7 クッキーのお好みは?
ライルは昼休みになるとビーレルと剣の稽古に行ってしまうことが多いので、そんな時はデミスは図書室へ行くことにしている。ユシャフは音楽室へ行っているようだ。
昼休みの図書室に、ポーリィナはよく現れた。そして、デミスに気がつくと、天使の微笑みで会釈をする。いや、小悪魔笑顔である。
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ある日、昼食で四人が揃っている席に、ポーリィナがクッキーを焼いてきたと可愛らしいリボンをつけた紙袋を持ってきた。
ライルはそれを受け取ると紙袋の上部をビリビリと破り、クッキーをその場で皿にあけた。
「ポーリィナはこれだけはうまいんだ。お前たちも食べるといい」
ライルの傲慢な言い方と、贈られた物へのガサツな扱いに驚いたデミスは思わず、ポーリィナの様子を窺った。ポーリィナは戸惑う様子もなくニコニコとしていた。
三人は王子のススメであるのでクッキーに手を伸ばした。それは本当に美味しいもので、ついついいくつも食べてしまった。
「俺は飽きるほど食べているからな。遠慮せずに食べてくれ」
ライルはあくまでも高飛車で威張った様子であったが、ポーリィナはいつものように美しい笑顔だった。
数日後、またポーリィナがクッキーを持ってきた。今度は袋を四つ持っていた。ポーリィナは四人それぞれに手渡した。
ライルはまたその場であけたが、デミスはなんとなく持ち帰ることにした。
デミスは家に帰って驚いた。紙袋の中身は多くがジンジャークッキーで、ラズベリークッキーは一つも入っていないのだ。
『ポーリィナ嬢は、私のためだけにこれを用意してくれたのかっ!』
たった一度、ライルに渡したはずのクッキーをみんなで食べただけだ。それでデミスの好みがわかるなど、デミスを気にしているとしか思えなかった。
本当はミーデが先輩たちからの厳しくも愛のある指導によって、『お客様の好みを把握し、おかわりをお持ちするときにはそれを踏まえること』ということを自然にするようになっていたのである。つまりは訓練の賜物だ。
ポーリィナはミーデの観察力を信じて袋詰しただけで、ポーリィナ自身はデミスのことなどこれっぽっちも見ていない。
『私の顔ではなく、私を見てくれている』
デミスはこれまでのポーリィナの行動を思い出してみた。脳内勘違いのままで。
『殿下が図書室に来るわけがないことはわかっている上で図書室に来る意味は?』
ウムムと唸る。
『そういえば、勉強のこともよく私に聞いてくる。私の能力をわかってくれているのだ』
ハッと息を呑む。
『朝も毎日のように目が合う。これはっ! これはっ!!』
ニヤニヤとする。
デミスは一人百面相をしており、メイドが冷たい目で見ていた。
モテるからといって女性から逃げてきたデミスは、女性に耐性が全くなかったのだ。
ポーリィナからすれば、本が好きだっただけだし、デミスの成績がよいことはクラス中が知っている。一応婚約者としてライルが元気であるかぐらいは気にするので毎朝ライルを見る習慣になってしまっているのだが、ライルの隣にいるデミスを見ているように見えなくはないかもしれない。
『ああ……。なんと切ない私達の関係であろうか……』
デミスは叶わぬ恋に余計に気持ちが盛り上がった。
それからというもの、デミスはポーリィナが図書室に現れれば、話をするために近づいた。
教室ではポーリィナが机に向かっているとさり気なく脇を通り、問題に悩んでいそうなら声をかける。デミスでさえ難しいと思ったものはその日の夜に猛勉強し、翌日、「昨日の問題は理解できた?」と聞いたりした。
図書室にはいつもミーデが一緒だ。教室ではポーリィナとミーデは隣同士なので、デミスが押しかけ教師をするときには、ミーデも身を乗り出して聞いていた。
それなのに、デミスにとってはポーリィナと二人っきりの逢瀬を楽しんでいるつもりだった。
こうして、デミスが一人相撲していく。
『私達はお互いに思い合っているのにその気持ちは表に出せない。なんとつらいことか……』
ライルの存在がデミスの恋にさらにスパイスとなって脳内を犯している。
二年生の夏が終わり二学期になるとライルが男爵令嬢であるマーデル・リントンと仲良くなっていた。マーデルは成績順のクラスで最下位のEクラスの生徒であるので、ライルたち四人にもポーリィナとミーデとも接点はない。
だが、夏休みにライルとビーレルがお忍びで市井に遊びに行き出会ったという。
デミスは、図書室で男子生徒とイチャイチャしていて迷惑なマーデルのことを知っていた。いつも男を替えているイメージだった。
そんな女に夢中になりそうなライルを見て、デミスはいい案を思いついたのだ。
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