第九話「全盛 S級騎士の帰還」
「<黄金期>!?」
「若返りのスキルだ」
全員が驚きの声をあげた。
「迷っても仕方あるまい。使ってみよう。片腕を掲げて何か誓いを立てる宣誓をすれば発動できるぞ」
「かしこまりました。では……我が生命、トレイン様の為に!」
恥ずかしさのあまり死にたい。
次から別の宣誓にさせよう。
セバスチアンの体から白いオーラが漂う。
ねっとりとした霧のようなそれがセバスチアンを包んで消えたかと思うと……
そこには美青年がいた。
「おおっ……この湧き上がる活力! 在りし日のままに!」
短く吼えたセバスチアンはドアから飛び出して敷地内を走り回った。
盾を空中に投げて片手でキャッチしている。
20人がかりで持ち上げるとか言ってなかったか……あの盾。
今はすっかり夜だが、人目につくとまずいのでリンクチェインを通じて大人しくさせ、室内に戻す。
「もっ、申し訳ございませぬ。あまりの事に我を忘れました」
「完璧騎士、セバスチアンの帰還だな。無理もあるまい」
武装を解除させると思った以上の美丈夫だった。
引き締まった無駄のない筋肉が素晴らしい。
「忘れないでくれ。あくまでもこのリンクチェインに繋がっている間だけのスキルだ。そしてこのリンクチェインは俺の秘中の秘だという事を」
「この鎧に誓います。よもや、よもやこんな日が再び訪れようとは……」
クレリスがニコニコしながら言う。
「トレインさんへの忠誠の誓い、カッコ良かったです! やはりトレインさんは騎士を従えるべき人だったんですね」
「はい違います。幻想です。忘れなさい」
クレリスは俺にどんなイメージを抱いていたのだろう。
頬に手を当て顔を赤らめて体をよじるクレリスを見て、少々不安な気持ちになった。
早めに矯正してあげよう。
我に返ったクレリスが飛び上がって俺にしがみつく。
「トレインさん! これで移動の問題が解決しましたね! セバスチアンさんに運んでもらえばいいんですよ!」
「はい?」
俺を背負ってダンジョンに潜るつもりか?
セバスチアンがなるほどと言いつつポンと手を打ち、俺に向かって失礼と頭を下げる。
ひょいと肩に担がれてしまった。
「鎧があればもう少し安定します。この状態で戦闘も出来ますし、もっと荷物を持って全力疾走しても速度は落ちないでしょう」
「いや普通に俺が怖いよ」
確かに若返ったセバスチアンは2mになる巨体で俺を肩に載せてもバランスを崩す様子すらないが……
荷車に俺が乗って、それを引いてもらうのは悪くないアイデアだ。
ブランカリンが椅子とロープを持ってきた。
待て、おい。 何をする気だ。
俺は椅子にぐるぐる巻きで縛られ、その椅子を紐ごとセバスチアンが担いだ。
「こんなのはどうでしょう?」
ブランカリンは得意げに言い放っている。ドヤ顔で。
殴りたい、その笑顔。
依頼していた店から荷物到着の報が届く。
馬車に山盛りの食べ物と酒だ。
そこからはパーティーだ。
白のギルド復興の。
ブランカリンの呪い昇華の。
完璧騎士の帰還の。
そして、俺の冒険者復帰の。
翌朝。
「あれは当面の食料でもあったのだが……全滅か」
「ははは、申し訳ございませぬ。酔いのせいで自重できませんでしたな。ですが、おかげで今は腹八分目。今すぐにでもダンジョンへ飛び込みたい気分にございます」
あれで八分目かー……
セバスチアンはもはや老人とは言えない体つきになっていた。
俺なんか目ではない程の筋肉質。
<黄金期>スキルなど必要ないと思える程のいかつさだ。
「改めて、トレイン様に絶対の忠誠を誓わせて頂きます」
「期待させてもらおう。俺とクレリスの昇格を助け、白のギルドに最盛期をもたらすのだ」
「はい」
まだ平民です。
発言を矯正しよう。
セバスチアンは有名過ぎるS級冒険者だ。
爵位もあったのだが売り渡してしまい平民になっている。
爵位って売れるものだったのか……
S級冒険者が復帰ともなれば、また政治的な注目を集めてしまう。
セバスチアンにはハンスという仮名を与え、人前ではそう呼ぶことにした。
ダンジョン以外では鎧も身に着けさせない。
頼もしい前衛を獲得し、俺達のパーティーはその実力を十分に発揮できる形になった。
「──ヘンチマン、ですか?」
「ああ、正直白のギルドの悪名高さではメンバーを集めるのは困難だろう。俺達の手で育てる方が速いと思う」
「なるほどー では、私が孤児院を回って協力してくれる人達をスカウトしますね」
「頼む。俺はブランカリンと書類手続きだ。あと、牧場長と話をしなければ」
二日酔い気味の頭を抱えながら牧場長と面会し事情を説明する。
この一週間ろくに牧場の仕事をできなかった上に突然の冒険者復帰だ。
迷惑料も含めて金貨500枚を入れた袋を渡そうとした所で牧場長の機嫌が急激に悪化した。
「トレインてめェ……俺がそんなものを受け取って喜ぶ程度の男だと思っていやがったのか」
腹に一発、キツいのをもらった。
避けることも耐える事もできたが、あえて受ける。
これは言い方がまずかった。
「申し訳ない、牧場長。これは今後の計画の手付料でもあるんだ」
「計画だァ?」
「説明した通り、俺は冒険者として白のギルドを復興させる。そうなれば馬が何頭も必要になる。今すぐではないが、数年以内に商会からこの牧場を買取りたいんだ。その時までに内密に、従業員達に根回ししてもらったりする準備金だ」
「なるほどな。そういった名目なら受け取ろう。おい、ランチ!」
ランチは牧場長の上の娘だ。
スタリオの世話をしていた彼女を大声で呼び寄せる。
「そういう事なら娘とスタリオを付けよう。どうせランチはお前に娶らせようと思っていたからな」
「なっ──!?」
そんな恐ろしい計画だったとは。
いや、彼女のために言っておくとランチは素晴らしい女性だ。
気立ても良く、働き者で快活。ついでにスタイルと顔も良い。
そばかすを本人がやたら気にしているので俺とは顔を合わせたがらないが、あれはあれで魅力的だとも思っていた。
確か今年で14歳くらいだったような……いき遅れを気にするほどの年齢でもないはずだ。
しかしここはやんわり断りたい。
今は余計な人員を抱えている余裕は無い。
「それは有り難いが牧場の方の人手が足りないだろう? まだ計画が軌道に乗るかどうかも分からないし」
「そんな事はどうにでもなる! むしろ娘達が売れ残る方が心配だ! どうせスタリオもお前しか乗りこなせないしな」
粘ったのだが押し切られた。
ランチがまんざらでもなかったのが痛い。
というか、強く断ろうとしたのを察して涙を浮かべ始めた。
牧場暮らし、嫌だったのか……
荷物をまとめる必要があるだろうから、明日にでも白のギルドに来るようにと伝えて帰る。
部屋の前でなぜか妹とケンカしているランチを振り返りながら少し不安になる。
クレリスが機嫌を悪くしたりはしないだろうか。
いや、これは自意識過剰だろう。
俺が街の門をくぐる頃にランチが追いついてきた。
荷物は手早くまとめたそうだ。 まあ、牧場まで大した距離も無いしな。
ギルドにも馬小屋を作るべきか。
大手ギルドはダンジョンに馬を持ち込む。
輸送力が桁違いだからだ。
しかし細い道を通れなくなるので進軍速度は落ちてしまう。
スタリオを連れて行くかどうか……迷う所だ。
ギルドの小屋に帰宅した俺を迎えたクレリスはランチを見て驚いたが腕組みをして得心した。
「トレインさんの良さを理解している女性が他にも居てくれたとは」
聞かなかった事にする。
ランチはあっという間に全員と意気投合し、上手くやっていけるような雰囲気で安心する。
借金返済の手続きやギルド再開の告知や建物の修復などで、目まぐるしく1ヶ月が過ぎていった。
順調にギルド復興が進み、数日後にはダンジョンへと潜れるかと思ったのだが──
「ヘンチマンが集まらない!? 一人も?」
問題はあった。
続く