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第三章「起業」その1

二章の終わりにて旅立ったフレアとリナウス。

今回は旅から帰ってきた彼らの物語が新たに始まります。

「ん……」


 フレアはゆっくりと目を開く。

 誰かが自分の名前を呼んだ気がしたからだ。

 幻聴にもすっかり慣れたものだと思いながらも、現状を思い出す。

 どうやら、机に突っ伏して眠っていたらしく、枕代わりにしていた腕がじんわりと痺れていた。

 長い夢を見ていた気がしたが、何を見たのかすっかり頭から抜け落ちていた。

 寝ぼけた目で辺りを見回すと、そこには見慣れた執務室の光景が広がっている。

 かつての住人が残していったチェストやテーブルなどの家具にも愛着が湧き、稀に掃除をする際には念入りに磨いていた。

 中でも彼は暖炉を一番気に入っており、揺らめく炎を眺めながらも焼いた芋を食べるのが寒い冬の過ごし方となっていた。

 濃厚なバターを塗りたくった芋の味を思い出していると、再度彼を呼ぶ声がした。


「フレア、お目覚めかい?」


 フレアが反射的に声の方を向くと、そこにはリナウスがいた。


「お疲れのようだね」

「まあね。昔のことを夢見ていたような気がするよ」

「良い夢だったかい?」

「いや、どうかな?」


 未だに思い出したくも無い過去は彼の心の底で焼き付いてはいる。

 だが、そんなことを気にしている余裕もないくらいに今は忙しかった。


「ふふ、最近の君は頑張っているからね。少し、過去を振り返りたい気分なのだろうさ」

「頑張っている、か……」


 フレアはここ最近の活動を振り返ってみる。

 リナウスとの長い旅の中、彼は自分の進むべき道を模索していた。

 旅先では各地で異端狩りが行われ、悲惨な光景を目にする度に彼の心は強く揺さぶられた。

 何度も魂が引き裂かれそうなったが、それでも彼は自身の意志を貫き通していた。


「まあ、ここまで来られたのもリナウスのおかげだよ」

「ふふ、そう言って貰えると悪くないものだね。しっかし、君も心身共に大きく成長したもんだね」

「成長、ね」


 フレアは改めて自身の身体に目線を落とす。

 年月の経過と長旅の中で、彼の身体は逞しく成長していた。

 背丈ががっしりとしただけでなく雰囲気もまた年齢以上に大人びており、彼の昔を知る人物がいたとしても誰も彼だと気づかないだろう。

 それほどまでに彼は大きく様変わりしていた。


「地球を離れてどのくらい経ったんだっけ?」

「ええっと、四、五年は経つかね」

「もうそんなに経つのか……」


 もしも、平凡な家庭に生まれ育っていたら、今頃は多忙な学校生活を送っていたのだろう。

 しかし、メルタガルドで生きることを決意したフレアからすれば、平凡な生活に戻る気等さらさらなかった。


「それにしても、リナウスは、その――」

「その、何だい?」


 フレアは改めてリナウスの全身を眺める。

 どうやら彼の成長に合わせて姿を変えているらしく、今のリナウスは十代後半の女性の姿をしている。

 異法神は成長をしないので完全な趣味なのだろうが、それにしては美人すぎるため時折彼は目のやり所に困っていた。

 艶やかで長い黒髪に、触ると崩れてしまいそうな繊細な顔立ちに、モデル顔負けのスラリとした体躯をしており、その印象は一見虫も殺せない深窓の令嬢といったところだが、どんな人間でも太刀打ちできない存在であることを彼は理解していた。


「前々から気になっていたけれども、どうしてその格好?」


 リナウスのその容姿については文句の付けようはないが、フレアは服装の方を気にしていた。

 紺色を基調としたブレザーと短めのスカート姿であり、どうやら地球の学生服を意識しているようだ。

 当然ながらクロミア大陸には存在しないため、嫌でも注目の的となってしまう。

 だが、リナウスはその視線を全く気にすることはない。いつも通り威風堂々と立ち回っているおかげで、彼は意地でも慣れる他なかった。


「これかい? 学生服というのは至高、という噂をちょいと小耳に挟んでね」


 そしてその首元には相変わらず赤いスカーフを巻いており、大事そうに指で撫でている。


「どんな情報だよ」


 呆れているフレアに対し、リナウスはその反応を楽しんでいるかのように薄ら笑いを浮かべている。

 相変わらず何を考えているかわからないが、不思議と彼も不快な気分にはならなかった。


「はてと、フレア。そろそろ仕事の時間さ」

「そうか、もうそんな時間か」


 フレアは再度大きなあくびをしてから、机の脇に積んであった手紙の束に目を向ける。

 共通言語以外の文字で書かれている場合もあり、中には葉っぱや薄い粘土板という紙以外のものも当然のように紛れていた。


「ふふ、それにしても当初と比べると相談の手紙も増えたものだよ」

「地道な努力が実ったおかげかな」

「まあ、そういうことだね。はてと、片っ端から読んでいこうか――」


 リナウスが手紙を読もうと手を伸ばしたその瞬間、その目つきは研ぎ澄まされた刃のごとく鋭くなる。


「どうしたの?」

「お客さんのようだね」


 その言葉を聞き、フレアは椅子からすっくと立ち上がる。


「異端狩りかな? どうなのかな?」


 フレアが早口で喋るも、リナウスはまるで慌てる様子もなくこう返す。


「例え億の軍勢が来ようとも私の敵ではないがね。数は――二人、いや一人かな? む、ちょいとやっかいかもしれないね」

「どういう意味?」

「ふふ、見てからのお楽しみさ」


 フレアは嫌な予感を覚え、机の隅っこに隠していた護身用の杖を取り出す。

 石突きの部分が金属製となっており、全力で振るえば人の骨など簡単に砕ける代物だ。

 無論これで人を殴ったことはないが、旅先で嫌というほど野盗に襲撃されてからというもの得物を身に着ける癖が出来ていた。


「手土産を持ってきてくればいいのだがね」

「気前が良い相手ならばいいんだけれども」


 二人は笑いながらも玄関へと向かう。

 改めて室内を歩き回ってみると、中々良い物件を手に入れたものだとフレアは感心してしまう。

 元々貴族が別荘として住んでいた屋敷だったらしく、庭に浴場付きと豪華ではあるのだが、広すぎる反面掃除をするのが大変で仕方なかった。

 事務所から外へ出た二人は庭を横切り敷地外へと向かうと、二つの影が近づいていた。

 一人は二十代前半金髪の女性でその顔は気品に満ちており、金糸の刺繍が施された円筒衣を身に着け、腰には剣を差している。

 形状から察するに、ランメイア王国の兵士の間でよく使われている片刃のサーベルだとフレアは推測し、鞘の意匠と散りばめられた宝石からして只者でないことも伺える。

 もう一人は三角帽子に毛皮のコートを身につけた十代前半の少女であり、帽子からは若草色の髪の毛が飛び出ている。

 どこかおどおどとしているところが金髪の女性と真逆の印象を持っていた。

 金髪の女性はフレア達に近づくと、深々と頭を下げてから挨拶をする。

さて、突如として現れた二人の女性の目的とは?


面白いと思いましたら、いいねやブックマークをしていただければ幸いです。


それでは今後ともフレアとリナウスの活躍をお楽しみに。

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