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第七話「再建 白のギルドとブランカリンと」


 クレリスが軽いパニックになっている。

 冒険者カードに紐付けられた、銀行の口座が開設されて非常識な金額が振り込まれていたからだ。


「トトト、トレインさん。こ、この金額……ひぁー!」

「どうどう、落ち着け。とにかく落ち着け」


 街中、しかも銀行内ではリンクチェインを出せない。

 背中をさすって何とか気持ちを落ち着かせた。

 馬の落ち着かせ方だけど聖職者にも有効なようで良かった。


 クレリスは孤児だ。親どころか名前すら無かった。

 聖職者クレリックのクレリスという安直な名前も、捨てられていた先の教会で早々に聖職者の才能を見せた事に由来している。

 教会付きの孤児院に預けられ聖職者としての英才教育を受けてきた。


 もしクレリスが捨てられる前にこの金貨の10枚もあれば、きっと全く違った人生を歩んでいたに違いない。

 人生が720回ひっくり返る額をクレリスは手にしてしまったのだ。パニックになるのも不思議はない。



「ともかく、腰を落ち着けて話し合おう。今後の身の振りを」

「はいっ、2人の幸せな将来のために、ですね」


 クレリスが身をよじってモジモジとしている。

 俺の言いたい事が伝わったような、伝わってないような。


「盗み聞きをされない所で話そう。高級なレストランか酒場で個室でも借りられたらいいんだが、生憎さっぱり縁が無い」

「それでしたら私に一軒だけ心当たりがあります。そこでどうでしょう?」


 聖職者で成人したばかりのクレリスがそんな場所を知っているとは。

 興味が先立ち、その店を案内してもらう。


 確かに高級そうで真っ当な酒場があった。

 比較的裕福な都市間交易商人が使う酒場だそうで、広いホール以外にも個室がたくさん用意されている。


 一人の美しいウェイトレスに案内され、個室を確保してもらった。



「──レインさん、トレインさんってば」

「うおっ!? ああ、すまない。慣れない場所で見る事に集中してしまった」


「トレインさんでも知らない事があるんですねえ」

「むしろ知らない事だらけだぞ。冒険者と牧場以外の知識なんてさっぱりだ」


 個室に入ると、クレリスは案内してくれたウェイトレスの隣に立ってその人を紹介してきた。


 

「紹介します。彼女はブランカリンさん。白のギルドのギルドマスターです」

「この娘が? なぜ酒場でウェイトレスなんて……」


 言いながらも思い出していた。

 そうだ。白のギルドは潰れたのだった。


「それは後ほどのお話に関わるのですが、ブランカリンさんも一緒でもいいですか?」

「俺としてはノーと言いたいが、後でクレリスが教えてしまえば結局同じだからな」


 頭ごなしに命令すると後々の関係にしこりが残る。

 ギルドマスターをしていた者ならば信用を失うような事はしないだろう。

 クレリス込みで信用する事にして、ブランカリンの同席を認めた。



「私、トレインさんと冒険者を続けて欲しいんです」

「俺は既に引退した身なのだが」


「引退と言ってもステータスカードは無事でしょう?」

「何かと便利だからな。平民にとって、これ以上の身分証は無い」


「でしたら、後はギルドに復帰すれば冒険者復帰完了です!」

「しかし俺の膝がな」


 クレリスの言いたい事は分かる。

 冒険者としてAランクにまで登り詰めることが出来たら実質、貴族そのものだ。

 先日のシュワルツのように、多少の相手なら抑え込む事もできるだろう。

 もしSランクにでもなれれば本当に爵位が与えられる。


 何より、最も手早く現実的という点を重視しての提案だろう。

 俺の【テイマー・全】でクレリスの潜在スキル《ホーリーレーザー》を引き出せば無敵だ。

 それはマンティコアの襲来が教えてくれた。

 戦闘一回で金貨7200枚ずつ。

 武を示すことで自らの地位を獲得するのが確実のように思えるのも当然だ。

 俺ももちろん選択肢のひとつとして考えてはいた。


 だが……


「俺のこの膝がな。到底、ダンジョン探索に耐えられるものではない」

「それは私が何とかサポートしますから……」


 膝に負担の大きい行動ができないため、冒険者にとって最も大事な「走」が致命的だ。

 相性の悪い敵から逃げたり、有利な地形へ誘導したり、回り込んだり……

 走れない冒険者の能力はとても低いものになる。 


 【訓練士】の経験で初級スキルが充実している俺は身の守りも魔法に頼る事になるだろう。

 それにしても武器で戦わねばならない場面は多いだろうし、膝が駄目なら格下の相手にすら負ける事もある。


 そして移動速度の問題だ。

 やはり俺は膝のせいで足は遅い。

 日常生活と牧場の仕事くらいなら難なくこなせるが、ダンジョンではそうもいかない。

 何せ、やはり強敵ほどダンジョンの奥深くにいるからだ。


 マンティコアとまでは言わずとも片道何日もかかる階層への移動は並のパーティーの倍以上かかるだろう。

 俺が冒険者を引退してトレーナーになった主な原因はこっちだ。

 その場で戦うだけなら、やりようはいくつもある。


「荷物運び要員のメンバーを募集して負担を減らしますから」

「どうしてそこまで冒険者をやりたがるんだ? クレリスならその資金で教会の中でのし上がる事も可能だろう」


 心にも無い言い訳をする。クレリスがそんな事を出来るタマではない。

 性格的にも能力的にも向いていない。


「いや、意地悪を言って悪かった。実は俺も冒険者復帰は検討案のひとつとして考えている」

「じゃあ……」


「だが俺には<黒雷>シュワルツという敵がいる。クレリスも黒のギルドで肩身が狭いだろう」

「はい、そこでこのブランカリンさんです!」


「つまり……ギルド移籍か。しかし白のギルドは潰れてしまったのだろう?」

「潰れた、と言っても所属メンバーがほぼ居なくなっただけです」


「噂話だけは耳にしていたが……確か、死神ギルドってあだ名が付いてたな」

「そこから先はブランカリンさん本人から直接話してもらいましょう。ブランカリンさん、いいですよね?」


 ブランカリンは頷いて話を始めた。

 彼女の話をまとめるとこうだ。


 ブランカリンは18歳の若さで死去した父のギルドマスターの職を継いた。

 ギルドマスターは零細のギルドなら誰でもなれるが、巨大ギルドとなると血によって継承されるスキル<ギルドマスター>が必須になる。

 もちろん無条件で継承できるなんて美味い話ではない。

 かならず呪いのスキルが新しく生み出されて付随してくる。彼女は呪いに負けたのだ。


 例えば黒のギルドマスターは<攻撃こそ最大の防御>という、ギルドメンバー全員に攻撃や探索を祝福し、防御面にペナルティがかかるスキルの恩恵を受けている。

 



 <勝者総取り(ウィナー・テイク・オール)>と命名された呪い。


 ギルドメンバーが集団行動すれば、誰か一人に大きな幸運が降ってくる。

 そして幸運に恵まれなかったメンバーは災いに見舞われる。

 取り返しのつく災厄なら、宝の分配などで調節すれば決着するかもしれない。

 だが中には死んだり手足を失う怪我なんかもある。

 そしてこの幸運と災厄は移動できるのだ。

 しばしば貴重品を拾う形で実現化する幸運で、その品物を保持している者だけが幸運に見舞われ続ける。

 パーティーを解散するまで、他のメンバーは災厄に見舞われ続けるのだ。

 ダンジョンの階層を深く潜れば潜るほど互いは疑心暗鬼になる。

 そしてどこかで同士討ちという形で爆発するのだ。


 ギルドなんて維持できるはずがない。

 幸運を独り占めできれば足を洗い、取り返しのつかない災厄で死んだり引退に追い込まれたり……

 死神ギルドの名前が定着するのに2年は必要なかった。

 借金がかさみ、メンバーは減り続け、ついに閉鎖状態に追い込まれたわけだ。




「そんなギルド潰れた方がマシじゃないのか」

「ううっ……」


 クレリスが必死にブランカリンを擁護する。


「でも私とトレインさんなら何とかなるかも知れないじゃないですか!」

「スキルの呪いはどうしようもないだろう」


「でもでもっ、トレインさんのアレなら」

「ギルドマスタースキルごと無くなってもいいなら何とかなるかも知れないが……ああ、昇華か」


 自然に生まれた呪いスキルは効果が裏返ったり、消えたり、良い面だけが残る形に変質する事がある。

 それを昇華と呼んでいる。

 スキル継承で生み出される呪いスキルは、受け継ぐ資格があるかどうかをテストする意味があるのだと解釈されている。

 その条件を見極められないか、とクレリスは言っているのだ。

 俺のこの【テイマー・全】スキルで。


「試してみる価値はあるか……」

「お願いします! 私とトレインさんのラブ……いえ明るい未来のためにも」


 不穏な言葉を聞いた気がする。

 


「ブランカリン、お前はギルドを再建したいんだな?」

「はい、亡きお父様のこのギルドを潰したくはありません!」


「俺のスキルに関して、絶対に秘密を厳守できるな?」

「します。制約の呪いをかけても構いません!」


「それには至らない。クレリスが信用している者なら、その言葉で十分だ」



 俺は【テイマー・全】スキルを使用してリンクチェインをブランカリンに繋いだ。 


「お前の呪い、見せてもらうぞ」


 ブランカリンは決意のこもった目で頷く。

 だが……



「駄目だな。確かにギルドメンバーらしき人だかりが幸運になるイメージとその周囲がしおれるようなイメージは見えるのだが……それだけだ」


 鑑定や占い系のスキルで人のスキルを覗き見する事は出来る。

 ギルドカードを解析しても同様の事が可能だ。

 スキルを見るだけなら【テイマー・全】のユニークスキルは必要ない。


 そこにクレリスが助言をくれる。


「私の《ホーリーレーザー》の時は発動に必要な条件が見えましたよね」

「確かに。ブランカリンの呪いスキルにも昇華イメージが得られて良さそうなものだな」


 ブランカリン自身のイメージは地に伏してうなだれている感じだ。

 謝罪しているような、力尽きているような。

 それを伝えると、クレリスがイメージ通りのポーズを取るようにブランカリンを促す。


 目の前で土下座状態のブランカリン。


「別に俺に向かって土下座しなくても……いやでも、しっくり来るな」


 なるほど。これは土下座じゃなくて忠義だ。

 うなだれているのではなく、頭を下げているのだ。



 なるほど、なるほど。

 イメージが固まった。理解できた。


 俺とクレリスの意向にも沿うかも知れない。

 後は俺とブランカリンの決意次第だ。



「ブランカリン、お前は白のギルドマスターでさえ有り続けられれば他の事は全て譲れるか?」

「他の事と言いますと……ギルド運営権などですか?」


「そうだ。白のギルドは借金を抱えていると言ったな」


 ブランカリンは察した。

 一瞬だけ迷いはしたものの、決意を変える様子は無く俺の目を見据える。


「はい。私、ブランカリンはトレイン様に忠誠を誓い、ギルドの運営権を差し出す覚悟がございます」




「いいだろう。この俺が、白のギルドを買おう」



 ブランカリンの呪いは昇華した。

 呪いの昇華条件は「潰れた状態からの援助による再建」だったと後に語った。




 続く

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