第六話「縁故 独り言と目標と」
<黒雷>のパーティーリーダー、Aランク冒険者シュワルツ。
その甘いマスクと実力でAランクの冒険者に上り詰めた。
Aランク冒険者ともなれば下級の貴族と同等の権限を与えられる。
所属している都市限定の権限ではあるが特権階級の仲間入りだ。
そして貴族は逮捕されないという特権がある。
罪や容疑は消えないが政治に関わる存在のため拘束されない。
「ごきげんようシュワルツ様。ですが不逮捕特権は貴方のお仲間には適用されないのですよ」
「これは俺の指示でしたという事で、と言ってる。もちろんこの一件は査問官、貴様にとって俺達に対し大きな貸しとなる」
フォルミン査問官の大きな黒目があちこちに忙しく動き回る。
頭の中で計算しているのだろう。
シュワルツに貸しを作るか、他の高ランク冒険者や貴族に売り渡すか、逮捕して自分の手柄にするか……
汚いパワーゲームさ。
だがこの街で生きている以上、無縁でいられるはずもない。
フォルミン査問官は大きな黒目を歪ませた。 満面の笑顔のつもりだろう。
「わかりました! 他ならぬシュワルツ様の頼みです。今回だけですよ~?」
「すまないな。後日、改めて礼に伺おう」
シュワルツがギャラリーをひと睨みすると、蜘蛛の子を散らすように人だかりは解消された。
そこに紛れてブラッキーも去ろうとするが、俺の方を振り返り捨て台詞を残していった。
「覚えてろよ……」
俺は何もしていないのだが?
ブラッキーの無様さを鼻で笑うくらいはしたが。
俺とクレリスも席を立とうとしたが、シュワルツに肩を掴まれた。
「手を離せよシュワルツ。お前と話すことなんて無い」
「トレイン、貴様……何をした。お前程度がマンティコアを倒せるはずがない」
「証言した通りだ。謎の英雄Xが倒した。死にかけたマンティコアが俺達の前で力尽きたからトドメを刺した。それだけだ」
「マンティコアは心臓を一撃で寸断されている。誤魔化せると思うな」
「知るかよ。魔石の最後の力だろ」
「……貴様、潰すぞ。その態度は昔から気に入らなかった」
今更だ。最初に無茶な命令をしてきて、追放までしたのはお前だろ。
こっちはとっくに1回潰されているんだ。
互いに無言で睨み合ったままでいる。
正直、シュワルツの鋭い眼光に圧倒されそうだが、ここは引けない。
凍りついた空気をフォルミン捜査官が壊してくれた。
「さてさて! 本日は実入りも確かでしたし。私もそろそろ失礼致しましょう」
シュワルツは俺の肩に置いたままの手を最後に強く握ってから離して去った。
肩の骨折れそう。
あと始終無言だったクレリスが半泣きだ。
慰めてやらねば、緊張の限界でまた下半身を湿らせかねない。
ギルドホールから街へ出てクレリスを落ち着かせるために食堂を探す。
人混みを歩いていると、いつの間にかフォルミン査問官が俺の隣を並んで歩いていた。
「いや~疲れましたね~。あっ、これは独り言ですからお気になさらず」
「……」
何この人、怖い。
ギョロギョロと周囲に瞳だけを向けながら勝手に喋りだしてる。
「私、疑問に思ってたんですがねえ。無いんですよ」
「これは俺も独り言だが……何が無かったんだ?」
「血の跡ですよ。謎の英雄Xが別の場所であれだけの傷を負わせたのなら、もっと道中に血が垂れていているハズなんですよね~。ですが血の一滴たりとも見つからなかった。不思議だなあ~」
「何が言いたい? 俺に冤罪を負わせるつもりか」
「えっ、いえいえ! 逆ですよ。トレインさんとは個人的に仲良くさせて頂ければ、なんて思ったりしましてね」
「俺達が漁夫の利を得た、その幸運に目を付けたのか」
「トボけなくていいんですよ。誰も聞いていませんから」
「……」
迂闊にしゃべれば致命傷だ。
表情も固くなる。
フォルミン査問官のあだ名を今更のように思い出す。
金掘り蟻。
巨大蟻は金鉱を掘り当てる、という噂話になぞらえて隠し金を見つける嗅覚の鋭さを例えたあだ名だ。
査問官は趣味と実益を兼ねた天職というわけか。
俺のガードをかいくぐって表情でも読んだのだろうか、フォルミンが続ける。
「ええ、そうです。貴方からプンプンと匂うんです。極上のカネの匂いがね」
「アンタの鼻も錆びついたようだな」
「そーですかねー。何はともあれ今後ともぜひ、仲良くしてください。色々お役に立てると思いますよ?」
フォルミンは俺の手を無理やり握り、査問官の名刺木札と小さなメダルのようなものを渡してきた。
「その木札があればギルド会館で私に直接会えます。メダルは私の家の家紋です」
それだけ一方的に言い渡してフォルミン査問官は去っていった。
巻き込まれた。政治的立場を持つ者に目をつけられたのだ。
改めて【テイマー・全】と《ホーリーレーザー》の存在に戦慄する。
クレリス以外の人間をテイムしても、同じような威力を持つスキルが使えるのだろうか。
まだまだ俺の【テイマー・全】のスキルはその全貌を見せてはいない。
検証し、使いこなさねばならないが人目に付けば致命傷になりかねない。
後ろ盾が必要だ。
俺とクレリスの安全を保証してくれる貴族の庇護が要る。
貴族の操り人形にならないよう注意して上り詰め、俺とクレリス自身が貴族にならねばいけない。
フォルミン査問官は友好の意を示してきたが信用するにはまだ早い。
そして<黒雷>のシュワルツも勘付いている。俺達が何かを隠し持っている事に。
のし上がるしかない。
あるいは遠くの国へ逃げれば平和な隠遁生活を送れるのかも知れないが、俺の心はそれを拒む。
マンティコア素材売却の分配金は莫大な額になるだろう。
並の一家なら街で豊かな一生を暮らせるくらいの金にはなるはずだ。
賊や商人のハイエナ達が既に俺達に目をつけているかも知れない。
俺とクレリスは危険の中にいる。
だが望む所だ。
心が躍る。元冒険者の血が騒ぐ。
俺とクレリスは、この街で高みを目指す。
「トレインさん、凄く悪そうな笑顔をしています……」
「ひどい」
マンティコア素材は毛の一本も残さず奪い合うように買い漁られ、わずか一週間でその分配金は俺達の口座へ預けられた。
巨大なモンスターがほぼ全身そろって街に持ち込まれる事は奇跡的な事件で、その競りは相場の何倍にもなったそうだ。
俺の取り分、金貨7200枚。
注)金貨7200枚、大体7億円相当