5話
両親は将来的にエングリーズ王国に攻め入るため、現地の情報を入手するという任務で一時的にストロスから王都ファティマに移り住んだ。
その間にタイミングよく討伐されてしまった。両親は既に心酔しており、たった三人の家族になっても『グラゴニスの心臓』として活動する気満々だった。
僕が5歳の頃まではこっそりとグラゴニスの民としての能力を教えてもらった。洗脳までは行かなかったけどね。
結局5歳の時に流行病で死んでしまった。僕がグラゴニスの民としての力を持ちながら普通の感性を持っている理由はこれさ。グラゴニスの民の中でも特異な存在なんだよね。
まぁでも、グラゴニスの民の遺産は凄い。色んな所から奪ったものがあるからね。
僕は実家の地下室に向かう。地下室の本棚の裏にある隠し部屋からファティマの地下水道に出て、こっそり作った研究室とすぐに到着した。
工事が長らく停止している区画にある研究室で夜な夜な僕は個人研究に没頭しているのさ。その研究室には僕の両親やグラゴニスの民が残した資料が数冊ある。儀式魔法についても書かれている。
研究と言っても大したことはしてないんだけどね。グラゴニスの民が使う儀式魔法の解明とかをしているってだけさ。
本棚にある本を一冊手に取る。この本が僕が錬金術師を目指した原点。
実はこの本、特に何かが書いているわけじゃない。ただとある物が封印されている。
封印を少しだけ解いて中身を外に出す。これを眺める時間が楽しみでもある。
本に封印されていた物。それは天使の羽、悪魔の右足、そしてエンシェントドラゴンの心臓。
賢者の塔にもない伝説の素材たちだ。封印がかかっていることで保存状態が維持されている。これはグラゴニスの民が各国で奪った品々だ。素材が素材なだけに取り返したいと思う国があって当然だ。
色んな国の思惑とグラゴニスの民がやり過ぎたことでストロスの位置がばれた。そんなこんなでグラゴニスの民は殲滅されてしまったのさ。生きた人間を生贄にグラゴニスを作っていたのだし、やっていることの残虐性は他の宗教を圧倒する。
カルト宗教という枠組みですら表現不足が否めない。
なぜあんな宗教が発生したのかは定かではないけど、閉鎖的な環境にいれば考え方がおかしな方向に向かっても誰も止めないだろうね。
本に3つの素材を戻して、隠す。
いつかこの素材を使って何か凄いものを作れたらいいなとか思う。そのために錬金術師になったのもある。
でも貴重な素材って使いたくなくない?手元に保存してコレクションとして残すのもありだと最近は思うよ。
◇ ◇ ◇
翌日も賢者の塔に出勤した。
イルマークに押し付けられた《魔石》作成に着手する。
昨日地下2階の保管庫から持ってきた素材、グリフォンの血、アサシンイーグルの爪を実験デスクに置く。おなじみの万能薬品、空になった魔石の抜け殻もある。
まず今日はすり鉢を用意します。そこにアサシンイーグルの爪をいれてすり潰します。
粉末状になったら万能薬品をぶっこみます。
万能薬品の不思議な効果で風属性だけが残ります。万能薬品マジ万能。
そこにグリフォンの血を混ぜて風属性の力を昇華させる。
万能薬品と合わさって風属性の緑色に変わり、草餅がすり鉢に出来上がる。
ゴム手袋を付けて草餅になった素材たちを実験デスクに置く。
ここで取り出すのは空になった魔石の抜け殻。草餅の中に魔石の抜け殻を埋め込み、草餅で覆う。
風属性の魔力で周囲をコーティングして内部の魔力が漏れ出ないようにする。錬金術師は基本4属性を使用できない者もなれないため、これは誰でも出来ることだ。
この魔力で覆うのはただコーティングするだけじゃない。徐々に外から圧縮して最後に魔石に凝縮させる。魔石は万能薬品の効果で魔力を取り込むことが出来るので、魔力を残さずに押し込めば完成する。
レシピが簡単になっているが、この圧縮していく作業が感覚頼りだ。そうゆう技術的な側面から錬金術師の中でも《魔石》作りは難易度が高めだ。しかしサイズが小であれば大抵できるし、中くらいも経験を積んだ錬金術師なら出来る。
イルマークは出来ないだろうけど、僕は学園で試しにやってみたら出来てしまった。どのサイズでも作成できてしまったことで、イルマークにやらされているわけなんだけど。
ゆっくりゆっくり風属性の魔力が減っていく感覚を見ながら、徐々にコーティングを小さく小さくしていく。
神経使うなぁ~特に失敗できない物だと……
早すぎても遅すぎてもダメってなると絶妙なバランスが求められる。
額に汗が浮かび、全神経を間の前の作業に集中させる。
イルマーク自身がやって失敗でもしながら成長すればいいものをなんで僕に任せるのか。
貴族なんだから金はあるんだし、今回の《魔石》に関しては他の《魔石》よりも素材が再度入手しやすいものばかりだ。自分でやらないで人に押し付けてばかりだといつか痛い目を見るぞ。
僕はそれを見てほくそ笑みたいところだ。
ただその時も僕にまた押し付けられるんじゃないかと嫌な想像ができる。そのころまでには危険物錬成科での実験が再開されているはずだし大丈夫だろう。
魔力が《魔石》に入り込み、最後までなくなると完成だ。
綺麗な六角形の緑色をした風属性の《魔石》大サイズ。魔石は特定の装置に入れなければ魔力が漏れ出ることも、減ることもしないため特別な保管方法を必要としない。
そのへんはありがたく感じる。
他の提出予定の書類と昨日作成した《増殖する偽肉》、《魔石》を持って地上4階にある納品用保管庫を目指す。
◇ ◇ ◇
地上4階にある納品用保管庫。そこには納品物を纏めて保管する場所である。
保管庫の中にはラベルが張り付けられたトレーがあり、そこにどこに納品するか分類されている。
今回は王宮に納品する《魔石》のため、王族専用の納品保管場所に《魔石》を置く。《増殖する偽肉》は軍に納品するもののため、軍用の納品場所にトレーを追加して安置。
これで納品自体は完了だ。あとは地上2階で書類を提出すれば終わる。
納品用保管庫から出ると会いたくない奴1位のイルマークたちに出会ってしまった。
4階だし彼らの実験室があることから遭遇確立は高い。だから会いたくないけど会うかもな~とは思っていた。
保管庫まで行ったときに会わなかったからもう会わないと思ったけど、それはぬか喜びだったようだ。
「おっと~これはフェーデ。納品かな?」
「そうです。以前頼まれた《魔石》と《増殖する偽肉》の納品をしたところです」
「そうかそうか。仕事が早くて助かるよ。わかってるとは思うけど、書類は――僕の名前で頼むよ?」
「……承知しております」
「物分かりがよくて助かるよ。馬鹿な平民は貴族の役に立てるだけでありがたいことだろ?ましてや国のためになるんだ。嫌なことなんて何一つないだろ?僕に感謝してほしいよ」
貴族の選民思想は庶子であっても変わらないみたいだ。それとも庶子だから普通の貴族よりも強いのか?この勘違い貴族は心の底からそんなことを思っているのだろうか。
「あーそうだ。フェーデ。優しい僕からのありがたい話だ。王都の外縁部でバラバラ死体が見つかったそうだ。太った男のね。平民にはふさわしい死に方だと思わないかい?」
「私はそうは思いませんが……」
「そうかい。でも君にもお似合いな死に方だと思うがね?身元がわからなければ誰にも迷惑がかからないじゃないか!賢者の塔にも私にも迷惑がかからないよ?」
「そのような残虐な最期は私は望みません。それともイルマーク殿はそのような最期がご所望で?」
暗にイルマークがそんな死に方をしたい死にたがりだと指摘する。身元がわからなければイルマークの実家にも迷惑にならないし、実力のない錬金術師だと露呈しなくて良いこと尽くめじゃないか。
我ながらいい指摘が出来た。
「…貴様、私を愚弄したのか?」
体を震わせ顔を真っ赤にしたイルマークが押し殺した声で聞き返してくる。
お~こっわ。
「いえ、あまりにもイルマーク殿が言及されるので、そういったご趣味があるのかと……勘違いでしたら申し訳ありません」
あくまで勘違いしたのはイルマークの言動からで、悪意がないことを謝罪で表明。こんなことをいちいち問題にもしないだろう。
「……勘違いなら仕方あるまい。私にそのような趣味はない。――だが、こういった話を聞けば驚くものだが……もしや知っていたのか?」
「なんのことでしょう」
僕は本当に知らないが元々知っていたかのように振る舞うことでイルマークを勘違いさせようと企んでみる。
「とぼけるな。そうか。わかったぞ。お前がやったんだな?なんと酷いことを……」
「さぁ。何の話でしょうか」
僕は引き続きとぼけてみるが、雲行きが怪しいな。
「フェーデ、君が殺人犯だとはな~。そのような態度で本当にいいのかな?」
イルマークは馬鹿なのかな?両脇に立っているファンガ兄弟があちゃ~って顔してるぞ。多分勘違いしているのはお前だけだ。このことに限り、ファンガ兄弟に同情するぞ。馬鹿な主に仕えるのは大変そうだ。
「まぁいい。さっさと罪を償うことだな。殺人なんて恐ろしいことをするとは……お前の両親は人ではないのでは?」
イルマークが両親のことを指摘したせいでグラゴニスの民のことを思い出して仕舞った僕は思わずイルマークを見つめる視線が険しくなる。
「図星か。どうやら思い当たる節もあるようだな。身分証はきっちり捨てたと見える。それか帝国から逃げた殺人犯にでも売り払ったか……」
「さぁね」
「貴様の罪はいづれ暴かれる。震えているといい。それにしても殺された男も不憫だな。こんな屑に殺されてしまうなんて……お前が死ねばよかったのに……」
最後のほうは消えかけた怨嗟の詰まった声だった。イルマークは捨て台詞を吐いて立ち去って行った。
彼の後をファンガ兄弟がついていったが、きっとこの後勘違いを必死で解くだろうな。勘違いだと気づいてもイルマークは認めない気もするけど。
「罪を償う……ね」
1人になった僕は思わず呟く。
両親や親戚の罪まで償わなければならないのだろうか。罪を犯した親の子は罪人なのか。
僕は書類を持ちグラゴニスの民が犯した罪を思って立ち尽くしてしまった。
◇ ◇ ◇
あれから書類を提出した僕は仕事をこなして賢者の塔から退勤していた。
今日は仕事が早く終わったから夕暮れの街を歩いて帰る。
ひっさしぶりに日暮れ前に帰れたな~
街灯よりも世界が明るいうちに帰れるなんて滅多にないからな。昨日頑張って仕事進めておいた俺ナイス。
「ねぇ聞きました?例の話!」
「あの商人の話でしょ?有名よ」
どこからともなく道端て井戸端会議をしている女性たちの声が耳に入ってくる。
何の話だろう。聞き耳を立ててみる。
「最近勢いのあったあの人!一時は行方不明になっていたらしいわ」
「物騒よね~」
「でも運よく見つかったそうよ」
「よく生きてたわね」
「なんでも帝国と王国の間で遭難したらしいわ」
「遭難っていっても街道沿いに動けば迷うことなんてないじゃない」
「魔物に追われて森の深いところに言ってしまったみたい」
「森ってマルドの森?」
「そうよそうよ。生きて帰ってこれたことが奇跡よね」
「フィリア神のお導きの賜物ね」
フィリア神――それはフィリア教で創造神として崇められている神様だ。困ったら大抵この神様のおかげになる。他にも複数神様がいるのにとりあえず創造神様のお手柄になるのは不思議な話だ。
「でもその人、まともに食事を取れなかったせいで酷くやせ細ってしまったそうよ」
「どれくらい?」
「元々恰幅はいいほうだったとか……今じゃ木の枝みたいだそうよ」
「マルドの森で魔物に命を狙われるなんて酷い経験だからしかたないわね」
「顔も体つきも別人みたいよ、しかも記憶も混濁しているって話だし~」
「一日も早く復調するといいわね」
「そうそう。下水道の工事がもうすぐ終わるらしいわ」
「長かったわね」
おばさんたちの取り留めのない会話をなんとなく聞き流して素通りする。
下水道の工事が終わるのか……それは困るな。僕の研究室が暴かれるのも時間の問題だな。
なにか邪魔をして引っ越しするまでの遅延ができるといいんだけど。
なんにせよ、引っ越しが必要そうだ。これは連日連夜の作業になりそうな予感。
徹夜はあんまり好きじゃないんだよ。特に肉体労働が関わる徹夜は。疲れとれないし。
気が重くなった僕は足取りが極端に遅くなる。寄り道して屋台や飲食店のテイクアウトを買ってかえりたくなってきた。
道にいい匂いを漂わせる店はこうやって客をおびき寄せるのか。誘蛾灯に群がる蛾のようだ。足がそっちに向かおうとしてしょうがない。
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