第二十四話「牧場 討伐と陥落」
都市が攻撃を受けている。
何者かによって低級スライムを用いた手段で。
「気を更に引き締めていこう。スライム以外にも何か出てくる可能性がある」
「わ、わかりました……ッ!」
緑のギルドの若手戦士、グリューンが唾を飲み込みながら背筋を正した。
事は下水の大掃除から襲撃事件へと変化したのだ。
集まっていた各ギルドの若手からそれぞれ1人を出してもらい、各ギルドとギルド連合へこの情報の連絡をお願いする。
ギルド連合は10あるから白のギルドを抜いた9人が減り23人になった。
10人のチームを2つ作り、クレリスとセバスチアンの持っていた地図を渡す。
この2つは西側地区の北西側と南西側へ向かう形で下水入り口を見て、スライム水位と魔石があるかどうかを確認してもらう。
俺のチームは西側地区中央をクレリス、セバスチアンと残った若手3人を加えて進む。
「あの……トレインさん」
「どうした?」
若手の1人が俺に質問してくる。
いいね。どんどん聞いてくれ。
何でも答えちゃうよ。
「白のギルドはいつもこうなんですか?」
「こう、って……どの事だ?」
「ウチの、黄のギルドだと実戦で学べって感じで、互いを蹴落としたり出し抜く相手と見なす傾向が強いって言うか……」
「情報や技術の共有に無関心って事か」
「はい……」
「俺達白のギルドは復興して間もない。人数が不足しているから街の子供達を1から鍛えている状態だ」
なるほど、と言いながらその若手は考え込んでしまった。
黄のギルドに大分思う所があるのが伝わってくる。
恐らく、先輩だけではなくトレーナーらも熱心では無いのだろう。
「良かったらいつでも遊びに来てくれ。やる気のある若手は歓迎だ」
「いいんですか!?」
「表立ってトレーニングの名目では呼べないからな。でも遊びに来るのは自由さ」
「ぜひ伺います! あ、俺は黄のギルドのジアッロです!」
「ジアッロ、待ってるよ。でもまずはこの戦いを生き延びてからだ」
「はいっ!」
どうして若手も捨てたもんじゃない。
事件の最中なのに舞い上がってしまいそうだ。
クレリスも嬉しそうにして俺に話しかけてくる。
「さすがトレインさんです。男たらしですねっ」
「待てクレリス。話し合おう。君の発言はたまに非常に危険な色を帯びる」
気を引き締め直さねば。
まだ避難してない住人やどうしていいか分からない住人も多いのだ。
あちこちで喧騒が聞こえる。
よし、早く事件を解決しよう。
西側へ向かうほどにスライムの水位は上昇している。
核となる魔石は1度も見当たらない。
スライムは中心部に魔石があり、身体を覆うゼリー体も分厚くなる。
下水道に広まっているから変形しているものの、巨大スライムの中心へ近づいている事は間違い無さそうだ。
「トレインさん、スライムの中心を見つけても俺達だけで倒せますか?」
「君達が力を貸してくれれば倒せる。俺達がスライムのゼリー体を切り開いて道を作るから、君達はそれを押し留めつつ核の魔石を叩いてくれ」
「逆のほうが良いでしょう? 俺達が道を切り開いて、トレインさん達が核を叩く。こっちの方が確実だと思います!」
「それだと君達が危険過ぎる。スライムの対処に慣れている俺達が──」
「俺達にやらせてください。少しはカッコつけさせてくださいよ」
「君は……」
「銅のギルドのカルコスです。良いとこ見せてやりますよ!」
「その決意だけでもう十分カッコいいけどな。それに君が良くても他の……」
振り返る間もなく気勢があがった。
「俺もやるぜ!」
「任せてください!」
「やってやらぁ!」
「スライム叩きなら慣れっこです!」
「頑張りますよ!」
即席なのに良いパーティーだ。
自分達がどう動くのが一番効果的かを見極めようとしている。
「分かった。任せよう。頼んだぞ!」
全員が「おう!」と応えた。
志気は十分。後はスライムの核さえ見つければいい。
核を求めて結構な距離を西へと歩いた。
日が傾き始めている。暗くなる前に決着を付けたい。
「しかしそれらしい所が見当たらない。街の外周まで来てしまったぞ」
「街の外にも下水道入口はあります。そっちでしょうか」
確かにそうだ。水流を作るために河口付近から水を流しているのが下水道の大本だ。
街の門を通過し街道沿いに捜索していく。
分散して探していた2チームも合流し、広がりながら畑や牧場を探した。
「トレインさん! あれ!」
「見つけたか!?」
銅のギルドのカルコスが大声をあげて指差している。
指差す先に見えたのは、大きなスライムの山だ。
その中に牧場の巨大な建物と厩舎がすっぽり収まっている。
「あれだけ巨大化すると木や石も溶かせるようになるのか……!」
「魔石も見えます! 皆、陣形を整えろ!」
夕暮れも近い日が照らし出した建物と植わっていた巨木は溶けかけていた。
スライムの核である魔石はクレリスより大きい。これまで誰も見たことが無い巨大さだ。
連絡に戻っていた者も合流し32人が半月形の陣形に集結する。
足並みを揃えて超巨大スライムとの交戦が始まった。
「とにかく叩きつけろ!」
「松明を絶やすなよ!」
「隣の奴が飲み込まれないように気をつけるんだ! 飲み込まれたらすぐに手を貸して引き出せ!」
黄のギルドのジアッロや銅のギルドのカルコスが仲間を励まし、注意を喚起している。
スライムはダメージを嫌がり、こちらの陣形と同じように半月形にその身体の一部を歪めた。
頼もしい仲間達だ。
スライムを叩いて歪ませ、限界ギリギリまで近づいた。
核の魔石まで20m少し。これで行けるか!?
これ以上はスライムの高さがせり上がりすぎていて、雪崩や津波のように被さってくるだろう。
「よし、クレリス! <ホーリーライト>をチャージしてくれ!」
「了解です!」
声をかけると同時にクレリスの肩に右手を置く。
新調したクレリスの特注白ローブはフード周りがダボダボと余裕がああり、そこに手を差し込むスリットが隠れている。
ちなみに猫耳付き。
これなら【テイマー・全】のリンクチェインと首輪は目立ちづらい。
リンクチェインを繋げると同時にクレリスが<ホーリーライト>を20個チャージし準備完了を告げる。
「いつでも撃てます! 命令どうぞ!」
「よし、3つ使って魔石の中心を狙って撃て!」
「3つこねこね<ホーリーレーザー>!」
大きい弦楽器のような野太い低音を立て、青白い<ホーリーレーザー>がスライムを……
貫かなかった。
「トレインさん、効きません!」
「いや、スライムは苦しんでいるように見える。それとも喜んでいるのか……?」
「5つ使って再度撃ってくれ」
「了解! 5つこねこね<ホーリーレーザー>ッ!」
過去最大火力だ。
ひとたまりもあるまい……あった。
「<ホーリーレーザー>が曲がった……!?」
「スライムの核に<プロテクション>のような防御魔術が!?」
<ホーリーレーザー>はスライムのゼリー体に突入した途端に角度を変え、そのゼリー体を一部焦がしながら反対側へ弓なりに抜けていった。
防御の魔術であればスライムに当たる直前に曲がっていいはずだ。
考える時間が欲しい。
だが状況はそれを許さない。
若手冒険者達の攻撃により押し込められていたスライムが上から崩れて覆いかぶさった。
「トレインさんッ! 冒険者さん達が飲み込まれています!」
「今助ける──」
ジアッロとカルコスが俺の前に立ちはだかって制止してくる。
「無理ですよ! 手を出したら一緒に呑まれるのがオチだ! それより溶かされるより早く、その光の剣に賭けた方がいい!」
「ぐっ……正論だ。俺が冷静さを失っては駄目だな」
通常、人間が溶かされはじめるまで10分はかかる。
しかし建物を溶かすスライムだ。5分とて持つまい。
「クレリス、玉は最大何個まで行けそうだ?」
「10個までは絶対大丈夫です! それ以上は不安があります」
クレリスは<ホーリーライト>を再度蓄えながら答えた。
<ホーリーレーザー>は消費した<ホーリーライト>の数だけ太くなり、効果時間も伸びる。
だが魔石を狙うと弾かれる、もしくは曲げられる……?
いや、先程の攻撃でスライムには穴が空いている。
穴の周囲が黒焦げになっていて塞ぐのに手間取っている。
攻撃が効いてない訳じゃない。
ならば、いける!
「軌道を曲げられてしまうのなら、魔石の周囲を狙って魔石を切り出してしまえばいい」
「なるほど! 誘導お願いします! いつでもどうぞ!」
先程の穴を塞がれる前に、そこを起点にして……
「よし、撃ーッ!」
「10個こねこね<ホーリーレーーザーーー>ッ!」
クレリスが両の手でそれぞれ半月を描き、その中心の玉が光の剣となって伸びた。
<ホーリーレーザー>は曲げられたが貫通している。
魔石を取り囲むようにその軌道を修正して……
スライムの核をくり抜いた。
「よし、やったぞ!」
「トレインさんの勝利ですね!」
撃ったの君だけどね。
いびつな円錐状にくり抜かれた魔石を含むスライムのゼリー体が、ニュルリと押し出されるように俺達の目の前に滑り落ちてきた。
ゴゴン、と巨石が落下する音を立てる。
若手冒険者達が歓声をあげ、勝利を喜んでいる。
急いで取り込まれた仲間の救出に行こうとする者を止める。
「慌てる必要は無いぞ。消化の脈動は止まっているし、それに──」
「それに?」
核を失ったスライムは小刻みな振動を数秒繰り返し……弾け飛んだ。
「ははは、スライムの雨だ。スライムは核を失うと破裂するんだよ」
「先に言ってくださいよー!」
全員が笑いながらその場にへたり込んだ。
全身スライムまみれ。
「ついでに言うと、弾け飛んだスライムのほんの一部だが、周囲の魔力を魔石化し小さいスライムとなってそのうち復活する」
「じゃあ街中や下水道に後日また──」
「ああ、稼ぎ時だな。頑張れ新人」
「もうスライムはお腹いっぱいですよー!」
暮れなずむ牧場跡に笑い声がこだました。
「どうした、クレリス? ぐったり俯いて、流石に疲れたか?」
「私……最近こんなのばっかりです」
クレリスは一番ゼリーまみれだ。可哀想に。
<ホーリーレーザー>を打つために一番前に立っていたからな。
弾け飛んだスライム粒を最も良く浴びた。
そしてまた、うっかりリンクチェインを消した為に例の「責任案件」状態の下半身になっている。
ゼリーまみれで目立たないから良いじゃないか、と言ったら激怒されるので黙っておく。
クレリスを励まして回復の祈念をかけて回ってもらう。
大きなダメージを受けた者はいなくて良かった。
クレリスはゼリーを払いながら言う。
「でも、誰がこんな大きいスライムを育てたのでしょう……?」
「スライムの近くにいると思ったんだがな。何でスライムを使ってこんな攻撃を仕掛けたのか、その意図すら分からない」
考えていると黄のギルドのジアッロが尋ねてくる。
「トレインさん、さっきの聖職者さんの攻撃は一体何だったんですか?」
「あれは俺とクレリスのとっておき、合体技なんだ。滅多に使えない大技だから内緒にしてくれると有り難い」
ジアッロ達は拳の親指だけを立てる、サムアップのハンドサインで了解の意を示してくれた。
手の内を知られるのはリスクが高い。
そういった情報を売り買いする抜け目ない冒険者もいるくらいだ。
まだ戦術級、戦略級スキルの意義を知っているかどうか分からない。
だがフィニッシュスキルを知られるのは仲間内だけにしておけ、というセオリーは直感的に理解できている。
【テイマー・全】の存在が悟られた訳でも無い。
最小限の漏洩で済んだと思っておこう。
「あと、報酬の分配ですが……トレインさん達で半分、残り半分を俺達全員でという形はどうでしょう?」
「そうだな。今回俺達白のギルドは美味しい所をもらってしまったから、その半分は被害者達への補償に充ててもらおう」
「それじゃあ俺達がカッコつきませんって。ズルいですよ」
「まあまあそう言うな。まだ黒幕の正体が割れてない。もうひと稼ぎできるって確信があってな」
「なるほど。ですが、それはそれ、これはこれ」
押し付け合いになりそうだったので、半分を補償に寄付。
残り半分は若手32人と俺達3人の35人で均等に分ける形に強引に押し通した。
近年稀に見る巨大な魔石だ。
そのまま売っても金貨2万枚。オークションでもっと跳ね上がってくれるだろう。
一人あたり金貨300枚を上限にして、それ以上の売上は寄付に回す。
この形で決着した。
装備修理と治療代を差し引いてもまだ普通に1年くらいは豊かに暮らせるくらいの実入りになるだろう。
装備を買い替えたり、トレーニングに集中したり、やる気ある若手の弾みとなるお金になってくれるはずだ。
全員でギルド連合へと報告に赴く。
意気揚々と乗り込んだ俺達を待っていたのは称賛では無く、次の事件の幕開けを告げる声だった。
「西の砦が落ちた……! 全滅だ!」
続く




