12話
翌日の朝。王都は帝国から逃亡した連続殺人犯、氷炎のストレインの死亡報告で貴族・平民問わず話題沸騰中だった。
王都を走り回る新聞屋が特ダネを書いたとして話題となり、大量の燃料に火が付いたように話題が瞬く間に伝播していった。
昨今話題に上がっていたジーフェルト帝国から逃亡していたストレイン。その本人が王国に潜入していたことは王都の民を震えあがらせた。
王都の門番たちはなぜ入り込んだか理解できなかったし、職務に忠実に対応をしていたと断言できる心持だったが、事実として入り込んでいた以上、民の誹りを受けるざるをえなかった。
今回の事件を対処することとなった王国騎士団騎士団長アルバート=デクレセムは頭を悩ませた。
宿屋『粛兆』は王国騎士団によって封鎖し、ストレインの泊まっていた部屋は厳重な態勢が敷いた。
しかし今回の一件を捜査する中で、不可解な点が多すぎた。
まず死体はストレインだと未だに断定はできない。だが王都外延部で殺害されていたバラバラ死体が恐らくラーミッドという商人のものであろうということが捜査の延長線上に浮かび上がった。
これに関しては単純な消去法だった。ふくよかな体型の男性は意外と多くない。
王都での平民の生活というのは中々に厳しいものがあり、金銭的な余裕がなければ体重を維持できないのだ。
つまり、被害者は金銭的に裕福な者に限定される。
次に貴族かと真っ先に疑われたのだが、どの貴族も行方不明の者がいなかった。王族は警備や王都からの出た履歴を見てないとわかった。
ならば平民の中で裕福な者の代表格である商人が疑わしい。
死体は帝国方面にあったことから帝国側から来た、或いは帝国側に行く者に限定される。
ここまでくればかなり絞れる。後は帝国方面で商売をする太った商人の中から探していけば自ずと犯人に辿り着くというわけだ。
王国騎士団の捜査を妨害されることが多々あり、遅々として進まなかったが最近帰ってきたラーミッドという商人が以上に痩せたと聞いた。
それで調査しているうちに今回の一件が起きたという顛末である。
そこからラーミッドという商人に化けて何者かが侵入している線を考えた。まさか門番が出し抜かれるとは思ってもみなかったが、門からわざわざ入らなくとも相手は歴戦の魔法使いだ。
あらゆる手段を講じれば不可能ではないと判断された。
ストレインはラーミッドに化けて数日間生活をしていたわけだが、物理的な身分証明書を強奪していたこと、痩せたことはマルドの森で襲われたことにして乗り切っていたそうだ。
リンダという女性と婚約関係だったラーミッドの立場を悪用し、リンダ、マース、カルドの3名に接触したことが判明。
事情聴取を試みるも収穫はなかった。
彼らの話を聞く過程でフェーデという若い青年が行方不明になっているそうだ。ストレインが死亡した夜から帰宅していないらしい。
恐らくストレインの魔の手にかかってしまったと騎士団は捉えた。
フェーデの死体捜索とストレイン殺害の犯人を捜索していたのだが、まるで煙のように足跡を掴めないでいた。
リンダやその周囲の魔法に関する能力を鑑みて、今回の犯人ではないとして解放した。
今回のストレインと目される死体は無惨かつ凄惨な死体だった。
火傷と凍傷でストライプ状に模様がかたどられており、腕と足が一本ずつ欠けていた。
ラーミッドがされていたように体の一部をバラされていたのだ。
加えて、ストレインと思われる死体のすぐそばには火傷や凍傷などストレインの代名詞でもある火や氷で傷つけられ、絶命した女性の死体が複数存在した。
ストレインが女性たちを殺害した後に別の犯人がストレインを殺害したのだろう。
ストレインの行動は四方八方に喧嘩を売っており、誰から恨みを買っていてもおかしくない。
それこそ裏世界の住人に始末されたケースも考えられた。
顔自体は死体からはわからなかったが、宿屋の受付やストレイン本人に会ったリンダ一家に帝国から送られてきたストレインの似顔絵を見せたところ一致した。
そのことから死体は十中八九ストレインで間違いないと思われる。
ストレイン殺害の犯人を追おうにも痕跡が一切ないのだ。
魔法を使用した痕跡も、誰かがそこにいた手がかりも。
ストレインを殺害した者はただものじゃない。昨夜王都に響いた恐ろしい轟音。
ありとあらゆる生物を怯えさせる超常的な生物の咆哮。
魔法で再現されたとしか思えない音の爆撃に王都の人々はパニックになっていた。
それこそ人々は外に出て事態の把握をしようと道に溢れかえっていた。
だからこそ、昨夜ストレインが殺害されたときに誰もその現場から逃走する犯人の姿も見当たらなかった。
謎の音よりもストレインの衝撃が強く、人々の頭の中から忘れ去られていた。
……これでは八方塞がりだ。どれだけ探しても犯人は見つけられない。
犯人の目的も昨夜の轟音も。どう報告したものか……。
ストレインが死亡したこと、死体を帝国に引き渡す必要があることだけが進捗として報告できることだった。
特殊なスキルでもあれば犯人に辿り着けるのだろうけど、どうしようもないな。
騎士団長って職業も上と下の板挟みでしんどいもんだな。
◇ ◇ ◇
王国騎士団による取り調べを受けていた私はやっとの思いで帰宅すると自室の机の上に一枚の紙切れがあった。
取り調べ前にはなかった紙を不審に思い、手に取ってみると文章が書かれていた。
文章というよりも単文で一言書かれていた。
『旅に出ます フェーデ』
その一言で私は涙が止まらなくなってしまった。
ストレインの一件でフェーデが行方不明になっているとわかってからずっと心配してたのに。
こんな大変な時になんでフェーデはいなくなっちゃうの?
殺人鬼が婚約者の不利をして私を殺そうとしていたのに……
いつもあなたは先へ行く。どこか私の手の届かない場所へ
学園でもそう。スタート地点は同じでも誰も追いつけない場所へ1人で行っちゃうんだから。
錬金術師になるって言った時も賢者の塔の地下で働いているっていうこともそう。
私がどれだけ努力しても辿り着けない場所にいつもあなたは向かう。
賢者の塔に勤務しているだけでも凄いのに、地下を任されているって聞いて驚いた。
私も詳しくなかったけど、学園時代の女友達が教えてくれた。賢者の塔の地下に勤務する錬金術師は賢者の塔の中でも特別優秀でないとなることが出来ないって。
現実のステータスが私の心を押しやってしまった。そんな凄い人が私に気があるとは思えなかった。ましてや学園では他人のふりまでしていたのよ?
幼馴染であり長らく生活を共にしていたってだけで、私はフェーデの特別な人にはなれなかった。
いつも会って、話しているのにあなたは本心を隠して何かしていた。
ご飯を食べた後、フェーデの家に行ったのに出てこなかったことがあった。夜中にどこかへ行っていることを初めて知った。
私はフェーデのことを知っているつもりだったけど、何にも知らなかった。
でもそんな不思議でつかみどころのないあなたが好きだった。
いつも1人で頑張るあなたが好きだった。
空想の生き物に思いを馳せて、楽しそうにしているあなたが好きだった。
いいことがあると机を2回叩いている姿がかわいかった。
勉強がわからなくてどうしようもなくなっていた時もフェーデだけは諦めずにずっと教えてくれた。何度も同じことを聞いてしまっても怒らずに教えてくれた。
その優しさが好きだった。
私の気持ちはずっとフェーデだけ。
長く居過ぎたことで気持ちに気づくことが遅れた。
そしてこうしてまた私は出遅れた。
私は要領がよくないし、賢いわけじゃないから、フェーデに何が見えてるのか知らなかった。
でもこのタイミングでフェーデがいなくなるんだから、きっとフェーデは気づいていたのかもしれない。
フェーデはいつもそう。些細なことから紐解いて考えて真実に辿り着く。
私は説明してもらっても理解できなかった。だからフェーデはまた1人でなんとかしてくれたんだね。
ありがとう、フェーデ。フェーデのおかげで私は今日も生きれます。
生きていればきっとフェーデに会えるかもしれない。
もう遅いかもしれないけど、旅に出たフェーデを待つね。
帰ってこないかもしれないけど、でも帰る場所は守りたいの。
フェーデとの思い出が一杯のこの王都のこの家を。
私はもう迷わない。妥協して諦めて得た結果はこの通りよ。
だったら覚悟を決めて誰に何と言われようともフェーデの帰る場所を守り続けるの。 私の思いが実らなくても、あなたがしてくれたことに私は返せるものがないから。
だから時間をかけてあなたが私にしてくれことに対して出来ることをするわ。
いつか旅から帰ってきたら、お土産話をしてくれるかな……
◇ ◇ ◇
王都地下下水道の一角。元フェーデ=フォルミドの研究室。
空間魔法【断空】で空間が途絶され、常人が入ってこれないように巧妙に隠蔽されていた。
研究室の姿は様変わりし、以前とは明らかに広さが拡大していた。
この場所を占拠する化け物は空間魔法【拡大する敷地】を使用して本来の空間を拡張していた。
現在では広い3部屋の空間となっていた。
今まで置かれていた本棚や机、儀式魔法の実験跡地は跡形もなくなった。
化け物は新たに鋼鉄の机とイスを置き、蹲踞するように体躯に合わないイスに座って新聞を眺めていた。
巨人の手ではめくることも叶わないが、風魔法で浮かべては横から風を送ってページをめくる。
書かれている内容はジーフェルト帝国から逃亡していた氷炎の魔法使いストレインの死亡について。
記事には様々な陰謀説や憶測が記載され、真実にはかすりもしていなかった。
ドラゴンの頭をした化け物は歯茎を出して、満足そうに頷くと新聞を机に置いた。
拡張された3部屋のうち、1部屋は現在いるリビング。もう1部屋は何もない未使用の化け物が生まれた儀式魔法の空間。
そして最後の1部屋には壁中に何も置かれていない棚が一面に配置されていた。
化け物は棚だけの部屋に向かうと、異空間から黒ずんだ縞々模様の腕と足を取り出す。
研究室に残されていた素材保管用の瓶に入れて蓋をすると、瓶の表面を尻尾の先で削りだした。
器用に尻尾を操作して表面数ミリだけに文字を刻む。
瓶には”ストレイン”と書かれた。
化け物は何も置かれていない棚たちの一つに”ストレイン”と書かれた瓶を飾った。
化け物は壁に寄りかかりながら瓶を眺め、その巨大で歪な巨人の指先を棚の一番上に置くと、2回トントンッと棚を指で叩いた。
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