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第五章「不穏」その1

第五章が始まりました!

サブタイトルが「不穏」となっておりますが、さて一体どんな展開が待ち受けているのでしょうか?

 セインという頼もしい仲間がフレア財団の一員に加わってから二週間が経過した。

 そして今日もまたフレアは文字通り汗水を流し仕事に取り組んでいた。

 最も彼が今いる場所は密林であるため、肺に水が溜まりそうなほど湿度が高く、身に着けている服を全部放り捨てたい衝動に駆られてしまいそうな、あまり落ち着くことのできない環境下にいた。

 虫の羽音が血肉を求めているかのように耳元にへばりついている以上、迂闊に皮膚をさらけ出すわけにはいかず、彼は汗を掻きながらもただただ耐え続ける。

 自然の脅威が互いに牙を突き付け合う過酷な生存競争を繰り広げる最中、フレアは彼らの行動をじっと眺めていた。

 ちょこまかと動き回りながらも懸命に働いている彼らはキャニーア族と呼ばれ、一番の特徴は身長が小さいことで、大人でもフレアの指先から肘ぐらいしかない。

 外見は木の葉や蔦で着飾った二足歩行する茶色の毛並みの子犬であり、無垢で円らな瞳がとても可愛らしい。


 今フレアがいるのは彼らの里であり、外敵から身を守るように樹上に造られている家が特徴的であった。

 フレアが目の前の古木を見上げると、よじ登っているキャニーア族が石製のナイフで何かを剥いでいる。

 それらは樹皮に付着した苔であり、この辺りにしか自生していない珍しい種類のものらしい。

 誰が目を凝らしてみても価値があるようなものとは考えつかないだろうが、これがよもや薬になるとは彼も思わなかった。

 キャニーア族の間で伝わる治療法を元に、彼とリナウスが研究してみた結果、育毛剤として効果があることがわかり、フレア財団の取り扱う商品でも五本指に入るほどの人気を誇っている。

 栽培が難しいため量産は出来ないが、それでも大金を支払ってでも買いたい富裕層は何人もおり、当分の間価格の下落は起こりそうにもない。

彼は視察という形で彼らの働きぶりと、何か現場で困っていることがないかの調査を行っていた。

 見た限り問題はなさそうだが、念のため働いているキャニーア族一人一人の様子を確かめている。

 キャニーア族は大人になると頭頂部の毛だけが白くなるため、大人と子供の区別はつきやすいのだが、雌雄の判別は外見では判断できず、リナウス曰く声の高さがポイントらしいが、音感など持ち合わせていない彼は今現在も判別できずにいた。

 幸いにも重労働が原因で苦しんでいる様子もなく、どちらかというと和気藹々と仕事に励んでいるようで、その様子を見て彼は胸を撫で下ろす。


「フレア様。皆様、頑張ってございますね」


 フレアのすぐ隣にはセインがいる。

 そのメイド服姿もすっかり見慣れたものであり、彼からすればこの密林においてもまるで光り輝いているように見えてしまう。


「うん。本当に頑張ってくれているよ」


 樹皮から剥いだ苔は天日に干した後で粉状にすり潰し、あとは秘伝の薬液に漬け込むこと課程があるも、そちらも一週間ほどちょくちょくと様子を見ればいいだけの簡単な作業となっている。

 ひとしきり作業を確認していると、カゴを手にしたエシュリーがやってくる。


「フレア殿。これが今回の成果である」


 フレアがカゴを受けとると、その中には液体の入ったガラス瓶がいくつも見られる。

 以前フレア達が渡した物であるが、キラキラと光るためかキャニーア族達は大層気に入っており、専らインテリアとして部屋に飾っている者もいた。


「エシュリー、ありがとう」


 フレアが礼を述べていると、足下にキャニーア族がいることに気づき、そちらに目線を落とす。


「フレアさま。いつも、ありがとうございます。」


 恭しい口調で語りかけてきたのは、キャニーア族の長老のお付きであるピピ・ララという青年だ。

 キャニーア族の中でも数少ない共通語を話すことが出来る上、字の読み書きも皆に教えているまさに秀才中の秀才とも呼べた。

 ヒゲと耳を伏せている点からも、フレアに敬意を表していることが見て取れる。


「いやいや、こちらこそ。何か困ったことがあったら言ってね」


 フレアはその場で姿勢を低くして、ピピ・ララに目線を合わせる。

 近くで見るとますますぬいぐるみにしか見えない。

 それが動いているのだから、猶更可愛くて仕方なかった。


「はい。それでは」


 ピピ・ララと別れを告げてから、フレア達は村を出て川の方へと向かう。


「とても可愛らしいですね」

「うむ。しかし、その点で人間に誘拐されているというのも大きな問題である」

「う、うん……」


 ペットや奴隷として誘拐された者も多く、フレアとリナウスがキャニーア族解放のために動き、その結果都市を一つ壊滅寸前に追いやる結果となったのも記憶に新しかった。

 しかし、解放されたキャニーア族の中には未だに心に傷を負った者もおり、彼らを見る度にフレアは自分の無力さに嘆いてしまうのか心臓が鈍い疼痛を訴え出す。


「フレア殿。ピピ・ララ殿から肌をツヤツヤにする秘薬の話を伺ったのであるが」

「え、それは凄いね」

「私がモニターとやらになってもいいのであるが」


 エシュリーの積極的な姿勢にはフレアも感謝しているが、やや無鉄砲な所がフレアとしても心配であった。


「無理してモニターにならなくてもいいから。ほら、人間に対しては身体に害となる成分が含まれている危険性があるかもしれないんだ」

「む、それもそうであるか」

「薬は使い方を間違えれば毒にもなると聞いております」


 セインの言葉に対し、フレアも思わず頷く。

 フレアも医薬品の開発も考えたことがあったが、生半可な知識では危険が多く、人間と亜人の体質を考えると断念せざるを得なかった。

 文明が進めば科学的根拠による分析も容易ではあるが、まだ先のことを考えても仕方ないとばかりにフレアは二人を先導するかのように川の方へと進んでいく。

 三人が川へと辿り着くと、川面が燦々と降り注ぐ太陽を映している。

 フレア達が暫く歩いて行くと、川岸で暇そうに欠伸をしているロバート君の姿があった。


「ロバート君。待たせてごめん」


 フレアが声を掛けると、ロバート君は嬉しそうに尻尾を振りながらも顔を上げる。

 その反応は大型犬そのものだが、力が強いため迂闊に近寄るのも危ないため、まずは落ち着かせるべく、彼はロバート君の頭を優しく撫でてあげる。

「ロバート殿の扱いが上手いのであるな」

「付き合いが長いからね」


 初めの頃は腕を噛まれそうになったり、飛行中においても何度も振り落とされそうになったこともある。

 喧嘩をする中でも互いを尊重し合い、フレアは今ではロバート君をペットというよりも、友人のように接することもままあった。

 よくよく考えると、フレアの人生で初めて出来た友と言っても過言では無く、そう思うとロバート君を撫でる手にも思わず力が入ってしまう。


「さて、屋敷に戻ろうか」


 フレアがロバート君の背中に乗ろうとしていると、手帳を見ていたセインが驚きの声を上げる。


「あのフレア様? あれから、ちょうど二週間が経過いたしましたが……」

「あれから?」

「覚えていないのであろうか!? クーザー殿との約束があったではないか?」

「ええ、ああ。そうだよね! 覚えているよ!」


 すっかり忘れていた――。

 頭の片隅にはあったものの、明日か明後日ぐらいのことだとフレアは思っていた。

 こんなに時間が過ぎるのが早かったと彼自身思ってもいなかった。


「予定の時間までは余裕はあるが、それにしても貴殿の仕事のスケジュールは大変でなかろうか?」


 すると、セインもまた声を上げる。


「私もそう思います。フレア様を見て思うのは、時折何かに憑かれたかのように仕事に打ち込んでいる気が――」

「どうしても熱が入ると自分でも止めようがなくて」


 フレアは照れ笑いでごまかすも、その本心は違っていた。

 未だに夢に見る地球で受けた数々のトラウマがふとしたことで蘇り、それと同時に怒りがフツフツと燃え上がり、その度にリナウスの誘惑が何度も脳裏で繰り返されてしまう。

 そんな過去を振り切るかのごとく仕事に没頭しており、忙殺される中で彼は彼なりの平穏のようなものも覚えていた。


「時間があれば休暇を取った方がよいであろうに」

「休暇か……」

「でも、フレア様はあまり休まれた所を見た記憶がございません」

「いつも仕事の虫だからね」

「何か趣味とかないのであろうか? 私は鍛錬の一環として登山を嗜んでいるぞ」

「趣味?」


 趣味ぐらい持っている――。

 フレアはそう答えようとするも、ふと考えこんでしまう。

 彼の持つ趣味と言えば読書と自己鍛錬ぐらいのものであり、最近は仕事が忙しくて趣味に没頭する時間もない。

 その趣味もまた楽しいかと聞かれれば首を横に振る他ない。


 ――僕は何のために異世界に来てしまったのだろう。


 他人のために生きるのは素晴らしいことかもしれないが、それでも自身という存在を捨ててまで生きていて楽しいのだろうか。


「フレア様?」


 セインは心配そうに彼の顔を覗き込む。


「仕事が落ち着いたら休んだ方がよいだろう。むしろ、休んで貰うと助かるぞ。私にもバンバン仕事が来るのは大変なのである」


 エシュリーの本音がダダ漏れであったが、それを聞くとやはり休まざるを得ない気がしてならなかった。


「わかったよ。そうさせてもらうよ。ただ、今は目の前のやるべきことに集中しないと」


 フレアは睨むように白雲を見据える。

 この仕事が終わっても、まだやるべきことは山のようにある。

 そんな憂鬱なことばかり考えていると、セインが声を掛けてくる。


「その、私も同行してよろしいでしょうか?」

「え、ヘイクス族と会うんだよ? 危険だよ?」

「リナウス殿と貴殿がいれば安全な気はするが」


 僕では到底ヘイクス族に敵わないのだけれども――。

 フレアがそう答えようとした時だった。


「私はフレア様が心配なんです」

「僕が心配?」

「はい。いつも身を粉にして働いていて、ふとしたことで急に倒れたりしないか、私は心配なんです」

「そんな、大げさな……」


 フレアは同意を求めるかのようにエシュリーに視線を向けるも、彼女は静かにかぶりを振っていた。


「私もセイン殿に同意である。フレア殿、貴殿はもっと自分の身を案じた方がよいであろう。というわけで、私も同行させて貰おう」

「あ、うん。わかった。ありがとう」


 他人に迷惑をかけないように生きていれば、少なくとも痛い目に遭わずにすむ。

 フレアは自分よりも誰かに配慮した生き方をしていたはずなのに、知らぬ間に周囲に迷惑を掛けている。


 僕は本当に何をやっているのだろうか――。


 フレアが気の抜けたように空を見上げていると、ロバート君が不機嫌そうに低く唸っている。

 どうやら、ほったらかしにされていたため機嫌を損ねているようだ。


「ごめん、ごめん。まずは、屋敷に戻って荷物を片づけよう」


 三人がロバート君の背中へと乗ると、待っていましたとばかりに翼を広げ、大地を蹴って空へと飛翔する。

 ロバート君の言葉は分からないものの、共通言語をある程度は理解しているようであり、簡単な言葉ならば頷くか首を振るかで反応を示してくれる。

 リナウスが言うにはどうにか言葉を喋ろうとしてはいるが、声帯が人間と異なっているため発音そのものが難しいとのことだった。

 ただ、フレアとしてはロバート君がペラペラと喋る姿はあまり想像したくはなかった。

 空の旅をひとしきり楽しんだ後、ロバート君が屋敷周辺へと降り立った。

フレアも無茶をしながらも仕事に励んでいるようです。

彼の心の闇はまだまだ晴れないのでしょうか?


面白いと思いましたら、いいねやブックマークをしていただければ幸いです。


それでは今後ともフレアとリナウスの活躍をお楽しみに。

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