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第三十一話「破談 婚約破棄と黒のギルド崩壊」

「ひぁー……腕が痛くて動かせません」


 クレリスが泣きながら言う。

 仕方あるまい。身体を寝かせる為には固まった腕を挙げたままにするしか無かった。

 その姿のまま3日起きなかったのだから。


 しかし祈念も問題なく使えるようで良かった。

 処刑日までにクレリスが復調しなければ、救出作戦はかなり困難なものになる。

 筋肉痛を治す祈念は無いようだな。


 


 コクショーの裁判は公開制で行われた。

 市民の不安を晴らすため、という目的で誰でも傍聴が可能とされた。

 裁判所は隙間なく人が詰めていて窮屈そうだ。


 裁判長が事件の全容と犠牲者の説明をする。

 コクショーはそれを全て認めた。


 重要参考人として俺達白のギルドと、そして向かい合うようにシュワルツ達黒のギルドが座っている。

 群衆のどよめきに紛れて、確かにシュワルツの舌打ちの声が耳に届いた。


 裁判長がコクショーの「全てその通りだ」という声に大きく頷きつつ続ける。


「では容疑者コクショー、なぜ辻斬りを起こしたのか、その動機を教えてもらえるかね」

「銭のためだ。怪我の治療のため、毎日高額な魔法の治療薬を消費していた」


「被害者は金品を剥ぎ取られた様子は無かった。誰かの命令で報酬をもらっていたのかね」

「そうだ。黒のギルド、<黒雷>のリーダー、シュワルツ殿の命で動いていた」


 会場は群衆のざわめきで揺れた。

 シュワルツが俺達を睨みつつ立ち上がって否認する。


「そんな命令はしていない。そやつの世迷い言だ。第一そやつは怪我もなくピンピンしているではないか」


 正直にしゃべるはずもない。

 命令した証拠などまず出てこないのだから。

 だが裁判が開かれてしまえば、裁判員の心象によって決まる。

 シュワルツは普段どおり威圧で押し通すつもりのようだ。


 コクショーが証言する。

 

「内臓の傷は白のギルド所属、聖職者クレリス殿の慈悲と祈念により完治した」


 ここで白のギルド側、黒のギルド側どちらでもない中央のテーブルに着いていたフォルミン査問員が立ち上がって証言する。


「事実ですな。私がこの目ではっきり見ました」

「あれは内臓の傷だった。一介の聖職者ごときが治せる傷ではない!」


 シュワルツは論点ずらしに必死だ。

 不遜な態度とは裏腹に余裕の無さが見て取れる。


「聖職者殿は今朝まで意識を失っていましたな。よほど消耗したのでしょう」


 フォルミン査問員がフォローしてくれる。何だサービス満点だぞ。

 大きく借りを作っている。後日、何を要求されるか怖いくらいだ。


 シュワルツはいら立って声を荒げる。


「だがそれがどうした! 私はコクショーに治療薬代を渡した。それだけだ」

「それでは容疑者コクショーが白のギルドの周辺だけを集中して事件を起こした理由になりませんな」


「知るか! 私は何も知らない!」

「貴方が指示したものではないのですかな? 容疑者コクショーはそう証言していますが」


 裁判員が代わる代わるに食い下がる。

 

「そんな事実は無い! コクショーは負傷により正しい判断ができなくなっていたのだろう!」

「そんな状態の容疑者に貴方は応急処置にしかならない薬を与えて放置していたと?」


「傷の深さまで俺が知るものか!」


 シュワルツはテーブルを勢いよく叩きつけて怒鳴る。

 裁判員はそれぞれため息を付いて首を振っている。

 決定打にはならないものの、化けの皮が剥がれつつあると言った所か。

 しかしシュワルツの怒気に気圧され、裁判員は次の質問を出しにくそうにしている。


 困った裁判長がこちらに質問の権利を譲ってくる。


「白のギルド員、何か容疑者コクショーに尋ねる事はあるでしょうか?」

「じゃあ、ひとつ。コクショーの負傷は角飛竜との戦闘で負ったものと聞いているが、なぜ治療費を出してやらなかったんだ?」


 シュワルツが物凄い形相で俺を睨む。

 物理的な圧力すら感じるほどだ。

 唸るようにしてシュワルツは声を一段低く言葉を絞り出す。


「それだけの資金が無かったからだ」

「角飛竜の素材で街は大いに活気づいたようだが? 噂では金貨20万枚はくだらないとか」


「そ、それは今後の運用資金で手が出せない金だったのだ!」

「特にコクショーは角飛竜討伐に多大な貢献をし、トドメまで刺したと聞いているが。彼の完治を後回しにしてまで必要だった資金の用途とは何だ?」


「……持参金だ」

「持参金? 何の?」


「それはこの件とは関係ない!」


 裁判長はおどおどしつつも「重要な情報です。続けてください」とシュワルツに解答を要求する。


「ぐぐ……私はブラックリッジ男爵のご令嬢と婚約している。正式な結婚のための持参金だ」

「結婚! それはおめでとう。だが、功労者であるコクショーの治療を後回しにしてまで急ぐ事だろうか」


「貴様に余計な口出しされる筋合いはないッ!」

「落ち着くんだ、シュワルツ。ここは裁判所で今は審議中だ」



 シュワルツはテーブルを拳で強く叩きつける。

 その音で会場のざわめきが静まり返った。


「もうたくさんだ! 私は明日の婚約パーティーの準備で忙しい。これ以上私をここへ拘束するとどうなるか、分かっているのだろうな?」


 露骨な脅しに出てきた。

 貴族を始め、街の有力者の威を借りて多忙を理由に裁判を終わらせようというのだ。


 裁判長も困り果てて俺達の方へ向かってしきりに発言を促している。

 なぜ俺が裁判員の代わりをせねばならないのか。


「これは街にとって大変重要な連続殺人事件だ。パーティーを理由に有耶無耶うやむやで終わらせる事はできない」

「下級市民がいくら死んだ所でこの百万都市が揺らぐものか! 上級市民である俺の予定を崩す理由にはならんッ!」


 会場が魔力から解かれたようにざわめきを取り戻し怒号が響き渡る。

 傍聴人のほとんどは一般市民だ。露骨な差別にシュワルツへの非難が飛び交う。

 シュワルツは会場のほとんどを敵に回してしまった。


 なぜかシュワルツはその会場の声に気圧され、明らかに狼狽し始めた。

 恐らく群衆を敵に回す事に慣れていないのだろう。

 集団の力を行使するのはこれまでのシュワルツのお家芸だったのだから。

 「そんな馬鹿な……俺の力が」とつぶやいたように口が動いているのを見て取れた。

 露骨に権力をかさに着れば、こうなる事くらいは分かるだろうに。


 裁判長が木槌を叩き群衆を鎮める。

 だが審議は終了させない。

 裁判員も群衆ももう全員理解している。シュワルツが事件の真犯人であると。

 落とし所を探る局面に来ているのだ。

 そのために裁判長はここまで我慢してきた最後のカードを切った。


「黒のギルドマスター、貴方は何か聞いていませんかな? 容疑者コクショーの単独犯行となれば貴方も処罰を受けます」

「ひっ!? お、俺は何も命令してない!」


「殺傷力の高い装備品、高額な魔法の品はギルドマスターに管理責任があります。鋭利な刃物による犯行である事は事件初日から分かっていた事。ましてや貴方はそれを白のギルドの犯行だとギルド連合に訴えた張本人です」

「ち、違う! 俺は……俺はシュワルツに脅されて仕方なくやったんだ! ギルドは無関係だ!」


 ここでシュワルツは信じられない行動に出る。

 隣に座っていたギルドマスターを殴りつけてしまったのだ。


「黙れ酔っぱらいがッ! 誰がそんな証言をしろと言ったッ!」


 黒のギルドマスターは椅子から転げ落ち気絶してしまう。

 器用な事に抱えていた酒瓶だけは手放さなかった。


「こんな酒に溺れたクズの証言など何の意味も無い! 完全に時間の無駄だ!」

「シュワルツ殿、座りなさい。貴方の言動と暴力は全く紳士的ではない」


 裁判長に言われて渋々席につく。

 もはや化けの皮は完全に剥がれ、あの魔力めいた威圧感は完全に消えていた。

 邪悪な笑みを浮かべながらシュワルツは言葉を紡いだ。

 クレリスの「トレインさんの方がいい笑顔ですね」という言葉は無視する。


「本気で時間が惜しい。いいだろう、罪を認めようじゃないか。確かに俺は白のギルドが邪魔だと金を渡す度に毎回言った。だが、命令じゃなく愚痴だ。それを真に受けたコクショーが悪いのだ」

「なるほど。認めるのですね、犯行教唆を。対象の犯行を容易にする故意の教唆は罪に問われるものです」


「チッ! もうそれでいい! そもそも私はAランク冒険者で不逮捕特権がある。しかも男爵令嬢と結婚し跡目を継ぐ。私に罪を被せようとしても無意味だ!」

「不逮捕特権とは拘束されないだけで、罪そのものが無くなるわけではありません」


 シュワルツの顔が引きつる。

 罪も無くなるのだと勝手に勘違いしていたようだ。

 だが笑い飛ばしながら「それがどうした、同じ事だ」と一蹴した。


 ここまでだな、とは思う。

 結局シュワルツがAランク冒険者である限りは逮捕、投獄できない。

 行動に制限と監視が付くものの、罰金と奉仕に置き換えられて終わりなのだ。

 しかも男爵令嬢と結婚し、爵位を継ぐ事ができるならそれすら有耶無耶にできる。

 シュワルツの野望と尊大さを周知し、あの魔力めいた圧力を解いただけでも上出来だろう。


「もう一歩、行くと思いますよ」


 クレリスが珍しく意地悪そうな笑顔で俺に言った。

 人の心を読まないように。



「ちょっといいかな」


 群衆の中から一組の男女が進み出てきた。

 厚手のコートのフードを目深に被っている。

 もはや立ち上がって退出し始めていたシュワルツが言う。


「裁判は終わりだ。後は好きにするがいい」

「待ち給えシュワルツ、君に関する事だ」


 男女はフード付きコートを脱ぎ捨てる。

 初老の身なりが良い男性と、若くて美しい女性だ。

 シュワルツの顔と声がひきつる。


「んなッ……男爵! サフェード嬢まで!」

「一連の裁判と証言、見せてもらったよ」


 会場が再びざわめく。

 まさか男爵が見に来ていたとは。

 貴族は不逮捕特権ばかりか裁判に召喚されない。

 裁判所に縁のない存在なのだ。

 男爵が手を挙げると会場は静まり返る。


「どうやら事件の真の発端は、私が娘の婚約をこの男に許したのが原因らしい。街を治める貴族の一人としてそこを詫びよう」

「侘びなど必要ございません! 市民風情の事件など我々には関係ない事ではございませんか」


 シュワルツが媚びた笑顔で言う。

 既に貴族気取りだな。

 俺達も貴族を目指しているとは言え、ああはなりたくないものだ。


「黙らんか、シュワルツ。お前のその卑しい性根には嫌気がさした。私とお前はこの事件の責任を取らねばならぬ」

「罰金と奉仕でございましょう。金さえ恵んでやればいいのです」


 男爵は小声で「この程度の男に……」と苦々しくつぶやき続ける。



「いいか、お前と娘との婚約を破棄する! これが我々の責任の取り方だ!」



「なん……ですと……!? 市民が少し死んだくらいでそれは無いでしょう」

「その程度の事すら分からぬ奴だったとは。ここで責任の所在を有耶無耶にすれば市民達は不安と不満を抱え続ける。それはすぐに反抗と反乱となって街を崩壊させるだろう。お前の言う、たかが十数人の死を放置する事は、この都市の礎を壊す大きなヒビとなりかねないのだ!」


 シュワルツは後ずさりしてうろたえながらも持ちこたえた。

 寒気を催すほどの笑みを浮かべて言う。


「い、いいのですかな、男爵? 婚約破棄すれば私の持参金は無くなるのですぞ。傾いた男爵家の立ち直しに必要でしょう」

「金に目がくらんだのがそもそもの間違いよな。だが貴族とは国を守るためにあるのだ。国を不安定にしてまで保身に走るくらいなら我が男爵家は滅ぶべきなのだ! ましてや貴様のような賊に娘ごとくれてやるくらいならな!」


 男爵令嬢も決意のこもった目で頷く。

 もはやシュワルツの事は見限ったようだ。


 会場は歓声に包まれ、男爵万歳の声が響き渡った。

 シュワルツはうなだれ、呆けた顔でその場に膝をついた。


「もうひとつ。不逮捕特権があろうと爵位が上の者の命があればその限りではない。衛兵、シュワルツを捕らえろ!」


 会場にいた8人の衛兵が慌てて駆け寄りシュワルツを拘束する。

 抜け殻のようになったシュワルツは抵抗も抗議も無く別室へ送られた。


「なんだ、クレリスはこうなる事を知っていたのか」

「ふふふ。私にだって秘密はあるのです」


 かわされてしまった。

 何か予言の祈念でもあるのだろうか。



 そこからは流れ作業のように裁判は進められ終了した。


 黒のギルドマスターはここぞとばかりにシュワルツに責任を全て押し付け、白のギルドへの嫌がらせの数々を自供した。し過ぎた。

 ギルドの統率能力の無さ、危険物の管理不行き届きを追求され、ギルドマスターとしての職を剥奪される。

 角飛竜討伐での主だった戦力が死亡した事に加えギルドマスターの解任。

 ここに黒のギルドは実質的な崩壊に至った。


 コクショーは恩情まみれに贔屓してもらったものの、やはり実行犯という点だけはどうあっても無視できなかった。

 何よりコクショー本人が罪を被ろうとしたのが大きい。

 本人が同情をひこうとすれば無罪にもなれたものを、やはりブシドーとかいう特殊な騎士道は理解できない。

 それでも結局、ムラサメ剥奪と冒険者登録抹消、別の街へと退去命令だけで済んだ。

 救出のために襲撃せずに済んで良かった。

 犯罪者になる覚悟をしていたのだから。

 この黒い覆面は捨てよう。クレリスは妙に気に入っているので捨てない構えだ。



 シュワルツは全ての財産を没収され、冒険者登録を抹消された。

 拘束はしたものの、やはり重罪とまでは追い込めなかった。

 没収された財産は半分がなぜか男爵家に見舞金という形で分配され、首の皮一枚で男爵家は存続できるようだ。

 残りは遺族と街へ分配される。

 散々嫌がらせをされた俺達白のギルドにも金貨2万枚が分配されたが、遺族と男爵、街で分配するように頼んで拒否した。

 黒のギルドとシュワルツからの因縁が解消されれば、金を稼ぐのは自力でやりたい。


  

 裁判から3日経った夜。

 ようやく落ち着いて冒険の計画を立てていると、非常事態の鐘が鳴り響いた。

 クレリスが部屋に飛び込んでくる。


「火事です! 通り向かいの住宅が燃えています!」


 そりゃ不味い。

 万が一にもこっちに類焼したら事だ。

 ようやく完成した施設を燃やされる訳にはいかない。


 通り向かいにある住宅は巨大な四階建ての集合住宅だ。

 それが既に3階部分まで燃えている。

 大通りなので道幅だけでも20mほどあるが、今夜は風が強く油断できない。


「トレインさん、あれを!」


 クレリスが指差す屋上部分に人がいる。

 狂ったように踊っているのは……黒のギルドマスターだ。


「ひゃひゃひゃっ、黒のギルドは俺のものだ! 燃えろ燃えろ! 全て燃えて黒くなれば全て俺のものだぁー!」


 泥酔しているのか、精神に異常をきたしたのか、あるいはその両方か。

 あれはもう助かるまい。理性を取り戻して隣の建物に飛び移ってくれればいいが。

 あるいは助けない方が幸せなのかも知れない。

 そんな事を考えながら消火活動に移る。



 消火活動する者、避難する者、野次馬が入り乱れる大通り。

 膝のせいで走れない俺は指揮と補助に回っていた。



 混乱する状況の中、明確な殺意を向けられ背後を振り返る。  


  


 燃え盛る炎に照らし出される、そのやつれて変わり果てた姿。



 シュワルツだ。




 続く

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