第二十九話「黒正 サムライ堕つ」
コクショーの片刃剣が盾を切り裂き、セバスチアンの腕にまで食い込んだ。
素早く振りほどき刃を「引かれる」事での2次損傷は避けたものの、あれでは左腕が使い物にならない負傷だ。
「コクショーの片刃剣はムラサメだ! 魔法装備以外は簡単に切り裂くぞ!」
「まさか誓約の盾と鎧を抜いてくるほどとは……油断しました。申し訳ございません」
しかし俺やフォルミン査問員を庇っての防御だ。
騎士であるセバスチアンには初撃を避けるという選択肢は無かった。
ムラサメ
コクショーの特殊な戦士職でのみ扱える、恐るべき切れ味の武器。
貯めに貯めた気合から繰り出される、移動と抜刀と攻撃の一体技はまず回避できない。
攻撃の軌道が引き絞った弓の弦のような鋭い弧を描く。
わずかでも反れれば当たらない。わずかでも打撃点がずれれば切れない。
弱点は気合を練るのに時間がかかり、連続攻撃に向かない。
人を数人斬れば武器がなまくらになる、鋭すぎる切れ味に頼った戦法。
尖りに尖った戦闘スタイルだ。
惜しい。とても惜しい。
連戦には向かないが、まさに一撃必殺の火力を持つ人材。
この尖りきった職業をパーティーに加えて使いこなしてみたい。
「まさか……この俺の初太刀を凌ぐとは。鈍ったな、俺も」
「コクショー、お前は辻斬りなんてするタマじゃないだろう」
のんびり会話している訳ではない。
コクショーは既に血糊を拭き、刃を鞘に納め次の攻撃態勢に入って気を練っている。
迂闊に踏み込めば真っ二つだ。
俺も【テイマー・全】のリンクチェインを出し、クレリスとセバスチアンに首輪を繋げている。
出し惜しみして勝てる相手じゃない。
クレリスかセバスチアンを犠牲にすれば実は楽勝なのだが、そんなの俺のやり方じゃない。
そんな戦法を是とするなら、黒のギルド時代から今日までの全てが無意味だと自ら否定するようなものだから。
クレリスは<ホーリーライト>で明かりを確保し、<プロテクション>と<フィジカル・レイズ>の祈念を全員にかけ終えている。
セバスチアンは【黄金期】を発動しコクショーの前に陣取っている。
クレリスがセバスチアンの腕に<ライト・キュア>をかけようと一歩を踏み出した瞬間が引き金になった。
ちゃきん
セバスチアンはその攻撃を完璧に読み取り、右手に持ち直した巨大盾を構えた。
しかしコクショーの斬撃は盾ごとセバスチアンの腕に到達した。
幸い、腕をかすっただけで二の腕の肉を少し持っていかれるだけで済んだ。
だがもう右腕は上がらない。完治するかどうかも怪しい。
「完全な状態の誓約の盾と鎧を切り裂き、なお腕の肉を削ぐとはッ……!」
「ち……これで仕留められぬとは、俺も本格的にヤキが回ったようだ……」
コクショーの顔色が悪くなっている。
少々早い気もするが、あれは大変消耗する攻撃だ。
斬撃は遠距離から神速の踏み込みと同時にやってくる。
そして素早くバックステップで距離を取るので反撃のタイミングが殆ど無い。
俺かセバスチアンに長剣の一本もあれば、それでも一撃当てられるものを。
だが分かった。
あの攻撃はとても直線的だ。
一撃必殺を生み出しているのは、奴の足だ。
驚異的な踏み込みと斬撃を両立しているあの足に一撃当てれば、コクショーの戦闘力は一桁落ちる。
俺には魔法もある。
直線的な動きをする敵なら魔法が一番だ。
あの速度に合わせられるのは初級魔法のボルト系しか無いが、それで十分。
もっと時間があればアロー系を使うのだが、打ち出す前に次の一撃が来てしまう。
<アイス・ボルト>を詠唱し、カウンターを当てるべく備えた瞬間に次の一撃が来た。
俺は即座に<アイス・ボルト>を射出し──
外れた!
コクショーの狙いはクレリスだ!
身体の向きはセバスチアンに向けていたのに、その移動は弧を描きクレリスを襲った。
しかしクレリスの反応も見事なものでメイスでその斬撃を迎撃する。
ちゃりんっ
「ひっ、ひぁー……!」
クレリスのメイスは柄から真っ二つに切り落とされた。
小さいながらも、柄まで金属のフルメイスだったのに。
「クレリス、避けろ!」
「えっ!?」
油断した。
再びの攻撃のために、俺達はコクショーまた後退すると思っていた。
だが、コクショーは踏みとどまり、二の太刀を繰り出してきたのだ。
クレリスは防御もままならない。
棒立ちのままその斬撃を受け真っ二つに──
ぱきんっ!
──なったのはムラサメの方だった。
「いったーいッ!」
「お、俺の刀が……!?」
コクショーは膝から崩れ落ちたかと思うと、地べたにあぐらをかいて座り膝を叩いて笑い出した。
「ははは、終わりだ終わり。俺の負けだ」
「まだ小さい方のムラサメが残っているだろう。それでいいのか?」
「もう気力が残っておらんよ。ここらでお前は終わっておけ、という天の思し召しなんだろうさ」
簡単な話だった。
二の太刀の踏み込みの時、切り落とされたクレリスのメイスを踏んでバランスを崩した、ただそれだけの事。
一点集中の攻撃はそのピンポイントを外しさえしてしまえば凡打になる。
後は【テイマー・全】の身体強化能力と<プロテクション>の祈念で弾き返せる。
「実はクレリスって完全無敵なんじゃないだろうな」
「酷いです。さすがに私も死を覚悟しましたよっ。あっ、額からちょっと血が出てます! ひーん」
コクショーをロープで縛り捕えることに成功した。抵抗はなかった。
「悪いが殺してはやれない。辻斬り犯として突き出さなければならないもんでな」
「だろうな……今更言い訳や命乞いなどせんよ」
「お前ほどの男が辻斬りに身をやつすとは、何があった?」
「何という事のほども無い。限界なのよ、体のほうがな」
コクショーは脇腹を抑える。
今日は誰からも攻撃されていないのに、そこは血が滲み出していた。
「先日の角飛竜にやられてな。内臓まで達したらしい」
「完治は難しくとも、魔法の薬で抑える事くらいは可能だろう」
「日々あの魔法薬を買う銭が無くてな。それでのこの仕事よ」
「角飛竜素材の売上があるだろう」
「我が主君、シュワルツ殿が独り占めよ。そして薬の銭を餌に辻斬りをせよとな」
「そんな馬鹿な話があるか!」
コクショーは語りだした。
シュワルツと黒のギルドがブラッキーの件で追い詰められていた事。
ブラックリッジ男爵の娘と婚約するために大きな功績が必要だった事。
ダンジョンに追求から逃げるように潜り、多くの犠牲を払った事。
そして素材の売上をほぼ独り占めして貴族になろうとしていた事。
スラムの子供達をかっさらった事に対する報復と、俺達を足止めするために辻斬りを命ぜられた事。
俺達が知らない事も多く含まれていた。
「俺はな、もう嫌になったのよ。武士として言ってはならん事だが、我が主君の器の小ささにな」
「ブシドーってやつか……」
もしコクショーの体調が万全だったら。もし気合も満ち足りていたら……きっと勝敗は逆転していたに違いない。
だがそうであったなら、そもそも辻斬りにコクショーが出てこなかっただろう。
10人以上を殺しているコクショーが捕まれば処刑は間違いない。
どちらにせよ彼の運命は閉ざされていたのだ。
──と、俺は思い込んでいた。
「コクショーさんの馬鹿っ! 何で相談してくれなかったんですか!」
クレリスが涙目で訴える。
あ、本当にビンタした。
「聖職者殿に相談しても始まらんよ」
「私、トレインさんの周回遅れくらいでコクショーさんの事は尊敬していたんですよ!」
斬新な褒め言葉だな。
褒めているように聞こえない。
コクショーの言うことも最もだ。
外傷は回復系の祈念で傷を浅くしたり治したりできるが、内臓が傷つくとそうもいかない。
1本金貨50枚はする高価な魔法薬を毎日服用するか、金貨2万はする再生の祈念をかけてもらうしか無い。
「私とトレインさんの愛の結晶! <フル・リカバリー>!」
「えっ」
その再生の祈念をクレリスが宣言した。
高位の聖職者が補助を何人も付けて丸一日詠唱する祈念だぞ。
そんなものを詠唱無しの単独でクレリスが使えるはずが……
クレリスの手が淡く光り、その緑のオーラがコクショーを包む。
「な、治った!? 身体が軽い!」
「やりました!」
クレリスが笑顔のまま固まる。
そのまま姿勢を崩さず真横に倒れた。
ピースサインを出したまま器用に気絶している。
「奇跡だ……修羅の道に堕ちた俺が、こんな慈悲を授かるなんざぁ」
「恋愛脳が暴走しただけの気もするが」
クレリスを助け起こし土を払ってやる。
あっ、腕がピースサインのまま固まってて下がらない。
石化したように固まっているクレリスを持ち帰るのは骨が折れそうだ。
自身の能力を超えた祈念を無理に使うと死ぬことがあるらしいが……
呼吸はしているし大丈夫だろう。明日、教会に相談しにいこう。
<フル・リカバリー>は大司祭が使うような戦略級スキルだ。
本来は聖別された法具や場を使用する、金のかかる儀式でもある。
一体、この小さい体にどれだけの無茶をさせたのか。
ひとしきり笑い納めたコクショーが言う。
「さて、世話になった。処刑される日までの身だが、どうにでも好きにしてくれ」
「そこなんだがな、裁判では洗いざらいしゃべってもらう。そしてその後、処刑場へ移送されるお前を襲撃して助けようと思う。国外逃亡はやむを得ないがな」
「なぜそこまでする? 裁判が終われば用済みだろうて」
「クレリスがこうまでして助けた命だ。お前は生きて罪を償う道を行くべきだ」
「生きて、か……」
コクショーは月のない星空を見上げる。
「しかし良いのか? 俺が証言すると、黒のギルドと全面戦争になる。俺個人の所業にしても良いのだが」
「既に全面戦争さ。水面下の出来事が表面化する程度の意味しかない」
「相わかった。トレイン殿の好きなようにしよう」
「じゃあ襲撃のタイミングだが……」
俺達は計画をその場で詰め始めた。
クレリスは裁判の日まで目を覚まさなかった。
続く




