第三十話「聖女 クレリスの昇級試験」
私はクレリス。
光愛神様にお仕えする聖職者の一人です。
実は生まれながらの聖女なのですが、内緒にして生きています。
仕方ありません。私の所属を巡った宗派間紛争で傾いた国がありますから。
生まれてすぐ物心ついた天才らしいですが、聖女ってそういうものらしいです。
本名も覚えているのですが忘れたことにして、孤児で通しておきます。
人を助けるための聖女が元でまた争いが起こったら馬鹿らしいですもんね。
さて、程よく年も誤魔化してちょっと大人でいく事に成功しました。
案外育ちが悪かったという設定で。
数えで10歳。いいじゃありませんか。
図太さには自身があります。
生き延びるためなら、体を売る以外は何だってこなしてみせます。
腕力と器用さと素早さ以外は任せてください。
すみません、運動能力はダメダメでした。
隣の国に上手く逃げ延びて光愛神様の教会付きの孤児として潜り込めました。
しめしめです。
ここで程良く祈念を使って、平凡な余生を送りましょう。
その人生計画はあっという間に崩れ去りました。
運命の人に出会ってしまったからです。
やっぱり愛に生きることにします。
教会で祈念を使いまくるとすぐ有名になってしまうので、冒険者になったのが良かったですね。
黒のギルドという、入ってかなり後悔するギルドに所属したのですが、そこで出会ったのです。
トレインさんという超素敵な男性と。
最初はちょっと初心者に世話を焼くのが好きなだけの人かなと思ってたのですけど。
変に顔の整いすぎてるシュワルツさんという、上昇志向ばかり強くて人を見下す英雄気取りの人物にイジメられているのですが、メゲる事無く飄々とした涼しい悪人顔です。
とことん自分の思ったことを通すその姿がカッコいいです。顔は怖いのでよく誤解されますが。
このトレインさん。
何とダンジョン生まれなのです。
ダンジョン生まれとは、モンスターとしてダンジョンで発生した人の事です。
すごいですね。
しかしこの事は私にしか教えてないそうです。
2人だけの秘密にしておきます。
ドキドキしますね。
ダンジョンからモンスターを引き連れて逃げ出してきたからトレイン、という安直な名付けだそうです。
ある意味お揃いでここも運命を感じます。ちょっとこれは強引でしたか。
トレインさんが私を庇って、味方の矢の誤射を受けて膝を壊してしまいました。
私がモンスターに狙われてそれをカバーした為に……
明らかにあれはトレインさんを狙っていたと思います。トレインさんが何も抗議しないので私も黙っていますが。
正直、あの三兄弟には殺意が芽生えています。
いけませんね。元聖女が殺意とか。
お死にあそばせばいいのに。
……言い方を変えても無意味でした。
トレインさんが居なくなったギルドなんかに用はありません。
白のギルドに移籍してしまいました。
かと思ったらトレインさんが黒のギルドトレーナーとして復帰していてビックリです。
そして私は怒ってます。
なんで教えてくれなかったんですか。教えてくれたら引きずってでも白のギルドに来てもらったのに。
白のギルドマスターのブランカリンさんが健気で素敵な人だったので、こちらも最早見捨てられません。
しかし厄介な呪いに苛まれているようで……
ただの呪いでしたら私達、聖職者の出番なのですがこれは継承の呪い。
自力で解かねばならない試練の呪いなのです。もどかしくてたまりません。
しかもギルドに不和をもたらす強力な呪いです。神々も何て鬼畜な……もとい、厳しい試練をお与えになるのでしょう。
聖女としてまともに訓練を受けてませんので、たまに不敬で不信心なのは許して欲しい所です。
トレインさんがギルドを首になってしまいました。
あのシュワルツさん、いえ、もうさん付けするのも腹立たしいので内心では呼び捨てです。シュワルツの差し金で追い出されたのです。
ギルドマスターもシュワルツの言いなりで情けない。
移籍して正解でした。私には優しかったのですが。
冒険に出る貴重な聖職者にはどこのギルドも優しいですから。
トレインさんはもう冒険者をするつもりが無いようです。
膝のこともありますし。あんな所に居たのですから厭世気分になって当然です。
私はどこまでもトレインさんに付いていきます。
ええ。夫婦で牧場というのも素敵じゃありませんか。
愛の巣のためでしたら、聖職者なんて職はいつでも捨てる覚悟です。
祈念が使えるのは有り難いですが、何かあまり幸せな人生を送れてないですし。
トレインさんのあの三白眼から繰り出される笑顔が私の生きがいです。
これだけ露骨に愛の波動を送っているのに、なかなか気付いてもらえなくて悲しいです。
サバを読んでいる年齢がバレているのでしょうか。それともスタイルの問題でしょうか。
黒のギルドの受付嬢さんには目尻が下がっていましたしね。
スタイルの良い女性は滅ぶべきだと思います。特に胸の大きい人は。
ひがんでませんとも。
神の愛は平等にもたらされるべきなのです。なのです。
そこからトレインさんは【テイマー・全】という、その素晴らしい人柄にふさわしいスキルを手に入れて、愛の鎖で私を繋ぎ止めてくれる派手な愛情表現をしてくれるのですが……
ブランカリンさんを始め、割とたくさんの女性にも分け隔てなく愛の鎖を使っています。
ま、まぁ大丈夫です。光愛神様は一夫多妻制ですからね。
それを言い出したら、私は馬のスタリオさんの次になってしまいますし。
そもそもスタリオさん雄ですし。
お年寄りのセバスチアンさんにまで使っているのは、たまにどうかと思ってしまいますが……
仕方ありません。トレインさんの愛は無限なのです。
という事にしておきます。
愛の鎖に繋いでもらっている間は、私の厳重に隠匿しているはずの聖女の力を引き出されてしまいます。
おかしいですね。祈念の力を越える神の領域の力のはず。そう教わっていたのですが。
聖女パワーが丸裸です。というか上乗せされています。
ホーリーライトを束にして光の剣にするあの技は明らかに神級ですね。トレインさんは戦術級と表現していましたがよく分かりません。
真面目に聖女修行をしても死ぬまでに辿り着けるかどうかの領域です。
さすがトレインさんだと思います。
これからもトレインさんの伴侶……いえ、それはもう少し先の事として。
とにかく支えて白のギルドを発展させていきたいと思います。
何せトレインさんが白のギルドのオーナーさんなのです。これでは頑張るなという方が無理な話です。
しかも、しかもですよ。
ついにトレインさんが愛の告白……の前フリまで来てくれたのです!
私の想いは通じてました!
光愛神様ありがとうございます!
愛の鎖から離されるたびにお漏らしするのを光愛神様のせいにしててごめんなさい。
一生お仕えしたいと思います。
白のギルドに来てからは幸せな事ばかりで、ようやく私も人生の本道に戻った気がします。
強引に冒険者復帰と白のギルドを紹介して良かったと思います。
ここが私とトレインさんの愛の巣になるのです。
さて、幸せな日々を送る私に昇級試験の話がやってきました。
トレインさんは何やらアロウ君とボー君に地獄の追い込みトレーニングとやらを実施して嬉しそうです。
こんな機会が無いと極限まで追い込んだ訓練は出来ないからと言ってます。
相変わらずその笑顔が怖くて素敵です。
悪人顔から繰り出される凶悪犯みたいな笑顔と実際の優しさのギャップに毎回メロメロです。
そろそろ抱きついても許されるでしょうか。
駄目ですね。やはり最初くらいは男性の方から抱きしめて欲しい所です。
黒のギルドとの対立が収まるまでは告白してくれそうにないのが残念です。
私とトレインさんの愛の進展を邪魔する黒のギルドは私が直接滅ぼしてもいい、くらいに危ない考えが頭をよぎります。
冗談です。冗談。
話が反れました。昇級試験です。
本来、冒険者はギルドでそのランク認定を受けますが聖職者と魔法使いは別です。
近接戦闘や冒険の立ち振舞いなどよりも、専門的な祈念や魔法の能力が重要だからです。
特に聖職者は階位にも関わってきますから、教会の方から話が来るのです。
私とトレインさんはその特殊スキルの能力の高さと危険さゆえに、安定した高い地位を目指しています。
トレインさんは今の所、ギルドの再興と発展に夢中ですが……
昇級の話は無視できない、2人の愛の通過点ですので頑張ります。
トレインさんは育成となると私をほっぽり出しても気づかない位に夢中なので丁度いいタイミングです。
寂しくなんてないですよ。できる女を目指す私です。目指してましたっけ。
祈念の行使の試験は好成績でした。
腐ってますが元聖女です。
使える祈念の種類が冒険向きなものばかりで種類数に難があるので満点ではありませんでした。
仕方ありません。聖女パワーを全開放しちゃうと頭に輪っかが出たりするので小出しにするしかないのです。
あれも飛ばして敵を切り刻んだりするのでしょうか。そろそろ羽根も出ちゃいそうですし、祈念の種類は減ったとしても厳重に力を抑えておきましょう。
あれこれ考えている内に何だか試練を課せられていました。
半分聞き逃していたので再度聞き直します。
何だ、浮気調査ですか。
光愛神様の信徒である聖職者の一部だけが授かる祈念<幽体離脱>を使う試練です。
身体はその場に置き去りにして、魂だけを動かして見聞きできる悪趣味な祈念です。
すみません、言い過ぎました。
本来は肉体を脱ぎ捨て、高次の存在に接触するための神聖な祈念だそうです。
それを使って情報収集をするのが今回の試練。
お貴族様から、娘の婚約者予定の相手の素行調査を頼まれたのだそうです。
それと私の試練を一度にこなそうという話でした。
この祈念は便利なのですが、準備に2日は清めが必要になります。
使用後も剥き出しだった魂を清めるために2日は儀式が必要です。面倒ですね。
場を清めて、有り難い法具を持ち出して……むにゃむにゃ、成功です。
今の私は幽霊クレリス。誰にも見えません。
うわ、気絶してる私の身体ってあんなんですか。
半目でヨダレ垂らしてます。これは酷い。
貧相な身体はともかく、顔だけは少々自信があったのですが、ちっぽけな自信が粉々に砕かれます。
目的地に向かう前にトレインさんの様子を見ていきましょう。
アロウ君とボー君に付き合って自分も地獄の特訓を自分で受けています。
邪悪な人みたいな笑顔で2人を励ます姿が素敵です。
汗だくで上半身ハダカになっているのはかなりエッチですね。
アロウ君とボー君ばかりずるいと思います。
罰として抱きついてしまいます。幽霊体なので意味はないですが。
「そう言えばクレリスの試験、上手く行ってるといいな……」
意味がありました。触れたら幽霊体の存在を意識させられるようです。
虫の知らせってこういう事だったんですね。
クレリス、ひとつ賢くなった。
トレインさん成分を補給できたのでお仕事を頑張ります。
こうでもしてやる気を出さないと顔も見たくない相手が調査対象です。
あのシュワルツなのですから。
ブラックリッジ男爵当主の依頼でシュワルツの身辺調査です。
個人的には調査するまでもない酷い男なのは知っているのですが。
男爵令嬢と婚約間近なのはあちこちから聞こえていました。
ブラックリッジ男爵も最近聞こえてくるシュワルツの悪い噂を耳にして戸惑っているからでしょう。
大半が私達白のギルドに余計な事をした自業自得な結果なのですが。
シュワルツがいると思われる黒のギルドの私室に潜入します。
はい、有罪。
励んでいる最中でした。乙女になんてもの見せるんですか。
しかも3人も同時に女性を連れ込んでいます。これは酷い。
幸か不幸というか、女性の方も知っている顔です。
トレインさんを追い出して後釜に座ったギルドトレーナーの女性。
教会に熱心に通ってくれる商人さんの令嬢。遊んでる人だったとは。
そして昔、白のギルドにいて今は青のギルドの事務をやっている人。
最低最悪ですね。
しかも怪しい香を焚いています。
変な気分になるやつです。幽霊体で良かった。
部屋の隅にはスラムの娘だろう、やや幼い少女が2人います。
彼女達も犠牲になってしまうでしょう。
腹に据えかねるのでシュワルツに幽霊体パンチをお見舞いします。
ていっ
「あの聖職者の娘も早く抱いてやらねば。薬で聖職者がどんな風に乱れるか楽しみだな」
背筋が凍りました。背筋無いんですけどね。
後悔しきりです。
気持ち悪さに耐えかねて逃げ帰ります。
身体があったら吐いている所でした。
戻ったら吐きました。
落ち着いてからにするべきだったと思います。
見たままを全て男爵に報告します。
特に3人の女性について詳しく特徴を尋ねられました。
手切れ金でも渡すのでしょうか。
あるいは始末してしまうとか……
幽霊体で得た情報はその依頼主以外には他言無用です。
契約の祈念を使用されます。
破った場合、罰が下されて当分の間祈念が使えなくなるそうです。
口にするのも汚らわしいので無用だと思います。
清めの儀式を終えて、無事昇級が決まりました。
今日からBランククレリスです。やりました!
有名になるのは控えていたのですが、白のギルドの、トレインさんのためになるのなら話は別です。
ギルドの看板娘として売り出していきたい所ですね。
さあ、皆の、トレインさんの待っている白のギルドへ帰りましょう。
トレインさん達が暖かく迎えてくれます。
「おかえり、クレリス。試験はどうだった?」
トレインさんは怖い笑顔と優しい声で言ってくれます。
どうやら私の表情から結果は察してしまったようです。
いえ、これは未来の夫婦ならではの以心伝心に違い有りません。
私も嬉しくて駆けよります。
「合格しました!」
転びました。
続く




