第二話「進化 【テイマー・全】と聖職者クレリス来訪」
【テイマー・全】
俺のステータスカードにはそんな文字が記されていた。
なるほど。【テイマー・動物】が進化したのか。
素晴らしい!
テイマー系スキルは対象ごとにいくつかの別スキルとして存在する。
動物・魔獣・怪物・精霊・竜種など……
【テイマー・全】という事は、それら全てをテイムできるという事だろう。
あらゆるモンスター、そして動物達を手懐け調練できるに違いない。
魔力を具現化した首輪と鎖を使って、完全に意のままに操る事まで出来る。
しかも自然なままでは使えない、潜在能力やスキルまで引き出す事すら可能だ。
【テイマー・動物】の時にもじゃじゃ馬の訓練で世話になっている。
魔力の首輪と鎖を出している間は片手が塞がれるため、見た目は不格好だが。
しかし、冒険者を引退しトレーナーとしても追放されてからこんなスキルに進化するとは……
皮肉なもんだ、と苦笑いした。
だが牧場で働くのにもこのスキルは大きなメリットがある。
生け捕りにされた騎乗可能なモンスターが持ち込まれる事があるからだ。
ワイバーンなんかを調練できれば、領主や豪商が山のような金貨を弾んでくれる。
テイマー以外に懐くまでには滅多に調練できないらしいが……
飼える程度にまで人に慣れさせるだけで十分な稼ぎになる。
非情ながらも、見世物や未知のモンスターの生態研究にも役立つ事だろう。
散々な半生だったが26歳にして一気に大逆転だ。
まずは牧場長に話して、冒険者ギルドに捕獲依頼を出してもらおう。
世話になったこの一年の恩返しをさせてもらわねば。
それからモンスター専門テイマーとして独立するか、あるいは貴族の後ろ盾を得て専属調教師として豊かな暮らしを送るか。
夢が広がる。心も弾む。
俺の人生は実りの時期を迎えたのだ。
しかし待てよ?
普通スキル進化は2つのスキルと適正が完全に噛み合った時に起こるものだ。
片方は【テイマー・動物】なのは間違いない。
仕事中に上がるのはこのスキルしか無いはずだから。
だが、もうひとつのスキルは何だったんだろう?
俺はステータスカードのスキル一覧を引き出して片っ端からチェックする。
何せ訓練士なんてものを2年もやっていたせいで、様々な職業の初歩スキルばかりを得ている。
いわゆる器用貧乏。
だが訓練士としてはこのスタイルが一番都合が良かった。
動物以外のテイマー系スキルはそもそもがレアなので習得していない。
冒険者レベルが上がった時に適正あるスキルがランダムに1つ増えるが、最後に増えたスキルと言えば……
【訓練士】か!
なるほど、テイマー系スキルに通づるものがある。
どちらも訓練の効率を伸ばしたり、トレーニングでスキルを振り替えたりするからな。
ステータスカードを隅々まで探してみるが、やはり【訓練士】のスキルは消えていた。
間違いない。
しかし、これでは【訓練士】のスキルが使えなくなってしまう!?
そんなはずはない。
スキルが進化する場合、普通は元のスキルの効果を両方内包しているか、元のスキルが消えないかのどちらかだ。
つまり【テイマー・全】は人間を対象とした訓練士のスキル効果も含んでいる事になる。
訓練士のスキルはコーチとしてトレーニングした相手の経験値を伸ばす。
戦闘や探索で得た経験を倍に、しかも安全に。いや、怪我する事はあるか。
そしてテイマースキルはテイムした対象を調練し、直接操る事で能力とスキルを引き出す。
それが進化して統合されたと言う事は……
もしかして、人間もテイムできてしまう!?
……。
「ははは、そんなまさかね」
「何が”まさか”なんですか?」
背後から突然声をかけられてビックリした。
カードを眺めて考え事をしながら歩き回っていたようだ。
振り返ると、白い服装に身を包んだ金髪の可憐な少女が微笑んでいた。
聖職者のクレリス、15歳。
黒のギルドで現役時代にパーティーを組んでいた娘だ。
今でもたまに俺の訓練を受けに来てくれる、昔馴染みのお得意様ってヤツだ。
トレーナーも引退したから黒のギルドの新しいトレーナーに頼め、と言っても聞き入れない。
話に聞く所では新しいトレーナー、どうもいけ好かない人物らしい。
俺が冒険者を引退した時に彼女も別ギルドへ移籍した。
零細ギルドで頑張っていたが、俺が追放されたのと同じ頃についに潰れたのだとか。
専属トレーナーを雇えるほどのギルドではなかったから、訓練は俺の所へ出張だった。
零細ギルド閉鎖で黒のギルドへと戻ってきたのだが、俺と入れ違いになってしまったのを悔やんでいる。
「こんにちは、トレインさん。また来ちゃいました!」
「やあクレリス。トレーニングの予約かい?」
「はいっ、トレインさんの都合が良ければ今すぐにでも!」
「若いのは元気だなあ」
お茶でも淹れよう、と宿舎の部屋に通すが……さて困った。
【訓練士】のスキルは無くなっている。
俺の方こそ進化したスキル【テイマー・全】の能力を把握する必要がある。
うん、ここは正直に話してしまおう。
考えてみれば昔のよしみでわざわざ俺の所にトレーニングに来てくれているだけだ。
無駄足を踏ませるのも可哀想だからな。
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「じゃあ、その【テイマー・全】が【訓練士】のスキルを兼ねている可能性が?」
「そうだと良いんだけど、スキル進化については分かっていない事も多いからな」
「じゃあ私が実験台になります!」
「うん、残念だけどまた今度に……えっ?」
クレリスは乗り気だ。むしろノリノリだ。
体に似合わない大きめの鎚鉾を取り出してフンスフンスと意気込んでいる。
可愛いな。
しかし絶対に諦めない姿勢。
これは説得するより実際にやってみた方が早いだろう。
無駄に終わる可能性も十分納得してもらった上で訓練を開始した。
元よりクレリスは呪文専業タイプの聖職者。
武器戦闘訓練は護身に毛が生えた程度だからトレーニングも簡単だ。
30分ほど指導するとクレリスの息も上がってきたので小休止を入れる。
「やはり【訓練士】のボーナスが乗ってる感触は……」
「……無いです。ごめんなさい」
謝られてしまった。
「【訓練士】の効果で効率は飛躍的に上がるが、無くても無駄になるわけじゃない」
「そうですよね! トレインさんにしてもらう事に意味があるんです!」
変な方向に立ち直ったようだ。
「でも、それですと【テイマー・全】のスキルって何なのでしょう?」
「テイマー系スキルの主な効果は……対象をテイムできる、テイムした対象の能力向上と潜在スキル覚醒、調練速度増加と──」
指折り数えている俺の言葉が馬の嘶きで中断された。
牧場長の大声がそれに続く。
「スタリオ待て! おおい! トレイン! スタリオを捕まえてくれー!」
一匹の馬がこっちに向かって爆走してくる。
しまった。忘れてた。
牧場一のじゃじゃ馬、スタリオのブラッシングの時間だった。
スキル進化とクレリスの来訪で気を取られて、すっぽかしていた。
クレリスが慌てて俺にしがみつく。
「トレインさん! あばばばっ、暴れ馬がー!」
「ははは、スタリオは気性が荒いヤツでな。いつもの事だ」
俺は【テイマー・全】スキルでリンクチェインを生み出す。
これは魔力で生み出した光をまとっている鎖だ。
良かった。【テイマー・動物】と同じように作用してくれる。
スタリオに向かって右手を突き出すと、光る鎖が伸びてスタリオの首に絡みつく。
首を一周した鎖は首輪に変化した。
途端にスタリオは急停止して大人しくなった。
「悪かったよスタリオ。来客があって遅れたんだ。許してくれ」
スタリオはちょっと拗ねた目を向けたが、ブルルと小さく嘶いて許してくれた。
後で念入りにブラッシングしてやろう。
「それです! トレインさん!」
突然叫んだクレリスにびっくりさせられる。
「な、何がそれだって?」
「その鎖です! それさえ付ければ【訓練士】の恩恵も得られるのでは?」
「この鎖を? クレリスに??」
「はい!」
「……」
「……」
クレリスは自分が何を口走っているか、分かっているのだろうか?
うら若い乙女に鎖と首輪を繋げ、と?
ははは。
冗談じゃない!
クレリスは可憐な感じの少女だ。
15歳だが孤児出身で年齢に比して背が小さく痩せている。
本人には言えないが、見た目はせいぜい12歳くらい。
しかも顔立ちが整っており、碧眼と長く豊かな金髪のせいで高貴な雰囲気すらまとっている。
こんな少女に鎖と首輪を付ける、だと……!?
できるかぁ!
しかもスタリオを追いかけてきた牧場長が目の前だ。
ちなみに、牧場長には2人の若い娘がいる。
だがクレリスは口にしてしまった。
その致命的な台詞を。
「トレインさんの、その鎖で私を繋いでください!」
「ちょっ! おまっ──!」
「私を 調教 してください!」
牧場を追い出された。
蹴りで。
牧場長の頭が冷えるまでは野宿だ。
続く