4話
仕事を切り上げて賢者の塔から退勤する。もうすっかり日暮れだ。
真っ暗になった道を街灯が照らす。
夜中でも明るいのは助かるよ、ほんと。夜に松明やランタンを持ってないと明るくない時代でなんて生活出来ない。
朝来た道をそのまま引き返すだけの毎日は退屈で変わり映えしない。いつも同じ時間同じ道、同じように生活して週末だけが唯一自由にできる時間。
いつも通り歩いていればリンダ一家が経営するパン屋が見えてくる。
店先の看板はcloseになっていても家の中から漏れ出る明かりがどの家よりも温かみを帯びているように感じる。
リンダ一家に面倒を見てもらってから10年ぐらいの月日が経つ。自分の家は隣なのだが、自分の両親に託されたということで食事はこの10年間ご馳走してくれる。
カルドさんやマースさんは時々僕のことを息子が出来たみたいだって言ってくれるのがとても嬉しく思う。僕の両親はちょっと普通じゃなかったから、普通に優しく接してくれる2人には感謝しかない。
パン屋の裏口から家に入り、リンダが出迎えてくれる。
「今日は忙しかったみたいね?」
リンダは遅くなった僕のことをジト目で見てくる。
浮気を疑われている夫ってこんな感覚なのかな。浮気も何もないんだけどさ。
「そうだね。急な仕事が入って残業しなきゃいけなかったんだよ。でも結構頑張って早く帰ってきたよ?」
「そうだけど、いつもより1時間は遅いじゃない。何かあったかと思っちゃった」
「錬金術師は仕事の兼ね合いで忙しくなる時もよくあるって前に話したじゃん。それに残業で帰りが遅くなることは前にもあったよ?」
「今日は報告があるのよ」
「報告?なんの?」
「私、結婚相手が決まったのよ。前に話していた人」
「あっ。そう」
いつか来てしまうとは思っていた。半年前からその予兆はあったんだ。
リンダが誰かと手紙を交わしていた。カルドさんもマースさんも知っていたし、僕も当然知っていた。
僕もリンダももう18になる。医療技術が発展して60歳までは生きられるとはいえ、もう結婚適齢期に差し掛かっている。
だからこの時が来ることは知っていた。早いか遅いかだけの話で。
だからといって、蓋をした自分の気持ちが落ち着くわけじゃない。僕はリンダのことが好きだった。それは今も昔も変わらない。
錬金術師になって安定したら思いを告げようと思っていた。でも僕の状況は厳しい。
危険物錬成科という部署でいつか必ず死ぬ。例え結婚できたとして、数年後にはリンダは未亡人になることが確定する。
僕が好きとかはもはや関係のない話だ。気持ちが必ず成就するとは限らない。
例えお互いが意識しあっていてもタイミングというものがある。タイミングが合わなければすれ違うこともある。
嬉しそうなリンダと素っ気ない返事をして気落ちしている僕。見事な対称さだ。
「何その返事。もっと喜んでくれない?」
「いやいや、半年くらい前からやりとりしているんだし、いつかそうゆう日が来てもおかしくないじゃん。それがたまたま今日だっただけでしょ」
外面だけを取り繕った僕にすねたようなリンダ。
「まぁまぁ、リンダ。フェーデ君も帰ってきたばっかなんだよ?少しくらい息つく間をあげなさい」
カルドさんにたしなめられ、リンダは渋々リビングへと向かった。これ以上何か言われてもボロが出そうだったから、カルドさんの申し出はありがたかった。
カルドさんは茶髪でリンダと同じ青色の目を持った穏やかな人だ。見る人によっては熊のような印象を受ける人もいる。大柄だが穏やかさを兼ね備える職人気質の男性だ。
「フェーデ君。ほんとうによかったんだね?」
「何がですか?」
「リンダのことさ。もう待ったはできないよ?」
「わかっています。僕では色々と無理だとわかってしまったんです」
「君がそういうなら後は当人の問題だから、私たちは何も言わないよ」
「すいません。ありがとうございます」
カルドさんは何かを察してくれた。それは僕の気持ちかもしれないし、僕の柵かもしれない。僕には彼女を幸せにできる未来が残されていない。不自然な僕の態度で見抜かれてしまったのかもね。
僕は上着を脱いで腕に持ち、リンダ一家が待つリビングへと向かった。
◇ ◇ ◇
夕食を食べ始めた頃、開口一番にリンダが僕の反応をマースさんにチクる。
「ちょっとお母さん聞いてよ!私の結婚相手が決まったっていうのにフェーデが何て言ったと思う!?あっそう。だって!もっと喜んでくれてもいいと思わない!?」
リンダの強めの熱弁にマースさんもちょっと引き気味だ。食卓に並ぶスープくらい熱い。 でもカルドさんやマースさん、リンダも普通に飲んでいることを鑑みるに、僕だけアツアツなのか?僕はお皿すら触るのがやっとなのに。
「はいはい。それでフェーデ君は反論したんじゃない?」
このままリンダの勢いに押し切られまいと僕もすかさず反論を差し込む。
「半年前からやり取りしてるんだから、早いか遅いかじゃないかって言ったんですよ。だってそうでしょ?」
僕の弁明にマースさんもカルドさんも頷いている。
「たしかにそうね。でもね、ちょっとは喜んであげたら?祝い事なんだから」
マースさんは僕のあまりに素っ気ない態度を少しだけ咎める。咎めるというよりは促すに近いけど。
「そうよそうよ。フェーデは嬉しいことがあると指で2回叩く癖があるからすぐわかるの。フェーデは仕事で感情が死んで来てるんじゃない?そんなんじゃ結婚相手も恋人も出来ないわよ!」
自分が結婚相手が出来たことをいいことに、僕の癖と弱いところをついてくるリンダ。
昔から僕は楽しいことや嬉しいことがあるとトントンッて2回机やイスを叩く癖がある。加えて、賢者の塔で朝から晩まで働いて、週末は個人研究している僕に恋人を作る暇すらない。
それをよく理解して、口撃を飛ばしてくる。
「余計なお世話だよ。いつかいい人がいればするかもしれないけど、無理にすることでもなくない?」
僕はそれっぽい言葉を並べてのらりくらりと躱そうとする。僕の方が賢いからきっとうまく行く。
「そうやっていつも向き合わないから一生できないのよ!」
リンダの言葉は僕の回避先を潰してきた。する気はあるけど、いい人がいない戦法は通じそうにない。
「ずっと向き合っているさ。ただそれよりも仕事の方が優先ってだけの話だよ」
「リンダ、フェーデ君は賢者の塔の錬金術師なんだよ?国のために忙しくしていてもおかしくないよ。それに私たちの生活はフェーデ君たち錬金術師がいるから成り立っているってわかっているだろ?」
完全中立のマースさんはさておき、比較的僕の援護射撃をしてくれるカルドさん。そうだぞ、リンダ。僕は国でも大切なお仕事をしている錬金術師様なんだぞ。ちょっとは尊敬してくれてもよくない?
「お父さん!そんなこと言ってたらフェーデのことだから一生結婚しないわ!それどころか研究が結婚相手だよとか言い出すことが目に見えてるもの。感謝はしているけど、フェーデの幸せのためにはそれじゃダメなの!」
リンダは最初よりもより力を入れてカルドさんに食ってかかる。僕ってそんなに頼りないかな?割とうまいこと生きてきたつもりなんだけど、幼馴染のリンダには見透かされていたみたい。
「それこそ余計なお世話だよ。好きな人を見つけて結婚することだけが幸せじゃない。僕みたいに研究が楽しくてしょうがない人もいるんだ。いいじゃないか、結婚は努力目標で。僕は錬金術で結果を出すことが至上命題なんだから」
僕はあくまでもする気はあるがそれ以上に優先していることがあると主張。結婚は素敵なことだと思うけど、必ず幸福な未来が約束されているわけじゃない。結婚相手が誰でもいいという話はないだろ?
誰にだって理想がある。僕の理想はリンダだった。でも賢者の塔の錬金術師であり地下の番人としての僕では幸せに出来ないのだ。隣に立つことが必ずしも相手の幸せを願うことではない。
時には自分が身を引くことが相手の幸せを願う選択だってある。相手に受け入れらるかは別の話ではあるけれど
「フェーデ君は結婚する優先度がだいぶ低いだけでしょ、リンダもそんなに熱くなることじゃないでしょ。フェーデ君にはフェーデ君なりの考えがあるんだから。押し付けちゃだめよ」
中立のマースさんがリンダを諭す。いいぞいいぞ、もっと言ってあげてくれ。
「フェーデ君も!仕事ばっかりじゃなくて自分の幸せも考えないとダメよ?仕事が一段落してからとか思ってると一生その時は来ないわ」
リンダと平等に僕にも注意をされる。言ってることはマースさんが正しい。反論しても屁理屈にしかならなさそうだ。
「そうですね。善処します」
「ははっ。フェーデ君もこれでしっかりと考えているだろう。そんなに言うもんじゃないよ、マース。心配いらないだろう」
カルドさんが僕を再度庇ってくれる。多分僕の気持ちはカルドさんには筒抜けだったみたい。その優しさがなんか心に染みる。今まではリンダ一筋だったんだ、変わりもいないし、僕の将来的に僕の隣には未来永劫誰もいないと思う。
「あなた、あなただって私がいなかったらひたすらパンばっかり作る職人で終わっていたわよ?だってあなた昔っからパンに夢中ですもの!」
マースさんから思わぬ反撃を食らったカルドさんは肩身が狭そうにしている。カルドさん……あなたも僕側の人間だったんですね……
「そっそんなことないぞ~。素敵な人を見つけて結婚していたかもしれないじゃないか!」
苦し紛れの弁明は誰に対して行ったのだろう。僕でさえその未来は想像しづらい。ということはカルドさんも結婚の優先度は低かったんだろうな。
「……どうだか。あなたデートに行っても新しいパンの試作しか頭になかったじゃない。ご飯食べてるときにこれはパンに合うとかパンに挟んでみようかな~とか。そればっかりだったじゃない」
「うっ……」
「フェーデ君、夫の発言を鵜?みにしちゃだめよ?この人どこに行ってもパンのことしか考えてないんだから。常識がありそうでない人なのよ」
「そうそう、お父さんがパンばっかりしか考えないからよくお母さんに怒られてたってお母さん言ってたよ?何年たってもお父さんは変わらないんだね」
マース・リンダ母娘に責められて逃げ場をなくしたカルドさん。縋るように僕を見られてもこの2人を同時に敵に回したくない僕はそっとあらぬ方向を見て見捨てた。
その瞬間のカルドさんの情けない顔がちょっと面白かった。毎日朝から働いている立派なお父さんだけど、熱中しすぎて家庭内をもう少し鑑みてもいいかもしれない。
「そっそうだ。リンダ、結婚相手についてフェーデ君に細かく教えたか?フェーデ君は手紙のやり取りは知ってても誰が相手かはわからないんじゃないかな?」
カルドさんは2人に見つめられているのが苦しくなったのか話を逸らす方向にシフトした。僕が同じ立場でもそうしたと思う。正論を持っている女性ほど強い存在はない。
「…はぁ~。じゃあ教えておくね。ラーミッドさんっていう若い商人の人で小さい紹介を経営している人だよ」
「ラーミッドさんね……その人は今何してるの?」
「今はジーフェルト帝国に仕入れに行っててもうすぐ帰ってくるらしいの。そしたら仕事が一段落するから結婚してほしいって」
若い商人で紹介も経営しているって結構なやり手だな。平民の中ではかなり裕福な部類だろう。
「へ~。会ったことはあるの?」
「まだ会ったことないけど、人は姿じゃないでしょ?半年も律儀に手紙を返して近況を話してくださる人だし、そこは信用してもいいんじゃないかなと思って」
「でも会わないとわからないこともあるよ」
「そこはおいおいでいいんじゃない?それに商会で取り扱っている商品は食材や調味料とか生活必需品が多いそうよ。儲けたいだけならもっとお金になるものを売ればいいでしょ?でも困っている人の手助けがしたいって言って利益が少ないけど生活必需品メインの商人をしているそうよ」
ほ~見上げた精神性をしている。前世は聖人かなんかかな?そんなこと僕は欠片も願ったことがないぞ。
「心意気は凄いね。でもどうしてリンダなんだい?」
「それはね、商人で働いているとどうしても怪しい人が近づいてくるんですって。それで信頼できる人の中で考えたいってなったらしいの。それで昔からここで働いている私が目に留まったんですって。私は覚えてないけど、向こうは私のことを見たことがあるんですって」
「ふーん。一目惚れとかそんなところかな」
「そうよ。私は色んな条件の中での最良の女性だったってこと。ただ相手に無理強いはしたくないから、かなり下手にお話を頂いたわ。断っても構わないのでって書かれていたし」
「良い立場にいるのにそれに驕らず接することが出来る人って貴重だし、いい人そうだね」
「お父さんとお母さんは顔こそ知らないけど、評判は知っていたみたい」
「ラーミッドさんは色んなところを飛び回っているから顔見知りの人は数えるほどみたいだけど、素晴らしい人柄を持っていることはよく聞くわね」
マースさんが近所の人から聞いたであろう話を思い出しながらしてる。不思議な人だな、ラーミッドさん。金儲けが好きなのか、それとも仕事に没頭していたタイプなのか。
「ラーミッドさんの評判はお父さんも聞いてみたけど、どれも好印象だしきっと大切にしてくれるんじゃないかと思ってね。だからリンダに来た話はリンダが決めるようにって言っておいたんだ」
カルドさんがラーミッドさんの話をわざわざ集めるなんて相当だな。この人、近所付き合いはマースさんに頼りっきりで滅多にそんなことしない。やはり一人娘の結婚相手となると気になるんだろうな。会ったこともないんだし。
「まぁ大体わかりました。でも会ってみないことにはなんとも言えませんね」
「そうでしょうね。でもフェーデにも一応知っておいて欲しかったから」
リンダはほぼ家族扱いの僕にも知っていてほしかったみたいだ。だから僕が祝福しないような反応をしたときにむっとしたんだろう。
「じゃ、この話はここまでで。今日賢者の塔で怖い話を聞いたんですよ」
「なにそれ。怖い話っておばけとか?」
リンダが余計なちゃちゃを入れる。
「違うって。ジーフェルト帝国を逃げ出した恐ろしい魔法使いについてだよ」
「フェーデ君、それってもしかして氷炎の魔法使い?」
「そうです!氷炎の魔法使いストレインの話です」
マースさんが知っていることに驚いて声が大きくなった。リンダとカルドさんはまだ知らないみたいだ。
「なんでも帝国で連続殺人をして今逃亡中だとか。マルドの森に逃げ込んだみたいで」
「連続殺人!なんでそんな人が逃げれているの?」
「さぁ。そこは帝国が詳しいんじゃない?でも貴族の女性を狙った犯行だったみたい」
「貴族の女性……でも王国には入ってこれないんじゃないの?」
マースさんから賢者の塔で話していた錬金術師たちと同じ疑問が出てくる。
「ステータスと身分証がありますし大丈夫でしょう。ただかなり残忍で卑劣な性格みたいで、人に魔法を当てて楽しんだりするそうですよ、怖いですよね」
「もうっ、フェーデ怖い話しないでよ。グラゴニスの民みたいじゃない」
リンダの言葉にカルドさん、マースさん、どちらからも??責が飛ぶ。
「リンダ!軽々しくその名を言ってはいけない!散々教えただろう!」
「リンダ!冗談でも言っていいことと悪いことがあります。結婚する前に再度教育する必要がありそうですね!」
さっきまでとは違い、今は怖い顔をしたカルドさんとマースさん。
「ごっ、ごめんなさい」
落ち込んだリンダが謝罪してその場は終わった。
◇ ◇ ◇
グラゴニスの民。
それはかつて存在した『グラゴニスの心臓』という宗教の信者を指す。
『グラゴニスの心臓』の教義はこの世には選ばれた人間と選ばれない人間がいる。そして選ばれた人間が信者で選ばれない人間がそれ以外という考えだ。
自分たちを上民、それ以外を下民と呼んでいた。入信条件は『グラゴニスの心臓』信者と血縁関係があること。つまり血のつながりがある人間だけが入信できた。
ここまではただの選民思想が強い宗教だ。
だがこの宗教の過激な点はここからだ。
下民が世界を汚染しているため、世界や上民が救われるには下民を根絶やしにしなければならない。そのために特殊な儀式魔法を用いて人間を生贄に化け物を生み出す。
その化け物はグラゴニスと呼ばれ、彼らはグラゴニスを救世の化身として崇めた。そしてグラゴニスは下民を抹殺することだけが行動原理で、生み出されては各地で凄惨な殺戮を繰り広げた。
何万という人間が死んだ。
『グラゴニスの心臓』は大陸中を震撼させるカルト宗教として有名になっていった。『グラゴニスの心臓』やグラゴニスの民については平民はおろか貴族や王族でもタブーになるほど恐ろしいとされている。
知らない誰かに教えることはあっても無暗矢鱈にこの話をした場合は『グラゴニスの心臓』の生き残りとされて処刑されたこともあったくらいだ。今はそこまでではなくともグラゴニスの民に家族を殺された者は大勢いる。
グラゴニスの民はストロスという山脈に囲まれた秘境に暮らしており、その地形的な特徴と彼らを目撃した人間が全て生贄にされたことから情報が全く漏れなかったのだ。
彼らを討伐するために複数の国が協力し、冒険者を大量に雇って軍もフル装備で戦ったそうだ。そしてグラゴニスの民は殲滅され、『グラゴニスの心臓』は消滅した。
ストロスのあった場所はマルドの森から南下した場所にあったとされている。
世間一般的にはグラゴニスの民がどのようにしてグラゴニスを作っていたのかも、どのような教義を持っていたのかも知られていない。ましてや信者が全員血縁関係があったことなども含めてだ。
なぜ僕が知っているかって?
それは僕がグラゴニスの民の生き残りだからさ。
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