第八話「就任 黒幕トレインとS級騎士」
「いや、それは形だけで、実際には借金を肩代わりするくらいでいいんじゃないの?」
「それではまた呪いが裏返って戻る可能性があります。やはりここはギルドオーナーとしてトレイン様を迎えるのがスジかと」
俺とブランカリンの話は経営権の押し付け合いに発展していた。
クレリスは俺の横でその押し付け合いをニコニコしながら見つめている。
具体的な話し合いを始める前にブランカリンは感極まって号泣したので目の下が腫れ放題だ。
クレリスもようやく恩を返せたと涙をにじませていた。
数時間もの押し付けあいの末、互いに疲労しながら話はまとまった。
ギルドの経営に関しては全て俺とブランカリン、双方の合意をもってその任に当たる。
日常の事に関してはブランカリンに任せて俺は現場方面。
主に事務方と現場という形で分かれて決めていく。
表向きは出資者という形で俺とクレリスがギルド幹部。
運営に関して俺とブランカリンの意見が割れた場合は俺の選択が優先される。
いわゆる「影の黒幕」状態だ。
この形で落ち着いた。正確には押し切られた。
「しかし呪いスキルが昇華した以上、必要無いと思うがなあ……」
「もう、何度目の台詞ですかー トレインさん」
クレリスとブランカリンが苦笑しながらツッコミを入れてくる。
方方への借金は合わせて金貨で4000枚ほど。
ギルド本部への拠出金やら税金やらだ。
今期納入がなければ本当に完全な取り潰しだったそうだ。
酒が入ったから本日は無理だが、明日からは街を駆け回らねばなるまい。
酒と料理を堪能しながら、白のギルド再建の方針を決めていく。
ともかく所員とメンバー集めをしなければ回るものも回らない。
しかも白のギルドは建物が半壊状態。
一時期は黒のギルドをも凌ぐ勢いがあったため、敷地と建物は大きいのだが荒廃している。
特に呪いスキルのせいで争いが度々起きていたので、荒廃だけでなく半壊状態にあるのだそうだ。
クレリスも資金を拠出するのだが、彼女の金額は俺より少ない。
聖職者のクレリスは教会と孤児院への恩があり、彼女が冒険者として得た金銭のそれぞれ3分の1ずつを教会と孤児院とクレリス個人で分配する。
孤児出身の聖職者にはよくある形式だ。その代わりに冒険稼業と行動の自由が保証される。
誓約の祈念儀式で縛られているので、びた一文とて誤魔化す事はできない。
破ると聖職者としての能力を全て一時的に失うのだそうだ。
俺とクレリスが借金を等分で肩代わりし、修繕費などは俺が拠出する。
ひとまずはその形で方針が固まり、白のギルドを見に行くことになった。
ブランカリンはその場でこの酒場を辞める事に了承をもらい、気のいい店長から門出の祝いをもらって円満にウェイトレスの仕事を辞した。
食うにも困っていたのだから、当面の生活費も工面してやらねばなるまい。
「実は、一人だけ残ってくれているメンバーさんを使用人として家に雇っているのですが……給料の未払いどころか食べるのも精一杯になってまして」
「解雇すればいいものを」
「とてもお年寄りなんです。本来は有名なお方でセバスチアンという騎士様なのですが……何分、老齢で」
「ま、まさか……完璧のセバスチアン!?」
「はい」
存命だったとは。
その昔、名を馳せたS級騎士セバスチアン。
彼も継承スキルの持ち主で、中でも最も強力と言われる七つの大罪スキル「暴食」を保持していたとされる。
だが、もう30年も前の話だ。俺が生まれる何年も前。
確かに存命であれば足腰立たない年齢だろう。
クレリスがあっと言う顔をしている。
「すっかりセバスチアンさんの事を忘れていました……」
ひどい。
「ひぁー ごめんなさい。だって私が白のギルドに入った時はもう引退されていたので」
「それならば仕方ないか」
「でも今の私達なら何とかなると思います」
「何とか?」
白のギルドへ向かう途中で寄り道する事になった。
確かに白のギルド敷地は広く建物も大きかったが、聞いてた以上に壊れていた。
正直、廃墟。
敷地の隅っこにある倉庫として使っていた小屋を改装して住んでいるのだそうだ。
ブランカリンが喜びのあまり駆け出して小屋に飛び込む。
「セバスチアンさん聞いてください! 呪いが昇華しました! 借金が返せます! ギルドが再建できますよ!」
ブランカリンの後を追って小屋にお邪魔すると……
痩せこけた枯れ木のような老人が皺くちゃの笑顔をブランカリンに向けていた。
ひとしきり説明と喜びの言葉を交わしあった後、俺達に紹介してもらう。
「お嬢様の上司ともなれば、このセバスチアンの主も同然。老いた身なれど何なりとご命令を」
「あ、ああ……よろしくお願いする」
言葉は立派だが、声も体も震えていて真っ直ぐ立つこともままならない御老人だ。
余生を安らかに過ごして欲しい、以上の命令など出せるはずもない。
ブランカリンが荷物をテーブルの上に広げる。
たくさんの食べ物だ。特に塩漬けの肉を中心に。
途中で寄り道して買い込んでいたのはこれだ。
なるほど。暴食のスキル持ちなら大食いなはず。
老いても食欲だけは健在というわけか……
「って、おい!」
思わず突っ込んだ。
骨付きの塩漬け肉、いわゆる巨大ハムをセバスチアンがつかみモリモリと食べ始めた。
見た目が今にも倒れそうなガリガリの震える老人だぞ。
そんな食べ方したら……
バリバリ
ガリンッ!
「ほ、骨ごといった……だと……!?」
これが暴食スキルの片鱗か。
セバスチアンは夢中で食べた。
テーブルの上に広げた肉やパンやチーズは、瞬く間にセバスチアンの胃に収まった。
セバスチアンは一口食べるごとに活力を取り戻していた。
先程までの痩せこけた老人から、背筋の伸びた老紳士へと変貌している。
「な、並の人間なら1ヶ月は食いつなげるほどの量を、この短時間で食べ尽くすとは」
「みっともない所をお見せしまして申し訳ございません、トレイン様」
口元を拭いたセバスチアンは完璧な礼をしてみせた。
「これが暴食スキルの力か……」
「左様でございます。力と言うよりは悪しき側面ではございますが」
これでまだ、腹三分と言った所だそうだ。
セバスチアンの話ではこうだった。
<暴食>スキルは食べた分だけのパワーを発揮できる強力なスキル。
特にセバスチアンのそれは鎧と盾にも及び、超重量の装甲を生み出す。
大の男が20人で盾を持ち上げようと試みた事もあったが、ついには梃子を持ち出しても寸とも動かせなかった。
だがセバスチアンならその超重量装備を着て飛び跳ね、馬よりも速く走ることが出来た。
弱点はもちろん燃費。常に20人分は食べないとやせ衰えてパワーが出なくなるのだそうだ。
若い頃はそのパワーで稼いでは食い、食った分だけ強くなり更に稼ぐという好循環で過ごしていた。
S級ランクの冒険者として、騎士として上り詰めたセバスチアンは戦場に、ダンジョンにと大活躍。
だがある時、その栄光を妬んだ何者かがセバスチアンの食事に毒を混ぜる。
戦っているか食べているかの状態とも言えるセバスチアンの食料に毒を混ぜるなど造作もない。
あまりに消費ペースが早すぎて、毒見役を立てるわけにいかなかった。
まんまと毒入りの肉を食べたセバスチアンは生死の境をさまよう。
根回しも完璧で聖職者たちの治療もされないまま、それでもセバスチアンは生き延びた。
だが暴食スキルのせいでやせ衰え、復調する頃にはその財産も尽きていた。
もはや力を失い周囲に見限られたセバスチアンは日々を食いつなぐので精一杯。
気がつけば老いさらばえた、哀れな過去の英雄となっていたのだ。
「無敵と呼ばれた騎士が妬みで滅ぶ、か……」
「人の世はいつでもそんなものでございますな。ですが私は最近、ついに<暴食>のスキルを克服したのです」
「克服!? どうやったんだ」
「厳密には<暴食>スキルは食べた分だけのパワーを任意に引き出せる、それだけでございます。そこに<飢え>の呪いスキルが付いていたのです。<飢え>の昇華条件が、限界まで飢える事だったのでございますよ」
「じゃあ騎士としてはともかく、冒険者としてはやっていけそうなものだけどな」
「ですが時既に遅く、見ての通りの老体。もはや自ら生み出した鎧と盾を持つことも適わないのでございます」
「なるほど、誓いの鎧だったか」
「左様でございます」
騎士は誓いの鎧と盾という誓約によって、強力な防具を入手できる。
一生のうちにその鎧と盾しか身に着けない誓約。
その代わりに鎧と盾は自らの能力に比例して最適なものに常に変化し、壊れたり消耗した部分も手入れなしに自動で再生する。
しかも一瞬念じるだけでいつでも完全武装になる。
鎧と盾が自分と一緒に成長する最高のものに、常に最善の状態に保たれ側にあるのだ。
ダンジョンから持ち帰られるマジックアイテムの防具や高級モンスター素材のものを除けばこれ以上の防具は無い。
冒険者にならない騎士は皆一様に誓いの鎧を手に入れていた。
そして<暴食>スキルと一体化したセバスチアンの誓いの鎧は規格外の性能に比例して重量がかさみ、老いた体にはあまりに重すぎた。
もはや装備しても動けない程に。
「今では宝の持ち腐れ、と……しかし腹三分でそれなら、満腹まで食べれば行けるんじゃないか?」
「ぜひ試してみとうございますな」
「そしてもうひとつ、試したい事がある。俺は特殊なスキルで身体能力を飛躍的に高める事が可能なんだ」
「なんと!」
セバスチアンの眼光が鋭くなる。
気圧されて思わず身を引いてしまうほどに。
老いてもS級という事か。
「トレイン様、ぜひ私めにそのスキルを」
「もちろんだ。ただし条件が2つある。秘密の保持と屈辱に耐える事だ」
「主の秘密を漏らすような事は騎士の名に誓って決してございません。して屈辱に耐えるとは……」
「スキルの発動がな、相手を鎖と首輪で繋ぐ事なんだ。騎士にとっては屈辱の限りだろう」
セバスチアンはきょとんとした表情になった後、大声で笑い出した。
「失礼致しました。なぁにその程度、元より鉄の鎧に体を繋ぐのが騎士というもの。主に繋がれるのであれば、そんなもの鎧の化粧と何ら変わりますまい」
「割り切るか。ならばいいだろう! 見せよう、俺の【テイマー・全】を」
俺は【テイマー・全】を使用してリンクチェインを生み出す。
そしてセバスチアンにその鎖を巻きつけた。
「おお……! 力が、力が湧いてくる! トレイン様、これならいけますぞ!」
「見せてもらおう。完璧と呼ばれたその鎧を」
セバスチアンが両手をそれぞれ別の方向へ伸ばし、誓いの言葉を唱える。
換装、という宣言が妙にカッコ良かった。
白銀の鎧と巨大な据え置き盾を構えたセバスチアンは確かに騎士然としている。
鎧があまりに分厚く巨大過ぎて、頭部が小さく見えるほどだ。
「動けます。これなら何とか戦えますぞ、トレイン様!」
「そうか……」
「む……? 妙に浮かぬ顔。私めに問題があれば何なりとお申し付けください」
「いや、むしろ逆でな。この【テイマー・全】は対象の潜在スキルをも目覚めさせる事が出来る」
「この老いた身にもまだ隠されたスキルが!? して、それはどんな効果で何という名前でしょう」
「うーむ、これを開放していいものかどうか。少し迷うな」
俺の目を通してセバスチアンに見える潜在スキル。
その名を<黄金期>という。
若返りのスキルだ。
続く