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2話

 錬金術師の朝は早い。出勤したらすぐに職場に行かなくてはならない。


 国としては無駄に僕らの時間を使いたくないみたいだ。一分一秒でも多く国に貢献させたいというのは耳にタコが出来るほど聞いた。


 階段を降りて行くと嫌な奴に出会ってしまう。僕に仕事を押し付けては嫌がらせをしてくる貴族出身の錬金術師。イルマーク=ミュラーとその取り巻き、ファンガ兄弟だ。兄がボルド、弟がベルドで素材を抱えている。


 イルマーク=ミュラー。僕と同じ?せ型だが長身で深紅の髪を後ろで結んだ男だ。目つきが鋭く厭味ったらしい表情を浮かべていることがわかりやすい欠点でもある。


「やぁやぁ、これはこれはフェーデ。おはよう。遅い出勤だことで」


 イルマークのいつもの嫌味だ。15分前に出勤しても30分前に出勤しても遅いというのだ。地下3階の危険物錬成科にいるのだから、もっと働くべきだと言ってくる。


 若いのだから国に貢献するようにと。ちなみにイルマークたちは10分前くらいに出勤することが多い。以前そのことを指摘したが、彼曰く貴族として既に貢献している自分と平民のお前を一緒にするな(意訳)と言っていた。


 実際は話が婉曲的で要領を得ない理解しがたいおじいさんの説教みたいなことを永遠と語っていた。イルマークに限らず貴族は話が長いのはよくあることだ。


「何の用ですか?イルマーク殿。ここは地下3階。危険物錬成科か定められた職員以外の立ち入りが禁じられておりますが……」


 僕はいつも通り決まり文句を言って彼らの言い訳を聞く。聞くといってもファンガ兄弟は主の言葉が大切なのか基本的に口を挟んでこないけどね。


「挨拶もまともにできないのか?挨拶は大切なんだがね」


「すみません。おはようございます」


「ちょっと階段の昇り降りを間違えただけじゃないか。――それにまだここは階段だ。地下3階ではないと思うのだが――君はどう思う?」


「確かに。ここは階段ですね」


「そうだろう。そうだろう。そういえば以前君に渡した仕事はどうなっているのかね?優秀な君だから任せたのだが……」


 そう言って任せたと体よく言うイルマーク。ぬけぬけと言っているが、実際は平民のため断ることのできない僕に押し付けた、というのが真実だ。


「それは既に終わっておりますよ。今日中に成果物も納められるかと」


 こいつの急な発注のせいで僕は先週末地獄の残業だった。締め切りが土日を挟んだ今日の朝までと金曜日の帰り際に押し付けてきたのだ。優秀な君だったらできるだろう?と嘲笑するかのような顔でな!


 イルマークは僕の返事に無表情になってただ一言。


「そうか。それならいい」


 そう言った。最近変に当たられる僕にはわかる。絶対できない量の仕事を押し付けたが出来てしまったという予想外の自体に不愉快さを禁じ得ないことを。


 貴族は誰もが平民を道具としか見ていない。馬車で轢いたとして路傍の石と差異はない。平民の僕に出来ることはいつか終わるはずのこの嫌がらせに耐えることだ。


「では、この仕事も頼めるか?《魔石》の作成と《増殖する偽肉》の作成が滞っているんだ」


 貴族特有の仮面を付け替えたかのような表情変化。少し笑みを浮かべたイルマークはファンガ兄弟に持たせていた素材を文字通り僕に押し付けてくる。


「いや、それはちょっと……僕にも他の仕事がありますので……」


 無駄だとわかっていても反抗だけは続けてみる。イルマークが次にいうことはいつだって同じだ。


「ほ~、フェーデ。お前は国に貢献することを拒否するのだな?それは反王国思想の片鱗と見てもよいのだぞ?」


 イルマークは断ろうとすると貴族としての立場を使う。貴族の発言と平民の発言では価値が違う。仕事を断ろうとして国家反逆罪をかけられてはたまったもんじゃない。


 仕事の重要度では地下3階以下の管理が最優先なのだが、貴族に目をつけられている僕には選択権がない。これで地下の管理不十分になったとしても、イルマークは傷つくことはない。


 僕がどれだけイルマークから仕事を頼まれたと言っても意味ない。彼は周囲の貴族出身の高度汎用物錬成科の人間を束ねて証言させる。イルマークが作成したものでフェーデは作成していないと。


 僕が錬金術で作成したものもイルマークが作成したことになっている。イルマークが最近作成したものはほとんどないはずだ。手柄を全て横取りできる貴族様や権力者ってものは良いご身分だことで。


 この賢者の塔に僕の味方はいない。同じ平民出身者は汎用物錬成科にいる。そして彼らは貴族に睨まれないように接触を出来る限り断ち、貴族出身者を敬って仕事している。


 同じ部署でもなく、既に貴族に睨まれている僕を手助けしようとする人間はいない。孤立無援で精神を擦り減らし、イルマークは僕の精神が擦り切れることを願っている。


「そんなことないですよ。国のために身を粉にして働く覚悟がありますので」


 口先だけの愛国心を笑顔で唱える。

 国のためといえば聞こえは良いが、ようするに自分を犠牲にして働けということだ。労働環境が整備されているのは高度汎用物錬成科だけだ。


 はぁ……さっさと自分の仕事に戻りたい。なんで他人の仕事を肩代わりするんだか。

 これでまだ自分の功績になるならいい。でもイルマークの功績が増加して僕は残された時間でこなした少ない仕事だけで評価される。


「では、よろしく頼むよ。あっそうそう。必要な素材が足りないかもしれないが、その辺はうまくやっておいてくれよ?得意だろ?」


 イルマークはファンガ兄弟を引き連れて上階へと昇っていく。

 僕は押し付けられた素材類を両手に抱えて足場の見えない階段を下るしかなかった。


◇ ◇ ◇


 まったくもって不本意だ。僕は僕の仕事があることを知っていて押し付けてくる。

 立場が上だとこうも偉そうなものなのか。


 だがイルマークはまだいい部類かもしれない。奴は直接的な攻撃はしてこない。

 奴はミュラー子爵家の子供ではあるが、庶子だ。その微妙な立場だからこそ、僕も多少の反抗をできる。


 錬金術師になった程度には知恵がある。例え貴族だからと言って誰でも錬金術師になれるわけではないのだ。錬金術師の仕事は国の重要な支えになっているからこそ、使えない者はなることができない。


 最低限の実力は保証されていることはありがたいのだが、仕事をしなければ意味がないと思うのは僕だけだろうか。

 正直危険物錬成科しか部署をよく知らないのだが、他所の部署にいる人員に対して勝手に仕事を割り振って手柄だけ横取りすることはよくあることなのだろうか。


 くそったれな世の中だ。

 偉い人間は責任を取ることが仕事じゃないのか。実働も責任は下の人間に任せるならば、上に立つ人間の存在意義とはなんだ。


「愚痴を言っても仕事は減らないんだよなぁ。さっさとやらないとまた仕事が飛んできそうだ」


 僕はイルマークの仕事に着手するのだった。


 あれ?素材が足りない。実験に必要な薬品を入れるビーカーや素材を固定する道具もない。そういえばイルマークがそんなこと言っていたな。


 はぁ……素材も満足に保管庫から取り出せないのかよ。ほんとに錬金術師か?それとも僕に対する嫌がらせか?


 多分後者だろうな。やることがみみっちい。イルマークの狭量さが如実に表れているみたいだ。


「足りない素材は後で保管庫にあるはずだ。なければ汎用物錬成科に相談すれば入手できるありふれた魔物の血液。問題は仕事量のほうか」


 今回作成するのは《魔石》と《増殖する偽肉》。他の仕事は書類仕事だ。錬金術師というのだから常に何か錬成していると思ったか?


 残念ながら錬成は手順通りに行えばきっちりできる。問題は錬成した物に関する報告やそれの使用方法、注意事項などの説明書作成。賢者の塔に提出する書類と錬成物を使用する現場、お客さんに提出する書類の作成が必要なんだ。


 錬金術師の仕事は8割方書類作成で、残りの2割が実験さ。書類作成が早ければ早いほど仕事ができる扱いを受ける。逆に実験だけできて書類仕事が苦手な者の評価は悪い。


 表向きは錬金術師としての能力の高さを買って働かせているのに、内情では書類仕事が如何に効率よくこなせて、錬金術もできるかが評価に繋がっている。


「錬金術師って仕事は刺激に満ちていると思っていたんだけどなぁ~」


 僕の憧れた錬金術師って、もっとこう、バシバシ実験してさ、すっごいもの作って評価される人だと思っていたんだけどね」


 現実の仕事は書類仕事ばかりの地味オブザ地味。せっかく勉強して培った知識も活用する時間がほとんどない。


 唯一の活用するときは今みたいな錬金術を使うときだけだ。


 さて、まずは何から手を付けようかな。うーん、《増殖する偽肉》がささっと終わらせられるかな。


 《増殖する偽肉》というのは傷口に当てると対象者の失われた箇所の肉体を補填する道具だ。小さな肉塊の見た目だが戦場ではとても重宝される。

 肉体が抉れてもこれを当てれば一時的に肉体の補填が出来る。出血や怪我による死亡リスクを低減させられるのだ。


 とはいえ保管方法が使用直前まで空気に触れないことという条件はある。その辺は真空にした瓶にでも入れておけば問題はないし、戦場で流れ弾に当たっても大丈夫なように特製の瓶にしておけば戦場でいつでも使える。


 便利だよな~これ。でも一定時間経過したら突如なくなるから補った後に適切な処置を受けないと死んじゃうことも多いけどね。

 だからそのまま戦うことはできないんだ。あくまでも応急処置用の錬金道具。


 作り方はシンプル。新鮮なゴブリンの肉、不死草、錬金術を使うための下地である万能薬品、あとは鍋とコンロと水と魔力だけ。


 素材がこれしか使わないのだから一杯作って死傷者を減らし、継戦能力を高めようとする国の方針はいたっておかしくない。


 不死草は生命量が以上に強いだけの雑草。万能薬品は塗布された状態に応じて必要な状態を引き起こすという、まぁまどろっこしい薬品だ。昔から使われているのだけど、僕ですらこの薬品の素材を知らないんだ。国で徹底管理されているらしくて機密情報だから知れないらしい。


 散らかった実験デスクの書類と実験の失敗作を片づけて、いざ錬金。


 新鮮なゴブリンの肉に万能薬品を塗りこみます。

 コンロに鍋を設置します。水と新鮮なゴブリンの肉をひたすら煮ます。大体1時間くらいかな。


 僕はその間書類仕事を進めていたり、早めの昼ご飯を食べたりしているよ。裏で勝手に進むのだから他の仕事をしていても問題ないのさ。マルチタスクってやつだよ。やることは多くないけどね。


 沸騰してからも煮続け、鍋の中にあるゴブリンの肉が水分が一滴もない状態にします。

 そして出来上がった干からびたゴブリンの肉を取り出して、魔力を込めていきます。


 これで魔力を蓄積したゴブリンの肉が出来上がります。次にもう一度万能薬品を塗りたくって30分放置します。


 その間に不死草をすり潰して粉上にします。それをゴブリンの肉にかけてまた万能薬品を塗れば完成。


 これが錬金術か?って思う気持ちもあるけど、そうゆうものらしい。昔はこんな簡単な手順じゃなかったって歴史の本に書いてあった。でも万能薬品の登場で全てが解決したって話だ。


 それでも組み合わせによっては恐ろしい事故を引き起こすため、色々と学ぶんだけどさ。錬金術師ってよりも精肉業者のほうが上手に作れそうじゃない?それか料理好きな主婦とかね。


 万能薬品が登場する前は素材も希少な物を使用していたし、手順も複雑で、錬金術用の魔法もあったって書いてあった。


 今じゃその手順は簡略化され、魔法を用いなくても万能薬品でなんとかできるんだ。人類の発展をひしひしと感じる。


 完成した《増殖する偽肉》を切り刻んで瓶に入れていく。保管方法に空気に触れさせないとあるけど、完成した直後の10分間はまだ完成していないんだ。この10分間に真空の状態にして保管することで真に完成するんだ。


「何度見ても緑色のビーフジャーキーだ、全然美味しくなさそうだけど」


 こんな気色の悪い緑色の肉塊で人の命が助かるならば作った甲斐があるってもんだ。

 《魔石》はまた今度にするか。今日じゃ素材も集まらなそうだし。




◇ ◇ ◇


 《増殖する偽肉》を作り終わってから僕は書類仕事に没頭した。締め切りが明日明後日に迫っているものが多数だ。大体イルマークの仕事だけど、僕がやらないと迷惑になるのは賢者の塔、そして客先だ。


 僕がやらなかった未来はイルマークに責任を押し付けられ、仕事を行わなかった怠慢を責められ、給料がカット。最悪錬金術師としてはクビだ。


 反抗して始まる無職生活。そんなものは望んでいない。


 いつの時代でも権力者に対して力を持たない平民は無力だ。非力とも言える。


 僕やリンダが通っていた王立魔法学園ガルニヴァには学園のルールがあった。それのおかげで貴族と平民が干渉することなく、気兼ねなく勉学に励むことが出来た。


 ガルニヴァ――通称「学園」。これは王都や地方から平民貴族問わず学ぶことが出来る学校だ。ここで最低限の勉学と魔法を治められる。地方から来る平民の学生は稀だが、いるにはいる。


 この学園、身分差をきっちりつけており、貴族と平民では学ぶ場所が異なる。同じ学園内の敷地でも貴族と平民、双方に立ち入ることが禁止されている領域がある。


 なぜ貴族にも制限があるのかは最初疑問だった。けれど、学園は国王様の直轄とされ、重大な問題は国王様の名のもとに罰せられるとなると、貴族の力も国王様を越えられない。

 卒業した後に聞いた話ではこのルールは貴族が無暗に平民を攻撃すること、平民が貴族に反撃することの抑止のためにあるらしい。

 問題を起こした場合貴族であっても厳正に処罰される。場合によっては即座に死刑もあったと記録されている。


 この学園で学べることは多岐にわたる。リンダは成績が悪くて基礎だけだが、僕は成績優秀者だったから錬金術に関することも学ぶことが出来た。僕以外にも錬金術を学んでいた平民はたくさんいた。僕だけが特別というわけでもなかった。


 僕だけが特別になってしまったのは賢者の塔で危険物錬成科に配属されたときからだ。

今でも僕が何故ここに配属されたのかは定かではない。恐らく塔首エイワス=グラントだけが知っている。


 この配属のせいで散々な目に遭った。イルマークもそうだが、配属早々危険な実験の連続。危険物錬成科は優秀な人間が行くと言われているが、僕は違うと思う。


 死んでも困らない人間の中で優秀そうな人間や死んでほしい人間をあてがう場所だと思う。僕の部署で生き残っている先輩たちは出張という名目で長いこと帰ってきていない。出張も上からの指示で行かされている。


 実験で死ななかったら地獄行きの出張が待っている。いづれは僕も……

 国として、賢者の塔としては実験の記録が残れば錬金術の進歩に繋がり、不要な人材も殺害できる。優秀な人間が配属されるとはおべんちゃらだ。やっていることは人体実験と遜色ない。


 だからといって投げ出すことも逃げ出すことも許されない。仕事を投げ出せば責任を取ることになり最悪死ぬ。危険物錬成科で機密情報を知った以上国外逃亡でも死だ。そもそも仕事を辞めた時点で口封じだ。


 まだ出張は来ないけれど時間の問題だ。だから僕は逃げずに嫌がらせにも耐えてその時が来る日を待つ。


 非力な自分には自分の身は自分で守ることもできない。例えば反撃をしてもそれ以上の報復が来ることを知っていれば今の攻撃に耐えようと思うだろ?


 軽いパンチが大剣に変わるようなものだ。一撃であの世行き。僕だけで住めばいいが、きっとリンダ達にも迷惑がかかる。少なくともリンダ一家は善良な市民だ。散々世話になっておいて自分のへまを飛び火させては恩を仇で返す行いだ。


 いつか来る死出の旅の招集が迫る。他所の者だった僕は柵なんてないはずだった。でも気づけば道を遮る茨道ばかり。


 なんで午前中からこんな暗い思いをしてるんだろうと思い、僕は顔を洗って気持ちを切り替えることにした。



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