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第二十二話「解体 ケイトウとブッチャー・ナイフ」

 前回の古いコインは年代物だったらしく、税金を差し引いて金貨2000枚少々の売上になった。

 ギルド資金とし3割の600枚ほどをブランカリンに預ける。

 残りを俺とクレリスで等分するのが普通だが、クレリスはまた一部しか受け取らなかった。


「金貨で150枚も頂ければ大儲けですから。後はライラプスさん達の小屋とご飯代に」

「教会に分配したらクレリスの手元には50枚しか残らないだろうに」


「50枚でも普通の市民だったらひと財産ですよ。それに、ほら、いずれは……」

「あ、ああ……まぁそうだな」


 控えめに言っても運命共同体だしな。

 赤らめた顔を両手で抑えながらダッシュしてどこかへ去るクレリスの背中を見送った。



  

 白のギルドで料理を担当しているレイジィ・スーザンに頼み事をされた。

 牛や豚を一頭買いして欲しいと。

 ポトフ以外のメニューが増えるのは喜ばしいので数日に一度、一頭丸々を仕入れている。

 子供達とセバスチアンだけでも一度に40人前は食べる大消費集団だからな。

 加えて、新しく番犬として加わったライラプス達は主食が生肉やモツだ。

 色々食べられるがやはりメインは生肉とモツでお願いしますと頼まれたのでそうする。


 それが2週間前。


 今度は魔獣の肉が欲しいと言い出した。

 確かに魔獣の肉は低級魔獣であれば牛や豚より遥かに安い。

 叡智の巨塔ダンジョンでも低階層での遭遇率は高いし。

 ハイアリングとして認定したHランク冒険者のアロウとボーのデビュー戦も兼ねて低階層に数日籠もった。

 やはり留守の番をライラプス達に任せてセバスチアンもパーティーに加えられるのは頼もしい。

 獣肉を持ちきれなくなるまで狩り、ほくほく顔で帰還した。

 俺達のパーティーの能力だと赤字と言える程度の稼ぎでしかないが、アロウとボーにダンジョンでの心得を実践で学ばせる事が出来たその意義は大きい。


 それが1周間前。


 で、今レイジィ・スーザンがドヤ顔でケイトウの両肩を掴んで俺の前に差し出している。


「ケイトウちゃんは解体師スキルに目覚めました!」

「おおっ! 凄いなそれ!」


 しきりに一頭丸々の肉を欲しがっていたのはそういう事だったのか。

 才能を見抜いて育てたレイジィ・スーザンを絶賛する。


「ケイトウ、おめでとう! 解体は冒険者にとって大変重要な能力だ」

「ありがとうございます、トレイン様」


 入手した魔獣系の肉をそのまま売るより解体して売ったほうが儲けが増える。

 欲しい部位や使いたい素材は自分たちがせしめる事が可能になるしな。

 何より……


「ケイトウ、解体師の真価は冒険中の食事と荷物の輸送効率の向上にある。一緒に冒険に出ないか?」

「ぼ、冒険は私もちょっと……」


 レイジィ・スーザンに怒られた。

 何でもかんでも冒険者に結びつけるなと。

 ギルドオーナーでトレーナーでもある俺が冒険のことばかり考えて何が悪い。


 ……まぁ悪いよな。

 俺の都合ばかりを押し付けるんじゃ、よそのギルドのヘンチマンにやってる事と変わらないか。

 

 反省。



 ケイトウの成長を皆で祝い、解体小屋の設置を決定した。

 ギルドの大きなキッチンでも解体作業は厳しいものがある。

 やはり血抜きは吊るしが大前提だ。

 解体専用の道具もあれこれ必要だしな。

 早急に手配しよう。


 ニヤけが止まらない。

 

「ふふふ……ついに白のギルドにも専属解体師が。いよいよってギルドらしくなってきたじゃあないか」

「トレイン様、血合いが付いたまま解体包丁ブッチャー・ナイフを持ってのその笑顔はとても怖いです」


 ケイトウが半分マジで怯えている。

 酷い。


 レイジィ・スーザンがケイトウを慰めながら言う。


「それで、ケイトウちゃんが解体師として作業し始めるとキッチンの人手が不足し始めます。セルリアちゃんとタチバナちゃんが料理に興味を示しているので──」

「待て待て。そっちこそ片っ端から人員を引っこ抜くんじゃない」


 貴重な2期メンバーだ。簡単には譲らんぞ。

 タチバナはともかく、セルリアはまだ10歳になるかどうかだ。

 ちょっと早すぎると思うし。



 結局2人とも取られてしまった。

 食の事だからセバスチアンやライラプス達がレイジィ・スーザンに味方したのが大きい。

 ひとまずは手伝いという形で、別の仕事が気に入る可能性も捨てないように注意して許可した。


 解体師になるのに相応しいお祝いを用意してやりたいが……

 特に思いつかない。

 なのでケイトウ本人に希望を募ってみた。


「井戸が欲しいです」

「そりゃ普通に使うものだろう」


 確かに汚さないためにも利便性でも、解体小屋に隣接した井戸は欲しい所だ。

 じゃあ業者を手配して……キキョウがフラフラとやってきた。


「おい? キキョウ、何をしてる?」

「ここがいいです。ここが地脈水脈的に井戸を掘るのに最適です」


 言うが早いがシャベルやツルハシが道具小屋から飛び出してきて掘り始めた。


「わずか2週間でそこまで成長していたとは……しかし水脈は分かるが地脈って何だ?」

「大地の気の流れで運勢や災厄、恵みを左右します」


 うん、分からない。

 ここ一週間、キキョウは奇妙な石やら塗料やらを次々と要求してきては、敷地内のあちこちに謎の小さいオブジェを作っている。

 病魔除けだの風水だの馴染みのない言葉を口にしているが、どうにも理解できない。


 クレリスは多少理解できるようで、感心してホウホウと頷きながらそんな姿のキキョウを眺めている。

 ハトかな? フクロウかな?


 キキョウは魔術協会に登録し、正式な市民権を得ている。

 税金をたんまり取られるようにはなるが、やはり「存在している者」として扱われるのは大きい。

 スラムに住んでいる者達は法律的に存在していない扱いなのだから。

 魔術協会には厄除け開運、害虫駆除、除霊などが出来ると登録してあるのでそのうち依頼が舞い込んでくるだろう。

 芋と玉ねぎと小麦粉と謎の粉を混ぜた団子を作っていたりする。

 オヤツだろうか。後で1個もらおう。



 井戸だけでは申し訳ないので、スパイを派遣してケイトウの好みか欲しがっているものを探ってもらう。

 スパイとはレイジィ・スーザンとウメとイベリスだ。

 翌日すぐに判明し、ライラプスの1頭を非常に可愛がっているとの報告が上がった。

 ドヤ顔で胸を張る3人を褒め称える。

 そのライラプス1頭をケイトウの相棒として常時出しておいて良い事にした。

 専用の首輪と名札を立派なものでしつらえてやる。

 何でも星の名前を取って、デネブと名付けていたそうだ。


 これによって保留していたライラプス達の名前は星の名前から取る方向性になった。

 また図書館に向かわねば。

 ひとまずボスの名前はプロキオンに決まり、後は順次個性や役割を持った時に付けていこう。


 ケイトウも食肉系の商会のひとつに登録をさせてもらう。

 黒のギルドの息がかかっていない所があって良かった。

 人手が足りない時や大型魔獣の解体の時は互いに協力する約束になった。

 良い関係を築けそうで一安心だ。


 キキョウに初依頼が入った。

 なんと赤のギルドからの正式依頼だ。

 以前ダンジョンであったロッソ達が気を回してくれたのだろう。

 下見に行ったキキョウがロッソから言伝ことづてで「戻ったら一杯奢るから連絡しろと言ったのにツレない奴だ」だそうだ。

 忘れてた。これは申し訳ないことをした。

 なかなか気持ちの良いパーティーだったらしい。

 お詫びにキキョウにちょっと良い酒を何本か持たせていったら「一杯奢ると言った相手に酒を送るとは面白い奴だ」と再び伝言。

 どうも俺は人付き合いが下手なようだ。

 もうちょっと気をつけよう。

 キキョウの話を聞くと食堂側にネズミが増えたのでネズミ除けの呪いを施してるのだそうだ。

 最近ネズミがあちこちで増えているのだとか。



 ささやかな、それが事件の始まりだった。



 翌日、ギルド連合の会議が緊急招集され全ギルドに通達が来た。

 街の下水道に低級スライムが溢れている、その討伐依頼だ。


 なんでそんな事に。



 大都市では珍しい、スライム洪水だ。




 続く

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