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第二十六話「決着 ブラッキーの末路」

注)今回は少々のグロ表現があります。苦手なお方は読み飛ばして頂けますようお願いします


 ゴブリンに囲まれている。その数およそ200。

 砦はそれ以上の数のゴブリンに占拠されていている。


 その首魁しゅかいはあの男、ブラッキーだ。

 右腕は簡素な義手で砦の上から俺達を見下ろしている。


「俺の育てた巨大スライムには綺麗に食いついてくれたようだな!」

「大きな魔石だったぜ。ごちそうさまと言っておこう!」


 実際はそんなに良いものじゃない。

 恐らく何百人という怪我人、そして少なくない数の死者が出ただろう。

 だがそれを正直に伝えてもブラッキーが喜ぶだけだ。

 ヤツはもう、一線を超えてしまったのだから。


「くそっ、その態度が気に入らねえ! シュワルツも早くお前を始末するべきだったぜ! 追放なんて生ぬるかった」

「右膝も持っていかれたんだがな。偶然や事故だなんて言わせないぞ」


「あの時ァ、スカッとしたぜ! 小うるさいお前が膝を抱えてのたうち回る姿は実に爽快だった!」

「片腕を失った気分はどうだ? 少しは俺の気持ちが分かっただろう」


「黙れッ! 貴様のせいだ! 俺が腕を亡くしたのはッ!」

「俺のせいじゃ──」


「うるさいッ! 貴様さえいなければノワールだって死ななかったッ!」


 一線を超えてしまったブラッキーに理屈はもはや通用しないようだ。

 メガ・ブラコニドの件も全て俺が悪かった事に記憶を作り変えてしまったのかも知れない。

 相棒で恋人だったノワールを失い、その最期からも逃げ出した自分の理性を保つには俺に押し付けるしかなかったんだろう。


 だが、俺の知ったことではない。


「そして俺は覚醒した! 【テイマー・怪物】のスキルを手に入れた! 天は俺に復讐しろと言ってるんだッ!」

「馬鹿な男だ、ブラッキー! それはお前がやり直す最後のチャンスだったのに」


「黙れ黙れッ! 牧場を買い占めて家畜を餌にスライムを育てて放った! ゴブリン共にこの砦を占拠させるためにな! そして兵士と避難してきたクズ共をゴブリンに食わせお前を誘い出した!」

杜撰ずさんで行き当りばったりな計画だ。俺が来なかったらどうするんだ」


「お前が来るまで人間をゴブリンに食わせて増やすまでの事だ! 腹が満ちたゴブリンがいれば【テイマー・怪物】でいくらでも増やせるぜ!」

「ブラッキー……お前は勘違いをしている。テイマースキルはゴブリンを増やすことなど出来ない!」


「俺のスキルは特別だ! 俺は英雄だからな! トレイン、貴様を倒して俺は真の英雄になるッ!」

「ブラッキー! 冷静になれッ! それ以上ゴブリンを増やすな! 後戻りできなくなるぞ!」

 

「がはは! 負け惜しみか! ならば限界までゴブリンを増やしてやる!」

「ブラッキー……お前がゴブリンを増やせるのは特別なテイマースキルだからではない──」


 周囲にゴブリンを召喚・・するブラッキーの目が赤く光る。

 強力な種は手下を呼び寄せる事ができるのだ。ライラプスのプロキオンのように。

 いぶかしんだクレリスが<ホーリーライト>の明かりをブラッキーの周りに近づける。

 ブラッキーの頭には大きな角が生えていた。



「お前はゴブリンに【変身】してしまったんだ!」



 ギャギャギャとブラッキーは人間離れした声で笑い始めた。

 理性が少しずつ消えて、心もゴブリンになり始めている。


 心身に深刻な損傷を受けた人間は、生き延びようとする力で新たなスキルを得る、覚醒を経験する事がある。

 右膝を壊した俺は【訓練士】のスキルを得、ブラッキーは【テイマー・怪物】を得た。

 だがブラッキーはそれで終わらなかった。終われなかった。


 ノワールを失い、そこからも逃げ出した自分の醜さから目を背けるために俺に全ての責任を押し付けた。

 その無理矢理に歪めた心は【変身】スキルの覚醒という形で身体をも歪めたのだ。



 良かったな、ブラッキー。

 お前は確かに英雄になったぞ。


 お前の新たなその姿、人間はこう呼んでいる──



 ゴブリン・ヒーロー(・・・・) と。



「トレイン! その藪睨みの三白眼も見納めだ! 殺してやるゥ!」

「ブラッキー、殺してやろう。人間らしさが残っているうちに」


 それがせめてもの手向けだ。

 ブラッキーの意味不明な吠え声と共にゴブリン達が一斉に飛びかかってきた。

 若手冒険者達に応戦を指示する。


「ゴブリン一匹一匹は大した敵じゃない。囲まれない事と、一度に複数飛びかかってくるのにだけ注意してくれ!」

「分かりました!」


「倒す事より、近づけないように中距離を保つ事に集中するのがコツだ。生き延びるぞ!」

「応ッ!」


 若手全員で輪を作りゴブリンの波に対処する。

 俺はクレリスの肩に手を置き、【テイマー・全】のリンクチェインを発動させた。

 クレリスが崩れそうな若手から順に<ライト・キュア>と<プロテクション>をかけて回る。

 余裕があれば<フィジカル・レイズ>、身体強化の祈念もかけてもらう。


「ありがたい! この<プロテクション>! 敵の攻撃を完全に弾いてくれる!」

「<フィジカル・レイズ>ってこんなに凄い祈念だったのか! 身体が軽い! これならもう何も怖くない!」


 若手冒険者達は気力十分だ。

 危ない所は俺が加勢しようと考えているが、どこも安定してゴブリンたちを倒している。

 気力と体力のズレが大きくならない内に決着したい所だ。


 砦の正面門が開き、ゴブリン達が這い出してくる。

 何百いるのか分からない位だ。体格が人間と同じくらいの上位種、ホブゴブリンも混じっている。

 それを見たセバスチアンが俺に要請してくる。


「トレイン様、そろそろ私も出たいものです」

「許可する。騎士セバ……もといハンス。らちは向こうから開けてきた。思う存分に広げてこい!」


 バンッと物凄い音を立てて地面を蹴り、セバスチアンは飛び出した。

 ほぼ満腹で武装をしていない状態だとあんな曲芸までできるのか。

 空中で鎧を呼び出し、まとうその姿は実に英雄じみている。

 騎士らしくはない。

 あと「トレイン様ーッ!」と叫ぶのは何だか恥ずかしいので次から辞めさせよう。



 状況は有利だが、ゴブリンは次から次へと湧いてくる。

 きりがないので、ブラッキーに揺さぶりをかける。


「おい、ブラッキー! これだけか? もっと強いのを寄越さないとアクビがでるぞ!」

「ガッ、ガアアアア! ドレインめええ……ゴレデドウダ……」


 ブラッキーの声が濁ってきている。

 奴も疲れてきているのだ。理性を失う前に気絶してくれれば良いのだが。

 持久戦となればこっちが不利だ。

 若手達は息が上がってきているし、【テイマー・全】のリンクチェイン無しではセバスチアンもあまり長くは持つまい。


 ブラッキーをクレリスの<ホーリーレーザー>で薙ぎ払うのは簡単だ。

 だが砦へのダメージが怖い。

 生存者がゼロかどうかを確認するべきだった。正直に話すとは思えないが。

 万が一の生存者の可能性が俺にそれを思いとどまらせていた。

  

「ごれでトドメだッ! 最強のゴブリンをヨンデヤル!」

「おいやめろブラッキー!」


 ブラッキーは自分の周りにいた2匹のホブゴブリンを生贄にし、最大級のゴブリンを呼び出した。

 ゴブリン・ヒーローと化して巨大化しているはずのブラッキーより更に1mは大きい身長、ゴブリン達の最強種。


 ゴブリン・キングが出現した。


      

 ゴブリン・キングの吠え声は周囲の空気を痛いほどに振動させる。

 ゴブリンも若手冒険者達も戦いの手が止まった。


「ギャバババ! ざあキング! あのトレインを食い──ぐぶっ!」


 ゴブリン・キングの最初の食事だ。

 ブラッキーは肩口から左腕を食いちぎられた。


「ひぎゃあああッ! なんでだ!? 敵はあっちだぁ!」


 当然の帰結だ。

 自分より強い種を呼び出すことは出来ても、従わせる事は出来ない。

 ブラッキーはその不遜の報いを受けたのだ。


 クレリスに指示して、一緒にセバスチアンの近くまで駆け寄る。

 ゴブリン・キングのあの身長なら足元から角度を付ければ──


 その間にゴブリン・キングはブラッキーの頭部を鷲掴みにして持ち上げる。

 巨大な口を限界まで開き、ばくんっとブラッキーの両足を噛みちぎった。

 食事だけではない。見せしめの処刑でもあるのだろう。


「ごぷっ……いだい……やめで……」


 ゴブリン・キングは虫の息で命乞いをするブラッキーを見て笑う。

 再び大口を開けてブラッキーの腹を……


「クレリス、頭部を撃てッ!」

「はいっ! まとめてこねこね<ホーリーレーザー>!」


 月へ吸い込まれるかのように、光の束がゴブリン・キングの肩口から上を消し去った。

 バランスを失ったゴブリン・キングの身体は城門から地面へと墜落する。

 ブラッキーの断末魔と共に。


 どさり



 ゴブリン達は我に返ると一目散に森へと逃げ出していく。

 若手冒険者達とセバスチアンが最後の気力を振り絞り、一匹でも多く討ち取ろうとしている。

 数十匹は逃げてしまうだろう。

 後日、森狩りの依頼が発生し、若手冒険者達の仕事になるに違いない。



「終わったな。ブラッキー、哀れなヤツだった」

「滅ぶのも当然です。トレインさんの事を藪睨みの三白眼だなんて……」


 そこは聞き流す所だよ?

 掘り返さないで。


 頬を膨らませて怒るクレリスの姿が長い一日の終わりを告げる合図だった。

 夜の森へ深追いは厳禁と強く支持したので手早く集結し終える。



 砦の生存者はいなかった。




 続く

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