第二十三話「増殖 スライム洪水」
スライムには2種類がある。
柔らかいものしか食べない低級スライムと何でも溶かす真性スライムだ。
真性スライムはダンジョンの深層に生息し、何でも溶かして食べるがそれほど増えない。
逆に低級スライムは腐肉や柔らかい植物しか溶かせないが、それらがあれば爆発的に増える。
真性スライムと違って低級スライムには多少打撃や斬撃が効果を発揮するし、何より種として攻撃や防御の本能が弱い。
脳も目も見当たらない、魔石とゼリー状の身体だけなのだから本来はそんなものだろう。
しかし餌さえあれば爆発的に増えてしまうのが大問題だ。
溶かして食べた分だけ増えると言って良い。
それがこの大都市の地下、下水道に蔓延してしまったのだという。
ブランカリンが白のギルドマスターとしてギルド連合の緊急会議に召集され持ち帰った情報だ。
しかしその夜には街の住民の多く知る事となり翌日昼にはパニックになった。
低級スライムの消化力は生物に対しては極端に弱い。
生きた者の身体に流れている魔力を溶かすのが苦手だと言われている。
一般人が5分や10分スライムに触れ続けても強く擦りむいたように皮膚がただれるだけで済む。
だが、大きくなったスライムに飲まれれば息を塞がれてすぐに死ぬ。
これが怖い。
だから一般人はスライム洪水に対してパニックになる。
慌てて街の外へ逃げる街人が続出している。
トイレや排水溝からいつ這い出してくるか分からないのだから。
「それにしても下水道を塞ぐほどのサイズになっていたとは……」
「街議会の管理怠慢ですが、今はそれは言っても仕方ありません」
ブランカリンの言う通りだ。
文句は事が済んでからだな。
冒険者全員に緊急命令が出ている。
ギルドでFランク以上の冒険者登録をしている者は協力義務がある。
「やるしかありませんな。クレリス殿は気乗りしないご様子ですが」
「いえ、頑張ります! 頑張りますが……下水ですか……」
若い女性には酷というものだ。
実際、女性冒険者は何だかんだと理由を付けて下水道に降りるのは拒否している。
むしろ女性だけでなく男性冒険者ですら高ランクになるほど、この手の強制依頼は逃げ出している。
曰く、
「こんなのは低ランクの仕事だ」
「自分達は低ランクの者の仕事を奪わない」
「自分達を動かしたいならもっと良い報酬を寄越せ」
という訳だ。
各ギルドのギルドマスターや幹部はギルド連合での発言力に影響するから仕事を張り切らせたい。
だが冒険者全体に謝礼を出すこの手の命令は日銭にすらならないし、一人一人を監視するわけにもいかない。
ギルドにいる者に片っ端から叱咤激励するものの、一部の駆け出し冒険者以外は働いているフリをして街を練り歩いているだけの状況だ。
せめて俺達は頑張って、白のギルドの汚名を晴らす一助にしよう。
と意気込んだものの……
「こりゃあまずい。下水道のどこにも降りられない」
「腰から上までスライムに浸かる事になりますな。いっそ、よくぞここまで放置したものです」
「く、臭いです……」
手のつけようが無い。
街のあちこちの下水道入り口を覗いて回っているが、どこもスライムで溢れていて降りられない。
「どうしてこんなになるまで放っておいたんだ!」
何度目かの愚痴をこぼしてしまう。
ギルドが固まっている街の北側地区の下水道侵入口は全滅だ。
西側地区の下水道地図の写しをもらい、シラミ潰しに見て回る。
「トレイン様、スライム水位がむしろ上がっております」
「確かに。もうクレリスがすっぽり埋まる高さだ」
「どんな基準ですかー」
クレリスは鼻をつまんでいるので面白い声になっている。
これだけ臭いがキツいと目に来るものなんだな。
「……」
「トレインさん、何かありました?」
「いや、だが変だな、と思って」
「何がですか?」
「下水管は最終処分の後、西の大河に流されるから、これだけ広がっていればこの街の水源である西の大河に向かってスライムの水位は低くなるはずだ」
「言われてみれば確かに……」
「つまり、スライムの発生元は西にある可能性が高いって事さ」
「なるほど。行ってみましょう」
「……?」
「……なんでしょう?」
後ろを振り返ると20人ばかりの冒険者が俺達の後を付いてきていた。
いつの間に囲まれたんだろう。
しかし敵対的な意思や悪巧みをしているような雰囲気は無い。
どちらかと言うと、戸惑っているような……
「おい、お前さん達。俺達に何か用でもあるのか?」
「い、いや……用というか、どうして良いか分からなくて」
ああ、なるほど。
よく見れば若手ばかりだ。
熟練者は皆この手の仕事をやりたがらない。
若手は事態解決の取っ掛かりが分からない。
そんな中で意思を持って動いてたのが俺達だから、何か参考にできるかどうか見学する形になってた訳だ。
嬉しい事だ。よそのギルドとは言え、全部見て盗んでいってくれ。
トレーナー冥利に尽きる。
むしろ俺自身がワクワクしてきた。
「じゃあ皆、ここはひとつ共同戦線といこうじゃないか」
「はいっ、お願いします!」
若手冒険者達に俺達が調べた事を教える。
彼らが見て聞いて調べた事も共有してもらう。
やはりスライムは下水道全域に広がっている。
そしてこっち西側地区に向かってスライムの水位が上がっている。
「低級スライムの弱点は核となっている魔石だ。これはどんなモンスターでも同じだが、スライムの場合は特に目で確認できるからな」
「そこなんですが、トレインさん……」
「ええと、君は?」
「あっ、すみません。緑のギルドのFランク、グリューンです」
「グリューンか。改めて白のギルド、トレーナーのトレインだ。よろしくな。それで?」
「はい、不思議なんですがここまで1度もスライムの核を見かけていないんです」
「……マジか」
「マジです」
「グリューン!」
「はっ、はいっ!?」
「君は天才だ!」
「ええっ?」
「俺も見落としていた。低級スライムは普通、大樽程度の大きさになると勝手に分裂する」
「つまり……?」
「だが核が見つからないという事はこの低級スライム洪水はとてつもなく大きいスライム数匹、あるいは1つのスライムだ。城を覆うほどの」
「そんな、まさか」
「俺が知っている限りで、それを成す方法が1つだけある」
「どんな方法でしょう?」
「この低級スライムは誰かにテイムされている。分裂を抑制されているんだ」
「……じゃあこれって!」
「ああ、そうだ」
全員が理解したようで動揺が広がる。
だが認識をはっきりさせるためにも、あえて大仰に宣言した。
これは災害じゃない。
「俺達の都市は何者かによる攻撃を受けている」
続く




