると、誰が情報を異端狩り達に漏らしたか、という疑問が浮上してくる。
フレアは改めて皆の様子を窺うが、この中にそんな恐ろしいことを企てる者は絶対にいないと確信をするも何ら根拠はない。
ひょっとすると、誰かが巧妙に演技をしており、今も騙していると考えたくないからこそ、確信を急いでいるかもしれない。
自身の心すらも信じられなくなりそうな心境の最中、フレアは足を止める。
先頭にいるクーザーが制止の声を上げたからだ。
自然と身体は臨戦態勢を取り、フレアの四肢に力が入る。
暫く身構えていると、前方から何者から近づいてくるのがフレアの目に入った。
「これはこれは――」
クーザーの声でフレアは察した。
クーザーの目線の先を追ってみると、そこには大きな二つの影があった。
視線をやや上にずらすと、やはりヘイクス族の二人であることに間違いない。
族長のアトルスはクーザーよりも背丈がやや高く、その顔は岩を強引にくりぬいたかのように強面だ。
その服装も毛皮を胴と腰に巻き付けているだけの粗末な物であり、人類もかつてこんな格好をしていた時期があるのだと考えるだけでどこか感慨深い。
そしてその隣にいるのが祈祷師のエウステなのだろう。
服装はほぼ同じだが、動物の骨を頭にかぶっており、木彫りの魔除けを首に掛けていた。
共通言語が通じるのはエウステの方だったことを思い出しつつも、フレアは話しかけるために近づくと――。
「うぐっ!?」
フレアは小さく苦悶の声を上げるも、何とか平静を装う。
彼はすっかり忘れていた。
ヘイクス族の体臭は鼻が曲がってしまいそうなほど強烈であり、毎日入浴と洗髪が出来ることがいかに贅沢なのだなと改めて痛感する。
「は、初めまして。フレアと申します」
フレアが頭を下げるも、エウステは無反応だ。
声が小さすぎただろうか、もう一度声を掛けようとすると、エウステが口を動かす。
「え?」
フレアが聞き返すと、エウステが再度声を上げる。
共通言語にも地方によって訛りがあるものの、発音があまりにも雑で何を言っているのかチンプンカンプンだ。
聞き取れた内容を頭の中で何度も繰り返して反芻してみると辛うじて『来る』と言っていたことがようやく理解できた。
「来る?」
今この場に我々がやって来た、という意味ではないようだ。
フレアが首を傾げていると、ヘイクスが指を差す。
その先を見て、フレアはポンと手を叩く。
「来るってそういう意味か――え?」
フレアが目にしたのは覆面を被った連中で、それぞれが槍や棍棒を手にしている所から異端狩りで間違いないだろう。
「いたぞ!」
異端狩り達はフレア達を認めると、興奮した様子で叫ぶ。
まるで獲物を見つけた猟犬のようだが、流石にヘイクス族を目の前にすると突撃、という訳にもいかないらしい。
「怯むな! 突っ込め!」
そう叫んだのは異端狩りを率いている中での隊長格の者だろうか。
自ら率先してヘイクス族に挨拶の一撃を食らわせれば格好がいいだろうが、後ろで隠れて威張っているとは随分と羨ましいご身分に違いない。
ヘイクス族の二人も威嚇の唸りを上げるも、武器を持っていない以上流石に不利だ。
「くっ、ここは……」
誰も武器を持っておらず、異端狩りの数も十人以上と数の点でも劣っている。
異端狩りは戦々恐々といった様子で得物を片手に突っ込んできた。
大ピンチといったところでまた次回へと続きます。
さて、フレア達は無事にこの危機を乗り越えられるのでしょうか?
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それでは今後ともフレアとリナウスの活躍をお楽しみに。




