1話
「――!……ねぇってば!――!」
女性の声が聞こえる。ぼーっとしている僕を誰かが呼んでいる?
呼んでいるのは誰だ?
「ねぇってば!フェーデ!ぼーっとしてちゃダメじゃない!馬車に轢かれちゃうよ?」
「あっあぁ。ごめん。ぼーっとしてた」
「もうっ。しっかりしてよ?フェーデは立派な錬金術師なんだから」
「立派かはわからないけどね」
「揚げ足取らないっ!それとちゃんと挨拶してよ!私おはようって言ったのになんでスルーしちゃうの?」
「ごめん、リンダ。ぼーっとしてたんだ。おっおはよう……」
俯く僕にリンダは怒ったように顔を顰める。
何か気に障ったのかな?
「フェーデはもっと堂々としてよ!そんなか細い挨拶じゃ聞こえないよ?挨拶はとっても大事なんだから。挨拶は誰と話す時もしなきゃっ!」
「誰ともはしなくてもいいんじゃない……?」
「そんなことないよっ!第一印象は大事なんだから。先手必勝って言うでしょ?こっちのペースに持ち込むことが大切なんだからっ」
リンダはしたり顔で僕に挨拶の大切さを説く。日頃からパン屋としてお客さんを相手にしている彼女の溌剌さには敵わない。
それに正論だと思う。後半はなんか違う気もするけど。
「ほらほら、襟が折れ曲がってるしズボンのベルトも変なところで留まってるよ?家出る時に鏡はちゃんと見た?そんなんじゃ笑われちゃうよ?」
「でも、僕のところは今は僕一人しかいないんだし、別によくない?」
「いつも出来ないことが明日出来るわけないじゃない。出来なくなったらまた出来るようになるまで時間がかかったりするんだよ?」
「それはわかるけど……」
「それに、フェーデがそんなんじゃファナティック叔父さんやフォリー叔母さんに顔向けできないじゃない」
僕の死んだ両親まで引き合いに出されると僕は反論できなくなる。正論とは暴力だ。
僕の方が賢いはずなのに……これでも優秀な錬金術師なんだよ?ほんとだよ?ただちょっとだらしないだけでさ。
リンダに指摘されて自分の姿を鏡で見る。
虚弱体質のため同世代の中でも?せ型で華奢。筋肉もあまりない。
長めの茶髪が目にかかるように流れ、生まれてから世界を見てきた目は青緑色。
ほっそりとした唇とシャープな鼻筋が印象的と昔リンダに言われたなぁ。
それと同世代と比べて大人っぽいとも。
錬金術師の真っ白いローブのような制服の襟や裾、ズボンのベルトまできっちりと直した。
「じゃあ、行ってきます」
僕の住む王国エングリーズ。その王都ファティマ。それが僕の住む都市。
アスファルトで舗装された道をいつもと同じ時間同じルートで歩く。
この国だけじゃなく、他の国も異世界から来た勇者によって様々な技術が導入された。もう何百年も前の話だけど。
勇者の世界では”科学”っていう技術が進歩していたらしい。あと電気っていう雷を操って生活していたんだって。信じられないよね。でもそれを魔力で賄えば再現できると考えて発明したらしい。
勇者の世界には魔法がないらしい。この世界には基本4属性の火、水、風、土がある。大抵の人がこの属性は使える。得手不得手はあるけどね。これ以外にも上位属性に氷、雷、木といったがある。
魔法には未知の部分が多いけど、光、闇、回復みたいな特殊な属性もあるんだ。ゾンビを作れるようになる死霊魔法とか伝説の生物が使える空間魔法とかもあるらしい。
錬金術師の仕事と勇者の発明は密接に関わっているんだ。勇者が発明したものであり、元々この世界にあったもので《魔石》がある。昔は魔物が体内に宿した魔力の塊だったんだけど、勇者はこれを人工的に作成する方法を見つけたんだ。
その結果、街の街灯やコンロ、冷蔵庫、エレベーターなどどこでもこの《魔石》を原動力に動くように便利に発展した。そのせいで僕ら錬金術師の仕事の中にこの《魔石》製作も入ってきたってわけ。
さっき僕にしっかりするよう言ってたのはリンダ。僕の幼馴染。僕がエングリーズに越してきてからのお隣さんだ。僕の両親は僕が小さい頃に亡くなってしまった。
だからお隣さんのリンダとそのご両親にはとてもお世話になっている。僕の両親が遺産を残してくれたことで生活は出来るが、リンダのご両親は僕の両親からもしもの時はよろしく頼むと頼まれていたらしい。
僕の両親は病気で死んでしまったが、死の間際に残される僕のことを心配してくれていたようだ。本当に僕が心配だったのかは両親のみぞ知ることだけど、伝え聞く限りでは僕の生活は心配していたようだ。
リンダは金髪のボブカットで目鼻立ちがはっきりしている。金髪は母であるマースさん譲りで、目の青色は父のカルドさん譲りだ。
しかし口元はかわいらしく、明るいはつらつとした笑顔が魅力的だ。
ちなみにリンダはパン屋の一人娘だ。お父さんのカルドさんがパン職人で朝早くからパンをこねて焼いて店頭に並べている姿をよく見る。結構無口な職人気質のお父さんだ。お母さんのマースさんは接客と商品の受け渡し、会計を全てやっている。
マースさんの明るく気さくな人柄に惹かれて常連になる人も多い。
おっと、僕の職場が見えてきた。王都ファティマの中心部に聳え立つ巨大な塔、あれこそが賢者の塔。僕を含めた多くの錬金術師が働く国内の重要施設だ。
賢者の塔は地上5階、地下5階の合計10階がある。塔にしては階数が少ないと思うかもしれないが、そこが賢者の塔の変なところなんだ。王国にある七不思議の一つでもある。
賢者の塔は外から見ると明らかに地上20~30階建てなんだ。でも中から上に上がろうとすると5階までしかいけないんだ。魔法で細工がされているらしいって専らの噂だ。
それか塔の見栄えをよくするために昔の人が高い塔に見えるように幻覚を映し出しているのかもしれない。なんにせよ、賢者の塔で使用できるのは地上5階までなんだ。
賢者の塔のフロアマップ意味不明な割り振りになっているけど、箇条書きにするとこんな感じ。
地上
1階 受付や応接室などの階
2階 職員のデスクや書類保管
3階 実験室
4階 実験機材保管と高度汎用物用実験室
5階 塔首の執務室などがある。偉い人間だけの階
地下
1階 実験室。販売されるような薬や道具はここで作成される。
2階 素材保管庫。汎用的な素材が大量に置かれている場所で、一番出入りの多い場所。
3階 危険物用実験室。定められた職員以外立ち入ることが禁止されている。
4階 高度素材保管庫。特殊な効果のある鉱石や素材など危険度の高いものがある
5階 最重要機密素材の保管庫
狭そうに見えてフロア自体はかなり広い。それに錬金術師は実験中に死ぬことも多いからワンフロアだけデスクにしておけば問題ないんだよね。賢い人間になっても命の価値は大したことないんだ。
賢者の塔は塔首っていう人が全ての錬金術師のトップに立っていて、取りまとめている。と言っても、いつもなにしているのかわからないけどね。顔も見たこともないし。
あとこのフロアマップだけど、普通の錬金術師は地下の事情をそこまで知らない。せいぜい地下2階までは知ってるという具合だ。それは僕の部署、危険物錬成科が関わっている。
賢者の塔の錬金術師は三つの部署に分かれる。汎用物錬成科、高度汎用物錬成科、危険物錬成科の三つだ。
汎用物錬成科は文字通り、日常生活で使用されるもの――街灯に使う魔石とか生活に使用する道具の作成を請け負っている。平民出身者は基本的にここに配属される。
次に高度汎用物錬成科。ここは希少性の高い素材を用いた重要な物の作成を担当している。貴族出身者が多い部署だ。理由としては素材が破損した場合でも貴族ならポケットマネーをだして補填してくれるからだそうだ。
噂だと貴族出身の錬金術師の悪評が出来ないように口止め料も支払っているみたいで、賢者の塔としては素材の補填と金銭援助が出来て都合の良い部署と言われている。
そして最後が危険物錬成科。ここは高い能力を有する錬金術師が配属される部署で超少数精鋭だ。両手で足りるくらい所属していない。ほとんどの錬金術師が出張にでており、今は僕1人だ。
この前まで同僚がいたんだけど、実験に失敗して同僚だった肉片に変わってしまった。まぁよくあることだ。飛び散った肉片の掃除は大変だったけど、1人で快適に働ける職場は楽園だ。
僕が地下の事情に詳しいのは危険物錬成かが使用する実験室が地下3階にあるのと、地下4階や5階にある素材の管理も任されているからだ。今賢者の塔で地下の長みたいになっているというわけだ。
その楽園も今じゃ地獄に変わりつつあるけどね。僕1人になってしまったことと同僚が失敗したことで一旦実験計画は停止、僕は他の錬金術師の支援に回ることになった。
そのせいでつまらない単純作業と慣れない人間関係で仕事にやりがいを感じない。かといって転職できるような潰しの効く能力じゃないしエングリーズ王国の重要な機密情報(地下5階の保管庫)を知っている僕はこの国から逃げられなくなってしまったというわけ。
まぁ別にいいんだけどね。
さてさて、入り口も見えてきたことだしちょっと昼飯でも買うか。
賢者の塔の近くには飲食店が複数ある。勇者の国の食べ物が多く、今でも親しまれている。今日の昼飯は親子丼にしようか。
「おじさん、親子丼一つ」
「はいよ。1000Gね」
「はい、ちょうどね」
「毎度ありー」
この国の貨幣はGという単位だ。昔は違ったらしいんだけど、勇者が貨幣といえばGだっ!って言って変えさせたらしい。元々偽造が酷かったから勇者のおかげでまともな貨幣価値になったって言われてるけどね。
勇者の故郷は”円”っていう貨幣だったんだって。だからその”円”をベースに数え方を決めたから1円=1Gっで換算するんだ。
Gなのに金じゃない硬貨も使うあたり変な感じがするよね。Gは色んな金属を混ぜ合わせたもので出来ているんだ。その色で何Gかわかるんだ。
アルミニウム=1G
黄銅=5G
青銅=10G
穴あき白銅=50G
穴なし白銅=100G
黄銅+白銅=500G
勇者の国日本の1円玉、5円玉、10円玉、50円玉、100円玉、500円玉を元にしたって言われているけど、これ便利だよね。
さらに魔法で作られた紙幣があるんだ。昔は硬貨がいっぱい持ってたらしいけど、それじゃ大変だからって試行錯誤して作ったんだってさ。
親子丼の匂いをこそっと嗅いでそのおいしそうな匂いに昼飯が待ち遠しくなる。
いつものようにおじさんから昼飯を買って賢者の塔へと入っていった。いざ仕事へ。
◇ ◇ ◇
「ステータス開示」
僕は自分のステータスを表示させる。賢者の塔の受付はステータスを開示して一部の情報を確認する作業が必須だ。身分証もあるのだが、国の重要施設だから厳重にもなる。
この世界ではステータスと呟けば自分の能力を客観的に見ることが出来る。僕のステータスはこんなところだ。
フェーデ=フォルミド
生命力 C
攻撃力 E
防御力 E
知力 B
魔力 B
敏捷力 E
運 C
スキル
魔法(火、水、風、土)
本人が意図すれば項目の隠蔽は誰でもできる。いつも僕が受け付けで開示するステータスはこんなところだ。
低い方からF、E、D、C、B、A、S、EXという評価だ。人間の基本的な水準としてはこんな感じ。
生命力 C
攻撃力 D
防御力 D
知力 D
魔力 E
敏捷力 D
運 D
魔力はちょっと少ないくらいで評価がDくらいが普通だ。少し優れているくらいでC、優秀でB、人間としてはAが限界だ。何事にも例外というか人外みたいな人間はいるけどね。
勇者は全部EXでスキルもてんこ盛りだったって記録がある。僕のステータスを見てわかることは知力と魔力以外目立った取柄はないってことだ。
悲しいことに生まれつき僕は虚弱体質で肉体的な強さは望めなかった。唯一虚弱体質に左右されてない頭脳だけを磨いていたら、錬金術師になっていたというわけさ。
魔力も無駄にあるから実験では重宝するからね。錬金術は魔力を使って錬成の補助をするから魔量が少ないとこなせる仕事量も全然違う。
魔力が多いから今の環境下でも問題なく働けてしまっているということでもある。僕は今高度汎用物錬成科という貴族ばかりの部署を手伝っているのだが、優雅にランチをとっている彼らと僕の仕事量に差がある。
表立って言えないことが僕の悩みである。とはいえ、同じフロアで働かなくていいだけマシだ。
今日も僕は地下へと下る。人工的な光しか通さない暗くじめっとした僕の楽園へ。
大量の押し付けられた仕事が僕を歓迎するために待っているのだから
いいね、高評価、ブックマーク登録をしていただけると励みになります。
少しでも面白いと感じていただけましたら☆☆☆☆☆を★★★★★に変えていただけると大変うれしいです。