第二章「決断」その6
前回、リナウスによって窮地を救われたフレア少年。リナウスとの久々の再会ですが、果たして――。
「うん、僕は無事だよ。リナウス、ありがとう」
フレアは複雑な気持ちで感謝する。
一方的に別れたはずのリナウスが特に嫌な顔一つもせずに助けてくれたのだから。
「君を絶体絶命の状態からまた救うのはベタかなと思ってね。ワンテンポ早めに助けてみたのさ」
「そうだったんだ」
そう言えば、司祭達は結局助けには来なかった。
きっと、人を集めるのに失敗したのだろう。
しかし、リナウスに助けられた以上、フレアにとってはもうどうでもよい話だった。
「はてと、気絶したそちらのお嬢さんの手当も必要かね。一旦モーリーのところへ帰ろう」
そう言うとリナウスは少女の足枷を指で強引に引きちぎる。
飴細工のように曲がる枷を見るも、先程の地獄絵図と比べればまだ可愛げのある芸当にしか見えない。
そして、リナウスは軽々と担ぎ上げるも、双方見比べるとほぼ同じ程度の背丈であり、端から見ているとシュールな光景でもあった。
「うん」
フレアはチラリとガレイザを横目で見るが、少し気の毒ではあるが助ける気になれない。
リナウスの言っていたことが本当ならば、ガレイザは今までに犯してきた悪行の報いを受けているのであり、当然と言えば当然の報いとしか思えなかった。
「フレア、それでどうする? 私が君も担ぐかい?」
「いや、歩けるよ」
フレアは岩塩の入ったバスケットを拾い上げながらも答えていると、誰かの視線を感じる。
「そこの奴。とっととそいつを連れてどこへでも行きたまえ。そして、私とフレアの前に二度と顔を出さないでくれ」
「へ、へい!」
どうやらガレイザの子分が心配になって戻ってきたようだ。
数人が協力してのたうち回るガレイザを強引に担ぎ、どこかへと逃げて行った。
フレアがその様子を眺めていると、丘に向かって人の群れが近づいてくるのが目に入る。
薄暗くなったせいで見えにくいものの、司祭の男が町人を連れてきているようだ。
ただ、位置が離れているせいか逃げていくガレイザ達には気づいていないらしい。
「しかし、君もしばらく見ない間に逞しくなったものだね」
「そうかな?」
「そうさ。人の成長というのは見ていて楽しいものさ。さ、帰ろう」
「帰りたいのだけれども、ランタンがないや……」
本来ならば暗くなる前に帰る予定だったのだが、これでは暗い山道を登るのは大変危険だ。
亜人の少女を連れて町に戻るというのも別の騒動を起こしかねない。
「少し待ちたまえ」
リナウスがその場から離れ、暫くするとランタンと火打石を持って戻ってきた。
「どこから持ってきたの?」
「ちょうどよく近くに馬車が捨ててあってさ。その荷台に置いてあったから貰っておいたのだよ」
「あ、ありがとう」
きっとガレイザ達の持ち物に違いない。
だが、彼らには不要なのだろうと思いつつもランタンに明かりを灯しフレアはリナウスと一緒に歩きだす。
「フレア、この世界に来てから君は今日まで平穏な暮らしを送っていた、ということでいいかな?」
「う、うん」
「そして、あの下劣な連中共は一体何だい? 知っていたら是非とも教えてくれたまえ」
「えっと、僕もお世話になっているイワンさんから聞いただけなんだけれども――」
フレアは異端狩りについて知る限りのリナウスに話す。
話し終えると、リナウスは肩を竦めながらもこう返した。
「やれやれ、人間というのはどこの世界、どこの時代でも変わりがないものだね」
「そう、なんだね……」
残酷な人間の本性を目の当たりにした以上、フレアも納得する他なかった。
自分にもやはり残酷な面は存在するのだろうか。
そう考えるだけでも、フレアは自分自身に恐怖を覚えてしまう。
「で、どうする? この世界を支配しちゃう?」
「随分軽いノリだね」
「ふふ、私がちょいと本気を出せば楽に支配できるからさ。朝飯前、という奴かね。まあ、神は食事を摂る必要はないがね」
自分の冗談が受けたのか、リナウスは上機嫌そうに笑っている。
先程の一方的な処刑からしてもかなり手加減をしているようであり、フレアはその言葉に一切の偽りがないことを確信する。
「いつだって弱者は苦しめられてばかりさ。ほんの少しばかり特徴が違うだとか、そんな簡単な理由で迫害される。嫌なもんさ」
「うん。そういうことは当たり前なんだよね」
フレアもまたそのことについてはよくよく痛感している。
彼もまたかつて背が小さいだとか、家が貧しいという些細な理由だけでこっぴどくいじめられた過去があった。
「私の力さえあれば、亜人達が迫害されることのない世界を創り上げることが出来る。君だって、その子のような弱い存在をそのまま放っておくような男ではないだろう?」
リナウスにまじまじと見つめられ、フレアはふと視線を泳がせると、その先にはリナウスの担いでいる少女の姿があった。
その顔はどこか大人びており、整った目鼻立ちはどこか神聖な雰囲気すら感じられる。
この魅力をどうして恐れるのかと思ったが、人を狂わせる魔力があるといっても過言ではない気がした。
「お、惚れたかね? 惚れたかな?」
「い、いや! そうじゃないから!」
フレアは熱を帯びた頬を隠すようにリナウスから顔を逸らす。
「何だったら君をこの世界の王にしてあげてもいい。誰からも否応なく愛される存在、永遠のマスコットキャラ。印税でウハウハ、遠い未来ではアニメ化もされるだろうね」
「王?」
「誰も彼もが一度は憧れる絶対的な地位だと思うんだがね」
フレアは冠を被った自身の姿を思い描くが、リナウスの言おうとしている王というのはそんな安っぽいものでなく、恐らくはこの世界を支配する存在のことを示しているのではないかと推測する。
フレアは頭上を眺めてから、暫し考え、やがてかぶりを振る。
「いや、いいよ」
「むう、君は無欲過ぎるな」
「昔から、何かを欲しがるのは贅沢だって思っているからかな」
「……そいつはすまなかったね」
残念そうなリナウスを見ていると、フレアは自身の選択が間違っていたのではないかと考えてしまう。
無言で歩き続ける間、彼はただただ自分のこれからについて思いを巡らせていた。
いつもならば彼は神経質なぐらいに獣除けの鈴を鳴らすのだが、リナウスがいる以上その必要はなく、肩の力も自然に抜けてしまう。
すっかり安心していると、ある考えが彼の頭の中でざわめきだす。
――僕はこのまま逃げ続けていいのだろうか。
亜人の少女とモーリーの三人で暮らすことになるかもしれないし、それはそれで平和な暮らしとなるだろう。
だが、異端狩りという存在がまだいる以上、このクロミア大陸に亜人達の安息の地はないのかもしれないと思うと、フレアには嫌な未来しか見えなかった。
――僕に出来ることは何なのか。
拳を握り締めてみるも、貧相な拳では何一つ変えられないような気がしてならなかった。
その様子を見ていたのか、リナウスが矢継ぎ早に喋り出す。
「世の中を変えるには力がいる。君一人で変えるには力不足だと思うんだがね」
「うん……」
「でも、君には他の人間と圧倒的な差がある。天と地がひっくり返ろうとも、その差は覆ることはないだろう」
「え? どういう意味?」
「君には私がいるということさ」
リナウスはいつも通り自信に満ちあふれた発言をしている。
その様子を見ていると、今まで一度も挫折を経験したことがないのだろう。
傍観し、諦め、逃げざるを得なかった人生を送っていたフレアからすれば、リナウスが羨ましく思えてならなかった。
「リナウスが力を貸してくれるの?」
「君に覚悟があるのならば、無利子で貸してあげよう。勿論、連帯保証人も不要さ」
「それはそれで怪しいような……」
「ふふ、強制はしないよ」
フレアはリナウスと自身を見つめながらも懸命に考えた。
彼もまた普通の少年として、地球にいた頃は様々ことに挑戦したかったが、家庭の事情によりどれも断念せざるを得なかった。
サッカー部への入部、自転車での遠出、クラスメイトと同じ話題での会話――。
そんなささやかな望みすら叶わず、ただただ辛い日々に耐えるだけの日々に、彼はため息交じりに従うしかなかった。
自分の望むこととは何なのか。ただただ平穏な日々に現を抜かししていいのだろうか。
他の誰でもない、自分だけの人生を生きなくてどうするんだ――。
少年は心の中で大きく叫び、そして決断した。
サブタイトルにもある通り、フレア少年は何かを決断したようです。
果たして、彼はこれからどんな行動を取るのでしょうか?
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それでは今後ともフレアとリナウスの活躍をお楽しみに。