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10話

 氷炎の魔法使いストレインは宿屋『粛兆』で高笑いをしていた。

 部屋には無属性魔法【消音】がかけられており、内部からのありとあらゆる声が遮断されていた。


 だからこそ、人目を気にせず笑い転げていた。


「ぷっ…くくく…あーっはっは」


 俺はただ楽しかった。部屋には4人の女の死体が散乱し、俺だけが部屋の中で生きていた。

 こいつらはスラムで仕事を与えるふりをして連れてきた女どもだ。スラムの住民は平民からも煙たがられる。そんなところに評価うなぎ登り中のラーミッドさんが現れたらコロッと騙されてくれた。


 女の死体には無数の傷と火傷、凍傷の跡が残され、背中がどの遺体もグロテスクだ。やっぱ火や氷を当てている時の反応は楽しいんだが、この後始末がどうにも面倒でならない。


 ちらっと見ても正常な皮膚がどこにも見当たらない。変色していない箇所を見つける方が難しいわ。


 誰がどう見ても一目でわかる凄惨な現場。その現場を生み出した狂人の俺はは宿備え付けのイスにもたれかかりながらワイングラスに注いだワインを嗅いだりくるくると回していた。



「あーあいつどうなったんだろうな。パン屋の小僧。ってさすがに死んだよな。馬鹿正直に毒まで飲んでくれたんだ。ま、どうでもいいか」


「それよりもあの女だ。もうスラムの女で欲を満たせない。どうしても痛めつけてぇんだ。泣きわめく姿が何よりも楽しみだったのに、スラムの女じゃ最初はよくてもすぐにダメになっちまう」


「やっぱ元から不幸な方に寄っているからか?まぁそれだったら今度の女でわかるはずだ。なんていったって今度の女は一度も王都から出たことがない温室育ちの平民だ。流石にこの宿で楽しむことは出来ないが、外に連れて行けば人目をはばかる必要もない」


「そうだな~、別の町へ仕入れに行くので婚約者として僕の仕事を見せたいんだ!とかそれっぽいことを言やぁほいほい着いて来そうだ。よし、それでいこう」


「連れ出してからは森だな。王都の外に出ちまえばこっちのもんよ。組織の奴らに目を付けられたくねぇから急がなきゃいけねぇが、ここらエングリーズ王国内ならばこのラーミッドって男の身分証が利用できる。安全に他国まで亡命できそうだ」


 俺は口に出して計画を練るタイプだった。だからこそ、【消音】の魔法が使える必要があった。どのみちストレインの趣味的に必要になる魔法でもある。


「スラムの女どもで焼きと冷えは試したんだがなぁ。反応が減っちまうから徐々につまらねぇ玩具になっちまう」


「あっそうだ。小僧の首だけでも回収して氷漬けにすりゃいい味変になるな。パン屋の娘――リンダだっけか。徹底的に嬲られた後、小僧の氷漬け生首を見せたらどんな反応をするのかなぁ。楽しみでよだれが出ちまうよぉ~」


 俺は恍惚とした表情で近日決行したい計画の展望を妄想していた。ただ痛めつけても今までと同じだと思った彼は小僧――フェーデの死体を利用することでさらなる感情を刺激する案を思いついた。


 俺が好きなのは女を甚振ることじゃない。一番重要なことは苦悶の表情や絶望した顔といった負の感情の発露を見ることだ。

 よく痛めつけるのはその方が細かに変化するから。


 俺は戦場で多くの人間を見てきた。戦争での死傷者やけが人を見たとき、酷く惨い光景であるはずなのに、彼は笑っていた。狂ったように。


 呻き声と苦痛が現出する顔。それが彼にとっての性癖であり、人生を彩るスパイスでもある。


 ワイングラスに注がれた赤ワインを眺めながら小僧――フェーデの血を連想して今頃どんな表情をしているのか夢想する。


 あいつはどんな表情で死んだのか。苦痛か?怒りか?憎しみか?

 あいつの感情は何色に表情を彩った?死人の顔をイメージしては明日の答え合わせをしたくてウズウズしてしまう。


 それにしても下水道で死んだなら探すのは手間だな。下水に流されちまっている可能性が高い。

 でも、死体がどんぶらこ~どんぶらこ~と流されていく様は見て見てぇなぁ。


 脇腹抉ったし、どてっぱらに何発か氷魔法【氷弾】を打ち込んでおいた。《焼喉》も飲んでいるというフルコースを堪能してもらった。


 逃亡中の身ではあるが、この快楽の刹那を楽しめなくては俺の美学に反する。


 人が苦しむ姿、それを見るために俺は労力を惜しまない。

 俺みたいな熟練の犯罪者になると薬と同じように用法用量をきちんと守ったやり方を確立しているのさ。


 負の感情ってものに対して人間は許容量がある。傷みも同じだ。

 過度に与えてしまうと許容量を大きく超えてしまう。


 そうするとどうなるか?簡単だ。

 何も感じなくなる。俺の楽しみのためにはいくつか条件がある。


 1つ目、やりすぎないこと。

 やりすぎちまうと体が先に壊れちまう。毒の耐性をつけるように徐々に負荷を増加させていくことが大切だ。


 2つ目、相手の嫌がることを考えること。勝負ごとにおいて相手の嫌がることが出来る人間がどんな局面でもポテンシャルを発揮する。裏を返せば嫌がらせの出来ない人間ほど相手のやりたいことを自由にやらせてしまうわけだ。


 ただ殺害するだけでは苦しいだけだ。肉体的にな。それでは体は壊せても心は壊せない。俺の目指す場所は体と心の同時崩壊による心神喪失状態。その時の表情を味わうこと。


 魂が抜けちまったように生ける屍になった帝国の軍人たちを多く見てきた。大切な人を失った経験や自分の無力さを痛感したとき彼らは人として終わってしまった。


 医者たちは時間の経過で癒されるなんて都合のいい言葉ばかりを並べていたが、まともに生活できなくなり、首吊ったり行方不明になったり他者を傷つけることもあった。


 同情はするぜ?心が弱く生まれちまったやつらによ。

 でもそれは生まれたときに始まったポーカーの手札が悪かっただけだ。


 あいつらはせいぜいツーペアくらいで、俺はフルハウスかな?

 仲間意識なんて持ったことはねぇが、可哀そうなもんだ。


 真面目に働いて多くの経験をした軍人ほど気を張って心が壊れちまうんだから。

 俺は気の向くままに殺して楽しんでいたから辛いとは思わなかったがな。


 さて、3つ目は真摯に向き合うこと。

 殺人ってのは重罪だ。取っ捕まっちまえば長い禁固刑や最悪死刑。


 俺の場合は戦後の祝賀会で知り合った女貴族どもを誑かして遊んだが、貴族の女は我慢が出来ない女ばかりだった。

 エングリーズ王国よりも選民思想が低いとはいえ、平民を下に見ることは共通だ。

 生まれたときから何不自由なく暮らして生きてきた女ばかりだ。


 鳥かごの中の鳥が野性を生きる鳥よりもたくましいことはない。温室育ちが面白いのは最初だけだ。


 帝国では下手打っちまって殺っちゃいけねぇやつも殺っちまった。

 貴族ってのは面倒で、気味が悪りぃ。


 同じ貴族同士でしょうもないことでマウントを取り、不愉快だから暗殺すると言う奴らだぞ?


 家に飾っている絵や自分を着飾る装飾品の自慢バトルで、本人の自慢できることは家柄と血筋くらいのもんさ。


 特別貴族が嫌いってわけでもねぇが、貴族の女じゃ後始末がだるい。

 やっぱ殺すなら平民が一番だな。普通の人間の普通じゃない感情からしか接種出来ねぇエネルギーがある。


「それにしても小僧はなんで俺を突き止められたんだろうなぁ。辻褄は合うように工夫したんだが。王都の検閲を突破してんだからラーミッドってことは疑いようがねぇだろ?じゃあどこで気づいたんだ?」


「考えても死人のみぞ知る話だ。連続殺人犯の言葉を鵜呑みにする素直さは若いというほかないがな。普通信じるか?何人殺していると思ってる?小僧が考えるべきはどう俺を騙すかだった。逃がさねぇけどな」


「2択を迫ったときのあの意を決した顔。阿保だねぇ。ちょっと考えりゃ罠だってわかるはずなんだがね~一筋の光明が見えちまったら縋りつきたくなるもんか」


 俺は小僧の対人経験不足からなる浅はかな選択を思い返しては納得できる結論を暇つぶしに探した。


 常人と離れた感覚の俺には意図的に考えなければわからなかった可能性に気づく。


「そうゆうことかぁ。あいつ、パン屋の娘に懸想してたのかぁ。そいで結婚を止めるために邪魔しようと……そっかそっか。理解したわ~。だっせぇなぁ」


「惚れた女をみすみす逃してどこの馬の骨ともわからん男にやるんだから、世話ねぇな。意気地なしか臆病者か。従軍経験もなさそうだ」


「クックック。馬鹿な男の不幸で酒が旨い!なんて美酒だ?おっとただの安酒じゃねぇか。じゃあ小僧の不幸が最上のつまみだったってことか~。まぁ、あの世で安心してるといい。すぐあの娘もそっちに送ってやるからよぉ~」


 歪に吊りあがった口角。引き結んだような目。スラムの住民の死骸を足蹴に俺は邪悪な笑みを浮かべた。どうせ俺を止めるやつはいやしない。だーれも俺に気づいてねぇんだから。


 流石犯罪国家エングリーズ。グラゴニスの民の時も暗躍していたみてぇだし、影響力が段違いだ。


 帝国の牢屋で接触がなけりゃ存在すら信じてねぇ眉唾組織。小僧の反応からうまいこと国内では隠せているようだな。


 この組織の親玉はどこのどいつなんだか。明らかに人間が生きている間で出来ることじゃねぇ。つまりは人外の存在。神か天使か悪魔か、はたまたドラゴンとかな。


 言っててバカバカしく思うが、それ以上に君臨し続けられる存在がこの世にいない。

 人知の及ばない領域ってのはどこにでもあるのさ。グラゴニスの民ってやつもそうだ。グラゴニスなんて化け物を生み出していたわけだが、なぜそんな化け物が生み出せるのか誰も知らない。


 魔法ってのは大体目的があって昔っから存在する。だからこそ、グラゴニスが本来の使用用途以外の利用方法で使われたんじゃないかと俺は睨んでいたりする。


 だから組織に消された。表向きはやりすぎたことにして。

 被害を拡大するカルト宗教といっても各国で対応できる範疇ではあった。負担は大きいがな。消すと決まったとき、世界が示し合わしたかのように同じ方向を同時に向いて不自然なまでに協力した。


 奇妙ではあった。お互いの国々の禍根を水に流して一致団結なんてありえないはなしだ。


 とはいえ、本来の使い方を確認するすべもないから何ともいえん。なんせ一人残らず徹底的に探し出して殺害したという話だ。生き残りは存在しない。グラゴニスとグラゴニスの民はもういない。歴史上の存在として歴史の闇に消えていくのみだ。


「ふぅ~ひとしきり笑ったらすっきりした。帝国からここまでそこまで遊べてなかったからな」


 俺は机に置いていたつまみのチーズをひとかけら口に放り込み、ワインを呷る。


 誰もいない部屋で堪能した。もう満足だ、寝てしまおう。それにしても部屋が暗いな。

 明かりが消えちまったのか?まったくダメな宿だ。


 窓の外を眺めてエングリーズの景色を見納める。二度と来ることはない犯罪王国。十分楽しめた。


 景色を見終えた俺は視線を感じた。誰もいるはずのない部屋で俺の背中を見つめる誰かがいる。戦場にいたことや追われている身だからこそ視線には敏感になっていた。


 恐る恐る振り向くと、部屋の隅を背に六対の羽を持つ化け物がいた。ドラゴンに巨人、天使、悪魔。それぞれの形質を持ったかと思えば、肘はダイヤで羽根の一つは人骨のような骨。


 見たことも聞いたこともない化け物だが、視線が合ってしまった。感じたことのない威圧感。空気を支配する存在。


 人生で感じたことのない悪寒。血が冷えて凍り付くように動けなくなってしまった。振り向いたときの姿勢で停止する俺をドラゴンの頭をした化け物が見つめている。


「ヒィッ」


 動けなくなったときが敗北の瞬間だと刷り込まれていた俺は咄嗟に魔法を発動しようとした。慣れ親しんだ氷の魔法。


 化け物が口を開くと流暢な言葉でこう言った。


「こんにちは。通りすがりの化け物です」


 それが氷炎の魔法使いストレインの最後に聞いた言葉だった。瞬時に氷が視界を覆いつくし、俺は何もできなくなった。


 頭だけが氷漬けをされなかった。ただ俺は化け物を見つめることしかできなかった。にじり寄る怪物に情けなくも声にならない悲鳴と恐怖に染まった眼を向けることが俺に許された人間としての行動だった。


◇ ◇ ◇


 生まれた時には自分の役目がわかっていた。自分が何のために生み出されたのかも。

 フェーデ=フォルミドのよって創生された自分は彼の明晰な頭脳を引き継いでいた。


 やるべきことは差し迫っているが、自分に何ができて何ができないのかを把握することが一番重要な要素でもある。


 ステータスを見ることで自分を理解した。素材のエンシェントドラゴン、天使、悪魔、巨人、ロボット、鉱物、そして人間の特徴が反映されたものだった。


 エンシェントドラゴンが使用したとされる古代生物のみが使用した古代魔法。天使、悪魔によって光と闇、回復と毒まで使える。


 この3つの存在がベースにあるため多種多様な魔法が使用可能であることは理解できるのだが、死霊魔法と空間魔法に関しては予期していなかった。


 自分の力を理解したことで問題なくストレインの元へと向かい、殺害できた。


 練習台として魔法を試しても良かったのだが、それではストレインと同じになってしまう。正義の名のもとに力を行使する自分が相手と同じことをしては立場が違うだけで同じ存在だ。


 ストレインと同じになることは創造主たるフェーデ=フォルミドの望みではない。自分の役目としても逸れる。


 とはいえ、ストレインという連続殺人鬼に殺害された人間を思うと、あっさり殺す気にもならない。だからストレインには自分のやっていたことを理解させるために氷と火で殺害した。


 氷漬けにしては燃やして、傷つきすぎればちゃんと回復をしてあげた。最初は威勢よく殺してやるとか化け物とか罵っていたのだが、すぐにその元気もなくなってぐったりしていた。


 ちゃんと回復してあげていたのだから、殺害した人間が苦しんだ分だけ苦しんでもらわなければ困るのだがね。心が壊れるのが早すぎるんじゃないか?


 最後の方はただの作業でしかなかったため、ちょっとだけ工夫を凝らすことにした。


 特別なことじゃない。ただ氷と炎の苦しみを同時に味合わせた。ただそれだけ。

 10㎝ごとに氷と炎を切り替えて包んだ。自分の力では直ぐに死んでしまうから回復魔法をかけながらじっくりと。


 周囲への影響を抑えるために空間魔法【隔絶する結界】で空間を切り取っていたのだが、ストレインが部屋に無属性魔法【消音】のおかげで音が外に漏れなくて助かった。


 苦悶の声が部屋に木霊する。ストレインはもう呻き声くらいしか話せていなかった。時折殺してくれって言ってた気がするが。


 それよりもこの氷と炎の魔法に名前でも付けようか。何て名前がいいだろう。


 氷炎魔法【熱寒の繭】なんていいんじゃないか。人型だから胴体が横に広がり、頭や足の方が細い。虫の繭のように見えるからこその名前だ。


 良い名前が付けられたと頷いているとストレインの生命活動が終了していた。


 ……あっけない。脆いものだな。

 散々人を殺しておいて、自分よりも強者に出会った時には抵抗をやめる。


 最後に後悔の言葉でも口にするかと思っていたが、ストレインは最後まで悪人のままだった。


 普通なら辛いことや苦しいことがあったときに後悔しそうなものなんだがね。


 氷炎魔法【熱寒の繭】を解除してストレインだった残骸のを見てみる。


 凍傷と火傷でストライプが出来上がった人型の物体がそこにはあった。


 化け物はそれをただただ見つめて佇んでいた。己の行いを目に焼き付けるために。



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