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朝が成る  作者: 甘夢良
2/2

chapter1 変化

 人の声が嫌いだ。

 感情を隠そうとしないその声が嫌いだ。


 人の顔が嫌いだ。

 口でなんと言おうと私を小馬鹿にするようなその顔が嫌いだ。


 人の手が嫌いだ。

 性欲に溺れた5本指が生理的に無理。嫌いだ。


 人間が嫌いだ。

 脳ミソだけ無駄に進化した猿が偉そうな顔をして街を闊歩する。環境がなんだ人権がなんだと叫びながら、奥底で自分を愛でている。他者を貶める事が生きがいの生物。吐き気がする。


 私も例外ではない。

 だから私は私が嫌いだ。



 ───────────────────────


 朝の目覚ましは私の妻のような存在だ。

 毎日だらしない私の起床を助けてくれる。何度も何度も声をかけてくれて、それを毎日毎日繰り返してくれる。


 身体を起こし、六人いる妻のモーニングコールに応えてからリビングへと移動する。

 締まりきったカーテンを開けようと首を回すと、ブルーライトが無人のソファーに求愛していた。昨晩付けっぱなしにして寝たのだろうか。


 覚えてないや、ごめんね。


 彼の興奮を抑えるのは赤外線が良い。


 月の光がカーテンからチラチラとこちらを見ている。待ち望んだ再会だが、もう四万回ほど繰り返しているので特別感は無い。これが冷め期というものかな。


 トースターとポットに挨拶をして、朝食の準備をする。暇なので、ついさっき黙らせたテレビに今一度発言権を与えた。どうやら生放送らしく、二人の学者らしき人物が討論をしている。


『それ故、近年頻発している異常気象は人為的なものであると私は考えています。』

『サリー教授、貴女はトランポリンにでも乗っているのかい?話がぴょんぴょん跳ねているようじゃ、討論にもなりゃしないよ。』

『真面目に聞いて下さい、これは私たちへの警告なんです!今私たちがすべきなのは...』

『分かった分かった、貴女のSF映画のレビューは面白いけど、自分のSNSで発信するべきだね。こんなに歪な平行線は僕も初めてだ。』


 ──普通じゃないや。


 ポットとトースターが同時に音を上げた。コイツらも私と同様、根性無しだ。だが仕上がりは最高なので、私はコイツらよりも下等な存在である。


 皿に盛り付けた後、ソファーに腰掛けてテレビを見る。先程の二人はウサギとカメのように言葉を投げ続けている。生憎、キャッチボールにはなってない。


  「普通」という言葉は嫌いだ。誰が決めたかも分からない常識という檻に対象を投げ入れるようで。

 具体例を挙げるとすれば、私を構成するほぼ全ては「普通」であると思う。

 まず体格。現在身長が158cm、体重が49kg、3つのヤツが上から73、55、76。十六歳の女性として一般的であると言えよう。ただし過去に行った身体測定では永遠にワーストワンである。そのため、至って私は普通だ。

 次に性格。学校に一人はいるタイプの「異常」な人間、という表現を日本の小説で見たことがあるが、私はそれに当てはまると自負している。ただ、その表現だと「学校に一人はいて当たり前」と捉えることができるので、私は普通である。

 あとは...共通言語を話す。

 それは生まれた環境のせいか。

 自問自答ほど納得のいく答えはない。まあ、普通だ。


 私の話はいいとして、目の前で茶番を繰り広げるこの人は「普通」ではない。有り得ない事をさも当然のように話す。信じられるわけが無い。

 しばらくすると、スタッフにまで共感を求め始めた。自分が普通で居たいが為に他者に共感を求めるこの行為も、私が人間が嫌いな所のひとつ。番組は監督が面白がっているのか、終わる気配は見当たらなかったが、見る気はもう出なかった。


 ご馳走様でした。


 皿を洗い終えたあと、顔を洗い、歯を磨いて髪をとく。手入れが素早く済むという理由から、生まれてこのかたショートヘア。


『──ですからこれらは決してポルターガイスト現象などの霊的なものでは無く...』


 順番も多分普通。

 化粧はほとんどしない。丁度洗面所にいるので、パジャマを脱いで裸で部屋へ戻る。ストッキングの上に、白いワンポイントが入った藍色のロングスカートを履く。上半身はいつも適当なシャツに白のブカブカなパーカーを着る。都合よく隠れるので好き勝手し放題だ。今日はモーツァルトの顔がプリントされたシャツにしよう。

 黄色いリュックに本とタブレット、カードしか入ってない財布を入れて支度を済ませ、白い星が特徴のスニーカーのかかとを踏んで扉に向かう。


 残していく家族たちに一言だけ残して、私は玄関を出た。


 あ、テレビ...まあいっか。


  『私は見たんです!!空飛ぶ鳥たちが──』


 ───────────────────────


 外に出て、振り返り家を見る。

 我が家は1人で暮らすには勿体ないくらい大きな一軒家だ。それゆえ部屋が持て余すほどあるので、多くの窓はシャッターを閉められてもう長い。

  ひとつ伸びをしてから歩き出す。いつもの景色に些細な変化を見つけながら、最寄り駅のホームへと向かう。目的地は毎日入り浸っている図書館だ。


  ここはメリーランド州。アメリカの東部に位置する。自然が豊富で、都市部でも水路が街を割っている。その自然と都市部の発展のマッチングにより、観光客が絶えない州になっている。今から向かう図書館は州の中心部であるボルチモアにあり、私は毎日郊外から電車で移動する。


  車窓から見る情景は瞬きの内に変わっていく。リュックを抱きしめたまま眺めていたら、いつの間にか目的地に到着していた。


  他の州に比べて夏と冬が区分されていたメリーランドだが、ココ最近は冬が近いというのに未だに暑さが残っている。このせいで、駅を出て少し歩かなければならないことに気だるさを感じてしまう。

  他にも様々な変化が起こっている。自動販売機が突然動かなくなったり、暑いのに突然雪が積もったり。挙げ始めるとキリがないが、やはり一番は...


  「あぁ!俺の家に蜂の巣ができちまった!!誰か何とかしてくれ!!」

  駅付近の住宅街に顔が汗でびっしょりの中年男性が飛び出し、隣人に助けを求めていた。

  「...あんちゃん落ち着け、ありゃあ()()だよ、知らねェのかい?巣を張っても特別害はないから安心しなァ。」

  男性の家の玄関にはいくつもの蜂が飛んでいた。それは水滴を落としながら透明な巣の周りを巡回しており、落ちた水は一箇所に集まり新たな個体となって飛び回った。

  男性は隣人の落ち着いた様子に驚くが、水蜂なる物の奇妙な行動に恐怖を思い出す。

  「水蜂...?い、いや、聞いた事もないぞ、そんな蜂!何か知っているなら助けてくれ!」

  「まァ今に見てなァ、すーぐ来るからよォ。」

  呆れた様子の隣人が空に指を指したその時、一つの影が水蜂の巣を覆った。辛うじて水蜂同様、透明な身体を持っている事は分かるが、果たしてそれが何なのか、男性はすぐに理解できなかった。


  そこにあるは、美しい鳥であった。

  鳥はしばらく水蜂の巣を抱き抱えるようにした後、大きな水の翼を広げて空へと羽ばたいて行った。

  隣人は唖然とする男性の肩に手を置いた。

  「ここ二週間くらいかなァ、急にあんなのがそこらじゅうに湧いてきやがってよォ。捕まえようにも身体が水でできてるせいで、どうにも上手く行かねェ。ま、基本こっちが何もしなければ向こうもなーんもしてこねェし、仮に何かしてきてもちょびっと濡れる程度だ。不便だから、適当に名前だけ付けて後はほっぽってんのさァ。」


  おめェさんも割り切れや、と言って家に戻っていく隣人にYesしか言えない男性は、納得のいかない様子で何もいなくなった玄関へ向かい、庭に干してあったバスタオルで湿ったドアをくまなく拭いてようやく帰って行った。


  私はその様子を少し離れて見ていて、うんうんと頷いた。

  一番の変化は生物だ。あれを生物と認識していいのかは分からないが。

  この生物はここ二週間でアメリカ大陸全土に及び、世界各国でも目撃情報が寄せられている。中にはムカデやサソリを見たという情報もある。発生源は不明だが、嘘か本当か「川から急に飛び出してきた」、「雨と一緒に落ちてきた」なんて書き込みがネットに蔓延っている。

  この生物はとても「普通」じゃない。気味が悪い。皆がはじめに抱いた共通認識だ。これなついて、大々的なフェイクニュースだとして存在を否定する者もいれば、存在を認め適応、研究する者もいる。

  私は後者の考えに近く、その生物に強く惹かれている。

  とはいえ生物学者でもない私には何もわからず、先程の会話でも出たように捕らえることもできないので、水蜂なんかを見かけては妄想を膨らませることしかできないのが現状である。途中からはその妄想も天井に頭をぶつけたきり止めてしまっていた。

  最早日常に溶け込みつつあるこの水の生物たちを、私自身も認めてしまったのだ。そうなってしまえば意欲は失われる。少なくとも私はそんな人間だ。

  久々に初々しい反応を見て、初心に戻り妄想しながら歩いていると、目的地である図書館が見えてきたので一旦打ちきることにする。


  中に入り、財布から会員証を提示して本を探す。

  昨日までは音楽についての歴史や教本なんかを読み漁っていた.

  だがそれも昨日まで。もうほとんど読み尽くしたので、壁のような本棚の間を通り抜けながら、次は何を読もうかと考える。

  音楽の歴史や音楽家が曲を手がけるに至った背景などは、事実かどうかは分からないが大変興味深かった。特にモーツァルトは、若かりし頃は王や有力者の依頼による作曲が多く、その時代ではポピュラーな曲を作っていたにも関わらず、独創性は失われなかった。多くの考察があるが、そこには当時の王女、マリーアントワネットとの関係も影響していたのではないかとされている。非常に人間的で、縛られた中で縛られずに生きている所が良いと思えた。人間はあまり好きではないが、故人にまでその感情を抱くことはない。

  また話が逸れてしまった。今は新しいジャンルを探す時間であることを思い出し、ずらりと並ぶタイトルの列を見つめて歩く。

  その中に一つ、側面にタイトルのない本を見つけた。

 

  おかしいな。


  割と高い場所にあったので、近くにある木製の梯子をこちら側へと運び、立てかけて取る事にした。一般女性の身長だと、興味のある本を取るのも一苦労だ。

  手に取ってみて疑問を抱く。それもそのはずである。側面どころか表紙にも裏表紙にも、何も書いていないのだ。紙もかなり古く、表紙は特にボロボロで、一息吹けば塵になりそうなほどだった。

  この図書館では出版登録された本のみを取り扱っており、その本たちは膨大な量ではあるがAIによって管理が滞りなく行われているはずだ。こんな名前もないボロボロの本が、果たして登録されているのだろうか。

  しかし手に取ったのもまた何かの縁かもしれないし、何が書かれているかが外面で分からない以上、中身を読んでみたいという気持ちが強かった。

  梯子を元の場所に戻して、テーブル席のあるスペースへと向かう。途中で隣接しているカフェに立ち寄り、アップルジュースを注文した。

  いつも通りガラガラのテーブルの、窓際に位置する特等席に座り、財布に入れてあるコースターを敷けば完璧だ。

 

  どんな内容だろうか。


  あまり未読の本に対して期待を持ちすぎるのは危険だが、今回ばかりは仕方が無いだろう。正史なのか、はたまたむかしむかしの童話なのか。

  いざゆかん。

  破れないように、慎重にページをめくる。



  この本が何を書いているのかは、二ページほど読めば分かった。

  その先の展開も理解した。

  でも理解することができなかった。

  疑念が確信に変わる。


  窓から差し込む光が消える。


  「あれは...クジラ?──」


  『その時、巨大なクジラ()が都市を襲った』

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