第三章「起業」その11
いよいよ異法神グムヌとのご対面です。
さて、どんな結果となるのでしょうか?
祭壇というものは祀られている神の威光を示すものか、あくまでもそれとも厳かなる祈りの場所とするべきか。
少なくとも祭壇を金や宝石で豪奢に飾っている以上ウサルサ族は祭壇を前者のように思っているのだろう。
ウサルサ族は手先も器用なのか、祭壇に刻まれた彫刻の意匠にフレアが見惚れていると、祭壇の中央部分に彼の胸高ほどの石像が安置されていた。
「これは――」
「これがグヌムとやらだね」
「む、石になっているのであろうか?」
「力を失った神は、こんな石像のような状態になるんだって」
フレアは今まで亜人達に出会って来た中で、こういった神々に出くわしたことがままあり、リーオ族とオフィーヌ族、それにラクセタ族の里で見た記憶があった。
「石になっては何も出来ない気がするのであるが……」
「まるで動けないのが多いけれども、こいつみたくカミツキに力を授けたり、命令ぐらいは出来るらしいね」
フレアは改めて石像に見据える。
強く蹴ればそのまま粉々に砕けそうな印象があるも、何やらただならぬ雰囲気を放っている。
「ウサルサ族に命令をしていたというのであろうか?」
「そういうことさ。はて、どうしてこういうことをするか、吐いて貰おうかね」
リナウスは石像を強く睨んでから、口早に語りかける。
何を言っているか当然フレアにはさっぱり理解出来ないが、リナウスの苛立った口調と会話を聞いているアルートがエシュリーの影で震えている所からも話が難航しているようだった。
気まずい空気が流れる中、リナウスはふと口を止めたかと思った瞬間だった。
「え?」
あまりの出来事にフレアは目を丸くする。
リナウスの拳を石像へとめり込ませた。
粉々に砕け散っていく石像を目にして、彼はただただ唖然とする。
「私に教えることはないってさ。まあ、しばらくは悪巧み出来ないだろうね」
「しばらく? どのくらいの時間であろうか?」
「元の元気なこいつの姿を見るには、相当長生きをする必要があるね。まあ、間違いなくメルタガルドで一番長生きをした人間として名前が残るだろうさ」
「そんなに長いのならば、私の気にすることではないな」
エシュリーは静かに肩をすくめる。
元の部屋へ戻ると、異変を感じたのか族長が泡を食ったような勢いで話しかけてきた。
「も、もしや?」
「ああ、あいつね。悪いけど、君達ウサルサ族のことはただの道具、としか思っていないらしくてさ、まあ反省のため当分の間は静かに眠って貰うことにしたよ」
「そ、そんな……」
肩を落とす族長を見て、フレアは少し同情してしまう。
自分の信じていたものが今日当然現われたよくわからない異法神によって粉々に打ち砕かれたのだから、それも無理からぬ話かもしれない。
「従っていたら間違いなく君の一族は滅んでいただろう。しっかし、君達もいくら神の命令だからといって、野蛮な行為をするのはどうかと思うのだがね」
それから、リナウスの長い話が始まった。
亜人達を勧誘する手法の一つで、まずは相手の非を責める。
この責め方というのがまた絶妙であり、相手をフォローしながらも、親が子を叱るかのように喋る。
口調は穏やかなのだが、異様な気迫を放っているせいもあり、相手は間違いなく魂が押しつぶされそうな心地となる。
そして、相手が恐怖で視線を泳がしたところを狙い、リナウスは畳みかけるかのように今度は優しい言葉を投げかける。
今回もまた他の亜人達に危害を与えないと約束させ、フレア財団に協力をするならば援助すると告げると、族長は胸をなで下ろしそれに応じている。
「ふふ、今後ともよろしくお願いするよ」
――果たして、その手は救いの手なのだろうか。
リナウスと族長の握手を目にして、フレアはそんな感想を抱いてしまう。
詳しい案内はまた後日送ると話し、フレア達はウサルサ族の住処から外へと戻った。
フレアは髪や衣服に張り付いた砂や土埃を払っていると、エシュリーが何やら早口でリナウスに話しかけている。
「よもや、あのような対話で次から次へと傘下を増やしているのであろうか?」
「傘下、という言い方はちょいと失礼じゃないかな。アメとムチは使いようってところさ」
ニヤニヤと楽しげなリナウスを見て、フレアは思わず問いかける。
「リナウス。何だか嬉しそうだね」
「ふふ、見たところ彼らの掘削能力はかなり素晴らしいと踏んだからね」
「なるほど鉱山等に派遣をして利益を得ようというのであろうな」
フレアがエシュリーの答えに納得していると、リナウスはわかっていない、と言わんばかりに肩を竦める。
「違うね」
「え、じゃあ何をするの?」
「決まっているじゃないか。屋敷に地下室を作るのさ」
「ち、地下室であろうか?」
「ふふ、ロマンという奴さ」
リナウスがチラリとフレアに目線をやると、彼は――。
「うん。確かに」
「即答であろうか!?」
「えっと、私も……」
「アルートもか!?」
一人だけ取り残されたのが嫌なのか、エシュリーはああだこうだ地下のどこがいいのかについて語りだし、それをからかいながらも、一同はアクアノ族の住処へと戻った。
アクアノ族達はウサルサ族の襲来に備えているのか、臨戦態勢で待機しているようだった。
しかし、フレア達の帰還を認めると歓声を上げて寄ってくる。
「やあ、遅くなったね。連中とは話を付けてきたよ」
「いえいえ、フレア様、リナウス様、この度は何とお礼を言えば申し上げれば――」
メノメノはその場で膝立ちをした上で深々と頭を下げる。
どうやら最高の感謝の意を示しているようだ。
「気にすることはないさ。また何かあったら気軽に呼んでくれたまえ」
「は、はい! ところで、例の場所が判明したのですが……」
「そいつは朗報だね」
「ん?」
何のことやらとフレアが首を傾げていると、リナウスは静かに囁いた。
「あとで君だけに教えるから安心してくれたまえ。それでは今日はこれにて失礼しよう」
「またお会いできることを心待ちにしております」
リナウスがメノメノ達へと手を振り、一行はロバート君がいた場所まで戻ることにした。
その最中、リナウスはわざとらしく声を上げる。
「しまった!」
「どうしたのであろうか?」
「いやあ、私としたことが、ちょいと、メノメノ達に新たな技を教えるのを忘れていてさ。フレアと一緒に行ってきてもいいかな?」
言い訳にしてはあまりにも雑すぎる。
フレアが内心呆れていると、エシュリーは毅然とした様子でこう返す。
「技であるか? それならば仕方あるまい。後で私にも教えていただければ助かる、では、ロバート殿の元で待っていよう」
すると、エシュリーは簡単に納得してしまったらしく、彼女はアルートの手を引きつつもロバート君の元へと向かっていった。
「はてと、こっちだ。ん、どうしたんだい?」
「いや、ちょっとぼんやりしていただけだよ」
自分でも申し少しマシな言い訳を考えられそうなものだが、それでもエシュリーがあっさりと信じてしまったことにフレアは驚きを隠せなかった。
悪い詐欺に引っかからなければいいのだけれどもと考えつつ、彼は沼地の中心へと向かっていくリナウスを追いかける。
例の場所とは一体?
次回フレア達はその場所へと向かうようです。
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それでは今後ともフレアとリナウスの活躍をお楽しみに。




