第四章「再会」その2
前回、王都に買い物へ来ていたフレアとエシュリーはアルートを迎えに行ったところ、何やらトラブルに巻き込まれたようで……。
アルートの後ろにいた二人の男の双方がオースミム教のシンボルのローブを身に着けているも、高価そうな材質からして恐らくは地位の高い人間だということをフレアは把握した。
一人はフレアよりも二、三程年上の男で、もう一人は白い帽子を被った六十代ほどの男だった。
そして、若い男の方が真っ先に口を開いた。
「あんたがこの子の家族か?」
その目つきは野犬のようであり、下手な受け答えをすれば真っ先に喉笛に噛みつかれそうだ。
フレアはゆっくりと慎重に言葉を返した。
「はい。えっと、その、従妹がご迷惑を掛けて申し訳ございません」
「面倒事を増やされるとこっちも大変だ」
フードを被り直しながらも男はぼやく。
その声をフレアはどこかで聞いた覚えがあったが、思い出そうとする矢先に後ろにいた初老の男性が叱咤の声を上げる。
「これ、ウォルガン。よしなさい」
男性がフレアに頭を下げると、静かな声でこう言った。
「司祭見習いとして、もう少し謙虚に振舞いなさい」
フレア達がきょとんとしていると、男性は改めて向き直る。
「これは失礼。私の名はイラスデン。オースミム教の大司教を務めております」
「大司教――」
フレアが聞いた限りだと、大司教はオースミム教の中でも上から三番目ほどの位の高い役職のはずだ。
深い皺の刻まれた顔は慈愛に満ちており、フレアはどこか安心してしまう。
「す、すみません」
ウォルガンが素直に謝っている一方で、小さく舌打ちしたことをフレアは聞き逃さなかった。
聖職者も結局は人の子か。
そう考えるだけでも、誰もが陰で愚痴を叩き合っているのはごく自然のことなのだと彼は痛感してしまう。
「いいえ、謝らなくともいいのです。あなた方にオースミム様のご加護があらんことを――」
大司教は祈りの言葉を捧げている。
その言葉はどこか重々しく、一言一句も聞き逃してはならないというプレッシャーを放っていた。
だが、肝心の言葉が聞き取りづらく、フレアは意味が分かったというよう感じで適度に相打ちをする。
「それではお世話になりました」
アルートとエシュリーを伴い、フレアはその場を離れようとする。
「失礼、もしよろしければこちらを。ウォルガン」
「へいへい」
ウォルガンは一枚の紙を取り出して、フレアへと突きつけた。
「これは……」
どうやらチラシの類らしく、そこにはオースミム再臨祭と大きく書かれており、日付は半年後の日付が記載されていた。
「よかったらご参加ください。なに、堅苦しいことはなしの、お祭りのようなものです」
フレアが以前モーリーから聞いた話によると、再臨祭とはオースミムが再びクロミア大陸へとやって来るよう祈願するらしいが、信仰心の厚くない一般人からすれば飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎという認識が強いとのことだ。
「ど、どうも」
「あ、ありがとうございます!」
フレアは頭を下げると、その横ではアルートがピョンピョンと跳ねて喜びを表している。
本当の子どものような反応であるが、あまりにも自然すぎて本当に喜んでいるんじゃないかと彼は疑ってしまう。
「そ、それでは」
急いでその場を離れたかったが、不自然な行動をすれば当然怪しまれるため、いつもどおりの足取りを心がける。
ようやく解放されて安心しながらも、フレアはエシュリーへと小声で話しかけた。
「エシュリー。つけられていないよね?」
「大丈夫である。一応迂回してから、街を出ることにしよう」
フレア達は息を潜めながらも、まるでオオカミから逃げる小動物のようにこそこそと逃げ回る。
人混みに身を隠しながらも、急いで脱出するべく通りで辻馬車を捕まえた。
フレアは御者へ銀貨を投げ渡すと、恭しい態度で車内に案内される。
勢いよく鞭のしなり馬を叩く音と共に、馬車が勢いよく走りだした。
揺れる車内の中、エシュリーは大きくため息をこぼしてから、アルートへ尋ねる。
「しかし、アルート。よもや、礼拝堂の中で迷子になったのではなかろうな?」
するとアルートは不機嫌そうに頬を膨らませつつも反論した。
「違うもの。リナウス様に頼まれて、大聖堂について調べて貰いたいって」
「リナウスが? 自分で調べればいいのに」
「その辺りの詳しい理由はリナウス殿に伺った方が早いのではなかろうか」
「教えてくれるかわからないけれども……」
リナウスの性格は山の天気のごとく不安定でいい加減であるため、フレア自身も扱いに困ることが多々あった。
気分屋なのが最大の魅力でもあり、そして欠点なのだから本当にどうしようもないのだ。
「じゃあ、屋敷に戻ろう。リナウスが首を長くして待っているから」
「そうであるな」
フレア達は街を出ると、小一時間ほど掛けて街外れにある森へと向かう。
そこにはロバート君が待機しており、フレア達の到着を待ちかねていたようだ。
「ロバート殿の飛行能力は大変素晴らしいが、わざわざ人目につかぬ場所で合流出来ないのは不便であるな」
「他の人に見つかったら面倒だからね」
フレアはロバート君の鼻を撫でると、機嫌良さそうに鼻を鳴らしている。
リナウス曰く、竜としてはまだ若い個体らしく、時折遊んであげないと機嫌を悪くしたり、甘いお菓子を上げると夢中になって食べるといった可愛らしい面を見せることもある。
アルートがおどおどとロバート君に話しかけると、鼻を鳴らした後に翼を大きく広げる。
一同がロバート君の背に乗ると、彼は助走を付けて空へと舞い上がる。
広く青い空には小鳥達が踊るように飛んでおり、それはどこかロバート君を誘っているかのようにも見えた。
最初はぐったりしていたが、今ではすっかり慣れた様子のエシュリーを見て、フレアは満足気に頷く。
「どうしたのだ、フレア殿?」
「いや、エシュリーが手伝ってくれるようになってから、時間が経ったんだなって」
「あっという間であるな。貴殿らと行動を共にするようになって、アルートも以前より逞しくなった」
「それはよかったよ」
「フレアさん。その、ありがとうございます」
「え、あ、はい」
異法神であるアルートからお礼を言われると、フレアはどういう反応をすればいいかわからなくなってくる。
見た目からして普通の女の子にしか見えず、そしてリナウスと比べてしまうと、やはり違和感しか湧かない。
そうこうしているうちにロバート君がフレアの屋敷へと辿り着いた。
「ありがとう、ロバート君」
フレア達はどこかへ飛んでいくロバート君を見送りながらも、屋敷へと戻ることにした。
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それでは今後ともフレアとリナウスの活躍をお楽しみに。




