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9話

 冷えた空気と足元を流れる下水が僕の体温を奪う。腹に穴が空き出血が酷い。魔法で抑えているが長くは持たないことが眼で見てわかる。

 船底に穴が空いた船と同じ。どれだけ補っても浸水していづれ沈没する。


「うっ」


 いつまでも倒れていられないと思って立って見ても腹に空いた穴と体内が酷く痛む。

 腹からの出血を水魔法で塞ぎ、無属性魔法【活性化】で自己治癒力を高める。


 これで少しの間なら持つ。だが限界は近い。船底に穴が空いた船はいづれ沈没する。どれだけ補ったとしてもその時は来る。


 痛む腹を抑えても壁伝いに僕は進む。ひたすらある場所を目指して。

 傷だけならとっくに意識を手放していた。僕の意識を繋ぎとめていたものは別の痛み。


 それはやつに飲まされた《焼喉》という毒。この毒は喉や食道を焼き服用者をきっちり1時間後に死亡させる毒らしい。


 肺で呼吸すると焼けた食道を凍てつく空気が通過して感じたことのない痛みが内側から刺激する。


 だがそれでいい。いいんだ。

 生きられる時間はもう1時間もない。出来ることは限定的。僕は瀕死で奴は無傷。


 まともに戦っても勝てない。そんなことは承知の上。だからこの策に全てを賭ける。


 どうしてこんなことになったんだ……

 後悔の気持ちはたくさんある。あれをやっておけばとかこうはならなかった。そういったたらればの気持ちが死の淵であっても頭に満載だ。


 一歩が重く遅く短い。壁に手をついても進まない。

 体は弱く、頭は良いせいで自分の思った通りに動かない体の貧弱さが情けない。


 体でも鍛えておけばよかった……

 もっと戦える能力があればよかった。王都でぬくぬくと生活することに慣れて荒事には不得手だった。


 奴に一番早く気づける立場だった。嫉妬と疑念が共存したせいで先走ってしまった。

 いつもなら迂闊に行動しないのに……


 過去をひた隠し現状に満足した。思いを告げないことが彼女の幸福に繋がると妄信した。 もしもあの日あの場所に戻れるなら――もう一度やり直せるなら――今度は間違えられずに生きられるかもしれない。


 王都にいられないなら他所に行けばいい。選択肢はいくらでもあったのだ。

 無限にある選択肢の中でリスクを取らず、安定を望んだ。自分が傷つかず、矢面に立たず、責任を取らないでいい都合のよさを錬金術師という職業に見出した。


 思い出したかのように懐から先日作ったばかりの道具《増殖する偽肉》を腹に当てる。

 この小さな肉塊は本来致命傷を負った人の応急処置のためにある道具だ。一時的に失われた肉体の一部を補填し、対象者の生命活動を補助する道具。


 この道具は戦争に役立つため、優先的に作成しておくことが指示されていた。一部を勝手に拝借して個人研究に充てるつもりだったが、こんなにも早く使う機会が訪れるとは……


 錬金術師フェーデ=フォルミドの錬成物で役立つものがこんな肉塊だとは思ってもみなかった。命を助けられているだけありがたいが。


 【活性化】だけを自分にかけて体を壁にぶつけながらも前に進む。

 一歩を踏み出すことは容易ではない。それでも僕は歩いた。僕を突き動かしたのは奴への憎しみ、彼女への降伏を願う気持ち、なによりこんな自分の末路に対する惨めさだ。


 得られるものが少ない人生だった。生まれが特殊だった僕は普通の生活が素晴らしいものだと思っていた。そう信じれば僕が救われる気がした。何も変わってないのに、何かを変えた気になれた。


 もう残されていない選択肢。八方塞がりになったとき、やっと僕はこのどうしようもない人生を変えたい気になった。でもそれは今の僕の足取りくらい遅い。


 残りの1時間で出来ることをかき集め、脳をフル稼働させて出来上がった即興にして継ぎ接ぎを繋ぎ合わせた策。成功する確率はいかほどか。


 この策を実行すれば僕は死ぬ。でもいい。

 例え僕は死ぬとしても必ず奴に届けて見せよう、この一矢を。


 錬金術師として、一族の生き残りとして、そして一人の男として。


 笑っていられるのも今の内だ。僕の一族は執念深い。


◇ ◇ ◇


 僕はひたすら賢者の塔を目指した。正確には賢者の塔の地下だ。


 同僚が死亡してから賢者の塔の地下は僕のテリトリーになった。僕を監視する人間がいなくなったことで、個人研究に賢者の塔の素材を利用したいと思うようになった。


 だから僕は地下3階に繋がる穴を作った。夜な夜な研究の傍らで作業をしていたのだが、遂に誰にも気づかれることもなく開通した。


 僕の研究室と賢者の塔は比較的近いし、今僕がいるであろう場所は賢者の塔に向かえば無駄なく移動できる。


 歩きながらこれからやろうとしていることを想像しては楽しみでしょうがない。一度もやったことがない実験であり、自分が忌避したグラゴニスの民の力を使うからでもある。


 下水道の水面に映し出された僕の顔は痛みのせいかいかれた人間のように笑っていた。いつぞやのグラゴニスの民について熱弁する両親のようにそれは狂気的に。


 僕の計画に必要な物、それは賢者の塔地下5階に安置されている素材たちだ。この素材があれば僕が考えうる最強に近づく。


 賢者の塔地下3階に辿り着くまでに15分ほどかかった。だがまだ、15分だ。

 地下3階の実験室、その壁際にある道具棚を横に動かすと下水道に繋がっている。


 僕は前に忍び込んだ時と同じように賢者の塔に潜り込む。今回は地下2階ではなく、地下5階だ。


 これが最後に見る賢者の塔であり、僕の職場だと思うと寂しく思う。


 僕が目指した場所であり、憧れた場所だった。錬金術師として安定を取ったとはいえ、ここで働けたら見たことも経験したこともない未知との遭遇を夢見た。


 現実はそうはいかない。未知との遭遇はあったさ。貴族の嫌味とかくそみたいな役割を全うする部署とかね。


 わかったことは平民は虐げられることがよくあること、貴族に目をつけられた平民に対する差別を最もするのは同じ平民であることだ。


 現実は厳しいな。同じことが自分にも起きるかもしれない。それでも自分たちのために虐げられている者をさらに同じ階級の人間が虐げるのだ。


 イルマークのような直接的な行動はなかった。けれど、イルマークに仕事を押し付けられ、嫌味をぶつけられていることはいたるところで起きていた。

 それを遠巻きに見つめてクスクスと笑う平民の声が再生されてくる。


 自分と関係なければどうでもいいと思える。それが人間の本質だと気づいてから僕は賢者の塔で味方を作ることを諦めた。


 イルマークとの関りはそれほど長いわけじゃない。嫌いだったけど貴族の中では優しい方だとよくわかった。


 助けを求めていた。誰でもいいから支えになってくれと願った。

 神様にすら祈ったさ。フィリア教の創造神フィリア様とかね。


 でも祈りは効力を発揮するわけじゃない。虚空に消えて溶けるだけ。

 時間がなくなる行為であり、自己暗示や精神修養の類だと思うようになった。


 神に祈っても実益を与えないのならば、なぜ神に祈るのか。

 ストレインのように悪人がのさばる世の中はなぜ放置されるのか。


 もし神がいるのならばなぜ介入しないのかを問うてみたい。

 世界を作った癖に管理は出来ないのだと責めてやりたい。


 ふと眺めた地下3階実験室。脳裏をよぎる無数の言葉が鎖のように繋がって溢れ出る。


 こんなことをしている場合じゃないんだよ、まったく。

 そう思いながら階段を下っていく道中、地下4階を通り過ぎる瞬間、思い出したかのように一つ素材を足すことにした。そして地下5階のセキュリティを難なく突破する。


 まぁ管理者だしな。突破というよりは管理用の方法で開錠しただけだけど。


 地下5階で巨人の肉片、ロボットの左足を入手。地下4階に寄ったことでレゴラス・ダイヤを集めた。


 着々と素材が集まり、命のタイムリミットが近づく。


 あとは儀式だけだ。奴は今頃悦に浸っているだろうか。

 勝利の美酒に酔いしれているだろうか。


 感情は力になるというけれど、あれは本当だな。ストレインへの怒りや憎しみが酷い痛みだったはずの体内、体外の怪我を感じさせなくなる。


 荒れ狂う激情。止まらない血。引き摺る足と脇腹を抑える手。

 重傷だった。それでもフェーデ=フォルミドは笑っていた。嬉しそうに楽しそうに笑みを浮かべた。そして脇腹を抑える指がトントンっと2回叩かれた。


 首を洗って待っていろ、ストレイン。地獄へはお前も道連れだ。


◇ ◇ ◇


 僕がやろうとしていることは一つ。


 グラゴニスを生み出すことそれだけだ。


 グラゴニスはグラゴニスの民が儀式魔法で生み出す化け物である。その脅威は他国にまで知れ渡り、グラゴニスとグラゴニスの民が禁句になるほど恐ろしくおぞましい存在だった。


 現在はグラゴニスは全て討伐された。大勢の軍隊と異名を持つような冒険者。大量の物量で最強の個を圧倒したのだ。


 僕から見て当時のグラゴニスはまだまだプロトタイプという力だったと思う。

 長年下水道でグラゴニスの民が使用する儀式魔法【救世再臨】を研究した僕は一つの可能性を見出していた。


 【救世再臨】は地面に魔法陣を描いて使用する魔法で、いくつか条件のある魔法でもある。


 僕が両親やその遺産で知った情報は以下の三つだ。


条件

1 生贄は生きていなければならない。

2 儀式で生み出す化け物には行動基準となる考えを加えなければならない。

3 素材(生贄)以上の存在を生み出せない


 しかしこれには訂正と注釈が必要なないようでもある。

 例えば1は元になる生贄が1人でも生きていればいいのだ。つまりそれ以外は死体や素材も使用可能だ。


 2は生贄になった人間の意思が残留してしまうからだと思われる。特にグラゴニスの民が複数の人間を用いて儀式をした場合、複数の人間の意思が残留する。魔法陣にはその意思を希薄にする作用があるみたいだが、グラゴニスに入り込む際に統合されるため行動基準が不明瞭な化け物が誕生してしまうというわけだ。


 そうゆう理由から後から意思決定の基準を付与する。


 そして3。これはグラゴニスの民も知っていたことだが、素材の質を量で補うことで素材以上の能力を持つことが出来る。実際にそうやって生み出されたグラゴニスが他国を蹂躙したのだ。


 これからやることを考えて無駄なく動くために思考を整理していると、研究室に辿り着いた。残りは10分もない。


 本棚から両親の遺産である三つの素材を取り出して運ぶ。


 まずは魔法陣の書き換えからだ。魔法陣は自由に変更できるよう、魔力で動かすことのできるインクを使用していたこともあって、僕の理想通りの魔法陣に書き換えることが出来た。


 そう。【救世再臨】の魔法陣をさらに書き換えたのだ。

 この魔法陣は1人の生贄を使用するための魔法陣だった。グラゴニスの民はそこに無理矢理多数の人間を山積みにして無理矢理グラゴニスを作成していただけなのだ。


 だからこそ、多数の素材を利用するという考えに至らなかったのだ。なぜなら生贄(素材)は人間でないとならないと思い込んでいたのだ。そして生きていないと使えないとも思っていた。


 だから僕の手元に伝説の品々が残されていたわけなんだけど。


 だから僕はこの魔法陣をさらに改良した。あるべき形に変えて最適化する。


 【救世再臨】の魔法陣は中心に元の魔法陣である大きい円形の魔法陣が鎮座し、その周囲に6つの円が配置されている。ちょうど六角形を描くように上・中・下とわかれている。


 僕は徐々にいうことを効かなくなってきた体を引き摺って一か所一か所丁寧に素材を置いていく。


 上段2つには天使の羽とエンシェントドラゴンの心臓。

 中段2つには巨人の肉片(腕)とレゴラス・ダイヤ。

 下段2つには悪魔の右足とロボットの左足。


 これで準備は整った。残りは5分を切った。

 出来ることは全てやりきったはずだ。あとはこの魔法陣と【救世再臨】が正しく機能することを願う。


 グラゴニスの民としてではなく、一般的な倫理観を所持している人間としてこの魔法には忌避感があった。過去に大量虐殺を引き起こした怪物の作成する魔法でもあり、人道に反すると思っていたからだ。


 最近まで僕も人間を使わなければ使えないと思っていた。でもよく考えてみるとそれはおかしな話だ。


 魔法陣にわざわざ人間を指定しているような言葉が刻まれているのだ。だったらその言葉を削除すれば問題ないと思わないか?


 そうやって解読しているうちにこの魔法陣は人間を化け物に変える用に特化した作りをしていることがわかった。素材を人間から変えるとまともに機能しない魔法陣。


 加えて、グラゴニスの民でないと機能しないようにも刻まれている。どうやら起動する鍵となるものはグラゴニスの民の血なのだ。


 僕は仮説を立てた。これが他人を生贄にすることが前提だったのではなく、自分たちがもしもの時に身を護るため、自ら化け物になって同胞を守るための魔法だったらと。


 時代が移ろう間に使用方法が変化したと思えた。


 往々にしてそのようなことはある。便利さを追求した結果、簡単に軍事転用できる技術など枚挙にいとまがない。

 むしろ軍事開発の副産物として出来上がったものもある。


 そうやって人間は発達してきた。グラゴニスの民も自分たちじゃなく他人を生贄にすればもっと数を増やせると思ったんじゃないか。

 守るための力でなく、攻めるための力だと発想が逆転したのでは。


 だから僕の目的はどっちもになった。外敵を攻めるための力であり、誰かを守るための力になってほしい。


 魔法陣の中心に立つ。


「儀式魔法【救世再臨】発動」


 僕は自分を生贄に儀式魔法の発動を宣言した。僕に許された世界で僕だけの残されている魔法。


 そして僕は生み出されるグラゴニスの行動基準を付与する。

 ストレインを打ち倒すことはもちろん、リンダを助けたい気持ちもある。でもそれだけではダメだ。


 こんな死にそうな時に自分の人生がフラッシュバックする。昔から今にかけてのたくさんの思い出の追体験。それがこの死の間際に起きた。


 そして僕が込めた願いは弱者救済の存在として生きること。真っ当な人間が真っ当に生きられるように見守り、それが永久に続くこと。


 願いを込め終えた僕の体は素粒子へと変換されて消失した。これがフェーデ=フォルミドの最期だった。


 中心の魔法陣が輝く。中心の円上で素粒子が滞留している。

 それに呼応するかの如く、6つの魔法陣が光を放ち始める。やがて6つの円に配置された素材たちも素粒子に分解され、中心の円上に集積される。


 周囲の魔力を吸収してかたどられていく。この世に存在するあらゆる魔物でも人間でもない存在が光を明滅させ、周囲に地響きを轟かせながら誕生する。


 一度大きな光が部屋を埋め尽くすと、徐々に光が終息して光が肉体へと変わった。


 それは化け物だった。体毛で覆われたヤギのような三本爪の黒い悪魔の右足、同じようなシルエットだが鋼色の機械仕掛けの左足。

 光で構成された戦斧のような尻尾。胴体には消し炭色の竜の胸があり、胸元にうっすらと刻まれた六芒星と螺旋の紋章。両腕が巨人の腕で皮膚がドラゴンのうろこを生やし、肘にダイヤモンドが埋め込まれていた。


 顔は世界最強の一角に名を連ねるドラゴンの頭。金色の目に先が複数に分かれた角。

 六対の羽根を持ち、上段がドラゴン、中段が機械仕掛けの羽と骨の羽根。下段が天使と悪魔の翼。


「ステータス」


 未知の怪物は人間のように自分のステータスを表示し、一気に流し見をした。

 そして大きく息を吸い込み、世界に自分が誕生したことを誇示するように周囲一帯を破壊する咆哮をあげた。


 研究所の壁に亀裂が走り、下水道はどこもかしこも崩落寸前になる。怪物の咆哮は下水道を伝って王都全域の家々に響き渡り、災害のような爆音は衝撃波となって人々を震撼させた。


 パラパラと砂埃が舞ったかと思えば、忽然と化け物は姿を眩ませたのだった。


 世界を敵に回したグラゴニスの民。その生き残りによって生み出された世界最強の化け物。彼のいた場所には大きな足跡が二つ残されていただけだった。



ステータス


no name


生命力 EX

攻撃力 EX

防御力 EX

知力 EX

魔力 EX

敏捷力 EX

運 EX


スキル

魔法(火、水、風、土、氷、雷、光、闇、毒、回復、死霊、空間)

古代魔法

占星術


能力

捕食吸収

疑似不老不死

魔力蓄積

透明化

可変体


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