第五話「英雄 査問とブラッキーの横槍」
フォルミン査問官。
ギョロギョロと良く動く大きな暗い瞳が悪印象を与える。
主にギルド間やパーティー間の分配功績問題や政治的対立を仲裁する査問官だ。
いかにも中立の立場から判断するような素振りをするが、実際には違う。
揉め事が拗れた分だけ査問官の取り分として手数料が上乗せされる。
異議を申し立てれば立てるほど、勝とうが負けようが取り分が減る。
だから当事者達はあまり無理やりな証言や屁理屈を捏ねてまで問題を長引かせない。
査問開始時にはこれ見よがしに砂時計が置かれる。時は金なりだと言っているのだ。
そのフォルミン査問官が俺とクレリスの目の前にテーブルを挟んで座っている。
当然ながら街の誰もなるべく査問官を呼ばずに示談で済ませようとする。
俺だってそうしたかった。
しかし今回の件は内密に扱える類のものではないから仕方ない。
それに何より対立する相手はいない。
最小限の取り調べで終了してくれるはずだ。
俺はフォルミン査問官に向かって昨日街道巡視員に説明した通りの説明をした。
最初にマンティコアに致命傷を負わせた架空の存在は、謎の英雄 Xと表現する。
フォルミン査問官は隣にいる助手に俺の発言を記録させている。
一字一句たりと逃さないつもりなのだろう。
「なるほど。つまりマンティコアを瀕死まで追い込んだのは、その謎の英雄X氏だと」
「そうだ。謎の英雄Xから逃げたマンティコアの先にたまたま居合わせたのが俺達だった」
「ではマンティコアを切断した傷も……」
「ああ、俺達が遭遇した時には千切れかけていた。俺達の目の前までやってきて勝手に死んだ、と言っていい」
「少々腑に落ちない点はありますが大筋で信じて良いでしょう。何より、これが決着しないとマンティコアの解体がこれ以上進みませんからね」
「謎の英雄Xは見つからないのか? 手掛かりだけでもいいんだが」
あえてこちらから興味があるように聞くことで、実在するかのように思わせる。
こすっからいテクニックだ。
「現在も捜索中です。判明し次第お知らせしますよ。マンティコアと謎の英雄Xが戦っていたと思われる地点、貴方のいた場所から南西2kmの地点の地面が大きく抉れてましたね。土が黒く焼かれていたり岩が溶けていたり、ガラスの結晶が飛散していました」
「……ガラス? そんな高価なものを武器に使用したのか」
さっぱり分からない。
本当に何者かかがあの場に存在したんだろうか。
フォルミン査問官はギョロリと俺の方に目線だけを動かし告げた。
「では査問はこの辺で。謎の英雄X氏が見つからない以上、マンティコア素材の売却は勝手に進めてしまうしかありませんね。分配は10のうち貴方達が4、査問会が2、謎の英雄X氏が4で我々が一時預かり運用させて頂く形になると思います。異議はございますか?」
「いや、特に無い。そのように進めてほしい」
「異議ならあるぜ! 俺がその謎の英雄X様だ!」
下品な怒鳴り声で割り込んできた者がいる。
見飽きた顔だった。
ブラッキー
黒のギルト一番のパーティー<黒雷>の戦士、Bランクの冒険者だ。
目撃情報が存在しない謎の英雄Xになりすますつもりか。
俺達はギルドホールの一角のテーブルを使用していた。
個室を使わないのは査問会が公平な裁定をしているとアピールするためらしい。
ブラッキーは俺達のテーブルの近くで聞き耳を立てていたのだ。
ブラッキーが近くにいる事は気付いていたが、相手にしたい奴でもないので無視していた。
てっきり俺の揚げ足でも取っていちゃもんをつけてくる程度だと思っていたが……
ここまで大胆な嘘をつくとは。欲に目がくらんだか。
バカめ。
フォルミン査問官を騙しきれるはずもない。
あるいはゴネる事で俺達の取り分を減らそうって魂胆か。
だとしたら狡猾とも言えるが……勝算はあるのだろうか。
フォルミン査問官は目を歪めて笑う。
彼にとってはお客さんか。
少し大仰に手を広げてブラッキーを迎えた。
「そぉーですかそうですか。ブラッキーさんが謎の英雄X氏でしたか」
「ああ、惜しい所で取り逃がしたが俺がほぼ倒したぜ」
「少々確認したいのですが、質問をしても?」
「か、構わないぜ」
既に噛み気味で見ているこちらが不安になる。
俺としてはただただ早く終わって欲しいだけだ。
どうせ諦めた分のカネだからな。
街に納められるはずの分がどこに行こうが構わない。
ブラッキーが横から掠め取っていくのは癪に触るが、言ってしまえばそれだけの話だ。
「ブラッキーさんはBランク認定ですが、どうやってマンティコアをお一人で倒せたのでしょう?」
「そ、それはヘンチマンの奴らを使ったのさ」
嘘だと分かっていてもその言葉を聞くだけで反吐が出そうになる。
もっとマシな嘘をつけばいいものを。
「なるほど? ヘンチマン、子分とも呼ばれる制度でしたね。それでヘンチマンを何人雇用していたので?」
「5……いや10人くらいだったかな」
「くらい、とは? 把握できないほどの数とも思えませんが」
「数字は苦手なんだよ!」
「10人くらいのヘンチマンさんを、どのように運用してマンティコアに致命傷を?」
「それはお前アレだ。囮……じゃなくて取り囲んでマンティコアの気を引かせたのさ」
椅子に座っていて助かった。
クソったれな戦法を聞いただけでもう殴りかかってしまいそうで拳を握りしめる。
テーブルの下なら人目につかない。
「マンティコアは空を飛べるのですが、どうして取り囲めたのでしょう? 宙に逃げると思うのですが」
「そんなの知るかよ! あ、いや、ヘンチマンを食ったからだ」
「食った! ギルドから死亡届は出ているのですか?」
「それは……そうだ、まだ試験に合格してないガキどもだったんだ。スラムにいた奴らを集めて訓練していたんだ。元から登録なんて無い、記録には存在しないガキどもだったんだよ」
ブラッキーがいちいち大声を張りあげるせいで、もはや俺達の周りにはギャラリー集まっている。
中には「昨日俺、いつもの酒場でアイツが昼から呑んでるのを見かけたぞ」なんて声も聞こえる。
<黒雷>は確かに人気も名声もあるパーティーだが、メンバー全員がそういう訳でもない。
特にこのブラッキーは威張り散らすタイプなので人望が皆無だ。
俺がいた頃は主に俺に向かっていたその気性の荒さだが、追放されてからこの一年、他の奴らも相当な目に合わされてきた事だろう。
「10人のヘンチマンさんのうち、何人が食べられましたか?」
「全員だ。下手すれば俺が危なかったからな、やむを得ない犠牲だ。だが、そのおかげでマンティコアの横腹から一撃だ。ヤツは前後に千切れかけて逃げ出したんだ」
「ほーぅ。前後に、ですか」
「そうだろ。マンティコアは真っ二つになってたんだからよ」
「ええ。ですが不思議ですねえ~ マンティコアは顎から尻の先まで、上下に真っ二つになっていたんですよ!」
「上下!?」
「それが私、フォルミンが呼ばれた理由ですよ。Bランクのマンティコアを上下に裂く能力とは? 明らかに戦術級以上の能力を持つ存在を野放しにはできませんからね」
「ぐぐぐ……」
この点だ。 強すぎる力は身を滅ぼす。
だから俺は謎の英雄Xという架空の存在を作り出し、素材利益の大半を諦めてまで【テイマー・全】と《ホーリーレーザー》を隠した。
ブラッキーがその危険性を肩代わりしてくれるなら願ってもない。
そう思うからこそ、ブラッキーの胸糞の悪い嘘を反論もせずに聞いていたのだ。
「ブラッキーさんの冒険者カードを精査させて頂きます。場合によっては今後の活動の自由は保証されなくなります」
「あ、いや、実は……ウソだ。ウソだったんだよ! がははははは」
「偽証は重罪ですよ? ただの分配案件でしたら分配金没収と強制クエストで済むのですが、これは政治的事件でもあるのですから」
「待ってくれ! そうとは知らなかったんだ!」
ギャラリーからもブーイングが起きている。
どんだけ人望薄かったんだ。
フォルミンは助手に命令して警備兵を呼びに行かせる。
助手は慌てて席から離れたがギャラリーから一歩飛び出した人物と衝突して転んでしまう。
黒い鎧を来たその人物は倒れた助手に目もくれずにフォルミンの前へ来て口を開いた。
「すまない。査問官。この件は俺が預からせてもらおう」
<黒雷>のパーティーリーダー、シュワルツだ。
黒い鎧がトレードマークの美形な勇者である。
ボスの登場だ。
続く
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