第二十五話「進軍 ゴブリン砦」
巨大都市の周囲にはそれぞれ防衛の前線基地となる砦がある。
隣国やモンスターに攻められた場合の拠点となる所だ。
都市はあまりに巨大化し過ぎて街を外壁で囲いきれていない。
外敵からの防御は万全ではないのだ。
俺達はスライム討伐の報告のためにギルド連合本部を訪れ、顛末を話し始めた。
そのタイミングで衛兵が飛び込んできて、西砦陥落の急報を告げる。
「ゴブリンだ! ゴブリンに西の砦が食い荒らされている!」
衛兵は床にこけつつも報告を続ける。
前日の午後の定時連絡からして戻ってきていなかった。
その時点ではサボってどこかで酔いつぶれているか、せいぜいちょっとした魔獣に襲われてたのだろうと皆考えた。
翌日午前の定時連絡をしっかりすればいい、と気を緩めていたのだ。
そしてその日は朝からスライム洪水が発生し、街中がパニックになっていた。
そのパニックもまだ収まっておらず、俺達が報告した事で沈静化する予定だった。
スライムが飛び散り、事態が収まったかという所で各砦に早馬を走らせた結果、判明した。
「西の砦か。やはり黒幕はいたんだな」
「こうなると、スライム洪水は陽動だったと見て間違いないでしょう」
セバスチアンが頷きながら返してきた。
動くか、それとも様子を見るか……
ひとまず休憩がてら様子を見ておこう。
依頼ないし命令が無ければ勝手に砦を攻めるわけにはいかない。
ここまで付き合ってくれた各ギルドの若手冒険者達に挨拶して解散を告げる。
「ここまで来てハイ、さようならってのは無いでしょう?」
「おいおい……頑張りすぎじゃないのか」
誰一人として帰ろうとしない。
まあ気持ちは分かる。大きな事件の解決に大貢献したんだ。
実入りも上々、となれば燃え上がった炎がすぐに収まるはずも無い。
「だが1日中歩き回っての強敵戦を経験して、気持ちとは裏腹に身体は相当疲れているはずだ。一度体の力を抜いてクールダウンしてくれ」
「分かりました。備えておきます」
出撃する気満々だな。
気をつけて見ておこう。ヒートアップし過ぎは突然の死につながる。
ギルド連合会館ホールの隅で休憩していると、新たな衛兵が飛び込んできた。
「西の砦に避難しているはずの住民が戻ってこない! およそ500人はいたはずだ!」
500人の犠牲。恐ろしい数だ。
せめて見知った顔がいないことを祈るしかできない。
状況はもはや冒険者ではなく軍が動くべき段階になっている。
街の太守の名代も到着してギルド連合の幹部、そして各ギルドのマスターも加えてその場で会議が行われている。
ブランカリンの姿もそこにある。頑張れ。
緊急命令が発動される事になった。つまり、西の砦を攻略する義務が発生した。
軍はスライム洪水の後始末と備え。冒険者が攻略という配分になったようだ。
命令を受けた各ギルドマスター達の動きは明らかに鈍い。
普段色々と優遇されている冒険者ギルドがこき使われる場面だ。仕方あるまい。
ブランカリンが俺達の元へ駆け寄ってくる。
「トレインさんお疲れ様です。事態は把握していますか?」
「西の砦の攻略だな。詳細を聞かせてくれ」
ブランカリンは頷き話し始めた。
西の砦がゴブリンの大群に占領されている。砦に詰めていた100人あまりの兵士とスライム洪水で避難した500人あまりの住民が全滅ないし捕らわれている。
報酬はゴブリンの耳一組で銀貨1枚。経費込み。
「了解した。ありがとうブランカリン。ギルドの様子はどうだ? 皆無事か?」
「無事です。下水溝からスライムが出てきましたがアロウくんとボーくんが対処しました」
「頼もしい。2人を褒めてやってくれ。そのまま警戒態勢を維持するように」
「住民の一部が保護を求めてギルドに避難してきています。現在200を上回る人数で順次増えています」
「可能な限り収容してくれ。苦労をかけるが頼むぞ。ライラプス達も全員出して良い」
「かしこまりました。子供達も全員落ち着いていて避難民のケアに立ち回ってくれています」
「嬉しい報告だ。元気が湧いてきた。なら、もうひと頑張りしてくるか」
「トレインさん達がスライムを倒したと報告しにいくのが楽しみです。どうかお気をつけて」
食料や物資は惜しまず供給してしまうようにとだけ指示して、ブランカリンと握手し別れる。
子供達を侮っていたかも知れない。もっと不安に苛まれて戻ってきて欲しいと言われるかと思っていた。
みんな急速に成長している。反省せねば。
会館の隅で待機していたクレリスや各ギルドの若手達の所へ戻る。
事態を説明し、出発を伝える。補給なしの連戦だ。
「再度各ギルドへ1人連絡員を出して報告をしてくれ。それと、できれば付近の住民を保護・収容するようにと」
「分かりました!」
若手は皆元気だ。張り切りすぎていなければいいが……
砦を占拠するほどのゴブリン勢力だ。正直一人でも多く人手が欲しい。
俺達は再び街の西へ向かう。
街の外壁から砦まではおよそ10km。牧場と畑と住宅で周囲の見通しは悪くない。
大の青い月が登っていて思ったほどは暗くない。夜討ちには絶好と言えるだろう。
街を出た辺りで若手の一人が問いかけてくる。
「トレインさん、俺は黒のギルドのアーテルです。聞いてもいいですか?」
「どんどん聞いてくれ」
「朝を待ってからの方が良いんじゃないかと思って」
「確かに砦の攻略を最優先すればそれがベストだろう。ただ、住民が少しでも残っているなら助けたいと思ってな」
「なるほど、そこまで考えていたとは」
「正直、望みは薄いのだがな……後悔するよりはいい」
街は喧騒でごった返している。
スライム洪水収束でパニックになっていた住民達が家に戻ったり建物を修繕したり物資を買い求め始めている。
西の砦が占拠されている事を知られたら再びパニックになるかも知れない。
そのためにも翌朝までに解決したいというのもある。
「トレインさんって少し変わってますね」
「そうか? 冒険者なんてこんなものだと思うが」
「全然違いますよ。あと俺達、黒のギルド所属なんですが……」
「まあ言いたい事は分かるよ。<黒雷>と俺達は対立してるからな」
「すみません……<黒雷>の奴らには逆らえなくて。俺もトレインさん達に酷い事を」
「いいさ。元凶はシュワルツ達だ。まぁ目の前に立ち塞がられたら容赦はできないから、その時はこっちも許してくれ」
「ははは、怖いなあ。覚悟しておきます」
黒のギルドのメンバー、特に若手には<黒雷>のパーティーに思う所がある者も多いのだろう。
そこは察している。
レイジィ・スーザンの料理勝負の時、俺達の勝利に観客は湧いたのだから。
強く押さえつけられていても、決して一枚岩ではない。そう感じていた。
「トレインさん、砦が見えてきました!」
アーテルが叫ぶ。
月の明かりに照らされた砦に火は灯されていない。
だが臭いがしてくる。獣に近い臭い。
そして血と臓物の匂い……
ゴブリンは夜目が利く。<インフラビジョン>というスキルらしい。
その緑色の肌をした頭髪の無い子鬼はクレリスよりも小さい。
「トレインさんが何か失礼な事を考えた気がします!」
何かの祈念で俺の心が読めるのだろうか。
視線で察したのだと思っておこう。
「よし、松明を砦正面門辺りにばら撒き投げてくれ。ゴブリンは火を恐れる」
「分かりました!」
各ギルドの若手たちが正面門のある周囲を取り囲むように松明を並べる。
誰か几帳面な者がいるな。きっちり等間隔に並べなくていい。
立てない立てない。
砦の南と西側はすぐに森になっている。
その森から威嚇の吠え声があがった。
「ゴブリンが来るぞ! 森からだ! 向こうに松明を投げて密集しよう」
「了解です!」
若手達は手早く指示通りに行動してくれた。
血気にはやる者はいない。
どうしてどうして、見込みがある者達だらけじゃないか。
欲しい。この若手達、白のギルドに欲しい。
こっそり連れ帰ったりしたら駄目だろうか。
「トレインさん、若い男の子ばかりに色目を使って……」
「違ーうッ!」
色目とか言わないでくれ、運命共同体。
ゴブリン達は威嚇の声をあげながらも、こっちに飛びかかってこない。
やはり一連の事件の黒幕に統率されている。
「来たな、トレインッ! いよいよ貴様を殺せる時が来た!」
砦の門の上から怒鳴り声が響く。
薄々勘付いていたが、やはりお前だったか。
「ようブラッキー! 子分に逃げられて、いよいよゴブリンに手を出したか!」
義手の大男、ブラッキーが月明かりに浮かび上がった。
続く
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