第三章「起業」その3
フレアが亜人達を守るようになった経緯とは?
深呼吸がこんなに便利な動作とは思わなかった。
思考がクリアになると、頭の中でこんがらがっていた考えも一気にまとまる。
そして、フレアはゆっくりと話し始めた。
「何年か前にリナウスと一緒にクロミア大陸を旅したんです」
「大陸を旅されたのであるか。さぞかし貴重な経験であったろうに」
「はい。そして色々考えました。この世界で僕が出来ることは迫害されている亜人達を守りながらも、人間と亜人達が共存する道を模索することかな、と思ったんです」
それがメルタガルドを旅した末でフレアの見つけ出した答えだった。
正しい答えかどうかは分からないが、今の彼には批判に耐えうる精神と悪意に立ち向かう心が備わっていた。
「異端狩りを行っている集団や組織と派手に争った、という話も聞くが本当であろうか」
「え、ええ……」
フレアはちらりとリナウスに目線を送る。
「争ってはいないさ。ちょいとお話を聞きに行っただけなんだがね」
「お話、であろうか?」
「そうさ。私とフレアだけで、亜人奴隷市や亜人を強制労働させている炭鉱の事務所に行ってね。出来れば私も穏便に済ませたかった。ただ、礼儀知らずが多くてね。やむを得ず――」
「や、やむを得ず?」
「私なりの方法で説得したさ。その甲斐もあって彼らも納得してくれた。二度と亜人達を傷つけることはないかな」
「あ、うん……」
フレアは乾いた笑いを零すしかなかった。
本来ならば人間同士の話し合いで解決すべきだろうが、歪んだ欲に取りつかれた人間に真摯な訴えが通じるはずもなく、神の力に頼らなければ平和な解決も望めないというのが彼の悩みの種であった。
「ええ、最初は異端狩りさえいなくなれば、と頑張っていた時期もありました。ですが、異端狩りは小さな集団が多くて、一つ一つ潰してもキリがないんです」
「なるほど」
「堂々と看板を掲げているような大きい組織は粗方潰したんだがね」
「中には表向きは普通に職を持っているけれども、裏では顔を隠して異端狩りに参加しているケースも多いんです」
「私が小さいのもまとめて一掃しよう、という提案もしたんだがね」
一々口をはさんでくるリナウスに対し、フレアは再度乾いた笑いを返す。
「ある程度リナウスに協力してもらってから、結局は恐怖で強引に人の心を変えても意味がないと確信したんです。少しずつ変わっていくように努力する他ないかな、と」
敵の親玉さえ倒せば世界は救われる、というほど世の中は単純でなかった。
そのことを確信した時、同時にフレアは長く不毛な戦いを覚悟した。
「素晴らしいことであるな。ところで、貴殿らの組織の名称だが――」
「ああ。フレア財団のことかい? すまない、パンフレットの作成がまだでさ」
「あの、その名称はやっぱり恥ずかしいんだけれども」
「何を言っているんだか。とっくの昔に正式名称だし、君が代表取締役だろう?」
リナウスに改めて言われると、フレア自身も不思議でならなかった。
つい最近まで地位や名誉等にまるで興味もなかったというのに、いつの間にやら財団の代表という立場となっていた。
そういった立場であるからこそ、自分のしたいことが思う存分に出来るのだが、他人に命令するということに対して未だに抵抗があった。
「若くして大陸でも有数の資産家とお伺いしたが――。実に謙虚な物腰であるな」
「あ、ありがとうございます」
「しかし、気になるのは貴殿らの財源なのだが……」
「ふふ、私達の懐事情をご存じとはね。勉強熱心なことだよ」
「調べもせずに話を伺うのは失礼と思った次第である。あちらこちらに亜人達の土地を買うだけでなく、ランメイア王国開拓連盟すらも手懐け、各街の商人ギルドでさえ貴殿らには頭が上がらないというではないか」
ランメイア王国開拓連盟、という単語を聞きフレアは嫌なことを思い出す。
クロミア大陸の未開拓地の調査及び元から住んでいる亜人達との交渉が主ではあるのだが、そのやり方が暴力的であり、そして当然のように異端狩りと癒着している有様であった。
「金なんざなくても、本来ならば私の力だけでも強引に出来たことなんだがね。ま、フレアのやり方も悪くはないさ」
フレアは内心リナウスが何やかんやで世界を恐怖のどん底に陥れるよう仕向けてくるのでは、と疑っていたこともあった。
だが、意外にもリナウスはフレアの提案する平和的なやり方を受け入れてくれるため、彼は不安に思いながらもリナウスに助力して貰っていた。
「財源に関しては、亜人の皆の協力のおかげです」
「なるほど。亜人達の作り出す民芸品は人間では真似出来ない素晴らしさがある。彼らの技術力を活かしているのだな?」
エシュリーが自信満々にそう言うと、リナウスは小馬鹿にした笑みを浮かべる。
「な、何がおかしいのであろうか?」
「いいや、それもあるかもしれないが、それだけだとあまり稼げないさ。お金を持っているのは結局貴族や商人だし、そういった連中がこぞって買ってくれる物を作る必要がある」
「では他にどんな方法があるというのであろうか?」
「フレア、説明を頼むよ」
「あ、うん」
大金を動かす立場となって以降、フレアは大衆の面前で話すことが度々あった。
大きな声で元気よく話す、というのが彼は大の苦手であったものの、リナウスの強引な特訓により、一応はどもることなくそれなりの演説は出来るようになっていた。
彼は堂々と胸を張り、そして自身満々な様子で語り出す。
「あの、エシュリーさん」
「む、呼び捨てで構わないぞ」
「わかりました。エシュリーはカツパ病を知っている?」
「カツパ病? どんな病気であろうか?」
「ふふ、敢えて私が説明しよう。古くからクロミア大陸の人間を苦しめる病で、今の今まで治療法が見つからなかったのさ」
「そ、そんな病があったのか? どんな病かについて詳しく教えて貰えないであろうか?」
フレアはリナウスの目配せを確認してから、カツパ病について話し始める。
「カツパ病というのは、足の指に――」
「足の指であるか?」
「うん、足の指の裏に黒い斑文が浮かび上がるんだ」
「む? もしや、それこそが死の前兆なのであろうか?」
緊張しているエシュリーを申し訳なく思いながらも、フレアはこう続けた。
「その、何というか、無性に痒くなるんだ」
「なるほど。その他には?」
興味津々なエシュリーの眼差しに対し、フレアは言葉を濁す他なかった。
「いや、その……」
「も、もしや。ただ、痒いだけなのであろうか?」
「重症化しても日常生活に大きな支障はないらしいね。ただ、人目を避けながらも足の指を掻くのは相当気をつかうよ」
緊張が解けたせいだろうか、エシュリーはとんだ肩透かしを食らったものだ、とばかりに乾いた微笑を見せる。
「わざわざ薬を使うものでもないかと思うが――。待てよ、それでも金を出す者達がいるということであろうか!?」
エシュリーが唐突に驚きの叫びを上げたせいで、アルートはビックリしたあまりソファーから転がり落ちそうになった。
「そういうことさ。些細なことかもしれないが、当然気になる者はいる。特にお偉方はことあるごとにコンプレックスを気にするからさ。これがまた良い値段で買ってくれるのだよ」
「亜人との関係はどうなっているのであろうか?」
「とある亜人達がカツパ病の罹患者が極端に低かったんです。そこで僕は彼らが摂っている食事や水、独自の療法を調べた結果、樹皮に含まれている成分が有効とわかり、それを抽出して――」
「フレア君、フレア君。エシュリー嬢がきょとんとしているのだがね」
理解の追いついていないエシュリーに対し、フレアは慌てて言い直す。
「つまりは、亜人の皆との協力で薬を作ることが出来て、それを量産して大儲けした、ということです」
「良い商売さ。原価はそれほど高くない上、競争相手もいない。最も薬の製法を力尽くで聞き出そうものならば、私が黙ってはいないさ」
フレアとしても原料は亜人達しか知らないため、工場を襲うものならば、薬を人間達に供給しないという条件を付けた。
「他にも化粧品を出しています。これまた顔料は亜人達の協力で、人間では採取の難しい場所の物を採用しています」
「よもや、エイデン印の化粧水であろうか?」
「はい。これも亜人達の日常を参考に作りました」
「ふふ、誰も彼も美を追究ものだからね」
「なるほど、貴殿らの商才には驚かされるばかりであるな」
「い、いやあ……」
フレアはチラリと目線を逸らしながらも照れ笑いを隠そうとする。
元々のきっかけは、彼が旅の道中でカツパ病に掛かったことだ。
たいしたことはないが、やはり気になるものは気になる。
助けた亜人の一人から治療法を教えた貰った所、彼の頭に一筋の閃きが起こった。
地球においても水虫はどこにでも蔓延しているせいで治療薬も欠かせない存在であり、絶対に売れるという確信が彼にはあった。
「君の質問はこれで終わりかい? それでは私から質問をさせて貰おう」
「うむ。構わないぞ」
「じゃあ、まず聞くけれども。そこのアルートとやらは異法神で間違いないかな?」
その言葉に、フレアは思わず吹き出しそうになる一方で、アルートは飛び上がりそうな勢いで驚いていた。
フレアも彼なりに悩んだ結果、今の道を進んでいるようです。
それにしても、最後のリナウスの発言が気になりますね。
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それでは今後ともフレアとリナウスの活躍をお楽しみに。