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3話

 顔を洗えば気持ちが前に向いた。遠くから聞こえる死の足音よりも目の前の仕事だ。

 睡眠も休みも返上して働いたら早死にしそうだけど、実際仕事を間に合わせるために働く必要がある。


 雇われの身でも自分の受け持つ仕事には責任を持たなければならない。それは雇用契約によって強いられている。


 誰だよ雇われの人間に責任を持たせたやつ。雇っている側がもしもの時の責任を取ってくれよ。


 現実は個人が責任を取ってトカゲのしっぽ切りで終わりだ。特に平民はいい身代わりになる。


 あ~なんかイルマークの顔が浮かんできて死ぬ前には一発殴っとかないと気が済まない。 そんな勇気も今のところないんだけどさ。


 先に《魔石》作成の素材を取りに行こうとしたのだが、外から鍵をかけられていて地下3階の危険物用実験室から出られなくなってしまった。


 通常の《魔石》作成なら大した素材も必要ないのだが、イルマークがよこしてきた作成依頼は王宮で使用される浴場の《魔石》だった。

 町中の街灯で使用される《魔石》とは質が違う。《魔石》のサイズと属性によって必要な素材が変化する。


 《魔石》には小・中・大と大まかに三段階のサイズがある。今回は滅多にない大の作成だ。そして風属性の大を作成するには魔物由来の素材が必要になる。それも風属性にゆかりのあるやつだ。


 浴場でなぜ風属性かは本当にわからん。


 そんなものが実験室に転がっているわけがない。実験室といっても人がいない間に自分のデスクを勝手に置いて、今じゃ僕の作業スペースもあるんだけど。


 またイルマークがやったんだろうな。つくづく嫌がらせをしたいらしい。

 僕がイルマークによくやられることの一つだ。もう慣れた。


 イルマークがやってくることは間接的に困ることだけだ。《魔石》の件のように実験に必要な素材が足りない、僕の道具がなくなる、今日みたいに部屋に閉じ込められる、彼らに仕事を押し付けられる。列挙すればこの4つがメインだ。


 蛇のように狡猾で誰も来ないことをいいことに好き勝手してやがる。まぁいいさ。いづれ外に出られるはずだから。


 イルマークたちが閉じ込めるが、解放するのもイルマークたちなのだ。

 理由は至極簡単。地下の3階、4階、5階を管理しているのは僕だけなのだ。他にいない。例えイルマークが貴族出身であっても権限のない人間に過ぎない。


 もし僕に何かあれば他国からの介入が疑われる。そして詳細な調査が行われる。それほどに僕の立場は重要っちゃ重要なんだ。まぁ、後輩が出来た時が僕が死ぬときなんだろうけど。


 話を戻そう。そんな僕を閉じ込めて死なせた場合、一定期間国家機密を管理する存在に穴が開く。代わりが送られたとして以前と同じ管理方法ができるかは怪しい。

 そんなことを引き起こした貴族が国に本当に忠誠を誓っているのか。国王様はどう見るか。芋づる式でイルマークの悪行も晒されてしまいかねない。


 恐らくそんな感じでイルマークは僕を閉じ込めては一定時間後に律儀に僕を外に出してくれるわけだ。虎の威を借りる狐とも言える。持つべきは権力者を味方に付けられるポジションだ。


 イルマークからの仕事は置いといて、僕の仕事に取り掛かるとしよう。


 この地下3階では僕が行うべき仕事。任務と言ってもいい。

 それは古代生物や伝説的な存在の素材を解析してその超常的な力の一端を普遍的な素材で再現すること。


 素材だけダウングレードして性能を維持しろってことさ。無茶苦茶だろ?

 しかしこの立場になって地下5階で”本物”たちを見てしまった。


 地下5階、大重要機密素材にしていされた物たちの安置場所。

 この階には数々の素材が眠っている。例えば巨人の肉片(腕)、ロボットと呼ばれる機械仕掛けの物体の左足。


 巨人は今でこそ見かけないが昔はそれなりにいた種族らしい。エングリーズ王国にはいないが、魔法を通しづらい肉体と強靭な膂力で肉弾戦最強とすら言われていた。


 ロボットというのは古代兵器の名称と言われている。人間の足のように機械仕掛けの足が残されており、膝のところでちゃんと曲がる。精巧な人形という印象を抱いた。

 記録では雷の力を身に宿し、駆動していた。頑丈な体であり、傷ついてもパーツを取り替えれば直ぐに治ることから生物にとっては恐ろしい存在だったみたい。


 雷を身に宿すってどうやるんだろうね。生物みたいに命がないって記録されるけど、じゃあどうやってロボットたちは動いていたんだろう。脳みそとかあったのかな。


 もう左足しか残ってないけど、本物を見てみたいよ。太古のロマンを感じる。


 代表的な素材はその二つだけだ。他には希少な素材もあるけど、”本物”の伝説の存在みたいな素材は見当たらなかった。


 あとは地下4階に保管されている鉱石とか希少素材も中々見ごたえがある。最近レゴラス・ダイヤっていう珍しいダイヤモンドがとれて搬入したんだけど、これまたすごい。


 魔力を蓄積するダイヤで魔力を使い切ってもまた魔力を貯めれば何度でも使いまわせるんだ。普通の《魔石》は一回使い切ると錬金術師の手で作り直されるんだけどね。これはそんなの関係ないんだってさ。


 原理も不明だけど、国は戦争兵器に使って何度も攻撃するための魔力にすれば有効活用できるって話らしい。平和的な使い方の模索とか考えないのかな。


 てなわけで、僕の仕事は無茶苦茶なオーダーを完遂させることさ。

 馬鹿でもわかる話だけど、普遍的な素材だと耐久度の面でそもそも話にならないんだよね。


 お偉いさんは魔法と魔力でなんとか補えるだろうってゴマ粒みたいな可能性に賭けて僕を働かせているんだ。曇り空で星を見るくらい無謀だよ。


 報告書の訂正や以前作成した成果物の説明書を作成して午前の仕事は終了。

 昼前くらいに外からゴソゴソ音がしたから多分もう外に出られるはずだ。


 ドアをガチャっと開けてみればこの通り、無事に外に出られた。僕はどうせ地下で昼飯を食べるし、今のうちに素材を回収しようと思って地下2階へ向かった。



◇ ◇ ◇


 賢者の塔地下2階。ここはもっとも錬金術師の往来が激しい場所だ。

 この保管庫にはよく使う素材が大量に保管されている。高度汎用物錬成科や僕の居る危険物錬成科で素材が足りなくなることはあっても、汎用物錬成科で素材切れは重大な事件だ。


 下手をしたら市民生活すらも窮地に立たされる。だから在庫が大量に残っている。新しいものほど奥に搬入されるようにしているが、古い素材を使いたくないのか新しいものばかりが使用され、古いものが朽ちた事件もこの前あった。


 今では手前からしか取ってはならないというルールが出来てしまった。保管庫とは名ばかりで大きな部屋に棚を敷き詰めただけの簡素なものだ。よく使うものに管理費用をかけられないのか、雑に置かれている。


 だからちゃんとした物を使うには新しいものから取ってくのが定石だったんだけど……

 変わってしまったなら受け入れるしかない。どうやら貴族も同じようにルールには従っているみたいだし、塔首エイワス=グラントが決めたのだろう。


 《魔石》作成に必要なグリフォンの血、アサシンイーグルの爪を探す。グリフォンと言ってもファティマにいるグリフォンから定期的に頂いている血だ。健康状態を確認するためとこうして時折錬金術の素材になる。希少性で言えば地下4階行きの素材なのだが、定期的に手に入ること、管理しても長くは持たないことから地下2階に保管されている。


 アサシンイーグルは風を操る恐ろしい魔物だ。真っ黒な姿だが一時的に姿を隠せるスキルがある。こいつらは爪に風を纏って一刺しして殺す。爪は刺した後は抜け落ち、また新しい爪が生えるという奇妙な生態をしている。


 僕が思うに爪が刺さって逃げられなくなることを防ぐための進化な気がする。


 僕は棚から二つの素材を探して歩き回る。すると保管庫で汎用物錬成科の錬金術師たちがなにやら話している声が聞こえる。


「ねぇ聞いた?ジーフェルト帝国から逃げた殺人鬼の話」


「聞いた聞いた。連続殺人犯の魔法使いでしょ?」


「そう。もう私怖くて1人で帰れないわ」


「そんな怖がること?だって王国に来てるわけじゃないじゃない」


「でも来てるかもしれないでしょ?それに何やったか知ってる?」


「連続殺人くらいしか知らないわ」


「連続殺人犯、ストレイン。人に魔法を当てることを楽しむ狂気の魔法使いって話よ。それに炎と氷が得意な強力な魔法使いって言ったらわかるんじゃない?」


「もしかして氷炎の魔法使いのこと!?ジーフェルト帝国でも有名な魔法使いじゃない!」


「そう、その氷炎が連続殺人犯だったのよ。戦争で満たしていた欲が我慢できなくなったらしいわ」


「でも捕まえなくても戦場に出せばいいじゃない」


「それが今回狙ったのが貴族の女性だけだったのよ。だから大問題になったみたい」


「卑劣ね。それで捕まったと」


「牢屋で殊勝な態度だったから反省しているのかと思ったら脱獄を計画していたんですって!随分?せたから狭い通路も使って追っ手を撒いたそうよ」


「でもどこに向かったかもわからないんでしょ?」


「それがマルドの森に逃げたそうよ。だから私は怖いのよ」


「マルドの森って帝国と王国の間にあるあの森?でもあそこは凶暴な魔物がいるから生きてないんじゃない?」


「わからないわ。従軍経験もある強力な魔法使いよ?簡単に死ぬとは思えないわ。それに脱獄は1人じゃなかったそうだし」


「怖い話ね。でも王国に来たところで身分証もないのだから追い返されるのがオチよ。大丈夫」


「そうね。身分証がなければ王都には入れないし、ステータスの偽装も出来ないのだから大丈夫ね」


 彼女たちは目当ての物を探し当てたのか去っていった。

 王国の西に位置するジーフェルト帝国。その帝国でも戦争で名を馳せた氷炎の魔法使いが連続殺人犯とは恐れ入った。


 マルドの森なら帝国と王国の間にある森だが、昔からそんじょそこらの冒険者でも太刀打ちできない化け物が住まうという話だし、生きてはないはず。


 そもそも王国も帝国も身分証を持たされている。国外に出ることがないため、使用する機会もないがそれでも持っている。


 身分証はステータスを形にしたものだ。役所で作ることが出来る。特別なものでもない。例え盗んだとしてもステータスと身分証の照合で偽りだとわかる。


 ストレインという連続殺人犯が王国に入るなんてありえない話。


 この世に正義の味方もヒーローもいない。勇者の世界にはそんな義勇の心を持った超人がいるらしい。自己犠牲を強いられるそんな仕事やるなんて狂気の沙汰だ。悪人とは別ベクトルに気が狂っていなければできる芸当でもない。


 そんな存在もいないこの世界でいつも犠牲になるのはそこらへんを生きる真っ当な人間だ。ストレインの件は貴族を狙ったものだからどうでもいいが、一般論として善人が悪人の割を食って生きているのが人間の世界だ。


 悪人といっても無意識に他人に苦労を強いる者もいる。犯罪をしていない人間にも自覚なき悪人はいるのだ。


 だからといってそれを正す存在はいない。少なくともこの国には。

 貴族が権力を持ち、平民にはそれに対抗する手段はない。絶対王政の下に貴族がいて、そのさらに下に平民がいる。


 生まれてこの方王族、貴族が平民を気に掛ける素振りを見たことがない。イルマークを悪辣に残虐に暴力的にした存在が貴族だ。


 選民思想豊かで平民は代替可能な道具。地下5階に安置されているロボットのパーツみたいな感じ。


 正義の味方なんて架空の存在の登場を祈るなんて時間の無駄だと思う。


 そんな奴がいるんだったら僕を救ってくれって話だ。そんな奴がいても僕を救えない理由があるけどさ。



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