第三章「起業」その8
アクアノ族達との険悪な雰囲気の中、果たして物語はどう動くのかでしょうか?
何者かの近寄ってくる足音と共に、第三者の声が響いた。
「皆! そこまでだよ!」
声を発したのはフレアだった。
その言葉に反応し、アクアノ族達は武装を解除しつつもフレアとリナウスの元へと駆け寄っていく。
アクアノ族達と和気藹々とハイタッチしている彼らを目にして、エシュリーはポカンと口を開ける他なかった。
「ふふ、見事な連携だ。教えた甲斐があったものさ」
「お、教えた?」
「対異端狩り用の戦いさ。まあ、これはまだ可愛い方だよ」
「よ、よもやすすり泣いていたのも罠なのであろうか?」
「当然さ。もしやと思っていたが、君がほいほいと引っかかるとはね」
「ぐっ……」
エシュリーは恥ずかしそうに顔を俯かせる。
「それにしても、投石器を武器とするとは」
「安価かつ子どもでも使いやすい武器だからね。私ほどの腕前なら岩をも容易く砕けるさ」
「腕前は関係なくない?」
「そうかい? 為せば成るというのが生命だと思うのだがね」
「生命に対する無茶ぶりは止めてよ。おっと、皆。この人はエシュリー。その隣にいるのはアルート。財団の新しい仲間だよ」
アクアノ族達は次々に挨拶をするも、共通言語を覚えたばかりなのかその口調はどこかたどたどしい。
「えっと、メノメノはいる?」
「はい。ここにおりますぞ」
アクアノ族の中でも一番年齢の高い族長であるが、他のアクアノ族達との大きな違いは顎に生えている髭ぐらいだった。
「お久しぶりです」
「フレア様。この度はわざわざお越し下さって申し訳ないです」
メノメノは他のアクアノ族達よりもしっかりとした発音で答える。
フレアは特段共通言語の習得を強要などはしていないものの、彼の期待に添えようと勉強してくれる気持ちがとても嬉しかった。
「えっと、手紙の件で来たんだけれども」
すると、メノメノは神妙な顔で語りだす。
「え、ええ。つい先日見たこともない亜人が現れました。彼らはウサルサ族と名乗り、唐突に襲い掛かってきたのです」
「ウサルサ族か。聞いたこともないね。どんな特徴があるんだい?」
「背は我々より低く、毛むくじゃらで、おまけに光沢のある鎧を身につけていました」
「なるほど。それで首尾は?」
「全部追い返してやりました。こちらの被害者はゼロです」
メノメノの敬礼を目にしてフレアは少々逞しくしすぎたな、と少し反省する。
アクアノ族は天敵のいないこの沼地で平和に暮らしていたのだが、そこに人間達がやって来るようになってから迫害の対象となってしまう。
温厚な性格も災いし、彼らは戦うという手段を選ばずにただただ逃げ回り、住処を変えることしか出来なかった。
それを不憫に思ったリナウスは、スパルタで自己防衛手段を叩き込んだのだ。
「ふふ、ナイスファイトだね」
「しかし、去り際に今度はあちらの族長が出陣して直々に始末する、と言っておりました」
「そうかい。それは何とかしないとまずいかね」
リナウスが頷いている横でエシュリーが眉を顰める。
「よもやこのようなことが起こるとは」
「亜人達にも色々いるからね。フレア財団の話をそもそも聞いてくれなかったり、敵対する者もいるし、ただ強引に言い聞かせるよりも平穏な対話を行うのがボスの方針でさ」
リナウスはフレアにチラリと視線を向ける。
「亜人と人間との共存を目指す僕達からすれば厄介な話だよ」
「確かに。亜人同士の戦いが起こってしまえば、貴殿らの行動に支障が出るだろうに」
「早々に解決しないと。メノメノ、奴らがどこから来たのか誰かわかる?」
アクアノ族達が顔を見合わせて話し合う中、その中の一人の少年が手を上げる。
「はい、どうぞ」
「えっと、僕、見ました。あいつらはあっちの草原の方へ逃げていきました」
少年はやや北西の方を指さす。
あまりにも大雑把ではあるが、他に証言してくれる者がいない以上、それに従う他ないのだろうとフレアは考える。
「実にわかりやすい証言だ。では、行ってくるかね。その前に、メノメノ、例の件はどうなったんだい?」
「あともう少しです」
「そうかい。じゃあ、君達はここで朗報を待っていてくれたまえ」
「お、お気をつけて」
一同はアクアノ族達に別れを告げると、少年の指さした方を目指し、沼地を抜けてだだっ広い草原をひたすらに歩いていく。
天気も良くピクニックをするのには最適な環境ではあるが、そんな悠長なことを言っている場合ではない。
フレアが必死に逃げ去った亜人達の痕跡がないものかと探して見るも、手がかりは見つけられそうになかった。
「お困りのようであるな」
「ああ、御覧のとおり困っているのだよ。人捜しは私の苦手な分野でさ」
「アルート。出番であるぞ」
「う、うん」
アルートが口早に何かを唱えるとその小さな掌に人魂のようなものが現われ、それがふわふわと漂い前方を照らし出すと、光り輝く道が草むらの上に現われた。
「これは?」
「私の神魂術。進むべき道を照らし出してくれているの。ざっくりとだけど」
「ふふん。そいつは便利じゃあないか」
アルートは照れくさそうに笑っていると、エシュリーはポツリと呟く。
「外れることもあるのだが」
「そうかい。当たっていることを願うしかないね」
一同が光に沿って道を辿っていくと、その先は緩やかな下り坂となっていた。
砂利で足を滑らせないようフレア達は慎重に進んでいく。
「あれはなんであろうか?」
下り坂の先には洞穴がぽっかりと口を開いていた。
誰かを待ち構えているかのようで、光の道もその洞穴の入り口で途切れている。
「あそこが住処のようだね」
フレアが呟くと、エシュリーはぽつりと呟く。
「戦いになるやもしれぬな」
「まあ、私がいれば秒で終わる話さ」
あっけらかんとしたその言葉に対し、フレアはやれやれと窘める。
「リナウス。手加減はしてよ」
「ええ、手加減するの~?」
リナウスは口を尖らせ、高い声色でそういった。
本人曰く、可愛らしい女子高生の口調を真似しているらしいが、フレアからすればリナウスは傍若無人という印象が強いせいで違和感しかなかった。
「我が儘言わないでよ」
ああ、この神はまるで自重する様子がない。
時折、フレアがストッパーとして制しなければ何をしでかすかわからないのだ。
「わかった、わかったさ」
リナウスは面倒くさそうに返事をしながらも、足早に洞穴へと向かっていった。
「リナウス殿!? 単騎で攻め込むのは危険なのであるが」
「大丈夫。だって、リナウスだし」
「う、うむ。そうであったな」
エシュリーも難しく考えることを諦めたのか、アルートを伴ってフレアに続く形で洞穴へと足を踏み入れる。
果たして、ウサルサ族の狙いとは一体?
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それでは今後ともフレアとリナウスの活躍をお楽しみに。




