第四話「瞬殺 戦術級兵器と討伐報告と」
「いきます! 《ホーリーレーザ……あうっ」
クレリスが転んだ。
ドジっ娘かー
何もない所で転ぶか。
軽く死を覚悟した。
ブゥゥゥゥゥン
ホーリーレーザー出てる!
クレリスの手が向く方向によっては俺まで当たってしまう!
慌てて地面にダイブして伏せた。
ホーリーレーザーはまだ出続けている。
大丈夫だ!
俺はイメージをクレリスに送り彼女の腕をマンティコアの羽に向かうように──
振った。
振ってしまった。
ジジジと音を立て、ホーリーレーザーは旋回しようとするマンティコアの体を尻側から顎下まで真一文字に横断した。
マンティコアは悲鳴の咆哮を発しながら「上下に真っ二つになった」。
切断面から臓腑を撒き散らしながら、どちゃりと地面に落ちる。
呆然としてしまった。
マンティコアの皮膚はBランクモンスターの中でも硬い方だ。
打撃を吸収する加護、ヒットポイントも相当なもの。
それを一撃で。
「すみませんトレインさん! もう一度《ホーリーライ──」
「もう終わったぞ」
「はひ?」
「一撃だ。凄いなんてもんじゃない」
あまりの馬鹿げた威力に、俺はかえって冷静になっている。
《ホーリーレーザー》をようやく俺は理解した。
薙ぎ払う事が出来て遠くまで届く、恐ろしく切れ味の鋭い光の剣だ。
墜落したマンティコアを指差す。
「うわぁ。これはヒドいですねえ」
「いやクレリスがやったんだけどな?」
「さて、どうしようか」
「どうする、と言いますと?」
「都市への報告と素材だ」
「ああー……」
クレリスも察し、2人で頭を抱えた。
こんな高ランクのモンスターが街の近くまで来た事が問題だ。
それを一撃で倒した火力が問題だ。
どのパーティーで倒したことにするかが問題だ。
素材をどう売り払い分配するかが問題だ。
問題しかない。
ここひとつ、無かった事にしてしまいたい所だが……
呼び声と共に馬の足音が聞こえる。
街道巡視員、つまり警備兵だ。
「おーい! 凄い光が見えたが……ひいっ! 巨大モンスター!」
「落ち着け。もう死んでる」
パニックになりかける街道巡視員の2人とその馬を何とか落ち着かせる。
落ち着いたら落ち着いたでクレリスにつながっている鎖と首輪に気づいて憐れみの目を向ける。
違うぞ。奴隷じゃないんだ。プレイでもないぞ。
問題が山積みのこの状況、どう説明したものか。
何より優先すべきはクレリスの身柄だ。
【テイマー・全】の効果があったとは言え、あの超火力攻撃を知られるとまずい。
ドジが幸いして判明したが、あれは単体攻撃のスキルじゃなかった。
広範囲・持続時間のある「戦術級スキル」だ。
使いこなしたら戦略級に相当するだろう。
ギルドで引っ張りだこというレベルを軽く超えている。
領主や街の太守に拘束、監禁されて戦争の道具にされる類のものだ。
俺の【テイマー・全】のスキルとそこから引き出されるクレリスの《ホーリーレーザー》は信頼できない人に知られてはいけない。
「これは私とトレインさんの合体技で《ホーリー……むぎゅ」
うわあああ!
(沈黙命令! 今は口を動かさないでくれ!)
不自然に口をつぐませてしまったので、もはや考えている暇は無い。
被せ気味に早口ででまかせをまくしたてる。
「俺と彼女がここで訓練をしていると、向こうで砂煙が上がって瀕死のマンティコアがこちらへ逃亡してきた。必死でトドメを刺したが、どこの集団が瀕死に追い込んだかは分からない。俺達はこの素材を盗まれないように見張らねばならないからここを動けない。彼女は黒のギルド所属なので回収班を回すよう連絡を頼みたい。それと瀕死を追わせた何者かが向こうで負傷している可能性がある、そちらの捜索もお願いしたいがどうだろうか?」
上出来!
一瞬で考えた作り話だが案外良く出来ている。
俺達はあくまでもトドメを刺しただけ。架空の英雄はどこかに消えた。
俺は詐欺師になれるかも知れない。
巡視員達は俺の説明に納得し一人は街へ、もう一人は森の方へと向かってくれた。
純朴な者達で本当に助かった。
俺とクレリスは再びこの場で2人きりになった。
ああ、悪い悪い。スタリオもいたな。
「んー! んむー!」
クレリスがむずがっている。
思い出したように沈黙命令を解除した。
「ぷはっ。やっとしゃべれました。何だったんですか、もう」
俺はクレリスに謝りつつ、《ホーリーレーザー》の危険性を教え込んだ。
自覚させなければ。
「……確かに。Bランクモンスターを一撃って怖い火力ですね。人の目に触れないよう気をつけます」
少女に首輪をつけているのを見られる時点で、俺は社会的にも終わってしまうのだが。
ともかく、これで一安心だ。
「あとはマンティコアの素材としての権利だな。取り分をどこまで主張できるか」
「後日、査問委員がギルドに訪れると思います」
俺はギルドを引退した身だから、正式には討伐報酬や素材確保の権利が無い。
だがクレリス一人に交渉を任せたら丸裸にされて帰ってくるのは疑う余地もない。
同席するしかない。
何はともあれ、後はその査問委員の調査の席での事になるだろう。
安堵した俺はクレリスに繋がったままのリンクチェインを解除する。
「ご苦労さま。お疲れさんだったな」
「あっ……!? う、ううっ……うわあああああん!」
突如、号泣しへたり込むクレリス。
しまった。迂闊だった。
クレリスには恐怖と不安を抑制するように命令していたんだった。
それをいきなり解除した。
抑えてきた感情が一気に押し寄せたのだ。
冒険者として多少の荒事には慣れているとは言え、少女にかなりの無茶をさせた。
かなりの負担がかかっていたのだろう。
俺にしがみついて泣きじゃくるクレリスをなだめ続けた。
へたり込んだその地面が湿っている。
もちろん涙のせいではない。
白い服がシミにならないといいなあ……
「さて、立てるか?」
「無理です。腰が抜けたままで」
「じゃあ背中におぶさってくれ。街まで運ぼう」
「そ、それもちょっと……いえ、やっぱりお願いします」
湿らせてしまった下半身を気にしているのか。
どんな風に声をかけるのが正解か分からない。
触れないようにするのが精一杯だ。
「責任、取ってくださいね」
恥ずかしげに背中から囁きかけられた声も聞かなかった事にしたい。
暮れなずむ夕日に浮かぶ街の影が濃くなっていった。
マンティコアのような巨大モンスターが丸ごと街へ持ち込まれるのは貴重だ。
そのせいで当日のうちに素材を欲しがる商会や魔術協会など様々な所が活発に動き回っていたらしい。
翌朝すぐに査問委員から呼び出され、俺とクレリスは黒のギルドホールにいた。
間髪入れずにマンティコア討伐の査問が開始される。
続く