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11話

 フェーデは静かな男の子だったの。

 初めて会った時から親に手を引かれて自己紹介をするくらい引っ込み思案で大変だった。

 フェーデのお父さんのファナティックさんとお母さんのフォリーさんの影に隠れて挨拶も小声だった。


 私はお隣に引っ越してきた同世代の子供が物珍しくて事あるごとに話しかけてみた。近所の子供よりも声をかけたときにビクッてするところがかわいらしかったの。


 近所の子供っていっても王都で暮らすことは厳しいわ。他所の土地へと旅立ってしまう人も多い。私の仲良かった子たちも例にもれず王都を去っていったわ。


 幼い頃はわからなかったけど、学園に通う頃には気づき始めたわ。王都の土地は高いの。私の家はパン屋で常連さんも多くいるからお金にそこまで困った覚えはないけど、でも普通の平民にとっては生活が厳しいレベル。


 だからわざわざ王都に引っ越してきたフェーデ一家、特にフェーデと仲良くなれば長く友達でいられるって思ったの。


 世の中はグラゴニスの民で話は持ち切りだったし、グラゴニスの民が恐ろしくて住んでいた故郷を捨てて引っ越す人も多かった。


 フェーデたちもその類の人たちだと勝手に思ってたわ。実際はどうかわからないけどね。

 フェーデは私の予想通りずっと王都にいてくれたわ。でも予想外だったことはフェーデが虚弱体質で体が強くなかったこと。


 それを知ったのは生活を共にするようになってからだわ。本人曰く普通に生活する分には大丈夫みたい。だけど体を鍛えるとか戦うってなると無理みたい。


 私の想像していたよりも体は強いほうみたいだけど、それでも心配にはなった。それが私がフェーデを気にするきっかけでもあった。


 ファナティックおじさん、フォリーおばさんが流行病に倒れたとき、フェーデはまだ5歳だった。私もね。


 お父さんとお母さんは難しい顔をしながらもフェーデを引き取るって決めたわ。ファナティックおじさんが亡くなる直前にお父さんにフェーデのことをお願いしたって言ってた。

 家は引き払うのかと思ってたけど、ファナティックおじさんが言い残したことの一つに家は引き払わないでほしいって言ってたみたい。私からしたら家賃がきついとおもったんだけど、フェーデ一家はお金持ちだったみたいで心配は杞憂だった。


 それからはフェーデと一緒に過ごす日々だった。家は引き払わないけど残してフェーデは私の家で一緒に生活を始めた。


 フェーデは体は弱かったけど賢かった。一度聞いたことを直ぐに覚え、難しい言葉をいくつも知っていた。きっとおじさん、おばさんの教育が素晴らしかったんだろうってお父さんもお母さんも口々に言ってた。


 朝起きるのも、ご飯を食べるのも、遊ぶのも、勉強するのも、夜寝るのも一緒の生活でフェーデはもう一人の家族になっていったわ。

 当然でしょ?毎日一緒に生活しているのはもう家族よ!


 ちっちゃい頃は私が手を引いて近所を歩いたのよ?不安そうな顔してぎゅっと手を握るところが好きだったわ。


 それに良いことがあったり、楽しかったりすると机を指でトントンッって叩くの。今も昔も変わらないフェーデの癖。

 私はそれでフェーデの調子や気分を推し量るようにしてたわ。


 出来のいいけど体の弱い弟みたいで嫌じゃなかった。引っ込み思案であまりやりたいこともわがままも言わない聞き分けのいい子。


 私は反対にお父さんやお母さんの言いつけを破ったりやりたくないことを後回しにするタイプ。フェーデのことは昔から凄いと思ってたわ。


 でもそれが一番わかりやすくなったのは学園に入ったころ。

 私とは他のクラスになった。私はクラスですぐ友達を作ることが出来たし、学園という環境にすぐ慣れたけど、フェーデは違った。


 フェーデはクラスの子を遠ざけた。私と同じようには接していなかった。

 例えるなら氷の壁ね。冷たく分厚く見透かされるような透明さ。


 表現するなら不気味。どんな人柄の人かが誰もわからなかった。無表情でいつも本を読んでた。


 フェーデと同じクラスの子とも友達になって話を聞いてみたけど、明らかに意図的に友達を作ろうとしていないみたいだった。


 話しかけられても単文で返答し、いつも本を読んで勉強しているからか周囲の人は邪魔しないようにしようと気を遣ってたみたい。


 私はフェーデがちっちゃい頃から知っているからわかる。フェーデは何か考えがあるんだって。


 だってそうでしょ?いつも私の後ろを不安そうに歩いてきたフェーデが人を敵に回すような態度を取るわけない。


 ならそれ相応の理由があるのか、それともいじめられているのか。


 他所からじゃどうしてもわからない空気感がある。一度フェーデに直接聞いてみたことがあるけど、学園では見ず知らずの他人のふりをしようと提案されたわ。


 理由を問いただしてみたら一緒に生活していることを知られればいらぬ誤解が生まれてお互い気分よく学園に通えないからって言ったわ。


 私と生活していることのどこに誤解が生まれるのか理解できなかったけど、フェーデがいうのだから何か誤解が生まれるんでしょうね。


 学園に通ってから初めて恋愛ってことを知ったわ。友達がお付き合いしている人が出来たとか、どこへ行ったとかね。


 環境的に無縁の生活だったけど、同年代の子、特に女友達が出来てからはその話ばかりを聞いていたわ。デートでこんなことされたんだけど幻滅しちゃったとか、逆にこんなことしてくれて嬉しかったとか。


 私も告白されたけど、全部断ったわ。魅力的に感じなかったし、何とも思っていないのに付き合うのはお互いに時間が無駄だと思っちゃうから。それに家の手伝いもあるからね。

 フェーデの言っていた誤解って多分私とフェーデが恋仲だと思われてよくないことが起きるって思ったからかな?


 でもそう思われても私はよかったんだけどね。だって学園にはフェーデよりも私のことをわかってくれる人はいないもの。当然だけどね。


 フェーデは賢いからメリット・デメリットが瞬時に判断してるんだろうし、そこが素敵なところでもあるんだけど、ちょっと合理的に考えすぎじゃない?


 フェーデが私と噂になることを心配しているのか、それとも表面上そう言っているだけで本心では嫌がっているのか。


 正直学校でのフェーデは私のことを嫌ってるんじゃない?って思うくらい冷たいの。


 廊下ですれ違っても無視だし、基本的に学校で会話することはなかった。

 家ではたくさん話すし、フェーデが読んだ本の話もしてくれるんだけど。


 私はフェーデのことを誰よりも知っているつもりだし、理解しているつもり。

 でももしかしたら、本当のフェーデを理解していないのかもしれない。


 だってそうでしょ?いきなり学園に入った途端、外では距離を置いて接しているし、フェーデは私の家族と一緒に生活する以外に選択肢はなかったんだから。


 そう思うようになってからはフェーデのいう通りに学園では知り合い程度の対応を心がけて、他の友達と遊ぶようになった。同姓も異性も友達が出来て、勉強は苦手だったけど楽しかった。


 学生の時の思い出にフェーデはいなかった。それは寂しくもあったし、もっと皆にフェーデのことを知ってほしいなんてお節介を焼きたくもなった。


 でもそれはフェーデが望んでいないからやらなかったわ。フェーデが嫌ならそれでもいいの。

 昔からフェーデはたくさんの人と関わることが好きなタイプじゃなかったし、本人も疲れるから嫌だって行ってた。

 私には強がりで本当は寂しいんじゃないかって思ってたけど、本を読んでいる時が一番楽しそうだから本心なのかもね。


 無理に私の理想を押し付けることは違うと思った。フェーデの素敵なところをわかってほしいって思うのは私の勝手。

 フェーデが人を遠ざけるのはフェーデの勝手。


 一緒に生活をしているからこそお互い一定の距離を把握して接することが出来てるし、これからもそうでありたい。

 向き不向きもあるからね。フェーデはフェーデ。


 不器用で賢くて体が弱くて、妙に意思が強くいのに人を遠ざける。

 本が好きで伝説の生き物図鑑をきらきらとした眼差しで食い入るように見る――そんな男の子。


 私が学園の成績が下がったときは勉強を教えてくれて、こっそり簡単な筋トレをしてるマメで真面目な人。

 今も昔も変わらず私の隣にいてくれて、誰よりも私のことをわかってくれる人。


 小さい頃は私が手を引いて前を歩いていたのに、いつの間にか背丈も高くなって、隣を歩くようになった。

 私の一歩よりも大きい一歩を見るたびに追い越されちゃったって思った。


 それは学園でもそうだった。私が友達と遊んでいる間、フェーデは必死に勉強していた。

 なんで錬金術師になりたいのかは頑なに教えてくれないけど、たぶん伝説の生き物図鑑みたいに面白いことを見つけたんだと思う。


 私は努力も最低限で実家の手伝いだけ。学園で培ったのは思い出だけで何もその先に繋がっていなかった。

 一方、フェーデは最大限の努力で優秀な成績を獲得し、錬金術師になり、賢者の塔にまで務めるようになった。


 賢者の塔に勤務する錬金術師は花形の職業だ。平民でもなろうと思ってなれるほど甘い仕事ではない。

 噂くらいしか聞かないけど、時折夜遅くに帰るフェーデを見て、遠くに行ってしまったって思ったの。


 隣に立ってくれていたと思ったら、私を置いて遥か先へと向かってしまったみたいな感覚。

 今は一緒にいてくれるけど、賢者の塔の錬金術師ならもっと相応しい人が現れるはず。


 そうやって見たことのない想像の女性を思い浮かべるたびに私は自己嫌悪に陥った。

 今になってフェーデが1人の男性として好きだって気づいたけど、もう遅かった。


 私にはフェーデに並んで胸を張って言えることがなかった。

 でも時間だけは過ぎていく。


 私は焦った。徐々に結婚適齢期に差し掛かり、友達たちが結婚を想定し始めたことで私にはお付き合いしている人も結婚の予定もない。

 幸せそうな姿を見て、私もフェーデと…って思ったけど、それはもうあきらめるしかなかった。


 フェーデは今は仕事が忙しいみたいだけど、職場での出会いもあると思う。フェーデは優秀だから順調な人生を送ると思うの。

 でも私は実家のパン屋を継ぐか結婚する以外に選択肢はないの。家業を継ぐにしても1人じゃとてもじゃないけど立ち行かない。


 フェーデは優しいからもし私と結婚するってなったら錬金術師を辞めちゃうと思う。それだけは絶対ダメ。

 誰よりも私が私を許せない。


 だから結婚しなくちゃって思って、半年前から文通を始めた。

 お相手はラーミッドっていう若い商人さん。


 会ったことはないんだけど、常連さんの紹介でまずは文通からってなったわ。

 忙しい人だけど手紙は欠かさず送ってくれる人だったわ。どこで何をして、どんな人に会ったかや仕事でどんなものを扱っているかって話が多かったの。


 あまり女性慣れしている方ではなさそうだったけど、そこがどこかフェーデに似ていた。不器用でまめなところがね。


 他愛もない話ばかりだったし、私も家の手伝いの日々だから特別な話題もないけれど、これを逃したらチャンスがないと思って頑張ったわ。

 まめな人が好きな癖に自分がこまめに連絡も取れないなんて嫌でしょ?


 相手に求めることは自分も出来る方がいいに決まっているし、それが相手の価値観に近づける最善策。

 合わないこと、出来ないことはともかく頑張れば会わせられることは合わせないと夫婦にはなれないわ。


 好きになるかはわからないけど、悪い人じゃないはず。

 そう思えば会うことが楽しみになったし、フェーデへの気持ちもなくなると思った。


 フェーデは前に進んだのだから、私も前に進まなきゃいけない。

 そんな気持ちで私はラーミッドさんを結婚相手候補にしたけど、後悔はずっとついてくる。


 ラーミッドさんに会うまでがきっとフェーデと一緒にいられる最後の時間になると思うと、気持ちが暗くなっちゃう。

 私の怠惰が私の幸せを遠ざけた。フェーデが私を好いているかは別の話だけど、チャンスを潰したのは私。


 全部私のせいなの。この結果も、これからも。


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