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第二十七話「影響 シュワルツの胸中と黒のギルド」

 砦から戻る時にも若手冒険者達は疲れながらも興奮冷めやらぬ気丈さだった。

 巨大スライムの討伐、ゴブリン軍団の撃破と大活躍だったから当然か。

 大都市を自分達が救ったのだと胸を張りながらギルド連合への報告していた。


 俺はと言えばぐったり疲れて、なぜだかやたら握手を求めてくる若手達を振り切って白のギルドへ逃げ帰った。

 もう眠い。とにかく寝よう。

 クレリスは「一日に二度も責任案件だなんて」と怒りつつギルドの浴場へ駆け込んでいく。

 セバスチアンは寝るより食べねばと食堂へ向かうも、汚れを嫌ったレイジィ・スーザンに追い出されていた。

 くっ、個室へ向かう俺の前にもブランカリンとキキョウが立ちはだかり、タオルと着替えを構えている。

 明日起きたら、ねぎらいという言葉を教え込んでやろう。


 


────────────────────


 黒のギルドは大変苦しい立場に追い込まれていた。

 元ギルドメンバーであるBランク冒険者ブラッキーが一連の事件の犯人だと判明したためである。

 低級スライム発生源がブラッキーの牧場であった事、砦での戦いでブラッキーの死体が出た事。

 言い訳の利かない材料が全て出揃っていた。

 黒のギルドマスターは「引退後の行動については責任を負えない」としつつ、仮病を使ってギルドに立てこもるしかなかった。

 元より、色々とやり過ぎの声もあったブラッキーだ。

 他のギルドからも生前のブラッキーの所業に対する告発がいくつも挙げられている。


 黒のギルド<黒雷>のリーダー、シュワルツもまた微妙な立場にいた。

 Aランク冒険者として社交界での足場を固める方へ専念していた所でこの始末である。

 ギルドマスター同様、引退後の事は関せずの姿勢を取りつつも、これからの進退に一抹の影が差した事実を苦々しく感じ取っている。

 後少しで足場が固まる。

 大都市の有力者、ブラックリッジ男爵の一人娘と婚約の許可をもらったのだ。

 だが正式に婚約発表のパーティーを開くには、あと一つ大きな功績が欲しいと男爵に匂わされ発表は延期された。

 たかが男爵ふぜいが……とシュワルツは毒づく。

 シュワルツにとって男爵位は足がかりに過ぎない。結婚さえしてしまえばほぼ同格。

 自分の隠しスキル【影響力インフルエンサー】の支配下における。

 冒険者のように精神と肉体を研ぎ澄ませていない相手なら地位さえ近づけば簡単に操れる。

 そうなれば小汚い冒険者稼業とはおさらばだ。

 爵位を駆け上がって一国を乗っ取る所まで大きな障害は少ない。

 こんな所でつまづいてはいられないのだ。


 ブラッキー反乱事件と命名された一連の事件からの追求を逃れるためにも、シュワルツは早々に叡智の巨塔ダンジョンへと出発する。

 黒のギルドの上位メンバーを片っ端から召集し、準備も半ばにダンジョンへと飛び込んだ。

 補給物資はダンジョン内で合流するという慌てぶりである。

 総勢33名。B級10人、C級12人、D級11人、ヘンチマン21名という、黒のギルドの総力を駆り出した出撃になった。

 

 それにしても、あのトレインめ。とシュワルツは拳がうっ血するほど握りしめ考える。

 節目節目に自分の前に立ちはだかり、運命を捻じ曲げていく不快な男。

 駆け出し時代、自分より他のメンバーからの信頼を勝ち取り【影響力】の行使を阻害され続けていた。

 クロウ三兄弟を使って冒険者生命は断ち切ってやったのに、貴重な聖職者の小娘まで連れていった。

 奴のせいでギルド掌握計画は1年遅れた。

 しかも奴は冒険者を諦めたものの、ギルドのトレーナーとして戻ってきて若手子分に余計な知恵を付けて回った。

 ヘンチマンにも変な教育を施し、回転率で利を貪るという自分の計画をとことん邪魔してくる。

 ギルドマスターを【影響力】の支配下に置き追放したものの、手下の冒険の回転率を更に下げられて計画は大幅に遅れた。

 雑魚冒険者やヘンチマンなど、使い捨てて生き延びた奴だけを真の子分にすれば良いのだ。

 トレインはそれに真っ向から反対し、妨害し続けてきた。

 ようやく追い出したのに、今度は白のギルドとやらを立て直し自分の計画を更に邪魔してくる。

 ノワール、ブラッキーを殺し、ヘンチマンを連れ去り……

 シュワルツは自分の認識が甘かった事を素直に認めた。


 あれは邪魔な障害物などではなかった。天敵だったのだ。

 

 いいだろう。自分が男爵の娘と結婚すればギルド連合全体を【影響力】で押さえつけられる。

 そうなればトレインごとき、いち冒険者など活かすも殺すも自由自在。

 忠誠を誓わせるか、さもなくばダンジョンから戻る所を始末するか……



 結果として、シュワルツの出撃は大成功と言える成果をだした。

 角飛竜ホーンド・ワイバーンというS級モンスターを退治し、その死体を持ち帰ったのだ。

 シュワルツは自身の栄光とその将来に酔った。

 全部で金貨20万枚は下らないこの報酬を元手に爵位レースを駆け上がるのだ。

 もはやトレインなどという小汚い冒険者に構っている次元に自分はいない。

 気が向いたら始末してやるとしよう。

 あの聖職者の小娘を取り上げ、目の前で抱いてやりながら。



 一方、黒のギルドマスターは苦悩のどん底にいた。

 シュワルツめ、角飛竜討伐に浮かれているがギルドとしての損害が壊滅的だ。

 出撃したメンバーのうち、B級が10人中5人死亡、C級は12人中8人死亡、D級は11人中10人が死亡した。

 黒のギルドはその戦力の大半を失ったのである。

 しかもろくにメンバーをねぎらうこともなく、売上のほとんどを独り占めして我が世の春を謳歌している。

 これでは黒のギルドが使い潰されるばかりではないか、とギルドマスターは吐き捨てる。

 ギルドホールを見渡せば、負傷だらけの生き残りと低ランク冒険者ばかり。

 直接不満は言えないものの、残った全員がシュワルツの横暴な振る舞いに不満を蓄えギスギスした空気が流れている。

 どうしてこうなった……


 黒のギルドマスターは酒に逃げた。

 シュワルツの名声が高まる一方で、ブラッキーの起こした事件への追求が無くなった訳ではない。

 むしろシュワルツに追求しづらい分、ギルドマスターにその責を問う空気になっている。

 ギルド連合にもギルド内部にも自分の居場所は無い。

 看板冒険者にすっかり母屋を取られた体になり、ギルドマスターは酒瓶を共に夢の世界へと逃避するのだった。

 もはや黒のギルドじゃなくシュワルツのギルドじゃないか、とうめきながら泥沼へと沈んでいく。


────────────────────



「アロウとボーが盗みを働いた!? なんでそんな事に?」


 ブラッキーの事件から一週間後、後始末や復興支援などに追われる俺に悪いニュースが届いた。

 レイジィ・スーザンとブランカリンがしきりに頭を下げている。


 聞けば大した事では無かったのだが、アロウとボーがギルドの食堂からパンやら肉やらを盗んでいたのを発見したというのだ。

 街の店からでなくて良かった……ギルド内でならギルドで話を収める事ができる。


 アロウとボーは先日のスライム洪水での活躍を考慮して、Fランク冒険者として正式登録をしている。

 Hランク、ヘンチマン、白のギルドでハイアリングと命名しているその立場は「存在しない者」に仮の市民権を与えるものだ。

 Gランクは採取や雑用系依頼を行ったり、交易商人の身分証として使われており、滞在許可書や身分証的な意味合いが強い。

 Fランクからは正式な市民として街の戸籍に登録される。

 市民としての権利や保護が発生する代わりに犯罪に対しては厳しい処罰が課せられるのだ。

 しかもアロウとボーには正規の報酬を出している。

 衣食住の費用をギルドで負担しているので、手取りはよそのヘンチマンと大差ないものにはなっているが、生活レベルを考慮すると裕福な生活をさせている。

 ともかく、本人たちから事情を聞き出さなければ。


 自室で待機していたアロウとボーを呼び出した。

 2人は年の頃13程度、もうやって良い事と悪い事の区別はつけてもらわねばならない。


 すすり泣きと共に2人は素直に説明してくれた。

 またしても騒動の種は<黒雷>だ。


 シュワルツ達が縄張りのスラムの子供達を根こそぎ引き連れてダンジョンへ出撃した。

 残されたのは稼ぐ能力の無い女の子とごく小さい男の子だけ。

 殴る蹴るで強引に連れ出されて、一ヶ月近くは戻ってこないという。

 残された子供達は15人。その子達を何とか餓死させたく無いと考えての行動だったそうだ。

 それを知ったのが先日。もう3日は水しか口にしておらず、動き回る元気もなくなっていたのを発見。

 急いで食べ物を探したものの手持ちのお金で買った食料では足りるはずもなく、魔が差して食堂のパンと肉に手を出したのだという。



 俺は大きくため息をついて安堵する。

 邪悪な何者かに脅されて、なんて話でなくて良かった。

 だが、盗みは犯罪。

 内々で収める事にするが、罰として地獄の特訓メニューを受けてもらう事にした。

 精神と肉体を追い込む形の、成果の割に辛い訓練だ。


「事情は理解した。とっさの事で判断を誤ったんだが。冒険者としてはまだまだ三流だ」

「ごめんなさい……」


「相談する、が正解だったな。事情を話してくれればレイジィ・スーザンもブランカリンも、俺だって協力したんだから」

「はい……」


 2人を抱きしめる。

 やろうとしている事は正しい。ただ慌てるあまり手段を間違ってしまったのだ。

 そこを間違えないよう、次は相談するように何度も何度も繰り返し教える。



「さて、そうと分かれば俺達にも協力させて欲しい」

「でもトレイン様が動くと、黒のギルドの奴らにまた抗議されたり嫌がらせを受けたり……」


「そんな所まで考えてくれていたのか。でも考えてくれたからこそ相談して欲しい部分だぞ」

「はい。勝手にしてすみませんでした」


 とは言え、何でも報告を義務付けてはゴーレムと変わらない。

 自主性や自律性を失わせないようにしなくては。

 

 

 白のギルド全員が集まって会議を開く。




「残された黒のギルドの縄張りの子供達を救出する。皆協力してくれ」




 続く


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