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第二章「決断」その4

残酷な世界の事実を知ったフレア少年。

それでもくじけずに、亜人の少女を助けるべく彼は意を決して行動を開始する。

 やがて、馬車が着くと荷台に乗っていた男達がゾロゾロと降りてくる。

 そのうちの一人が担ぎ上げた亜人の少女を乱暴に下ろすと、廃墟の中央へと放置した。

 少女の足には重りの付いた足枷がはめられているせいで逃げ出せないらしい。

 フレアが奥歯を強く噛み締めていると、男達は町の人から集めた金を数えながらも下品な笑い声を立てていた。

 会話の内容は酒の話や、少女をどういたぶるかといったものであり、聞いているだけでも不快で仕方なかった。

 その中でもフレアが驚いたのが、過去にダルカトの町を放火した話だった。

 酔った勢いからの悪ふざけだったらしいが、何件もの家が焼け落ち、相当の被害が出たようだ。

 他人事のように、そして罪悪感の欠片も無い様子を目にして、フレアがはらわたの煮えくりかえる怒りに震えながらも、司祭達を待つことにした。

 きっと助けに来るはずだと彼は期待していたが、誰も来る気配がない。

 説得に時間がかかっているのかとフレアが心配していると、あとわずかで日の入りの時間となってしまう。

 沈みかける夕日を見て、リーダー格と思われる男が声を荒げた。


「てめえら、ふざけている場合じゃねえ。準備を始めろ!」

「すみません、ガレイザ親分。ですが、街の連中が来る気配がないです!」

「ちっ、つまらない臆病者共だ! 金はいただいたから、処刑はしちまうぞ!」

「へいっ!」


 四名の部下達は慌てて馬車から何かを取り出す。

 フレアが見たところそれらは荒縄と木製の枠らしく、罪人を吊すための処刑具のようなものだと推測した。

 ガレイザがきびきびと指示を下している中、部下の一人が少女を見張っている。

 少女は恐怖のあまり身動き一つせず、俯いたまま石のようにじっとしているというのに、あれだけ強そうに演説をしていた割には少女に対して恐れを抱いているのだろうか。

 彼がそう考えていると、微かではあるが少女のすすり泣く声が聞こえ、それが彼の耳朶へと染み渡る。

 そう言えば、最後に泣いたのはいつだったろうか。

 泣きわめくことが無駄だと悟った自身の惨めな過去を思い出してしまう。


 ――こうなったら、僕が助けるしかない。


 フレアは決意を固めるも、少女を救うためには何をどうすればいいのか。

 小説の主人公ならばこんな時パッと作戦が思いつくに違いない。

 しかしながら、緊張と焦りのせいかフレア少年に良い名案は思い浮かばなかった。 


 ――不幸のどん底から這い上がったばかりで何が出来るというのか。


 自嘲気味に笑ってからフレアは足下に岩塩の入ったバスケットを置き、じっと様子を伺う。

 すると、彼は男達が作業に夢中になっていることに気が付く。

 今が好機と考え、彼は馬車の方へこっそり近づいた。

 馬と荷台は鈎状の金具で繋がっており、彼はそれを強引に取り外してから荷台を強引に押す。

 彼は背中から汗の流れるのを感じながらも、荷台に力を入れるとゆっくりとだが斜面を下るようにして進んで行く。

 彼が急いでその場から離れると、荷台部分が徐々に速度を上げガラガラと音を立てて滑り落ちていった。


「おい、今の音は何だ?」

「馬車に何かあったみたいです!」

「ちっ、こんな時に!」


 音に気がついたのか異端狩りの男達は泡を食ったような勢いで馬車の元へと向かう。

 フレアはその隙に少女の元へと向かうが、見張りの男がすぐ傍らにいた。

 だが、その男の目はどこか虚ろであり、どうやら居眠りをしているようであった。

 今が好機だとフレアは意気込むも、肝心の鍵は男の手に握られていることに気がついた。

 強引に奪えば当然気づかれる。ではどうすればいいのか、という自問自答に対して、彼は即座に答えを見つけていた。


 あまりにも単調であり、誰もがすぐ思いつく方法――。


 フレアは護身用の鉈を取り出すと、何も知らず呆けている男へと近づく。

 山での生活の中、彼は山鳥を捕らえたことを思い出す。

 彼は日頃から世話になっているモーリーのために何かプレゼント出来ないかと考えた末、普段 中々口に出来ない鳥肉をプレゼントしようとしたのがきっかけだった。

 しかし、弓矢を扱うのは難しく、どうにか試行錯誤をして手製の罠で山鳥を捕まえたのはいいものの、どうにもならない罪悪感が彼の胸を締め付けた。

 罠で捕らえた際に翼が折れ苦しげにもがく山鳥を見て、彼はやむを得ず自身の手でその細い首を締め上げる。

 ぐたりと絶命する山鳥を見て以来、彼は暫くの間悪夢にうなされるようになった。

残酷な自分に恐れを抱くが、よくよく考えるとこれまでの人生でも何度か肉は口にしてきた。

 当たり前のように家畜は殺され、そして一般家庭の食卓へ届くのだと考えると、今更悩んだところで一体何を償えばいいのか、それがますますわからなくなってくる。

 そして彼は改めて考え直す。


 あの時山鳥を殺したように、果たして僕に人が殺せるのか、と――。


 ふと、彼は自身の手が震えているのに気がつく。

 小刻みに、どこかせわしなく震えている様子から、それが恐怖ではなく興奮だということに彼は嗚咽と共に苦々しい嫌悪感を抱く。

 彼が自然と荒くなる呼吸を沈めるため、その場にしゃがみ込もうとしたその時だった。


「あ」


 フレアは間違ってバスケットを足蹴にしてしまう。

 それだけならたいしたことはないのだが、問題なのはバスケットの中に獣除けの鈴を入れていたことだった。

 自由になった鈴は軽やかな音を奏でながらも、弾むように転がっていく。

 その音色は彼からすれば、さながら地獄行きの汽笛に聞こえてならなかった。

 彼が逃げ出す前に見張りの男は素早く身を起こすと、その小さな姿を捉えた。


「そこのガキ。何をここで何をしていやがる?」

「えっと、その……」


 フレアはその場から逃げようとするが、運悪く戻ってきた男達に挟み撃ちされてしまった。


「何だそいつは? いつからここにいたんだ?」

「ガレイザ親分。どうやら、ここに隠れていたらしいんです」

「こんなところで一人でかくれんぼでもしていたのか?」


 ガレイザはギロリとフレアを睨み付ける。

 フレアはその激しい怒りに燃えるその瞳を直視してしまう。


 これから、僕はどうなるのだろうか……。


 彼は改めて亜人の少女の現況を心の底から痛感した。


「親分、もしかすると馬車に悪巧みをしたのはこいつのせいなんじゃないですかい?」

「おい、どうなんだ?」

「ぼ、僕はその……。ただここで……」


 フレアが答えるのに戸惑っていると、ガレイザが槍を取り出すや否や柄をフレアの脇腹へと叩き付ける。


「――っ!?」


 フレアは声にならない悲鳴を上げつつその場に倒れ込む。

 脇腹から痛みが全身へと一気に駆け巡り、フレアはその痛みを堪えようと足をばたつかせた。


「悪いガキにはお仕置きだな」


 無様に転がるフレアの姿を見て、男達は笑い出す。

 フレアはかつてクラスメイトから受けた陰湿ないじめを思い出す。

 あの時のように、自分は未だに弱者のままなのだろうか。

 ふとガレイザの部下の一人がこんなことを言い出す。


「待てよ、こいつはずっとここに隠れていたってことは、俺達の話を聞かれたってことですかい?」


 その言葉に、ガレイザは大きく舌打ちをした。


「それはまずいな。あの話をバラされたら商売が出来なくなる」

「どうしやす?」

「決まっている。ここで始末しちまおう」


 始末――。

 実にあっさりと出てきた言葉に、フレアの心臓は瞬時に凍り付く。


「ま、運が悪かったと思って諦めるんだな」


 ガレイザの持つ槍の穂先がフレアの左胸を狙う。

 軽く突かれただけでも即死は免れない。

 身近に迫ってきた死の感覚に、彼は声を出すことも出来なかった。

 怯えに怯えた彼の様子を見て、異端狩り達は高らかに笑い出す。

 その狂気を含んだ笑みは異様な熱を放っており、まるで毒のように彼の神経をじわじわと苦しめる。

 彼らの笑いに驚いたのか、彼らの足元にいたトカゲのような生き物がどこかへと逃げ去っていくのがフレアの目に映った。


 ――どうして、こうも容易く人間を殺せるのだろうか。


 男達はその疑問に答えることはなく、好き勝手なことを言い出した。


「もう少し痛めつけませんかい?」

「そうですぜ。いっそのこと手足を折ってやりましょう」

「髪の毛を剃っちまおうよ」

「焼印はどうだい?」

「おいおい、おっかねえなって――」


 明らかに声色の違う声に男達は呆気に取られる。

 その声を発した主はいつの間にやら彼らの背後に立っていた――。

フレア少年がまさに絶対絶命の大ピンチという状況で今回のお話はおしまいです。

さて果たして誰が現れたのでしょうか?

もしかすると、読者の皆様方ならご存じかもしれません。


面白いと思いましたら、いいねやブックマークをしていただければ幸いです。


それでは今後ともフレアの活躍をお楽しみに。

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